443 並行作業の難しさ
「くあぁああ」
「さすがにお疲れみたいですね」
鬼通り越して、馬鹿と言いたくなるような訓練の日々を過ごし続けて早一週間。
流石に体への疲労が限界に達してきたので、明日は一日オフの日だ。
今日も今日とて、午前中に雑務を終わらせて、午後からはあの地獄のような訓練を過ごして、何度も繰り返してきたおかげか、少しずつ余裕が生まれてきたことを実感できている。
流石に訓練が終わった後は疲労困憊と言った感じになるが、それでも歩いて帰れないって感じではない。
今も疲れた体にムチ打って家まで帰りつき、ヒミクに出迎えられ、子供二人の世話をしていたスエラの側に立ち、今は絶賛癒されている時間だ。
ただ、流石に疲労がたまっていたからか、気が抜けてついあくびが出てしまった。
それを見られて、スエラに笑われてしまう始末。
「我ながらなかなかの無茶をしていると思ってるよ」
「本当にその通りですよ。いかに魔力体だったとしてもあの訓練は過剰すぎます。ケイリィから聞いたときは冗談かと思いましたよ」
片手の小指をユキエラの遊び道具にして、小さい力、弱い力で俺の指をぎゅっと握ってくる。
剣ダコでごつごつとした指が興味深いのか、それとも普段から触れている母であるスエラの柔らかい指との違いに気づいたか。
興味深そうに俺の指を握っては放して、弱い力で振り回そうとしている。
流石に口に運ぶのはダメだから、ほんの少しだけ力を込めてそれを防ぐ。
そんな娘の可愛いい仕草に殺伐とした空間にいた時に研がれたとげとげとした空気はほぐれていき一気に肩の力が抜けていく。
「………すまんな」
「いつもそうですね。あなたは。ですけど、私は謝ってほしいわけではないんですよ?」
だからこそ、普段から心配をかけてしまっているスエラに素直に謝ることができる。
今も、サチエラに小さな精霊を召喚して、あやしているのを片手間にそっと俺に寄り添って俺の体を心配してくれる。
この会社に入社した時から、彼女は俺のことに気を配ってくれている。
そんな彼女に何ができるかと言えば。
「そうだな。いつもありがとう。待っていてくれて」
「はい、どういたしまして」
素直に感謝することだけだろう。
生活基盤を金銭的に支えているのは俺ではあるが、精神面で支えて貰っているのは間違いない。
スエラであり、子供であり、メモリアもヒミクもエヴィアも。
海堂、南、北宮、勝、アメリア。
そして教官や課のみんな。
多くの人に支えられているからこそ、こうやって頑張ることのできる環境を整えられている。
一人で何もかも出来ているわけではない。
だけど、それでいいんだと思える現実がすごく贅沢なのだろう。
「本当に、俺は幸せ者だよ。スエラたちに家庭を支えられて、仕事では海堂たちに支えられて、気づけば色々と昔と変わった」
一番変わったのは肉体だけどなと冗談交じりに言えばスエラもクスクスと笑い声が漏れる。
そしてスエラが笑えば、それに呼応するように子供たちもきゃっきゃっきゃと笑い始めて、戦いで溜まっていたストレス値がグングンと下がっていくのがわかる。
絶対この場は癒し効果が付加されているわ。
「最初はヴァルスさんと契約して寿命を延ばすつもりが、気づいたら龍の血なんてものが俺の中に流れている」
人を辞めたそんな事実を思ったよりもショックを受けず受け入れられたのはこの会社で数多くの多種族を見てきたからだろう。
そして、別に種族が変わったからと言って、趣味趣向が変わったわけでもない。
姿形が変わったり、人を食べたいとか、物を壊したいとかの、変な方向での変化がない分、受け入れやすいのもまたあるだろう。
唯一の変化と言えば、魔力を高めると瞳孔の形が変わると言うくらい。
普段は普通の瞳をしているからそれも日常生活には支障は来さない。
「そのおかげで、スエラたちと寄り添えて、ユキエラたちのことを見守れるってことだからな。人生何が起こるか分かったものじゃないな」
「そうですね。昔の私が、この光景を見たらどう思うんでしょうか」
「それは、俺もだ。社畜だったころの俺にこんな美人を四人も嫁にしてしっかり稼いでいるって言ったら絶対に信じない」
「なんですかそれ」
人との間に子供を設けるダークエルフ。
ある意味でごくありふれた物語であるが、それを実現している身としては、過去の自分がこんな将来を予想出来るかと考えれば、満場一致で出来ないと断言できる。
むしろ働きすぎでいよいよ現実と妄想の区別が出来なくなってきたかと心配して病院に通っていたかもしれない。
