表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
444/800

435 必要だけど、やりたくはないってことは………

 フシオ教官の国葬。

 それに参加しないといけないとは心の中で理解はしているが、納得はできるかと言えばできるわけがない。

だけど、参加しないという選択を取らないということもできない俺は今ここに立っている。

 粛々と社長と神殿の神官が進行するその光景を見つめる。


 会社内ではなく大陸の魔王城で行われたその国葬。

 そこに普段は着ることは少ない喪服を身に纏い参列する。


 葬式なんて親戚の奴にしか参加したことのない俺にとって、ここまで盛大なものとなるとさすがに経験したことはない。

 いや。


「経験は………したくなかったな」


 それよりもこの場には来たくなかったという気持ちが占めていた。


 この広い空間。

 城の大広間を大々的に使用した国葬。

 その様相はこの大陸中に魔法によって中継され、幾人もの存在がこの目の前の光景を見ている。

 すすり泣く声、沈痛な顔で俯く人。

 あるいは厚顔な顔でポーカーフェイスを維持して何を考えているかわからない存在。


 様々な感情が入り乱れるこの空間の居心地の悪さ。

 それは何とも形容しがたい。


 だれも小さくつぶやいた俺の声を拾う存在はいない。

 何せ俺の後ろに並ぶ第一課の面々も差はあるが皆悲しみにくれている。

 ならそれ以外の存在たちの感情も、俺の言葉に反応できるほど心に余裕があるわけがない。


 俺が一番先頭に入り、この場所に現れた時はまるで敵を見るような目で見られたが喪主でありフシオ教官の妻であるシュリーさんが出迎えたことで俺たちが招かれた存在であることが周知されて表向きはその敵意は鳴りを潜めた。


「………グス、教官」


 後ろから、鼻をすすり、悲しむ海堂の声が聞こえる。

 ああ、こういう時、気配を読むのがうまくなっていることは少しだけ損をしているように思えた。

 静かに泣くのは南か。

 必至に涙をこらえているのは勝か。

 意外と感情的に泣くんだな北宮は。

 アメリア、お前も我慢はしなくていいんだ。

 悲しみを背に受け、それを感じ取れるって他人事に思えなくて俺の心にも雨のような悲しみを降らせてくる。


 俺から始まったフシオ教官とのつながり、それが二年と経たない時間であっても、あの人の存在の大きさは少なくない割合で俺たちの心の中で納まっていたとこんな時に自覚してしまうなんて。


