表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
454/800

445 あっさりと受けてくれたらいいけど………そう簡単にはいかない

「いやぁ!!婿殿久しぶりだな!!色々と活躍してるそうじゃないか!ワシのところまで噂が響いておるぞ!」

「ご無沙汰しております。お元気そうですね」

「はははは!この歳までくると健康に気を使わんとな!!それとワシと君の仲じゃないか!堅苦しいのは無しで、ほれ!曾孫に合わせてくれ!」

「はい、どうぞ中へ」


 ムイル・ヘンデルバーグ。

 俺の中では、色々と横繋がりを持っていて、曾孫に対してかなり甘々な歳を感じさせない義理の祖父だ。


 久しぶりに会ったけど、相も変わらずの若々しいその元気さは健在で、ニコニコと好々爺姿を見せてくれる。

 そこに俺も肩の力が抜けてホッとし、家の中に招いた。


「ほー、婿殿がまたも将軍位に推薦されると。かぁ!これでヘンデルバーグ家はより一層安泰だの!!」


 人柄も良く。

 こうやってスエラに頼んで相談があると連絡を取れば、暇だからと言う理由であっという間に飛んできてくれる。


 まずはあいさつ程度に少しの間雑談した後、先に軽く説明したかったが、全部を説明するのにも時間がかかるからこうやって面と向かって話をする。


 本当だったら俺が出向いて相談するのが筋なのだが………


『曾孫に会いたいからそっちに行くわい』


 と、連絡を取ったら早急にそんな返事が返ってきた。

 軽快なフットワークを見せて今日は家に来てくれたと言うわけだ


 将軍位の選抜試験まで残り二か月を切っている。

 今や魔王軍ではだれが次期将軍になるかの噂で持ち切り。


 色々と足りない俺にとっては一秒でも無駄にしてはいけない時期。

 人に頼れと言われたばかりなので早速こうやって頼ってみたのだ。


 エヴィアたち上層部は、カーターみたいなことが起きないように裏取りに追われ日夜残業だ。

 なので、将軍の選抜に関しては俺が説明する。


 将軍位に推薦された経緯、俺の将軍になることの決意、スエラたちとのやり取り、そして将軍になった後の事への不安材料。

 そんなことを含めて全てムイルさんに説明してみれば。

 目出度いことだと膝を叩き喜びを表すムイルさん。


 さっきまでの雑談の間はユキエラやサチエラを前にして、顔面の表情筋と言う表情筋をすべて溶かしてしまうのではと心配になるくらいにゆるゆるだったのにもかかわらず、いま俺の目の前でヒミクの淹れてくれた茶を飲む彼は。


「それで、その支えをワシにやってほしいと」


 ゾクリと俺の背筋に何かが走り、つい俺の頬がニッと笑みを描いてしまう迫力を持つ一人の男になった。


「………この状況で笑える。孫の見る目はワシの思っているよりも確かだったということか」


 そんな俺の態度を見て、ふっと元の好々爺に戻るムイルさん。


「思えば君との付き合いもそれなりの長さになったものだ」

「ダークエルフの寿命から考えれば、たった数年ですが」

「一年は一年だ。そこに差はない。君がスエラと身を固めるために努力をすると言ったあの日。スエラが君の子を身ごもったあの日。たった数年で君はワシにかけがえのない日々を贈ってくれた」


 ムイルさんと出会った時のことを昨日のように思い出す彼は、力強く笑い。


「………結論を言う前に、君には話しておいた方がいいかヘンデルバーグ家の歴史を」

「歴史?」

「ああ、といっても関わりのあった血筋はワシだけじゃがな」


 そして同時にその力強い笑みは自分の過去をさらけ出すために気合を入れたように、俺は見えた。


「スエラがワシを婿殿、いやジロウ君の将軍補佐に推薦した理由と言い換えてもいい」


 結局のところ、俺はスエラやエヴィアがなぜムイルさんを俺の補佐につけたいかという理由を聞けなかった。

 エヴィアもスエラも、前知識なしで、ムイルさんから直接聞いた方がいいと言ったからだ。


 本当だったらもっと事前に調査して、色々と対応したいところなのだが、それでもスエラたちを信じて待った。


 そしてその理由を話してくれると言う事実を前にして俺は少し緊張する。


「これでもヘンデルバーグ家というのはダークエルフと言う種族の中ではなかなか名家だった」

「………だった、ということは」

「そう、没落した家ということ」


 少し間を置いて語り出したのは、俺が考えていた話の中であり得ると思った内容だ。


「ワシの祖父であるカール・ヘンデルバーグは先々代の魔王様に仕えた当時のダークエルフの長を支える右腕としてその辣腕を振るっておった。当時は主戦派がその地位を締める中我らダークエルフは、保守派としての地位を隠し、中立の位置を取っていた」