そんな環境にいたことはスエラも知っているだろう。
それでも彼女は現実だと示すようにそっと俺に寄り添ってくれる。
服越しで伝わる彼女の体温。
ほんのりと暖かい、女性特有の柔らかさが腕越しで伝わる。
「………将軍位の話、考え直すことはないんですね」
そして今の今まで極力話題に触れようとしなかったことに、スエラが踏み込んできた。
話を性急に進めすぎたと思っていた俺は、スエラの考えがまとめられるまで、俺は自分の意思を伝えないようしていた。
だからこそ、最近の俺とスエラの関係が少しギクシャクしていたのは否めない。
だけど、ついこの間からスエラの雰囲気が柔らかくなったような気がする。
いや、正確には元に戻ったと言うべきだろうか。
あの日、エヴィアがその話をしたときから、ずっと悩み続けていたスエラの本題。
その顔には前まであった不安の色がなかった。
けれど、やはり言うまでには覚悟がいるのかスエラが見えぬ不安を伝えるように俺の腕を掴んだ。
子供たちに聞かれぬように、もう一体精霊を召喚し、子守りを頼んだあとに彼女はそっとその手に力を込めて子供たちから距離を置いた。
それに抗うつもりはなかった。
子供にこんな不安なスエラの声を聞かせたくなかった。
そして少し距離を離して、そっと向かい合った彼女の瞳をまっすぐ見て、俺は偽らず正直な気持ちを伝える。
「………ああ、受ける」
社長からの話は、受けた当日にスエラたちには話していた。
その時の彼女たちの反応は正直に言えば受けはよろしくなかった。
公的立場から見るエヴィアは、称賛こそしてくれたが、その地位に就くことは個人的には何も言わなかった。
商人と言う立場からメモリアは祝福こそしてくれたが、個人では曖昧な言葉を紡いだ。
力を持つヒミクは、その地位に就くことを受け入れてはくれたが、本心は分からないと言葉にした。
そして、唯一、考え直してくれと頼んだのはスエラだった。
この場にいる誰よりも先に、俺の隣に寄り添ってくれた彼女は俺の昇進の話を、誰よりも先に考え直してくれと頼んできた。
その彼女の思いを俺は受け入れることは出来なかった。
教官の隣りに立つための絶好の機会を逃したくないと彼女に頼んだのだ。
スエラの気持ちに甘えていた。
スエラだったら、この話を喜んでくれると勝手に思っていた。
仕方ないですねと、いつものように笑って受け入れてくれると思っていた。
だが、二児の母になり、危険意識をより強く持った彼女は、一般人であった俺が将軍位に就くことを良しとしなかった。
実力や性格を疑っているわけではないと言うのはよく理解している。
そんな部分で心配しているわけではないと誰よりも先に、スエラが否定したからだ。
『あなたの力を信用していないと言うわけではありません。私が覚悟を決めきれていないと言うだけです』
そしてこの場にいるスエラを含む、四人の女性の気持ちの代弁者となったのも彼女だったのだ。
あれから俺は考えた。
将軍位に就くということは、どういうことなのかということを。
魔王軍の地位の中でも上位中の上位。
魔王の直参という、最高幹部の地位に就くということ。
その妻となれば、また別次元の存在になる。
実力主義の魔王軍。
それ故、よく成り上がりのシンデレラストーリーみたいな展開も良く起きる。
そしてそれに比例するように悲劇もまた数多く存在する。
地位が地位故に、その席を狙っている者は多い。
それ故起こる暗躍。
それを跳ね除けられないモノは弱者として扱われる。
そしてその末路の多くは死。
生きてどこかの地方に隠居できればまだいい方だ。
だが、少なくとも将軍位につけると言う実力を放置すると言う選択肢を取れるほど魔王軍の闇は浅くはない。
隠居という言葉の中に隠れた幽閉。
じわじわと力を削り、表向きは大事にしていると公表していても、実質は生殺し。
過去の将軍の栄光を傘に好き勝手に起こる暴走。
引退してもその身に降りかかる人災。
それを知っているスエラは、次は自身にそのことが降りかかると想像し、それはユキエラとサチエラにも降りかかると。
それを聞いた俺は、自分勝手に進んでいた俺の浮かれた気持ちを恥じた。
俺だけの問題ではない。
将軍位という最高幹部の地位に就くということは、すぐにその周辺へと影響を及ぼすものだと言う事実。
そのことに対して、俺は覚悟しなければならない。
責任を背負うということもあるが、背負わせる選択肢を押しつける事実とその選択肢の結果を。
「………」
「………」
じっと見つめ静かな間が出来上がる。
