437 前に進まないといけない、そう思えればまだやれる
キオ教官との酒の席で久しぶりに潰れる勢いで飲み明かした。
だけど龍の血が入っている所為か、あるいは強化された肉体の所為か俺が飲んだことのある酒の量の自己ベストを更新したにも関わらず、酒宴の後のこの体に二日酔いとかの後遺症はない。
いたって健康、このまま戦闘にも入れるほど万全な状態だ。
むしろ、意識はクリーンである。
前の肉体なら急性アルコール中毒で救急搬送待ったなしの量を飲んでいるのだが、それでも平気なのは流石ファンタジーと言ったところか。
さて昨日は確か、かなり遅くと言うにはさらに時間をたてて朝までずっと酒盛りをしていたはず。
次から次へと出てくる酒の瓶を樽をどんどん空にした記憶は残っている。
幸いにして次の日も有休を申請して仕事の予定はない。
なのでこれ幸いと教官と一緒に、朝を通り越して昼まで酒を飲んでいて教官が持ってきた酒のストックを切らすとこまでいった。
告別式を放っておいて何をやっているんだと笑われるかもしれないが、フシオ教官が死んだと思っていない人と鬼にとってはこれくらいが、ちょうどいいと教官のお墨付きがあるので文句は言われまい。
「さて、次郎君。君とライドウがどうして私の前に呼ばれたか理由はわかるかい?」
だが、その教官にすら注意ができる立場の社長から有休を開けた先の翌日に呼ばれたと言う事実を前にして、心当たりがあるかと聞かれれば昨日の酒盛り以外に心当たりはないと俺は答えておこう。
「わからねぇな大将!!」
体中に酒の匂いを纏っていながら堂々としすぎだと思うくらいにはっきりとものを言う教官に倣って俺もわからないと言うべきか?
多分俺と別れた後もずっと酒を飲んでいたんだろうなと思いつつ、俺は一回家に帰ってシャワーとか浴びているからその点は問題ない。
ある程度は言い訳ができる。
「なるほど、ライドウは心当たりはないと、それで次郎君は?」
だけど、ダメだ。
隣に立っているエヴィアがいる時点でその言い訳は通用しないとわかり切っている。
下手な言い訳をすれば社長の心象も良くないものなるに違いない。
だったら。
「酒の席に社長を呼ばなかったことですか?」
ある意味で開き直って白状したほうが百倍マシだ。
酒の席を国葬の後の告別式にやっていたことの問題をうやむやにすることもできる。
「え?そうだったんですか大将。言ってくれたら誘ったんですぜ?」
ついでにこの隣にいる鬼教官がその話に乗ってくれればさらに話は明後日の方向に飛んでいく。
こうすればダメージは最小限に抑えられる………ハズ!
スッとぼけたように社長を見るキオ教官に感謝しつつさぁどうだと沙汰を待つ。
「ハハハハハハ、いやまぁ、そのことに関しても言いたいことはあるね。うん、私自身もノーライフが死んだと思えてなくてね。だけどこれでも国を預かる身だ。体裁というモノは大事なんだよ。さすがに私が国儀を放り投げて私的な酒盛りに参加するわけにはいかない。参加はしたかったけどね」
「魔王様」
「おっと」
結果は大正解とまではいかなくとも一応正解の範疇に収まったと言う感じか。
面白おかしく大きく笑ったあと、残念だと言い放つ社長の表情は明るい。
そして何で呼んでくれなかったのかなと笑顔で茶化す社長にエヴィアが釘をさすところを見る限り、本題は別件らしい。
「さて、楽しい話はここまでだ。ライドウ、次郎君」
和やかな空気が一瞬で過ぎ去り、ピリッとした空気が流れ始める。
「現状日本とアメリカと言う国と交渉している最中で、戦災復興中にも関わらず大火災の援助に今後の対イスアルの防衛対策も練らないといけない。そんなタイミングで不死王ノーライフの行方が知れなくなった。多忙を極めるこの状況でどこにいるかわからない彼を捜索している余裕は国にはない。なので今後の彼の扱いはすでに死亡したということなる。そのおかげで七将軍の席が二席も空席になってしまった」
それは魔王軍の現状を短く伝えている社長であるが、聞くだけでかなりハードなスケージュールを予定している。
国同士の交渉に、国防、震災復興に新たな将軍の選定。
やることは山積みというわけか。
「どこから手をつければいいかわからないと言えればいいのだが、生憎と国のトップというのはそのような泣き言は吐けない。すべてを解決しなければならない現状だ」
国庫も無限にあるわけではないのになと椅子にもたれかけ溜息を吐く社長には珍しく疲労の色が見える。
だが、そこに諦めの色は欠片も見えない。
「国との交渉は引き続きエヴィアに頼むとして」
次にやるべきことをすでに決めている社長の言葉に淀みはない。
スケジュールを伝えるように、淡々と言葉を紡ぎ、エヴィアの予定を最初に伝えてきた。
ということはこの流れから察するに俺がここに呼ばれたのは、前みたいにエヴィアに同行してサポートするということか?
