441 意志のすり合わせは重要だ
訓練でボロボロになりながら、どうにか今日のノルマを終わらせることができた。
魔力体なので、ダメージこそ残っているような感覚はあるけど、流石魔法、無傷で帰宅することができた。
「お帰り、夕食までに時間があるから先に風呂にでも入っていてくれ」
「おう、いつもありがとう」
「何、気にするな」
疲れた体を労わるように、いつもの割烹着姿で出迎えてくれたヒミクに感謝の言葉を伝えつつ、そのまま脱衣室に。
手洗いとうがいをしてから、先にスエラのいるであろうリビングの方に向かう。
「ただいま」
「お帰りなさい次郎さん」
案の定、スエラはリビングで子供たちと一緒にいた。
「それは、精霊か?」
「ええ、この子達の魔力感受性を高めるための訓練です。といっても、遊びのようなものですけどね」
しかし、そこには普段は見慣れない光景も浮かんでいた。
白い蛍のような光が、ユキエラとサチエラの回りをいくつも飛び回り、その光を掴もうと懸命に手を伸ばす我が子たち。
キャッキャと楽し気に笑う子供たちはとてもご機嫌な様子。
その光景にほっとし、そして心が癒されながら近づいていく。
「へぇ、ダークエルフはみんなこんなことをするのか?」
パッと見、危険はなさそうなのでダークエルフ流の子供のあやしかたかなと予想をたてる。
「そうですね。私も小さいころはやっていたと母から聞いてますね。常に精霊は隣にいる。そう思えるようにするための訓練だと聞いてましたから」
その予想は当たった。
精霊の中でも最下級の微精霊。
力も何もない。
属性的に、光の精霊なのだろうけど、ただそこで光り、わずかな魔力を漂わせるだけの存在。
その光は、子供たちにとっては確かに良い教材になようだ。
「ユキエラとサチエラの才能はすごいですよ。詳しくは分かっていないでしょうけど、感覚でこの光が精霊だって認識してるみたいです」
「へぇ」
実際、スエラがほらと指さした方向をみると、ユキエラの指先に留まった光の精霊をユキエラはジッと見ている。
子供なら好奇心を覚えて、握ったり、口に運んだりすると思うんだが、その様子は一切ない。
「この子たちは、精霊が生きていることを既に理解しているようですね。良き隣人だからこそ、手荒に扱わない」
「サチエラの方は、少し困っているようだぞ?」
「あら、まぁ」
対してサチエラの方は鼻先のところに光の精霊が留まってしまって、どう対処すればいいか分からないようで、グズリ始めてしまった。
そこに慣れた手つきで、そっと抱き上げて、あやすスエラの姿は堂々としている。
そして一人だけ抱っこされたことが羨ましくなったのかユキエラもグズリ始めた。
そこは流石に俺が抱き上げる。
「ほら、お父さんだぞ」
昨今は男も育児休暇を取る時代だ。
うちにはヒミクがいるから、家事全般の心配はないが、一人の親としてやはり父親の役割は果たしたい。
「最初は泣いていましたけど、ユキエラもサチエラも慣れてきましたね」
「ハハハハハ、本当に子供に泣かれるってのは下手な魔法よりも効くってのを痛感したな。特に自分の子供だと、そのダメージは倍だ」
優しく、そして無理をさせないように抱きかかえるコツを覚えるのは中々大変だった。
ヒミクはまだ子供たちと接する機会が多いからまだ、俺より先に子供になつかれるのは理解できるが、メモリア、そしてエヴィアにも負けてしまうのは正直言ってへこんだ。
あの時はごつごつとした男の腕よりも、優しい女性の腕の中の方がいいのか!?
