442 困ったときに、助けてくれる人はありがたい
Another side
「それじゃ、行ってくる」
「はい、行ってらっしゃい」
スエラは仕事に出かける次郎を玄関で見送って、いつも通りに振舞っていたつもりだったが、やはり少し気落ちしていることが自覚できた。
取り繕っていたが、少し寂しそうに、そして心配気に家から出ていった次郎の表情がそれを物語っていた。
「………」
少し時間が欲しいと言ったからだろうか、次郎はスエラが答えを出すのを待つつもりで、先日から数日たった今でも将軍位への昇進のことをあれから聞いてこなかった。
ごく自然に、いつものように振舞おうとして、そのまま仕事に行った彼を見送った後は。
「何やっているんでしょうか………」
コツンと壁に寄り掛かり、思ったよりも覇気のない声でスエラは自分を責めた。
今、家にいるのはスエラとヒミク、そして子供たちだからその姿を見られる心配はない。
最初にエヴィア、次にメモリア、そして最後に次郎を見送って、ようやく慣れ始めた静かな時間に身を置くスエラ。
側に誰もいないという環境が、逆に空回りしているということをスエラに自覚させる。
「………」
スエラは、ここ数日の間、思ったよりも眠れなかったためか少し気怠い体を壁から放して、解決できていない悩みを抱えたままリビングに戻る。
そこに戻っても考えるのは、次郎の出世の話ばかり。
どうすればいいのかと悩む、堂々巡り。
育児に関しては手を抜かないように心がけているが、それ以外はどこか上の空。
応援したい気持ちと、応援した先に待つ不安が入り混じってどうすればいいかわからないと心が嘆いているのがわかる。
だけど、だからと言って止めてくれと願うこともまた違うと思っている自分がいる。
次郎の思いを知るがゆえに、スエラは板挟みになってしまっているのだ。
どうしたらいいのかわからなく、グルグルと思考が堂々巡り。
弱くなった。
子供が生まれる前の自分なら、もっと明確に答えをだせていたと。
そう思えると、自然と自嘲気味の笑みがスエラの口元に浮かんだ。
「大丈夫か?」
そんなスエラにヒミクが声をかけた。
「大丈夫、ではありませんね」
ユキエラを抱いて登場したヒミクに、スエラは隠さず、そのままの気持ちを伝える。
そっとベッドに寝ていたサチエラを抱き上げ、その暖かい体温を感じ取る。
「そうか」
その様子に何かアドバイスをしようと考えるヒミクだったが、彼女の気持ちを汲み取ることができなかったヒミクは、どうしたものかと頭を悩ませる。
ヒミクとしては次郎の話を良いか悪いかの話で二分化したとしても、中立の立場を取るつもりでいた。
リスクも、メリットもすべて加味して、次郎が選んだ道ならばそれでいいと思っている。
だからこそ、今回の出世の話を悪い方向に受け取ってしまい、次郎と対立してしまっているスエラの気持ちを応援することも、否定することもできないでいる。
「ゆっくりと考えればいい。主もスエラの気持ちを理解して待とうとしている」
「ええ、わかっています」
だからこそ、無難な言葉で濁すしかないことを歯痒く思っている。
時間があまりないのにもかかわらず次郎がスエラに性急に答えを求めなかった。
その態度の意味を理解しないスエラではない。
もし、このまま答えをスエラが出さなかったら、次郎はもしかしたら将軍位への挑戦を放棄するかもしれない。
それもいいかもしれないと囁く淡い期待を振り払うようにどうにか笑みを取り繕い。
そのまま今日はどう過ごすのかと悩んでいると、チャイムが鳴った。
「む?こんな朝早くから誰だ?」
来客の予定はなかったはず、スエラもヒミクも、一回顔を見合わせ。
予定がなかったことを確認すると、ヒミクはそっとユキエラをベッドに寝かせ。
そのまま玄関に向かった。
来客の対応はヒミクに任せ、スエラは子供たちの顔を見る。
「ふふ、あなたたちは私と違って、元気ですね」
ヒミクという構ってくれる相手がいなくなって、ユキエラが若干不満そうな態度だが、指を一振りして精霊を召喚すると、満足気に笑う。
そんな子供たちの姿を見ると少しだけ心が落ち着き、気分が楽にはなるが、問題が解決したわけではない。
次郎の道を応援すべきか、それともやめてくれと願うか。
たった、これだけの二択。
だが、スエラにとってこの二択は簡単に選べるものではなかった。
昔の、それこそ次郎と出会った最初の頃のスエラであれば諸手をあげて喜べる話。
だけど、そこから恋をして、愛を知り、子供まで授かったスエラからしたら、次郎の身に危険が伴うと言う言葉だけで二の足を踏んでしまう話。
「はぁ」
思わずこぼれる溜息。
本当なら、祝うことを選べればいいはずなのに、素直に喜ぶことができない。
その理由を理解しているからこそ。
「どうするべきなのでしょうか」
