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440 まっすぐに進むこと、それは是か非か

 

 海堂に伝えた通り俺は午後から、自主訓練と称して次元室を訪れていた。

 海堂は、無事次元室を確保してくれていたので、スムーズに入ることはできた。


 できたのだが………

 そこにいた職員からは、本当にやるのか?と何度も確認され、頷くたびに正気か?という視線にさらされてしまった。


 まぁ、職員の反応も無理もない。



 辺り一帯が瞬く間に戦場と化し、そして次から次へと襲い掛かる魔獣たちと戦う。

 どれくらいが自分の限界かを見極めるため。

 そしてその限界を超えるための訓練として始めたのだ。


 その内容は生半可のモノではない。


「はぁはぁ、ちょっと午前中の事務作業が恋しいかねぇ」


 少しだけ後悔している自分がいた。


 呼吸が荒れる。

 いくら強化された体と言っても、無限に体力があるわけではない。

 忙しなく来る敵を前にして、忙しかったが平和であるデスクワークが恋しくなる。


「っ!?」


 そんな心の隙を逃すまいと襲い掛かってくる気配を感じると同時に、右手で握っていた鉱樹を一閃。

 攻撃態勢となっていた、斑模様のトカゲのような魔獣を縦に切り裂く。


 鋭い牙が俺の顔面すれすれを横切り、一撃で絶命させなければ俺の体に食らいついていたであろう魔獣が、その勢いのまま遠くに落ちる。


「ったく、次から次へと」


 次元室に入って現実時間で四時間ほど、体感時間ではすでに八日目に入っている。

 その間ずっと戦い続けていては、神経は鋭くなり、一時も気が抜けない空間は俺の感覚をさらに鋭くさせた。


 次から次へと湧き出る魔獣たち。

 力が強いモノ、体が頑丈なモノ、賢いモノ、毒をもったモノ、邪眼を使うモノと多種多様。

 それが一匹二匹と言った数なら問題はないし、ちょっと呼吸を落ち着けることもできるのだけど。


「っくそ」


 悪態をつくほどの数で周囲を囲まれたとあれば、流石に嫌になる。


「教官は、よくこんな状況で笑ってられる」


 初日辺りはまだ余裕があったが、日を重ねるごとにその余裕は削り取られ、気づけば今の体でそんな余裕を浮かべることは流石にできない。

 ヘラリと覇気のない薄っぺらい笑顔で気力を奮い立たせることだけで精一杯。


 連戦に次ぐ連戦で体は鉛のように重く。

 普段だったら羽のように軽い鉱樹であっても、一回振るうのにも体力を消耗してしまう。


 〝来るぞ!〟

「おうよ!!」


 それでもこの戦いを突破しないといけない。

 そうでなければ俺は次の戦いに進むことはできない。


 荒れる呼吸を飲み干して、気力を奮い立たせ、表情筋に仕事をさせてニッと頬に笑顔を作らせる。


 逃げ続けるのではなく、戦い抜けると言う課題を自分に課している今。

 次から次へと来る魔物の群れを全力で迎え打つ。


 そこに必要なのは折れない心だと、今の俺は学んだ。


 いくら体が強靭であっても、心が先に負けていては流石に戦い続けることはできない。

 であれば、まず最初に頭から追い出した言葉は無理という言葉だった。


 〝魔力が乱れているぞ!!気合を入れろ!!〟

「かぁ!次から次へと本当に嫌になる!!」


 少しでも気が緩むと、魔力の波長が乱れて、その途端に負債のように積み重なった疲労や眠気といった体の負担が一気に押し寄せてくる。

 この魔物の巣とも言えるこの空間でその負荷は致命的と言っていい。


 鉱樹を振るう手が、一回また一回と攻撃するたびに筋肉が悲鳴を上げて脳が限界だと叫ぶが、まだだと心で檄を飛ばす。

 基本その繰り返しだ。

 弱気と言う感情は一番戦いという状況であれば邪魔であった。


 地を這う蜥蜴ども、空を飛ぶ竜。

 大きな足音を響かせて俺に迫りくるオーク。

 独特の足の関節の稼働を音を響かせ威嚇してくる虫たち。

 遠くからは狼たちの遠吠えが俺がここにいて戦っていることを知らせている。


「魔力循環を強めろ!!押し通るぞ!!」

 〝おう!〟


 枯れることのない気合をもってして、体に鞭を打つ。

 重いと思うな、動かないと思うな。


 まだいけるまだいけるんだと心で思い込め。

 でなければこの数をしのげない。


「いや違う、この数を殲滅できない!!」


 出来ないと言う発想を捨てろ。

 どうやればできるかだけを考えろ!!


 攻撃は全て通る。

 であればあとはいかに最小限の力で相手を倒せるかだけを考えろ!!


 今いる場所は森林だった地域。

 身を隠し一回休憩を入れるのに好都合かと思ったんだけど、それは相手も同条件で体を自然色と同化できる魔物の奇襲にあってからは、辺り一帯を切り裂き、見事に森を禿げさせた。


 そうしないと奇襲を受けて瞬く間に蹂躙されてしまう。

 常に神経を尖らせていても、俺の集中力ではいつまでも警戒し続けるのは難しい。


 力を最小限に、呼吸を乱すな。

 常に最小限の力で相手を圧倒できるようにしろ!