と、我が娘たちの反応に少し泣きたくなった。
アウアウと言葉にならない声で、俺の体を触り、その興味はネクタイの方に行って、それを掴みそのまま。
「こら、これは食べ物じゃないぞユキエラ」
口に運ぼうとするのはさすがにストップする。
コラコラと笑いながら、抱える右手とは反対の左手で、ネクタイをそのまま首の後ろに持っていく。
「ああ!ああ!」
「ダメだって」
子供の不満は炸裂。
寄越せと言わんばかりに両手を伸ばし、何とか引っ張ろうとするユキエラだが、その小さな手では流石に届かない。
グズリは治まって元気になったくれたのはいいが、逆にどうしようと悩ませてくれる我が子。
そんなユキエラの気を引くためにその目の前を通る小さな光。
「ああ~」
その光の方に興味を持ちふらふらと漂う光に手を伸ばし始める。
「戦いの方は立派になりましたけど、お父さんとしてはもう少し精進が必要なようですね」
「まったくだ」
光の精霊を飛ばしてくれたスエラは、本当に慣れた手つきでサチエラを宥めて今ではぐっすりと寝かせてしまっている。
そっとリビングに設置していたベビーベッドにサチエラを寝かせてこちらに近づいてくるスエラに、ユキエラを渡し俺はこっちの方でも努力が必要かと苦笑を浮かべる他ない。
このままいけば、子供の人数はきっと増える。
その度に慌てていては世話がない。
「俺も、子供受けする安全な魔法の習得くらいはしておいた方がいいかなぁ」
俺は物理的な戦闘技能か、サバイバルに役立つ系統の術しか身に着けていない。
おかげで、こうやって子供をあやすたびに、何か見せられる術を一つや二つ覚えておいた方がいいのではと思ってしまう。
「あって損はありませんけど、だからと言って必要ってわけではありませんよ。ですけど、最近はメモリアもその手の魔法を覚えようとしているみたいですよ」
「メモリアが?」
「ええ、私は精霊魔法と言う方法がありますけど、彼女の場合血統魔法ですから、子供に使うには少々見た目が悪いので」
「ああ」
メモリアが使う魔法は血液に関連する術が多い。
男の俺からしたら、かっこいいと思えるような魔法ではあるが、子供がみたら単純に怖いと思うかもしれない。
それを思って、メモリアは将来のために子供に見せられる魔法を用意しているのか。
「ちなみに、ヒミクは羽を使ってあやしていて、エヴィア様も実は使えたりします」
「そんな事を言われたら、出来ないっていうのは流石に外聞が悪いな」
スエラの俺を揶揄うような表情は少しだけエヴィアに似てきたような気がする。
子供のために出来ることを女性陣ができ、父親である俺が出来ないと言うのは流石に無視出来ない話だ。
それを分かってて、クスクスと笑うスエラは中々意地悪だと言える。
「………何を覚えればいいんだ」
戦闘訓練に加えて子供用の魔法。
中々ハードなスケジュールになりそうだ。
「とりあえず、風呂でも入ってくるか」
「ええ、そうしてください」
どうせなら、この疲れた体を癒しながら考えるかと思い、まだまだ夕食までには時間があるということなので風呂に入る。
スエラたちは良いのかと思うが、俺が帰ってくる前には子供含めて入浴済みだ。
なので気にせず風呂に入って上がってくると。
「お帰り、メモリア」
「はい、ただいま帰りました」
店の閉店作業を終えたメモリアが帰ってきていて、そしてもう一度ガチャっと扉が開く音がする。
「今帰った」
「お帰り」
「お帰りなさい」
「ああ」
そして、宣言通り早めに帰宅をしたエヴィアがリビングに入ってきた。
さらにそのタイミングで。
「ちょうどいいタイミングだな。夕食ができたぞ」
ヒミクが完成した食事を食卓に並べ始める。
「エヴィア、メモリア、良かったら食後に一杯どうだ?」
その時に俺は二人にクイっと酒を飲む仕草を見せる。
「いいですよ」
「断る理由はないな」
ヒミクはあまり酒を飲めず、子供の授乳があるスエラに酒は勧められない。
なので、スエラやヒミクも同席しているけど最近はもっぱらこの三人で酒を飲む機会が多い。
少しうれし気に頷くメモリアとエヴィア。
少し残念そうにするのはスエラとヒミク。
とりあえず夕食をということで、食べ始める。
普段は和食が多い、我が食卓だが、最近ではインターネットを使い色々な料理に挑戦している。
そして今日は何と自家製のピザを作ってきた。
大きめのピザを三種類ほど用意し、あとはスープとサラダ。
そしてデザートを用意している。
時間がかかっていたのはピザを焼く時間か。
「いただきます」
俺の言葉を合図に、祈りの言葉をあげたりしてそれぞれ食事が始まる。
「そう言えば、商店街の方でも噂になっていましたが次郎さん。将軍位への推薦受けるそうですね」
「ああ、そっちにも話がいってたのか」
「ええ、商人は情報の鮮度が命ですので、聞ける話はすぐに耳にするようにしてますよ」
そしてある程度食事が進むと自然と雑談は始まる。
その雑談は他愛のない話もあれば、こうやって噂話を持ち出すこともある。
当事者である俺がいるのだから、その話題を出すのも頷ける。