そっと、手を子供たちに向けて伸ばすと、その細い指をさらに小さな手が握る。
ギュッというには弱く儚い、小さな命。
命を賭けて命を生み出したことを自覚させてくれる。
愛しき子供たち。
「うわ、思ったよりも重症みたいねスエラ」
そんな子供たちの前で悩んでいるスエラの背に向けて、明るい声が届く。
「ケイリィ!」
「おはよう!元気そうではなさそうね」
スエラが振り向けば、私服姿でヨッスと手を挙げる親友がいた。
その後ろには、ヒミクもいる。
「どうして、今日は仕事のはずじゃ」
「いやぁ、上司の命令には逆らえないのよ。ちょっと強引に私の有休消化ってわけ」
本来であれば今彼女は仕事中のはず。
それなのにもかかわらず、スエラの元を訪れた訳。
「エヴィア様ですか」
「ご名答!って言うことで、ヒミクさんこれお土産」
「ケーキか、感謝する。何か飲むか?」
「コーヒーと、あと軽く何か食べれるものをもらえます?実は朝ごはん食べないで来ちゃって」
「ふむ、そうか。わかった。少し待っていろ」
飄々と、スエラの目から見ても普段と何ら変わらない立ち振る舞いをするケイリィが、そっと片手に持っていた白い箱をヒミクに手渡し、代わりに朝食を強請る。
昔、スエラも何度もやられた光景なだけあって、注意するよりも先に仕方ないと言う気持ちが先立つ。
親しい相手へのいい意味で遠慮がない彼女の自由なふるまい。
ヒミクもそれを咎める様子もなく、さっそく台所の方にてケイリィの要望に応えようとしている。
そして。
「さてさて、それじゃケイリィさんが、悩めるスエラの気持ちを解消してやろうではないか!」
そんなケイリィだからこそ、スエラは次郎には言えない気持ちを吐き出せるのかもしれない。
ベビーベッドの隣にそのまま近寄ってきたケイリィが、子供たちにとっては新しい遊び相手だと認識したのか、ユキエラもサチエラも歓迎していることで気が緩んだのかもしれない。
「………実は」
少しためらったが、それでも誰かに聞いてほしいと思っていたスエラはぽつりぽつりと話始める。
「ふむふむ、まぁ、大方予想はしてたけど。簡単にまとめると次郎君の出世に関して素直に喜べないことに落ち込んでいるわけか」
「はい」
同性の中でも、とりわけ位置が近かったケイリィに、スエラは今の心境を吐き出し続けた。
次郎の将軍位への挑戦は素直に応援したいけど、挑戦する過程、そしてなった後についてくる危険を考えると応援できない。
ただそれだけのことを、いろいろと私情混じりにスエラは話した気がする。
それをただただ、聞き続けてくれたケイリィは、ヒミクがいつの間にか用意してくれていた冷めたコーヒーとホットサンドを一口ずつ口に頬張り。
そして飲み込んだ後。
「将軍にならないでって、言っちゃえば?」
あっけらかんと、何も考えていないかと思うくらいに、あっさりとケイリィはスエラに提案した。
「それは!」
だからこそ、簡単に次郎の道を塞ぐような提案をするケイリィにかっとなり、近くに子供がいるのにも関わらず、スエラは大きな声をあげてしまった。
「コラコラ、子供がいるんだから大きな声上げないの」
案の定、ユキエラがびっくりして泣き出し、それに合わせてサチエラも泣き出してしまった。
慌ててユキエラを抱き上げ、そしてサチエラもスエラは抱き上げようとしたが、それよりも先にそっと伸びてきた手がサチエラを抱き上げた。
「びっくりしちゃったねぇ。ゴメンネェ」
ケイリィだ。
手慣れた手つきで、精霊まで召喚して、サチエラをあやし始める。
「あ、意外そうな顔してる。心外だね。私、こう見えても子供好きなのよ?里にいたころはこれくらいの赤ん坊だってあやしてたんだから」
普段は見ない、スエラも知らなかった親友の一面に、驚いているといたずらが成功した子供のように笑ったケイリィがすごいでしょと言わんばかりに泣き止んだサチエラを見せてくる。
声を荒げた自分が馬鹿みたいだと、肩の力が抜けたスエラはそっとユキエラをあやし始める。
「ねぇ、スエラ」
「なんですか」
少しの間、子供の声しか聞こえなかった空間に、ケイリィが自分の声を混ぜてくる。
そこに合わせるように、さっきよりも落ち着いた声で、スエラは返事をする。
「次郎君にさ、話しなよ。私はこういう気持ちなんですって。彼、不器用だけどスエラの話を聞かないってわけじゃないんでしょ」
「ええ、そうですね」
そしてスエラの気持ちを整理させようと、ケイリィは気楽に話す。
「………私、わがままなんですよ」
「知ってるわよ。あんたが見た目に反してわがままな女だってのは」
ポツリとこぼした言葉を軽く冗談を交えるようにケラケラと笑いながら、何年の付き合いになると思ってるのよと付け加えながら、ケイリィはスエラに会話の先を促す。