 余裕を保て。


「力んだか!?」

 〝焦るな!〟


 疲れた体でも感じ取れる、鉱樹を振るった時のわずかな違和感。

 スムーズに切れず、苛立ちを募らせたが相棒の激によってすぐに思考を正常化させる。


 そんな一瞬。

気が迷った俺のいた場所めがけて、空から強力な魔力が降り注ぐ。

 竜たちのブレス攻撃だけではない。


 これは………


「エルダーリッチか!」


 空を飛ぶ竜の背に乗る、ほの暗いローブに身を包んだ人型の存在。

 アンデッドを敵に設定したが、こんな感じで攻め立てられるとさすがに手出しが難しくなる。


 序盤は力任せに魔力で薙ぎ払って見せたが、魔力が空になりかけている現状それはできない。


 味方の被害を避けるように、だけどそれでも精密に飛んでくる高等魔法の数々は俺を引っ掻き回すだけのかく乱攻撃のように見える。

 であれば、本命は何か。


「うっ!?これは」

 〝風上を取られたぞ!!〟


 そんな思考を考える暇も与えないと言われたと思った。

 僅かに感じた頬の痺れと、舌に感じる辛味を急激に強めた痛み。


 その正体は何かと考えるよりも先に、魔力循環を強めて、この毒に抗う。


「鱗粉か………」


 ふらりと視界が歪んだが、その歪む時間は一瞬。

 霧のように風上から飛んでくるその鱗粉を吸わないように、首に巻いていたスカーフで口と鼻を覆う。


 剣圧で辺り一帯を吹き飛ばすと距離にして約二百メートルと言ったところか。

 上空で滞空する蛾のような魔獣が集団で羽を揺らして白い鱗粉をまき散らしていた。


 ここにいる魔獣ごと毒まみれにしているかと思いきや、ここら一帯の魔獣たちに淡い光の幕が纏われているのを見るや否や空を見上げる。

 そこにはエルダーリッチたちが集団魔法で魔獣たちを強化しているのが見える。


 そうということなら場所が悪いと、全力で駆け出す。

 最初と比べて、どんどんと魔獣同士の連携が確立されているような気がする。


 最初はただ俺を倒しに来る力押しの状態だったのが、徐々に徐々に環境を俺が不利になるように整えて、じわじわと詰将棋のように追い込んでいっているように感じる。


「いや、狼もそんなことを考える知恵くらいはあるか」


 相手が疲れるのを待つ。

 それを実行しているだけに過ぎないか。


 独り言で気を紛らわしながら森を駆けて、開けた先にいたオークの軍団に飛び込む。


「オラァ!!!!」


 下手に逃げ場を探すよりも、正面から突破したほうがまだマシだが。


「人型を選んだのは失敗だったかねぇ!?」


 この次元室での訓練で根本的に人型と獣型の魔獣での戦い方には大きく差が出る。

 竜や昆虫、ほ乳類、爬虫類と言った種族の魔獣たちは基本的に己が身で戦う本能型。

 では逆に鬼やアンデッドと言った人型の姿をしている種族は、その身を装備で整えて、理性を使い戦う知性型。


 直感で動く魔獣たちの動きも厄介だが、こうやって陣形を組んで理性で襲い掛かってくるのもまた厄介。


「っ!」


 鎧袖一触でオークを切り捨てるのはいいが、その屍を超えて、魔素へと還される同胞の体を突き刺すように槍衾が完成され、俺の命を狙ってくる行為は獣たちにはできない。


 理をもってして戦略を立てられると、こちらにも思考の割合を対処に割かれ対応が遅れる。


 一分、一秒が本当に長く感じるなここは。

 最早何体倒したかなんて数えるのも面倒になって、数えていない。

 もしかしたら次元室を管理している職員が数えているかもしれないが、それは今はどうでもいい。


「建御雷」


 ようやく貯めた魔力を装填し、この集団を一気に掃討するための魔法を展開する。

 切り結びながら帯電を始める鉱樹。


「解放!」


 その稲妻を正面にめがけて一気に開放する。

 蒼き稲妻が、大地を抉り、オークの軍団に食らいつき。

 正面に大きな一本道ができるかと思ったが。


「対魔法用の盾か」


 百メートルも進むとその勢いが殺された。

 そして防いだ先にいたのは、大盾を壁のように連ねて並ぶオークの兵隊。


 その重厚な盾から感じ取れる雰囲気に対魔法処理が施されているのがわかる。

 俺の回りを一回綺麗にできたが、そこの隙間になだれ込むように森から出てきた魔獣たちが襲い掛かってくる。


 ではオークたちは何をしているか。

 盾の舞台の後ろで大きくバリスタを構える集団が、盾の隙間から見える。


 地には魔獣、空には竜とエルダーリッチ、そして壁のように逃がすものかと包囲を作り出そうとするオークの軍勢を囲うように虫たちが飛び交う。


「笑えてくるなこれ」


 数の暴力とはこのことか。

 最早どこから手を付ければいいかわからないほど、敵に囲まれた俺は疲れた笑みを浮かべる。


