439 やると決めたのなら、やるべきことのための方法を模索する
新章 突入です!!
将軍位への挑戦権。
それはある意味で、この魔王軍に所属する者なら喉から手が出るほど欲するプラチナチケット。
それを人間である俺が手に入れたと噂がたつのに時間はかからなかった。
「まぁ、人間って言っても半分以上やめてるけどなぁ」
しみじみと頷きながら人外になっていることをつぶやき、社内を歩いている途中に聞こえるヒソヒソ話。
身体能力で強化してる分、距離が離れてたり念話みたいに秘匿性に長けた通信方法でもない限り、そのヒソヒソ話も注意してなくても聞こえてくる。
前回トーナメントに参加した時は、無謀だと揶揄されていたが、今聞く限りだとその評価は前回とは正反対の評価となっている。
もしかしたらと期待してくれているわけか………
正直、もう少し批判的な声があるかと思ったが。
思ったよりも評価がいいのはこの会社に溶け込めている証拠と思っておこう。
「それにしても、ずいぶんと噂になっているようで………」
俺自身はスエラたちにしか言ってないから、漏れるとしたら彼女たちからなのだろうが、この広がり具合から察してスエラたちではないのは確か。
教官から漏れた。
いや、教官が漏らしたか?
「もしかしたら、堂々と社長が漏らしたって可能性があるから笑えないんだよなぁ」
廊下を歩いているだけで視線を集める始末。
こんなことになるなら、この話受けない方が良かったかなと心にもないことを思いつついつも通りの出社。
「聞いたわよ。次郎君。それとも未来の将軍様かな?」
「どこで聞いたか教えてもらってもケイリィさん?」
オフィスに踏み込むや否や元気よくくる挨拶の代わりに、噂の真偽を確認しに来たケイリィさんに苦笑しつつ、こっちはこっちで噂の出所を探る。
「あちこちって言うしかないわね。今の会社ならどこでも聞けるわよ。ついに師弟対決か!?とか魔王軍始まって以来の初めての人間の将軍誕生かって見出しがつきそうなほどの勢いよ」
「それはまた盛り上がってるようで」
「あら、思ったよりも落ち着いているのね」
オフィスを横切り、自分の定位置である課長席に着き、パソコンのスイッチを入れながらケイリィさんの話を聞けば、からかい甲斐のないと些か不満そうにしている。
「慌てても教官が弱くなるわけでもないですし」
「それもそうね。ただ、気をつけなさいよ。前の時も一緒であなたの昇進のことで良く思ってない人は結構いるから」
「今更って気もしなくはないですが」
そう不満そうにされても困る。
ここまで来たら慌てる意味などほぼない。
やれることをやって本番に挑むだけだ。
「嫌じゃないの?」
「嫌ですよ。誰が好き好んで敵を増やしたがるんですか」
「だったら」
楽観的とも取れる俺の態度になぜと疑問を挟んでくるケイリィさんに向けて苦笑を一つこぼし。
「チャンスだからとしか言えないのと、遠くに見えていた背中に追いつけるかもしれないからかな」
「………はぁ、昔の私に説教したい気持ちよ」
俺は素直に挑戦する気持ちを伝えると、大きくため息を吐いた後にケイリィさんは笑う。
「その心は?」
「こんな玉の輿見逃した私によ」
「それは残念。もしかしたら昔の俺はもっとモテてたかもしれないわけだ」
「スエラがいなければって、頭文字がつくわよ?」
「それなら仕方ない」
その笑顔の意味には、少し冗談も混じっているかもしれないけど、心の底から応援してくれていると言う気持ちも見て取れた。
だからこそ、俺もその信頼に応えるために笑って冗談を宣う。
「そう仕方ないの。だから、この書類もよろしくね。未来の将軍様」
「………はぁ、了解しましたよ」
有休を使った分、仕事は溜まっているとは思っていたが、予想よりも多い仕事の量に思わずため息がこぼれる。
ずっしりと感じれるほどの量は流石に予想はしていなかった。
午前中にはこれを片して午後からは来る日に向けて少し訓練をしたいところなのだが………
「終わるかな」
「せんぱーい!!なんかアミリちゃんから面白い話を聞いたんっすけど!!」
ケイリィさんが立ち去ってすぐに全力で手を振り、近寄ってくる海堂を見つけ。
少し考えた後に。
「先輩って、また将軍につくための試験を受けるんっすか!?」
「まぁ、そうだな。そこでだ。ちょうどよく来た海堂に少し頼みがあるわけなのだが?」
「ん?なんっすか?」
どうせなら少しだけ手間を減らそうかなと思う。
ポンポンと俺の決裁待ちの書類の山を叩く。