 今年入社してきた新人たちでも、惜しむくらいに偉大な存在。

 俺にとっては、ある意味で異世界の洗礼を与えてくれた恩師とも言えるような存在。


 だからな、何でだろうな。

 未だにあの教官が戦死したと思えない。

 もう会えないと言われても、いきなりひょっこりと現れてからかって来そうなあの笑い声が耳から離れないんだ。


『私はまた、かけがえのない友を失った』


 そんな悲しめばいいのか、悲しまなくてもいいのかわからない。

 心の整理ができていない状態で、魔法で拡声された社長の声が大広間に響き耳に入ってくる。

 国のトップである魔王である社長の表情は悲しみにくれている様子はない。


 国のトップであること、それはすなわち国の柱でないといけない。

 それは将軍位に収まる他の存在たちも一緒。

 正装に身を包み、社長の背後に控える各人の表情も変わった様子は見受けられない。


『彼の存在は、この国にとっても大きな力となり、また明日への道筋を切り開く力でもあった』


 キオ教官も、アミリさんも、エヴィアも、樹王も巨人王も、竜王も。

 悲しみを表に出さず。

 例えフシオ教官が倒れたとしても、この国を支え続けられると胸を張ってこの場に立っている。


『そんな彼が成したことは偉大である!』


 そして、悲しむだけがなにも故人にしてやれることではないのだと言い放つように、社長の言葉は力強かった。


『不死王ノーライフは、我が大陸に攻め込んできた初代勇者を見事に迎え撃ち、そしてこの撃退を成し遂げて見せた!!これは何事にも代えがたい偉大な功績である!!』


 勇者と言う存在は、イスアルにとって魔王が恐怖の代名詞のように、こちらの大陸では勇者はある意味で恐怖の代名詞だ。

 未だ倒すことのできない初代勇者。

 それはある意味で不死の怪物と思われるような御伽噺でも出てきそうな存在だ。


『彼の命は無駄に散ったか!?否!彼の命はまず間違いなくこの国の礎になった!彼が先だって初代勇者を迎え撃たなければ先の戦いで多くの命が失われていたことだろう!!』


 それを誰よりも先に戦い迎え撃って追い払って見せた。

 それはこの国にとっては偉業であり、そしてその行いには感謝以外の感情は抱いてはいけない。

 無駄ではない。

 確かにそうだろう。


 教官のやったことは間違いなく少なくない命を救って見せた。

 社長の言う通り、これは誇っていいことだ。

 胸を張り称賛してしかるべき偉業だ。


 だがそれなのにもかかわらず、俺の心の中はざわつく。

 なぜ、フシオ教官なのか。

 なぜ、あの人が最初だったのか。

 他の将軍たちもその場にいればもっといい結果になったのではないかと。


 後悔の念がどんどん溢れてくる。

 ああ、これが意味のない考えだってわかる。


 いかに時空の精霊と契約していても、過去を改変することはできない。

 望んではいけなかったのだ。


 ヴァルスさんに可能か不可能かを俺は問うた。

 結論だけで言えば可能だと言われた。

 だが。


『それをやってはいけないのはあなたが一番よく理解してるでしょ?」


 それを言われてしまえば、過去に戻ってやり直すなんて俺にはできなかった。


 だが。


『俯くな!国民よ!不死王はそれを望んではいない!彼の存在は前を向き再び歩み出すことを望んでいる!!』


 やっぱり、この感情を、この事実を受け入れるには少しばかり時間が要りそうだ。

 熱烈な演説に感化されて、涙を流しながら雄叫びをあげる周囲と違って、俺はこの時ばかりは少しだけ疎外感を感じていた。


 そして国を運営するっていうのは大変なんだなと思った。

 フシオ教官と言う社長にとっては古い付き合いの存在の死を、こうやって国をまとめるために使わないといけないのだから。


 いや、案外フシオ教官の事だから自分の死に関してもこうやって利用することを受け入れるかもしれない。

 むしろ、よくやったと社長のことを褒めるか?


 教官のことを想像すればするほどどんどん溢れてくる感情。

 それがようやく追いついてきたようにも感じる。


 堂々としろと誰かが言ったわけでも、誰かが訴えていたわけでもない。

 ただ、感情が追い付いていなかっただけかと、ようやく胸にストンとハマるように何かが落ちてきて。


 ツゥーっと頬に一滴の涙がこぼれた。

 悲しくなかったわけではない。

 寂しさがなかったわけではない。

 ただ認めたくなかった。

 ただ理解したくなかった。


 子供のような駄々が俺の大人としての姿を作り出していたに過ぎなかった。


 だけど、この国葬が現実を突き付けてくる。

 もうあの笑い声を聞くことはない。

 もう、あの人と一緒に酒を飲めることはない。

 もう………何もないんだ。


「ああ、悲しいってのはやっぱり嫌なモノだな」


 当たり前かもしれない。

 だけど、その当たり前を失うという喪失感は何とも言い難いような不快感で俺の心を抉ってくる。

 きっとこんな感情を洗い流すために酒というモノは生まれたのかもしれない。


 きっとその酒の味は今まで飲んできた酒の中で一番マズイだろうな。

 教官と一緒に飲んだあの楽しくて冷たいはずなのに暖かく感じるようなその酒の味は二度と味わえないんだろうな。


 だけど、今だけはそのまずい酒が飲みたい。

 そう思ってしまった。


 教官。

 あなたは俺にいったい何を望む?


 復讐なんて求めていないだろうな。

 あなたはきっと復讐を他人に任せるくらいなら、意地でも生き残って自分で成し遂げるだろうな。


 思いを引き継ぐ?