コンコンときっと俺たちの会話は聞こえているだろうヒミクの料理の音だけがその場に響き。
互いに次の言葉を探っている。
俺自身も悩んだ。
一度はスエラの気持ちを考えて将軍位の話を断るべきかと、考えた。
だが、断るということを選ぶことはできなかった。
譲れない一線には教官と肩を並べると言うことが入ってしまっていたからだ。
勝手すぎると言う自覚はある。
だけれど、その勝手を貫き通すために努力はする。
今の訓練もそうだ。
純粋な強さも含め、誰もが認める存在へと上り詰めれば危険はぐっと下がる。そう考えた結果があの訓練内容だ。
日進月歩。
訓練の日々を重ねるごとに更新される魔獣討伐レコード。
雑魚をいくら倒してもそれは威張ることは出来ないかもしれないが、その結果はダンジョン攻略の方にも影響は出ていた。
単身で機王のダンジョンに挑んだ際の自己ベスト。
八十九階層。
時間ゆえにそこまでしかできなかったが、もう少し時間があれば九十の大台に乗れた。
自分の実力は着々と上がっている。
加えて人脈構成にも力を入れている。
ケイリィさんをはじめ、商店街の人々、そしてメモリアの伝手を使って大陸の方、さらにエヴィアに頼んで比較的中立の立場にいる貴族たちへのコンタクト。
将軍位の戦いを勝ち抜かなければ全て水の泡になるような前準備であるが、なった後でこれをやっていては地盤の弱さが弱点である俺はむしろこの段階でも遅すぎると言わざるを得ない。
その積極的な行動が逆にスエラの精神を追い詰めているのかもしれない。
止める間もなく、ドンドン先に突き進む。
急ぎすぎだと言われてもおかしくはない。
「そう、ですか」
だけど、そんな環境が彼女たちを守れる力になると信じて。
黙ってスエラの言葉を待っていた俺は、真剣に考えていたスエラがついに言葉を選び終えたことで緊張が最高潮に達した。
この後紡がれる言葉は俺にとってもしかしたら忘れられない時間になったかもしれない。
もしかしたら、ついていけないと言われるかもしれないと言う不安。
悪い方になってしまったら俺はどうすればいいか。
それを出さぬように努めて表情を取り繕うが。
「もう、なんて顔をしているんですか」
それでもスエラにとっては俺の不安は隠し通せるものではなかったようだ。
すっと伸びてきた細い指先。
その指先が、俺の眉間を突き。
グリグリとその皴を伸ばすような動きをする。
「せっかく私も覚悟を決めたと言うのに、そんな顔をしていたら安心して育児に専念出来ませんよ」
「スエラ」
仕方ない人といつもの笑みを見せてくれたスエラは、そっと俺を抱きしめた。
「最初は私が守らないと。と思っていましたが、あっという間に私が守られる側になってしまいましたね」
「いや、俺はまだスエラに守られている」
それに答えるように、俺も彼女を抱きしめると、スエラはそのまま顔を俺の胸に押し付けてきた。
「そうですね。まだまだ、あなたの行動には不安が残りますから。私がしっかりとあなたの帰る場所を守ってあげないといけませんよね」
「ああ。そうしてくれると助かる」
ある意味で俺が頑張れるというのはスエラたちがいるからだと言っても過言ではない。
帰れる場所。
安心できる場所。
自分の居場所。
そのどれもが欠けてはいけない場所だと認識している俺からすれば、ここでスエラに離れられるときっとこの先で崩れたかもしれない。
この温もりを守りたい。
それはメモリアたちも一緒だ。
欲望と言えば聞こえは悪いかもしれないが、結局のところはそれだけだ。
これをやりたい。
あれをやりたい。
そんなことが積み重なって人生は彩られる。
ここから先はもっと忙しくなる。
それを知っていても、彼女たちがいれば頑張れる。
「では、その代わり。私からも要望があります!」
そんなスエラからの願いだ。
そしてきっとこの後の言葉は断れないと俺は予感がする。
「早めに、メモリアやヒミクに子供を!あと可能ならエヴィア様にも!」
俺に楔を打つように、スエラはその要望を俺に突きつける。
「でないと、次の子が産めないじゃないですか。ユキエラやサチエラにもきっと妹や弟が欲しいはずです!」
そしてその言葉の裏には、絶対に離さないと。
心配を裏返した、彼女の嫉妬が出てきて。
少しだけ、可愛く。
そして愛おしいと思った俺は。
「頑張るよ」
そう言ってスエラを強く抱きしめる。
今日の一言
自分の仕事の限界を見極めろ。
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