 なつかしさもあるのだろうか、それとも悲しみの方があるのだろうか。

 いつもの明るい彼からしたら珍しい態度で、少し静かな語り口で昔話をしてくれた。


「段々と激しくなるイスアルとの戦争。多くの若い者を戦場へと送り、そして戻ってくる者が少ないことを嘆くこともできない時代。段々と劣勢へと陥る我が軍はついに全軍による一斉反抗作戦を決意した」


 それは俺の知らない世界での戦争の歴史。

 本当に凄惨で、その時代を生きたムイルさんの生の語りはジワリと俺の心に訴えかけられる何かを発している。


「当時はワシもその戦場におっての。ただ、祖父とはあまり仲はよろしくなかった。まだまだ若かったワシを祖父と父は参加させることを反対していたが、あの時のワシはまだまだ青くて国のためだと言ってこの命を燃やすことにためらいはなかった」


 帰ってくる場所がある。

 帰ってくる場所を守らなければならない。

 それだけだと願って、ムイルさんは戦場に向かったと語った。


「作戦は、最初の方は成功した。イスアルに於いて、多大な土地を占領することに成功した我が軍は一気に態勢を立て直したと安堵した。徐々に気が緩み、主戦派は更なる戦線の拡大を提案。それに賛同した各将はそれの準備にとりかかった。ワシも長い時間を前線で祖父たちと過ごし、そのころには一部隊を任されるほどの地位にいた。いや、ドンドン命を消耗している中で、その感覚がマヒしていたワシは、実力を買われて抜擢されたと浮かれておったのじゃな」


 本当に何をやってたのだと、寂しそうに語るムイルさんはそっとテーブルの上に置かれていた湯呑に手を伸ばし、乾いた喉を潤すためにそっと一口の茶をすする。


「連戦に次ぐ連戦。兵の疲労は限界まで行こうとしていた。必要なのは、戦線の拡大ではなく、停滞。もっと言えば戦線の縮小による一時撤退が一番の理想だった。それを理解できなかった当時の軍は、勢い任せでどんどんと戦線を拡大していった。その結果待っているのは」


 そして、救いも何もない話。

 ただただ、事実を語るムイルさんはその結末はどうなったかと目線で問いかけられ。

 俺は、こうなってほしいと言う願望を捨て。


「………破滅、ですか」


 素直に想像していた言葉を言った。


「そうじゃ」


 こっちの世界の歴史でも多々語られる結末。

 勝てているから大丈夫だと、慢心した大国が、四方八方に敵を作りいずれ限界を迎え最後には滅びる。

 戦争の歴史ではありふれるほどの話。


 過ぎた力は身を亡ぼすと言う言葉を文字通り再現して見せた。


「その後は地獄だった。戦線の崩壊。将軍の死。次から次へと来る悲報。士気は地に落ち。逃亡兵も後を絶たん。最後の砦として作られたダンジョンに逃げ込めた者は前線に送られた兵の三割にも満たない」


 損耗率七割越え。

 それは実質的に軍の壊滅を意味する。


「そして、ワシは生かされた三割を救うための殿の兵団をまとめておった」


 そんな状況でムイルさんはどこで何をやっていたのか、話が繋がった。


「敵に戦線を押し込まれている状況で、当時のダークエルフの長がまとめていた第四師団は戦線の崩壊を察知するや否や。救援ではなく、撤退を決意。他の軍団の支援をしながら徐々に徐々に戦線を下げた」


 中には死を覚悟で特攻を仕掛ける者たちもいて、戦場は混乱の極みにいた。


「それを裏切りと捉えたものがいた。そう、先々代の魔王様だ」


 そしてその混乱をさらに深めるのは敗北を受け入れられない者。

 それがトップであればさらに混迷を期すのは当然だ。


「下がることも許されず、されど前に進むことも叶わない。徐々に徐々に同胞はイスアルの地に散り、死神の鎌は徐々にワシの首元まで迫っていた。今日は生き延びた。では、明日は生き延びれるか。そんな気持ちが浮かれていたワシの気持ちを冷まさせた」


 どうすればいいかもわからずただ必死に生き続けていたとムイルさんは語り。


「ただただ我武者羅に抵抗を続け、前線を下げたのが幸いして我らダークエルフはダンジョンの防衛の死守に成功していた。参加したダークエルフの数は最初と比べて随分と目減りしていたが、それでも軍としての体裁は成していた」