 一体あなたの何を引き継げばいいんだ。

 何でもかんでも一人でこなして、その身に秘してきたあなたの何の思いを引き継げばいいんだ。


 立つ鳥跡を濁さないとは言うが。

 濁さなすぎだろ教官。


 あなたが立ち去った後には何も残らない。

 ただそこにいたという強烈な印象しか残してくれない。


 あなたの大きな背中しか見えてこない。

 なんでそんな悲しい立ち去り方しか、あなたはできないんだ。


 なぁ、教官。

 もう少しくらい残してくれたって罰は当たらないだろう。

思い出と教えてくれた経験のみがあなたの忘れ形見なんてあなたらしいと思うけど。


 気づいたら俺の両眼から涙が止まらなくなった。

 顔の表情は一切変わっていないはずだ。

 だけど、この涙だけは心が追い付いてきたんだろうな。


 止まらない。

 止める気もない。


 ただただ、じっと空の棺を見続ける。

 この国葬が終わるその時までジッと見続けた。


 一体いつまでそうやって立ち続けただろう。

 国葬は終わり、俺みたいに立ち去らない人はまだまだいる。

 後は告別式を残すまで。


 何もない棺を墓へと埋葬する儀式が待っている。

 それに向かった人は何人もいる。


「先輩、行かないんっすか?」


 だが立ち去らない俺を一課の面々がなぜ動かないかと聞いてくる。

 俺にもわからない。

 ただ、理屈ではなくて感情の方向で勘が囁くんだ。


「おう、やっぱりお前も残ってたか次郎」


 この鬼がやってくることを。


「なんとなく、来ると思ってました」


 ニヤッと笑うこの鬼の笑みにも今この時ばかりは覇気がなかった。


「わかってるじゃねぇか。どうだ付き合わんか?」

「わかってて聞かないでください。まずい酒飲ませる気でしょ?」


 きっと俺に笑みにも力はなかっただろう。

 疑問形で聞きながら、付き合えと強制しているような教官の声にさっきまで動かなかった足があっさりと動いた。


「わかってるじゃねぇか」

「ええ、なんとなく俺もそんな酒を飲みたい気分でした」


 告別式とはまた別の方向に歩み出す俺に一課の面々は戸惑うようにどうするかと顔を見合わせていた。


「悪い海堂、俺の代わりに告別式の方には出ておいてくれないか」


 そんな部下たちに指示を出す俺は一体どんな顔をしていただろうか。


「仕方ないっすね。先輩、今度何か奢ってくださいよ」


 だけど俺の気持ちを汲み取ってくれるのは流石に付き合いが長いだけはある。

 海堂が真っ先に反応してくれるのは正直ありがたい。


 いいのかと戸惑う一課の面々の背中を押し、告別式を行う墓地に向かってくれる。

 南と北宮、勝とアメリア。

 パーティーメンバーは後で説明しろよと、苦笑しながら視線で訴えられ、俺も少しだけ硬い笑みでそれに頷く。


「おら、行くぞ」

「はい」


 そのやり取りを終えた俺を教官は急かし、その背に続く。

 教官の手には普段ならあまり飲まないワインのボトルが三本握られている。


 魔王城に来れたのはこれで二度目。

 アメリアの救出の時以来だ。

 その時には通れなかった道を、キオ教官と共に進む。


 警備の兵は教官の顔を見て、その後俺を見て怪訝な顔こそするも、酒を揺らしてどけと顔で指示する教官を止める者はいなかった。


「ここは」


 そして連れてこられたのは何やら大きな闘技場のようなところ。


「俺があいつと最初に殺し合った場所だ」


 観客席で覆われ。

 中央にただただ広い空間が広がってるだけの空間。

 その中央まで歩いて行くだけでもそれなりの時間を要するほど広大な空間。


 遠目に魔王城が見えるということは一応隣接する施設ということなのだろう。

 そしてキオ教官にとってはフシオ教官との思い出の地。


「ここが」


 いや、殺し合いと言っていた。

 因縁の地と言った方が正確か。


 ドスンと中央に座り込んだ教官の正面に座り、放り投げ渡されたワインのボトルを受け止める。


「ん」


 黙って手元にあった二本のボトルの封を切り一本を俺と教官の隣に置き。

 静かに前に突きだしてくる教官のボトルに、俺もワインの封を切り軽く当てる。


 いつもなら豪快に飲み始めて、こんなワインボトルなど一気に飲み干して次のボトルを開けるはずの教官が一口だけ飲んで、そっと月を見上げた。


 俺もいいワインのはずなのに、欠片もおいしいと思えないその酒を一口飲んだら、じっと空を見上げてしまった。