情報管理という点で、大丈夫なのかとエヴィアの方を見るが、気にした素振りも見せず、しれッとした顔で食事をする姿を見る辺り問題はないようだ。
「その話、本当なんですか?」
「スエラ?」
いつもなら、ヒミクがすごいなとか、エヴィアが精進しろと言葉をかけてくるタイミングなのだが、今回は少し様子が違う。
食事を止め、俺の方に向き直り、真偽を問うような視線でスエラが俺に問いかけてきた。
「事実だ。魔王様が次郎を推薦し、その話を次郎は受けた。それだけの話だ」
そのあまりにも急な反応に俺は一瞬、虚を突かれどう反応したらいいか迷ってしまったが、そこにすかさずエヴィアが話を差し込んできた。
「この短期間でここまでの話が出ているのはいいことだ。それに不満があるのか?」
スエラの雰囲気に合わせてか、その真意を問うてくるエヴィアは私情を挟まず。
その立場に見合った雰囲気を纏っていた。
「いえ、不満などありません」
「………あるのは、不安と言ったところでしょうか」
「メモリア」
さっきまで明るかった食卓は、この噂話の所為で一気に暗くなってしまった。
スエラの不満はないと言う発言を聞き、それでも表情が晴れないことを察したメモリアは、まるで自分もそうだと言わんばかりにスエラの心中を言い当てて見せた。
当たりだと言うように、儚げに笑いメモリアの名前を呼ぶスエラ。
「その気持ちは理解できます。商人としての私なら、この話は迎え入れるべき話でしょう。ただ、個人の話として考えるのなら次郎さんの背負うリスクからは目を逸らすことは出来ません」
メモリアも食事を止め、そっとスエラの気持ちは間違っていないと言い含めて、そしてなおかつ自分の意見も言ってのける。
「ですが、それを踏まえて私の意見をまとめるのなら次郎さんの選択を尊重します。先ほどの話は噂の真偽の確認をしただけで、深い意味はありません」
それだけですと、言って食事を再開するのではなく話の流れを別の人に渡す。
「ジーロ」
そしてその流れを掴んだのはヒミクだった。
俺の名前を呼び、そしてその声に応えるため、そっち側に顔を向けると。
「あなたが力をつけるということ自体は私は否定はしないし、出来ない。それはかつて勇者を導いた私が言える言葉ではない。何よりも、あなたが上の立場になり権力者になること自体、良いことなのか悪いことなのか私には分からないのだ」
真剣な顔で、この話はしておかないといけないと前置きを挟み、しっかりと言葉を選んだ彼女の言葉に重みを感じる。
「だが、覚えておいてくれ。力に溺れた者は大抵の末路は碌なことにはならない。あなたにはそうなってほしくない。いざとなれば私があなたを止める。それだけは」
「ああ、わかった」
そんな真摯なヒミクの言葉を無下には出来ず素直に頷いた。
俺の返事を聞き、ほっとしたヒミクはそれならいいと、頷きそっとスエラに視線を流した。
メモリアの話も、ヒミクの話も、きっとスエラに考える時間を与えるために先に話したのだろう。
であれば、この後のスエラの話をしっかりと受け止めないといけない。
「次郎さんは、この話を受けたいんですか?」
不安を隠せず、普段よりも弱々しく聞く彼女の言葉に。
「ああ、俺は教官の隣に立ちたい。だから、今回の話はいい機会だと思った」
真っすぐに嘘偽りのない言葉をぶつける。
「………私は、正直に言えばまだ早いと思います。できれば、次郎さんには考え直してほしいとも思っています」
スエラは悩み、数秒の間をおいて本音を言ってくれた。
それは前回の時とは正反対の言葉。
前回のトーナメントの時は応援してくれたが、今回は考え直してほしいと願った。
何で、とは聞けなかった。
「いえ、違いますね」
頭を振り、その言葉が正しくないと訂正したので聞くタイミングを逃してしまった。
「この言い方では次郎さんが悪いみたいになってしまいますね」
そして。
「あなたの力を信用していないと言うわけではありません。私が覚悟を決めきれていないと言うだけです」
俺は、久しぶりにスエラの弱音を聞いた。
「あなたの力の成長は、魔王軍の中でも群を抜いて速い。それ故の抜擢です。それ自体はとてもすごいことです」
ポロリとこぼすように吐き出すスエラの言葉。
「だからこそ、不安でたまらない。どんどん先に行くあなたが戻ってこないのではと」
放たれた矢のごとく、俺が戻ってこない未来を不安視している。
「スエラ、俺は」
大丈夫だと言うのは簡単だ。
だけどそれは簡単に言っていい言葉なのか。
その迷いが次の言葉を紡げず。
リビングから聞こえるユキエラたちの泣き声で、俺たちの話し合いは中断されてしまった。
「少し、考える時間をください」
「………」
それだけ言ってスエラはそっと席を立ち。
泣く我が子の元に向かう。
その姿を見て、俺はこの光景を置き去りにする可能性に気づく。
そしてその後は酒を飲む気にならず。
普段より少し、静かな夜となった。
今日の一言
意見のすり合わせは、難しく、一度決めたことでも覆る。
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