「ちょっと仕事が立て込んでいてな、次元室の使用の許可を海堂の方で取っておいてくれないか?」
「いいっすけど、何するんっすか?」
次元室を使うとなれば、使用用途は訓練以外ない。
それを理解している海堂の何という部分は、使用用途に合わせた次元室のセッティングに関して聞いているんだろう。
「なに、ちょっと乱戦の練習をな」
そして俺が伝えていく内容を聞いていくとどんどん海堂の顔色が悪くなっている。
「マジっすか?」
「マジもマジ、大マジよ」
正気じゃないと目で語る海堂に、俺も俺で確かになと苦笑するほかない。
内容が内容だ。
俺の正気を疑ってもおかしくはないだろう。
「これくらいやらないとダメそうなんでな」
「………わ、わかったっすよ。何時くらいに用意しておけばいいっすか?」
「昼休憩終わったらすぐに、それと倍速は三十分で一日に設定で五時間頼む」
「十日間もやるんっすか!?さすがにこの設定でそれって死ぬっすよ!?」
おまけに期間が長いことに海堂は悲鳴に近い非難をしてくるが、それでもやらないといけない。
「むしろ、対教官を想定すると足りないくらいなんだけどなぁ」
「………た、確かに」
相手は教官だ。
勝つためには、努力を怠ってはいけないが、只努力を積み重ねるだけで勝てると言うわけでもない。
追い込めるだけ追い込まなければあっけなく負ける未来が待っている。
「と言うわけで、すまんが頼む。ダンジョンテストのときはしっかりと参加するからな」
「う、うっす」
どうするべきかなぁと悩んでいるが、その時の海堂が悩んでいることに俺は気づけなかった。
Another side
海堂忠は今非常に危機感を抱いている。
それは何に対してかと聞かれれば、それは海堂にとっての先輩である田中次郎に対してだ。
噂話と言うよりは、只の業務連絡とした感じで同棲中の機王アミリに夕食時に次郎が将軍になるための試験を受けると言う話を聞いた。
段々とうまくなっているシィクとミィクの料理を楽しみながら出てきた話題に明日少しからかって大変ですねって慰めてやろうと思った海堂が、その安易な考えを真っ向から否定された。
彼の手元にあるのは次元室の使用申請書。
これを提出すれば次郎が訓練をすることができる。
本来であれば、これは総務部にすでに提出されている書類なのだが、まだ海堂の手元にあり、そして
「先輩がヤバいっす」
「いや、リーダーがヤバいのはいつもの事のような気がするのは拙者だけでござろうか?」
「安心しなさい。あんただけじゃなくて私もそう思ってるわよ」
「俺もです」
「ん~、こればかりは否定できないヨ」
パーティーメンバーにその書類の中身を晒されている。
パーティールームの机の中央。
そこに置かれた申請書の中身。
「何でござるかこれ、自殺願望でもあるかってくらいに殺意高すぎでござるよ。重力環境が五倍で、召喚されるモンスターには影響されず。酸素濃度も半分」
「モンスターの種類もヤバいわね。すべてが基本的に上位種。次元室で用意できる最上位個体ばかりじゃない。正面からの戦闘できる竜種に数で圧倒してくるオーク種、暗殺に特化したタイプも結構いるわね」
「毒とか状態異常が得意にしている奴もいますね」
「それもそうだけど、一番マズイのってこれダヨネ。休憩なしの十日間で敵判定が次郎さんだけ」
「「「「「………」」」」」
数も質も時間も環境もすべてが敵と言う環境に次郎は今飛び込もうとしている。
想定内容としては、バトルロイヤルを想定した訓練だと海堂は聞いている。
だけどこれは決してバトルロイヤルではなく一対多数の戦いだ。
じりじりと体力が削られる最中で、相手は体力も気力も万全で挑める環境。
唯一の救いは、マップを限りなく広く、そして様々な環境を用意しているから身を隠すことができるということくらいだ。
せめて敵同士で戦ってくれれば休憩時間くらいは取れるだろうけど、アメリアが言った通りこの設定は全てのモンスターは次郎だけを敵だと認識して襲い掛かり、モンスター同士の接敵はない。
「………これ本当にリーダーは挑むんでござるか?」
「そうっす」
「私、眼が疲れているのかしら。使用期間のところに五日って書いてあるような気がするんだけど」
「正常っす。ちなみに、ここに来週分と再来週分の申請書もあるっす」
「十日×五日×三週間ぶん、五か月分ですか………嘘ですよね?」
「嘘だったらどれだけ良かったっすか。ちなみにっすけどたまたま手元に申請書が三枚しかなかっただけで、あとで補充するかって先輩言ってたっす」