「戦災復興と、火災の対応はウォーロックとルナリアに任せたし」
だけど、その指示は出ないでするりと話が流れてしまった。
てっきり呼ばれた理由はエヴィアの護衛だと思っていたがそうではないことに、ついエヴィアに視線で疑問を投げかけてしまった。
だが、彼女は答えてくれず逆に視線で黙って聞いていろと言われてしまった。
それならば仕方ないと割り切り、社長の話を傾聴する。
今動いているのはエヴィアと巨人王と樹王、で残っているのはアミリさんこと機王と竜王、そして隣の鬼王ことキオ教官だ。
「残るは対イスアルに対する防衛対策と新しい将軍の選定ってわけだが」
防衛対策と言うのは最近よく頻発する相手側からの侵攻の事か、それともダンジョンの事か。
「バスカルは今神殿との調整役で出向いていて手が離せない。ダンジョンの運営に関しては通常業務で回せるように人員を配置してもらうようにエヴィアに手回しさせた、防衛策の構築はアミリに依頼した」
これで残った社長の手札はキオ教官一人。
そして残った作業はと言うと。
「残るは空席の将軍位だ」
これが一番の問題なんだよと社長は苦笑して見せた。
「権力というモノが直結している分、老若男女問わず、自他問わず、様々な推薦状が私のところに陳情として挙がってくるわけだ、おまけに頭の固い方々はこれ幸いと私の失策をつついて足を引っ張ってくる。端的に言えば私の政策がこの現状を生み出した。自分の方がうまくやれるからこいつを将軍にしろってさ」
本当に嫌になると笑う社長のストレスの原因は身内か。
わかる。
下手な敵よりも身内の方が厄介と言うのは俺にも経験がある。
どこの組織にもついて回るんだよなぁそれ。
しかし、なぜそんな話を俺に聞かせる。
そう言った話は本来であれば、組織的にそこまで地位の高くない俺に聞かせるべき話ではないはず。
表面上はただ聞いているように見せて、心の中で大いに同意し大きく頷いている俺を気にせず話を進めているが、俺への本題はもしかして。
「いい加減しつこいんでね、将軍位の一つを老人たちに渡すことにした」
「!」
「おいおいおいおいおい、大将さすがにそれはまずいんじゃねぇか。嫌だぜ俺は。いつ背中を刺されるかわからないような奴と一緒に戦うのはよ」
その決断は果たして英断と呼べるのだろうか。
エヴィアからもそうだが、教官たちからも時々組織運営に関して苦労していると言う話を聞く。
今の魔王軍の将軍は社長自らが選定しているから、個性が違い過ぎてバラバラに見えているが実態は想像しているよりも結束している。
だけど蟲王にはじまって不死王と続き、その結束に隙間ができた。
本来であればその隙間はまた信頼できる者で埋めることが最善であるはず。
埋められないのなら埋めないでいた方がいいと言うこともある。
そうでなければ組織運営のバランスが著しく崩れる。
この大事な時期、組織がグラついている今、さらにその揺れを大きくする必要はないはずだ。
いったい何を考えているんだ。
キオ教官もその真意を問いたくて、社長の言葉を否定しているはずだ。
簡単に手放していいはずはない地位を明け渡す。
その理由は何だ?