 戦いに次ぐ戦い。

 昨日まで隣にいた人が、今日にはいない。

 それがどれほど悲しいことかは俺には推し量れなかった。


「そんな折に、ワシの祖父と父は戦場で散った」


 そしてついに決定的な分岐路がムイルさんの元に来た。


「長を守るために身代わりになった祖父、前線で敵と戦い討たれた父。悲しむ暇などなかった。恨みを抱く余裕もなかった。そんな感情に囚われていては生き残れない、そして自分が死ねば帰りを待ってくれている者たちが悲しむ、部下を死なせてしまう。そんな気持ちがワシを生かしたんじゃろうな。帰りたい、そんな気持ちを抱きながら必死に戦って、気づいたらワシは祖父と同じ役割を担っていた」


 長を支え、戦場で戦い。

 そして。


「だが、本当の悪夢と言うのはこれからじゃった」


 その日が来てしまった。

 それが何か、なんとなく予想のついていた俺はその話を黙って聞く。


「先々代の魔王様が勇者に討たれた。まだ魔王様がいると心の支えになっていた。その支えが無くなれば軍はもう体裁を保つことはできなかった。まとまりを欠いた軍は一気に崩壊し、次から次へとイスアルに侵攻していた残存兵はうち滅ぼされ、そして勇者の刃はワシらのところまでやってきた」


 最高権力者の崩御。

 それは国を揺るがす一大事。


「かろうじて勇者に重傷を負わせ大陸から追い返すことは成功したが、それは救いでも何でもなかった」


 そして相手の最高戦力は残り、国の最高戦力は無くなった。

 その差は悲しいくらいに開いてしまったのだ。


「勇者が癒えるまでに新たな魔王を据えることも我が軍が回復することも、ましてや撤退しようと意思を統一することもできなかった。結果待っていたのは、士気が上がりに上がったイスアル軍によるワシたちの軍の各個撃破。次々にダンジョンが崩壊し、大陸へと渡る手段が絶たれる最中で少しでも友軍を救おうと決意した長とワシらは必死に抵抗した。時には他の部族と協力して、ダークエルフのダンジョンだけは最後の退路として守り通していた。だが、限界はあっという間に来る」


 そしてその権力者を倒した最高戦力が、そんな反抗勢力を放置するわけもない。


「勇者が我らの陣営に来る。その情報を得たころのことだ」


 もう駄目だと思ったよとムイルさんは語る。


「その報を聞いたときワシの死に場所はあそこだと思った。多くの傷病兵を大陸へと帰したが、まだまだ当時のイスアルには多くの友軍が残っていた。ここが最後の希望だと理解していたワシは、どんなことがあってもここを退くつもりはないと決意していた」


 最初は、功名を得るためだけに戦っていた若造が、そのころになってようやく立派になっていたと暗くなった雰囲気を和らげるように冗談を言ったムイルさんであったが、そのムイルさんの顔が晴れることはなかった。


「一人でも多くの友軍を、家族が待つ大陸に返してやりたい。勇者が侵攻した大陸では新たな魔王の選抜に忙しくワシらを援助する力はわずかしかなく。当時のワシらは完全に見捨てられていた」


 せめて勇者さえいなければと変えられない過去を嘆くことはムイルさんはしなかった。

 それは死んでいった同胞や戦友のことを侮辱することに等しく、それを口にしても慰みにすらならないと誰よりもムイルさんが理解しているからだ。


「だが、そんなことはどうでもよかった。ただただ我武者羅だった。勇者が来るまで一人でも多くの仲間を大陸に帰すそれだけがワシらの願いだった。ワシらはすぐに帰ることができる。大陸に帰ったら酒の一つでも奢ってくれと冗談を言いながら、見送って」


 そしてその日が来たとムイルさんはいった。


「あの日の前夜は妙に静かな夜でな。と言っても空がどんよりとした厚い雲で覆われて、大陸と比べると薄暗いと言った程度じゃったんだが。獣も小精霊たちも何もいなくなったワシらがイスアルに作り上げた砦の目と鼻の先、大群と言ってもいいイスアルの軍の本軍が到着した」


 そしてその中には当然。


「その先鋒は、勇者じゃったよ」


 ムイルさんたちにとって最恐最悪の存在が立っていた。



 今日の一言

 理由の説明は必要だ。


毎度のご感想、誤字の指摘ありがとうございます。

面白いと思って頂ければ、感想、評価、ブックマーク等よろしくお願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[気になる点] 指揮は地に落ち>士気 ワシらがイスアルに作り上げた鳥で>砦
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