444 意思の確認は重要だ
「それで、結局のところ元の鞘に納まったということか」
「そのようですね」
「うむ、まぁ。私は台所で主たちのやり取りを見ていたから今更だな」
スエラの迷いが晴れたと言う事実は、あっという間にメモリアたちにも共有された。
憂いを纏ったスエラはもういなく、元気になってくれた。
今日改めて、スエラのこともあったし、メモリアたちにも意思の確認をしておいた方がいいと思って、食後の時間に俺が将軍に挑むことに関して、どう思っているかと聞いてみた途端にエヴィアのこの反応。
食後の酒ということで、ゆっくりとブランデーを舐めるように飲むエヴィアはグラスを揺らしながら呆れたと言わんばかりの反応。
メモリアはちびちびと果実酒を飲んでいるが、表情はエヴィアと似たようなもの。
ヒミクはこの中で唯一のノンアルドリンクを飲んでいるが、こっちもこっちで今更だと、ヒミクには珍しい苦笑がこぼれている。
俺はと言えば、教官からもらった日本酒を嗜み、三人の反応を伺っているわけだが。
「………当たり前だと思い込んでいた俺が一番悪いってことだろうな」
「そう思えただけで、貴様は進歩したということだ。次に同じ過ちを犯さなければ私から言うことはない」
結局のところ、今回のスエラとの問題は親しき中にも礼儀ありってことだ。
スエラなら大丈夫、きっと理解してくれると信じ切っていた。
そんな彼女の負担を理解しきれていなかった。
それが今回のすれ違いの原因。
それを気づけて良かったと安堵する俺に向けて、気をつけろと戒めるように酒を煽るエヴィア。
スエラはこの場にはいない。
今はユキエラとサチエラを寝かしつけている。
だからこそ。
「そうですね。次郎さんはこの際に一人で突っ走る癖を治した方がいいかと思います」
「そうだな。なんにでも挑戦しようとする主の行動力は目を見張るものがあるが行き過ぎは危険だ」
「最近は、鬼王の奴に影響を受けすぎている節もあるか………いい機会だこの際に一つ、此処で大黒柱であることを自覚させるいい機会なのかもしれないな」
女性陣で結託して、俺への説教タイムが始まろうとしている。
「色々と挑戦することは悪いことではないですが、全てを一人で解決しようとするのはどうかと思います。私たちもいるんですから一言相談があっても私は良かったと思うのですが」
「難しいのはわかる。迷惑をかけられると思うのも理解できる。だがな、何も言わないでこうするとだけ言われるのも寂しいのだぞ?」
「私の立場的に、貴様の選択をとやかく言うのは間違っているかもしれんが、それでも立場とプライベートをもう少し綺麗に分けられるようになった方がいいぞ」
あれが悪い、これが良い。
ああしないでほしい、こうしてほしい。
普段言わない彼女たちの言葉。いい機会だという大義名分のもと絨毯爆撃のごとくドンドン降り注ぐ俺への不満。
「第一、最近の次郎さんは仕事ばかりに気をかけすぎです。私たちを養うために必死なのは理解できますが、私たちにもそれなりの収入はあります。でしたらもう少し仕事の時間を減らして私たちに構ってもいいじゃないですか。両親からも孫はまだかと言われているのですよ」
「そうだな、夜に疲れているケースも増えている。体調管理がギリギリすぎるのはいざという時に力が出ない。もちろんその部分はサポートするがそれでも限界はある。主にはもう少し余裕のあるスケジュールを心掛けてほしい。あと、最近ユキエラたちを世話する機会が増えてな、これが自分の子供だったらと思う機会が増えて来てな」
「貴族と言うのは色々と面倒でな。跡取りということも考慮しなければならない。タッテの方から色々と言われているのも面倒だ。これを機に一気に面倒ごとを解決するのも一考だと思う。ああ、もちろん色々と段取りは踏む。最初は貴様の行動の改善だ」
俺は聖徳太子ではないのに、捲し立てる女性陣。
しかし、生憎と強化された肉体はそれを一字一句逃さず脳へと送り込み、理解させる。
マルチタスクの強みかと思いつつも。
彼女たちの言っていることをまとめれば。
仕事のし過ぎ、もう少し構え。
その一言に尽きる。
「………わかった。もう少し仕事の時間を減らせるように努力する」
そんな彼女たちの要望を無下にすることは俺には出来るはずもなく、早々に白旗を揚げる。
幸いにして趣味というモノが最近トレーニングになっている俺としては、彼女たちとの時間が作ることに対しては融通は利く。
これが複数の女性を囲った男の責任だと思い。
もっとトレーニングの質を上げて時間を減らすかと考える。
「魔王様の方には私の方から説明して、貴様の負担の方も減らせるようにしておくが、貴様はもう少し部下の使い方を覚えろ。私が見たところ他の課と比べてお前の仕事が集中しているぞ」
「え?結構任せている気がしたけど」
だが、そんな思考を見透かしたかのようにエヴィアからさらに苦言が飛んできた。
俺の中では、ケイリィさんたち事務員にかなり仕事を振って、俺は俺なりに楽をさせてもらっている。
「戯け、お前の課と他の課では事務員の数の差が違うのだ。一課と他の課を比べたら三倍近い差がある」
「マジか」
「コネクションの薄さが浮き彫りになった結果だろうが、それを加味しても人員を増やしていないことに気づけ」
そう思っていたのは俺だけのようで、はたから見たら俺の仕事内容は過剰だったらしい。
「ケイリィがもっと仕事を減らせと言っていなかったか?」