「その背中を刺す奴をちょっと一か所にまとめたくなってね。いい加減組織内の膿を一気に吐き出したいのさ」
「!」
と考えるが答えは導き出せず、悩みそうになっていたタイミングで社長はとんでもないことを暴露した。
「はっ、なるほど。将軍位は餌ってわけか」
その真意を理解した教官は楽し気に笑い、将軍位を疑似餌にした策略だということを見抜く。
「向こうからしてもそのことは先刻承知だろうね。だけど、将軍と言う地位はその危険を承知で欲しがるほどのものだ。なりふり構わずその席を狙ってくる。後は大きな獲物が釣れるかどうか、そこは君の手腕にかかっているよ鬼王ライドウ」
最近頻発している問題点の数多くは、身内からの叛意が引き起こしたものばかり。
そのせいでいらぬ出血を強いられ続けている魔王軍。
今回のフシオ教官のことで社長はついに決断をしたか。
将軍位は教官が言っていた通りの餌。
その餌はおいしく見えているが、その実中には多量の釣り針を仕込んだ代物だ。
その釣り針を相手は飲み干せるか、それとも飲み干せず釣りあげられるか。
相手との勝負というわけか。
そしてその勝負の下準備をするのがキオ教官と言うわけか。
「あ?だがよ大将、その選定を俺がやるのか?」
だが、大丈夫なのだろうか。
この鬼とそれなりに濃い関係にはなっていると思うが、言っては何だがこういった暗躍系の駆け引きには向いていないと思う。
正面からまっすぐ行ってぶっ飛ばすを地でやる存在だ。
こう言った暗躍系統の仕事はどちらかと言えばフシオ教官やエヴィア、あとアミリさんもできるか?そこら辺が担当すべき事だと思う。
「ああ、そうさ。何せうちは実力主義の魔王軍。将軍になると言うのなら強さは絶対必須さ。正面からの戦いが弱いと話にならないしね」
しかし、俺の心配など気にせず社長はにこやかとは到底言えないような笑みでニヤリと笑って見せる。
「それこそ、現役の将軍に〝勝てない〟と強さを証明できない、ヨネ?」
あ、この社長勝たせる気が全くないな。
将軍位を一つ譲ると口約束はしているけど、その立場に立たせるつもりは一切ない。
社長の持てる物理的戦闘能力でトップクラスの文字通りの鬼札。
教官を残していたのはそのためか。
あくどい笑みとはこのことを言うのだろう。
エヴィアは何も聞いていないと言わんばかりに目を瞑り、頭を振っている。
そして真意を理解した教官は、社長のように満面の笑みを浮かべている。
社長の笑みを悪だくみをする笑みだとすれば、教官の笑みは凶暴な猛獣の笑みと言えば良いだろう。
「そうだな大将。弱い奴は将軍になんてなれないよな」
「ああ、そうさライドウ」
これはこの魔王軍にとってはごく当たり前の常識を話しているに過ぎない。
だが、阿吽の呼吸と言うべきか口には出していなくてもその裏を読むことに長けたこの二人の会話の裏側では。
『気に入らない奴はぶっ飛ばしていいんだよな?』
『ああ、遠慮はいらない。思う存分やり給え』
こんな感じの会話が繰り広げられているに違いない。
「ああ、そうだライドウ言い忘れていたよ」
「なんだ?大将」
「〝手加減〟はしっかりとやるんだよ。なにせ相手はご老人たちが大切に育ててきた大事な方々だ。万が一君が負けるようなことはないと思うが、それでも〝手加減〟は大事だ。いいねライドウ。しっかりと〝手加減〟するんだよ?」
大事なことだから三度も言いましたと念を押すような言い方であるが絶対に違う意味だ。
八百長を強要する言い回しでも、本当に八百長をしろと命令されるのなら教官は断固たる意志で拒否しただろう。
だけど、どうだろうか。
この満面の笑みと言える教官の笑顔。
教科書のお手本にも掲載したいほどの満面の笑みだ。
「おう!任せておけ大将!しっかりと〝手加減〟するぜ!!苦手だけどな!!」
これは絶対加減する気はない奴だな。
エヴィアが聞いているということは、体裁的には手加減をしろとしっかりと命令した場面だということか。
「ハハハハ!苦手も克服してこそだよライドウ!いい機会だ!この際手加減を覚えてくるのも一考だと思わないかい?」
哀れ、将軍候補たちよ。
お前たちは今、社長公認の教官の手加減の実験台になったことが確定した。
心の中で十字を切り、黙とうをささげる。
これできっと選定の時に全力で暴れる教官の姿が見ることができるだろう。
恐らく社長としては嬉々として出来レースだと思って将軍候補を送り付けてくる面々を調べ上げ、首輪をつける算段だ。
そんなに都合よくいくか?と心配するのもおこがましい。
この社長はやると言ったらやる。
万全の態勢で、膿を切り捨てる準備の場として将軍の選定をやるつもりだ。
「それで、残った次郎君なんだけど」
そう言えば、俺がなぜここに呼ばれてたか忘れてた。
結局俺はなぜここに呼ばれたんだ?
「君は、老人たちの目論見を踏み台にしてとあることをやってほしい」
まさかの社長直々の命令か。
嫌な予感しかしない。
「将軍候補を全員倒したライドウと最後に戦い。将軍位の地位を手にしてほしい」
………それは中々ハードな指令だ。
今日の一言
できると思うからやれと言われることもある。
感想にて指摘があり、検討した結果、過去に戻れないような描写があった部分を少し変更いたしました。
毎度のご感想、誤字の指摘ありがとうございます。
面白いと思って頂ければ、感想、評価、ブックマーク等よろしくお願いいたします。
※第一巻の書籍がハヤカワ文庫JAより出版されております。
2018年10月18日に発売しました。
同年10月31日に電子書籍版も出ています。
また12月19日に二巻が発売されております。
2019年2月20日に第三巻が発売されました。
内容として、小説家になろうに投稿している内容を修正加筆し、未公開の間章を追加収録いたしました。
新刊の方も是非ともお願いします!!
これからもどうか本作をよろしくお願いいたします。