「上等だ」


 そこに諦めの感情など含めてはいない。

 ただまっすぐに相手を蹴散らすだけと、体を突き動かして正面から挑みかかる。


「ハハハハハハハハ!!これは良い!!敵に近づく必要すらないと来たか!!」


 一歩踏み込むだけで敵がいる。

 十歩圏内には、敵が溢れる。

 さらにその先にいる敵を蹴散らすが、わんこそばのように敵が補充されてくる。


 動くことも体力の消費と割り切り、敵の攻撃は全て鉱樹一本で防ぎきって見せる。

 竜のブレスもエルダーリッチの魔法も、毒蛾の鱗粉も、オークのバリスタも、全て斬る。


 砂塵が舞いとび視界が悪くなろうとも、直感でここに敵がいると思いそこに振るえば敵がいた。


 何か強力な魔法を唱えようとしたエルダーリッチにめがけて思いっきり切り飛ばし魔素に帰る前のオークの頭を蹴り飛ばしてやった。


 何やら粘性の糸を飛ばし鉱樹に巻き付いて来た蜘蛛をその糸ごと振り回して竜にぶつけてやった。


 鉱樹が使えないことをこれ幸いと俺の喉笛を食いちぎらんと襲い掛かってきた狼たちを蹴り殺してやった。


 体力は底をつきそう。

 魔力も風前の灯火。

 空腹感はかなりヤバい。

 目の前がふらついてきてる。


 だけど不思議と頭はすっきりしてて、何をすればいいかわかっていて思考は明瞭だ。

 調子が悪いのは体だけ。


 冷静に何をすればいいか脊髄反射で体が動いてくれる。


 一歩踏み込め、一歩退け、頭を傾けろ。

 最小の労力で最高の成果を。


 無駄な力を、一切かけず、そして最大効率で敵を倒し続けろ。

 傍から見れば時代劇の殺陣をしているかのように敵の動きを読み切れば、こうやってそっと襲い掛かってきた魔獣の移動先に鉱樹を置くだけで敵の首はあっさりと飛ぶことを理解した。


 魔法もそうだ。

 もとから斬ることはできると思っていたが、それはまだ俺の中で無駄があった。

 魔力を切るのではない。

 魔素を斬るのではない。


 魔法を斬るのなら、法を切れ。

 そうすれば。


「こうやって簡単に魔素に帰る」


 力任せに魔力をぶつけ、魔法を斬っていては魔力がいくらあっても足りない。

 だから魔法を魔法として存在させる術理を斬ってやれさえすれば魔法はただの魔素に成り下がる。


 これでエルダーリッチの魔法はどうにかなった。


「………」


 オークのバリスタといった物理攻撃は、相手の意思を読んでやればいい。

 どこを狙っているのか、その隙間を探し、その場所に順番に体を潜り込ませれば後は勝手に攻撃がすり抜けてくれる。


 力が入らなくなって、どんどん体が重くなってきてエコな動きを意識したら意外とできるもんだなぁ。


「これなら、あと二日くらいはもつかな」


 存外、ヤバいと思い始めた時からが本番なのかもしれない。

 追い詰められたと思えたころから、無駄を省いてみればまだまだ俺の体には余力というものは残っていた。


「さてと、今日はヒミクの美味しいビーフシチューが待っているぞっと、腹すかせて帰らないとなぁ」


 ドンドン余計なものをそぎ落として、どんどん派手な動きを削って。


「ユキエラとサチエラと一緒に風呂入りたいし」


 走ると言う行為もなくして、無理に相手を追わないようにして。


「そう言えば、この前メモリアがうまい酒を仕入れていてくれたな」


 迫る敵を無理に抗うのではなく、相手の動きの流線にそって鉱樹を添える。


「エヴィアは今日は早めに帰ると言ってたな。最近忙しそうだったから一緒に晩酌でもするか」


 力業で進むのも悪くはないが、こうやって無駄を削ぐのもまた必要なことだったか。


「スエラも誘って五人で一緒に過ごすかぁ」


 そして通った道のりに屍の山が出来上がる。


「良し、もう少し頑張れそうだ」


 この方法なら呼吸も楽だし、魔力の回復の余力もできる。

 体力の回復にもめどが立った。


「後はこの方法を確立して、しっかりと磨いていかないとな」


 まだまだ粗削りで、効率化できそうだと。

 バトルロイヤル用の戦いの模索は存外早く解決策を見つけられそうだった。



 今日の一言

 模索することは、必要である。


毎度のご感想、誤字の指摘ありがとうございます。

面白いと思って頂ければ、感想、評価、ブックマーク等よろしくお願いいたします。

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[良い点] がんばれーじろー
[一言] 少しずつでも進んでるなら辿り着ける 戦闘中に嫁さんの事考えられるなら大丈夫やな
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