「言っていたような、言っていなかったような」
もしかしてあれか、日本人は働きすぎ問題って言われるあれか。
だったら非常に申し訳ないように思う。
俺自身がワーカーホリックな所為で部下に迷惑をかけていたのか。
エヴィアの言う通り、少し考えればわかるか。
書類精査にダンジョン攻略に鍛錬。
さらには各部署への提携に、雑務もやっている。
「………人増やすか」
「そうしておけ、ケイリィ辺りに言えば、人材をピックアップしてくれるはずだ」
会社的には良いのかと聞く必要はない。
トップのエヴィアがいっているのだから問題はないのだろう。
業務改革と言うか、働き方改革と言うべきか。
人手を増やせることはかなりいいことだ。
一番欲しいテスターを増やすことは日本政府と言うか、地球にある各国と協議中なために出来ないが書類仕事が減るだけまだいいとしよう。
「後は、人の使い方を覚えろ。前に研修した時に教えたはずだが全然反映されていないではないか」
「いやぁ、誰かに任せるよりも自分がやった方がいいと思って………ダメか?」
「ダメだ」
そして社畜時代の癖が抜けていないことも指摘されてしまった。
誰かに仕事を任せるよりも、自分がやった方が早い。
そんな思考がこびりついてしまって、仕事を抱え込むという習慣が抜け切れていない所為で色々と仕事で非効率なことになっているとエヴィアが指摘している。
「お前は管理職なのだぞ、管理する者が率先して働くのは悪いことではないが、働く内容は選べ。雑務を率先してやってどうする。この程度の人員をうまく管理し組織を回すことをできなくてどうする。お前が将軍になったらもっと多くの人材を動かすのだぞ」
「おっしゃる通りです」
どうも下っ端根性が抜けきっていない。
誰かに指示することはできても、そこにいる人を管理すると言う行為は苦手だ。
誰かにやらせると言うのはその人の能力を見抜いて責任が背負えるかどうかを確認することに他ならない。
エヴィアみたいに何でもかんでもやっているのは、その能力があるからこそできるということを痛感する。
「時間があるのなら店舗経営と言う形で研修をするのもいいのですが」
「諦めろメモリア、将軍位の選抜試験が待ち構えているこいつにそんな余裕はない。早急にライドウの側近のような奴を見つける他ないな」
「教官の側近?」
「ああ、あいつは部下を惹き付けるカリスマを持っているが、雑務能力に関してはさほど高くはない。あいつ自身はダンジョンの管理はほぼ部下任せだ。いざとなったときに先頭に立ち後方の支えは信頼のおける部下に頼る。組織運営としての一例だ。あまり、マネされても困る運営の仕方だがな」
そんな不勉強な俺へ組織運営のノウハウを教えようと提案したメモリアだったが、流石に一朝一夕で身につけられるものではない。
元社畜のサラリーマンに、いきなり一軍を任せられるかと言われればそんなことができるはずがない。
だからこそ、組織運営に長けた信頼のできる存在を俺の側近につければいいのではとエヴィアが提案した。
俺はその運営を確認し問題がないか採決を取るだけと大まかな方針を決め、いざという時の最大戦力になる。
目指すはキオ教官と同じタイプの運営の仕方。
それしかないという状況にエヴィアはあまり賛同できなかったが付け焼刃でも一番マシな刃であるのならそれで時間を稼いでゆくゆくは俺なりの運営の仕方を身に着ける他ない。
「軍師みたいな存在がいればいいってことか?」
「そうなるな。だが、お前が信頼できる者となると………」
「ああ、いないかぁ」
しかしそんな都合のいい人材が簡単に転がっているわけがない。
俺の伝手は広いように見えて、実質はこの会社内に収まっている。
教官と言った最高幹部とのつながりはあるが、逆にその将軍を支えられるような副官との知り合いはいない。
強いて言うのなら、良くキオ教官の酒宴に誘われているからその伝手でいくらかの鬼たちと顔見知りであるが、信頼して組織の運営を任せられるほどの交友はない。
人脈が偏りすぎているが故の問題。
即座にあの人ならと思いつかない。
「………」
流石のエヴィアもすぐには思いつかず、頭を悩ませている。
そしてメモリアもヒミクもそれに悩む。
どうするか、どうするべきかと俺ら四人で、文殊の知恵をひねり出そうとしていたら。
「いますよ。信頼ができて、組織運営に長けた人が」
娘たちを寝かしつけてリビングに戻ってきたスエラは、ずっと会話を聞いていたのだろうか。
迷った素振りも見せず、すぐに解決策を提示してきた。
「もちろん、次郎さんが知っている人ですよ」
それがいったいだれかはわからないが、俺の交友関係にそんな人がいたか?
唸って悩んでみるも、やはりそんな人物は出てこず。
「すまん、思いつかないんだが、本当にいるのか?」
「ええ、私の祖父です」
「ムイルさん!?」
「そうか! ムイル・ヘンデルバーグ。奴なら」
素直に聞いてみると、あっさりとスエラは答え、その名前が出てきて俺は驚いたが、エヴィアはその手があったかと感心している。
そんなエヴィアの反応を見て俺とヒミクそしてメモリアはついていけず。
え?ムイルさんって実はすごい人なの?とそろって驚いている
色々とコネクションを持っているような人だとは思ったけど………
今日の一言
意外な人物がすごい能力を持っている。
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