「教官」

「ああ?」


 俺と教官の飲みの場にしては静かすぎる空間。

 俺の小さな声でも、大きく聞こえてしまうような静けさ。


「本当に、フシオ教官は死んだのでしょうか?俺は」

「あいつがそう簡単に死なないってか?」

「ええ、まだ実感はないです」


 そのような空間で、俺は否定でも肯定でもいい。

 いつもコンビを組んでいるようなこの鬼だからこそ、この質問だけはしておかなければならないと答えを得るために問いを投げかけた。


 月から俺の方に視線を移した教官はしばらく俺の顔をじっと眺めた後、もう一口ワインを煽る。

 それは教官がどう答えるか考える珍しい仕草だった。


「お前はどう思うんだ。あいつが死んだと思ってるのか?」

「………死んでいないと断言できない理性と、死んでいてほしくないって願望交じりで死んでいないって言いたいって感じですかね」

「………そのあたりが妥当か」


 そしてこの出来事にそれなりにショックを受けているのは教官も一緒だったらしい。


「俺たちの仕事はいつ死んでもおかしくない。もしかしたら今回国葬されるのは俺だったかもしれねぇ。そう考えるとあいつが死んだことは理解できる」


 グイっと今度は一気にワインのボトルを傾け残りを三分の一にする教官。

 たった三口でそれだけの量を減らした。


「だけどよ、どうもあいつがあっさりと死に過ぎてるんじゃねぇかって引っ掛かる部分も俺にはある」

「違和感ですか」


 俺の言葉にうなずいて、勘だがなと根拠のない理由を述べた教官に俺は少しだけ、心の中が軽くなったような気がした。

 だれもがフシオ教官は死んだと認め、進もうとする中で死んではいないと否定する人と鬼。

 本来であれば前者が正しく、俺たち後者が間違っている反応だ。


 だがこの時ばかりは、この勘に俺は救われた。

 それだけで十分だ。


 グイっと飲み干したワインはさっきよりもうまく感じられ。


「それ、フシオ教官の分じゃなかったですか?」


 隣で自分の分を飲み干した教官が、自然とフシオ教官に供えたと思っていた酒に手を伸ばし。


「ここにいないのが悪い」

「それも、そうですね」

「だろ?」


 グイっとあっという間に飲み干した。

 その姿はようやくいつもの教官らしい姿と重なる。

 きっと教官も今回ばかりは自分の勘に自信が持てなかったのだろう。


 教官の言葉に俺が背中を押されたように、俺の言葉で教官を励ませたとわかった俺は少しだけうれしくなりグイっと残りのワインを飲み干す。


「ありがとよ」

「何がですか?」

「さてな、そう言いたかっただけだ」

「なら、こちらも酒ごちそうさまでした」

「なんだ、もういいのか?」


 そうしたらまだまだあるぞと、本調子を出し始めた教官がどんどん酒を出してきて。

 国葬があった日に俺は一体何をやっているんだと、笑いつつ。

 その日は潰れるまで教官と飲み明かしたのであった。


感想にて指摘があり、検討した結果、過去に戻れないような描写があった部分を少し変更いたしました。


毎度のご感想、誤字の指摘ありがとうございます。

面白いと思って頂ければ、感想、評価、ブックマーク等よろしくお願いいたします。



※第一巻の書籍がハヤカワ文庫JAより出版されております。

 2018年10月18日に発売しました。

 同年10月31日に電子書籍版も出ています。

 また12月19日に二巻が発売されております。

 2019年2月20日に第三巻が発売されました。

 内容として、小説家になろうに投稿している内容を修正加筆し、未公開の間章を追加収録いたしました。

 新刊の方も是非ともお願いします!!


これからもどうか本作をよろしくお願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[気になる点] だけど、『参加しないという選択を取らないということもできない』俺は今ここに立っている。 なんか、たまに出てくるなぁ、こういうおかしな表現。上の文のままだと、参加しないという選択を取ら…
[一言] 444話という凄く「死」を印象づける日にフシオ教官の国葬かぁ……きっと「シ」を超えて、またどこかで会えるといいねと思う。
[良い点] キオ教官が呑んじゃった分を求めて帰ってくるよ。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