「私だって、次郎さんが将軍になれると聞けば喜びたいですよ」
「まぁ、普通に考えれば玉の輿ってやつよね。ただの一般人がたった数年で国の最高幹部。御伽噺くらいよそんな話」
「ですけど。この子たちのことを考えると………」
「不安ってわけ?」
「ええ」
「ま、当然よね。昔と違って自分だけの体ってわけじゃない。今のスエラはこの子たちの母親って言う役割もあるんだから」
ケイリィからすれば、スエラはすでに答えは出ているように見える。
だけど、彼女の立ち位置的にその答えを選ぶのに気が引けていると言ったところ。
さて、その背中を押していいのか悪いのか。
そんなことを考えるケイリィ。
「ま、私からしたら、旦那が出世してラッキー程度の感覚で良いと思うけどね」
「え?」
ではない。
無責任に、そして強引に背を押すのがケイリィだ。
「あんた、昔っから慎重に考えすぎてウジウジして、それで結局何も答えが出なくて、そのまま周囲の意見に流されて後で悔やんで、そんなんばかりだから器用なのに損な役回りばっかり回ってくるのよ」
サチエラを抱きながら、昔話を例えにスエラの失敗談を淡々と言いながら、グサリグサリと心に刃を突き立てながら容赦なく、ケイリィはスエラに捲し立てる。
「男なんて興味ないって、顔してたくせに、いざ出会ったら一直線。前までは仕事一筋だって態度して、次郎君と出会ったら乙女の顔全開。甘ったるいったらありゃしない。そして今度はウジウジ悩んで、奥様のお悩みってわけ?独り身の私への当てつけですかっての」
段々と愚痴になり、最後には完全な八つ当たりになっているケイリィ。
「大体何が不満なのさ、性格だって悪くない。給料はいいし、武力もある、エヴィア様だけではなくて複数の将軍とのコネクションもあって、魔王様の覚えもいい。そこに驕ることもなくて、子供も好きで家庭も大事にする。おまけってわけじゃないけど、大陸の方で一、二を争う商人とのつながりもあって、この前の戦災で物資の支援をしたおかげで下級を中心だけど貴族からの信頼も集めている。そりゃ、いきなりの成り上がりものだから多少のやっかみはあるけど、そんなの他の人がやっても一緒、さらに料理が上手で家事もこなす、護衛にも最適な熾天使のヒミクさんまでいる」
これ以上を求めたら何が出てくるのよと、吐き出し終わったケイリィは。
「こんなに恵まれているのに、いちいち考えて立ち止まるなんてスエラらしくないわよ。あなたならダメならって考えるよりも先に、どうにかしないとくらいは考えるじゃない」
すっぱりと切り捨てるように、なるようにしかならないとスエラの悩みを一刀両断した。
「夫婦だから、子供がいるから、そんな理由で立ち止まるほどあんたは弱くない。少なくとも私の知っているスエラだったら、次郎君の思いをくみ取って、なおかつ自分のわがままくらい押しつけて、理想を追いかけるくらいの勢いはあったはずよ。ねぇ、あなたのお母さんは弱くはないわよね」
サチエラに同意を求めるも、言葉を理解できないサチエラはあう?っと何を言っているんだという顔をするほかない。
「ありゃ、まだ早かったか」
「一歳にも満たない子供に何を聞いてるんですか」
そんな態度に、背中を押された気がしたスエラは、今度は心底呆れたと言わんばかりに苦笑して見せた。
自分よりも自分を知っている親友にそんなものかと、どこか腑に落ちるスエラ。
「やっと、本調子になったようね」
「ええ、どこかのお節介さんが、無理矢理にでも動けと背中を押すもので」
「感謝しなさいよ。そのお節介さんは貴重な有休を消化しているんですから」
がらりと雰囲気を変えたスエラ。
その雰囲気を感じ取ったケイリィは、ウジウジと悩む時間は終了かと思った。
ここから先は、背中を押す必要はない。
後は勝手に解決する。
彼女に必要なのは開き直ることだとケイリィは、エヴィアに事情を聞いてからなんとなく察せられていた。
だからこそ、色々と容赦なく勝手なことを言い続けたのだ。
「じゃぁ、どうせなら、相談もあることですし。もう少しその休みの時間をもらいましょうか」
「乗り掛かった舟だし、まぁ、いいわよ。ただし、この貸しは高いわよ」
「そうですね。悩んだ分も含めて次郎さんに請求ということで」
「お、良いわねそれ」
そんなことと気づいたスエラは、悩みすぎ、そして凝り固まった頭を解してくれる親友に心の中で感謝する。
そんな感謝を知ってか知らずかケイリィは。
「どうせなら、出世もしてしっかりと稼いでもらって返してもらった方が得よね?」
もっと親友をわがままにさせてやろうと画策するのであった。
another side End
今日の一言
一人で悩むよりも、話せる相手に相談する。
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