「クレイジーだよ」
「まったくっす」
そんな環境にパーティーリーダーが挑むと聞くだけおかしいのではと思うのだが、生憎と次郎は正気で、それに挑むと言っている。
それを聞いて大丈夫かと心配することもできなくなったパーティー一行。
「それで、皆に相談なんっすけど」
「まぁ、確かに拙者も効率厨である自負があるでござるが、さすがにこれはやりすぎだと思わなくはないでござる」
「となると、どうやって次郎さんを止めるかって算段よね」
真剣な表情で相談と提案する海堂に、南と北宮は彼が次郎の無茶を止めるためにこの書類を持ってきたと思った。
だが。
「違うっす」
彼は首を横に振った。
真剣なまま、いつものおチャラけた雰囲気は欠片も見せず。
その代わり白紙の次元室の申請書を出した。
「総務部でもらってきたっす」
それも一枚や二枚ではなく束でだ。
「俺、考えたんっすよ。最近はどんどん先輩との実力が離されていく。そのことを先輩は気にするなって、俺のペースで強くなればいいって言ってくれるっすけど、それって甘えじゃないかって」
それは海堂自身の覚悟の表れ。
「先輩も教官の隣に並ぼうとしているのに、いつまでものんびりと背を追いかける俺はなんなんだって。そろそろそんな時間は終わってもいいんじゃないかって思ったっす」
ギュッと握りこぶしを作る海堂は、なぁなぁでこのまま過ごしていいのかと南たちに問いかける。
「なるほどなるほど、つまり海堂さんは拙者たちに友情努力勝利でよくある。修行パートのお誘いに来たと言うわけでござるか」
「私たち、海堂さんと違って正社員じゃないんだけど」
「そうですね」
「ん~私はちょっと違うけどネ」
そんな海堂の覚悟に口では乗り気ではないようなことを言いながら、南たちの手は一人また一人と順番に申請書に手を伸ばし。
「ま、置いていかれるってのは性に合わないわね」
「フフフフフフ、魔力適正の差が戦力の決定的な差ではないことを拙者の理論で証明してやるでござるよ」
「僕もこのままは嫌なので」
「一人でやるのは嫌だけど、みんなでやれば楽しいよネ!」
「みんな、助かるっす」
海堂の考えに賛同した。
「やるとしたらとことんやるでござるよ」
「ま、どうせなら次郎さんを驚かせるくらいはしたいわね………いっそのこと課の人とか誘ってみる?」
「人数が多い方が確かに良いかもしれませんね」
「Good!みんな強くなるとさらに次郎さんも驚くよキット!」
動き出したらここからが早いのが月下の止まり木だ。
南の腕が魔力強化によって迅速に内容が用紙に書かれていく。
「とりあえず、個人用とパーティー用でそれぞれ時間ができた時用の奴を書くでござるねぇ」
「あんた、もしかして施設の内容全部覚えてるの?」
「ふふふふふふ、ゲーマーとしてどこで何をできるかを覚えるなんて常識でござる。ちなみに、拙者パーティーメンバーだけではなく、閲覧できる課の人たちのステータスも全部把握してるでござるよ~」
その内容がいかに的確で、そして詳細に書かれているか目を見開き驚く北宮。
勝はできるよなとそこまで驚かず、アメリアはすごいすごいと素直に興奮していた。
そして海堂はと言うと。
「ここにもいたっすねぇ規格外」
「失礼な、拙者をリーダーのようなバグりそうなキャラと一緒にしないで欲しいでござる」
「ん?それはどういう意味っすか?」
うちのパーティーの中で一番の順応能力が高い南に、冗談交じりに感嘆の言葉をこぼすと南は異議ありと、言わんばかりに申請用紙の裏側に走り書きのようにとある数値を書き出す。
「「「「「え!?」」」」」
田中次郎
魔力適性十(魔王クラス)
役職 戦士
ステータス
力 289039
耐久 485697
敏捷 336542
持久力 602578
器用 350008
知識 12547
直感 556874
運 2
魔力 299987
状態
龍人化
「拙者のステータス、運以外はこのステータスの十分の一以下でござるよ」
こう言うのが規格外だと言うんだと南は言いつつ。
「だからこそ、超え甲斐があるんでござる!!」
さらに燃え出す南に海堂たちも感化されるのであった。
今日の一言
やることを決めたら、やるべきことも見えてくる。
毎度のご感想、誤字の指摘ありがとうございます。
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