434 想定に想定を重ねるが、予期せぬことは起きる。
『………』
静けさを取り戻した監獄塔城。
魔法の嵐とも言える極大魔法の連射。
流石の不死王とてこれだけの極大魔法の行使は流石に魔力の消費は激しかった。
息を荒げず、額に汗もかいていないが、ここまでの数々の魔法を行使してきた不死王。
いかに甚大な魔力を保持している彼でもいい加減に魔力の底が見えてきた。
無言で戦闘用に作ったマジックバッグからいくつか宝石を取り出し、その宝石を握りつぶす。
『これで幾分かは回復したか』
その宝石は自身の魔力を結晶化させた魔力補給用の宝石。
砕くことによって自身に魔力を還元する魔力版の輸血のような存在。
緊急時、それも連続で戦闘する際にと用意した代物。
本来、不死王のあのような塵すら残さない魔法の連射を前にしていかに勇者と言っても生きている方がおかしいと言える。
だが、不死王は回復を選択し油断なく眼下に揺らめく混沌の海を見つめる。
『逃げたか、いや。あ奴がその選択をするとは思えん』
あまりにも静か。
一分、二分と時間が経過しても一向に浮上してこない様子を見れば本来は仕留めたと考えてもおかしくはない。
だが、不死王の感覚では仕留め切れていないと言う判断に行きついている。
次郎が先ほどの魔法の嵐を見て、もし仮に生きていたら勇者と言う存在のチートとも言える異常さにドン引きしていたかもしれない。
『となると、混沌の中で息を潜めておるのか?』
それもらしくはないと思いつつ、警戒は怠らない不死王。
いっそのこともう一度掃射するのも有りかと思い始める。
『?』
だが、その時おかしな気配を不死王は感じた。
『奴か?』
それは混沌の奥深く、本来であれば存在することなど不可能な領域。
いや、そもそも監獄塔城で混沌との間に区切りを作り、その領域には進出できないようにしているはず。
その魔法と繋がっている不死王からして外壁から脱出された形跡、そして混沌を流入している入り口から脱出した気配も感じ取れていない。
だからこそおかしい。
監獄塔城の外から気配を感じるということは、本来であればおかしいのだ。
『………何かおるのか?』
この壁の向こうは混沌。
不死王であっても外に長時間放り出されればただでは済まない空間。
有という存在が存在するには過酷すぎる空間が広がっているはず。
それなのにもかかわらず、不死王が感じ取れるほど膨大な存在がこちらに迫っているような気配を感じ取るのだ。
そして。
『ぬぅ!?』
監獄塔城が揺れた。
『何かがぶつかったのか』
本来であればこれほどの建設物を揺らすほどのものとなると限られてくる。
しかし、そんな存在が混沌に存在するかと聞かれれば不死王の知識の中ではありえないと断言する。
けれども。
『まさか、外部から攻撃を受けるとは思いもせんかった。この術もまだまだ改善の余地があるわい』
城の外を混沌で覆い、確殺の場を用意したが、どうやら想定していた効果は思ったよりも薄かったと不死王は自嘲気味の笑みを浮かべる。
本来であればそんな冷静に分析するよりも先にこの異常事態に対して対処する方が先だと思う。
だが。
『これは、ヌシの仲間が来たと思ってよかったかのぉ?』
「ええ、どうやら私の死に場所はここではないようです」
その対処もできそうにはない。
ゆらりとゆっくりと混沌の海が盛り上がり、そこからアイワが姿を現す。
体中血を流し、綺麗だった翼もボロボロになり一枚の羽根が折れている。
それでもあれほどの攻撃に身を晒されて五体満足で帰還したほうが異常ともいえる。
本来であれば、こうやってゆっくり現れるその隙を許さず問答無用で畳み掛けるのであるが、そうは言ってられない様子。
またもや監獄塔城が揺れる。
これで二度目。
もはや偶然何かがぶつかったなどと言う可能性は潰え、この混沌の海に何かがいると言うのは間違いない。
そしてこの場に迎えに来た軍勢がこの城に攻撃を仕掛けているということは不死王の味方でもないのは確実。
回りに回って、窮地を作り出してしまった結果に収まってしまった現実に不死王は絶望するかと思うか。
『そうとも限らんよ』
「?」
否、それは断じて否。
最後の最後まで足掻くからこそ不死者。
生を超越し、死に抗うからこそ不死者。
『そとの外敵も含めて蹴散らせば、宣言通り貴様はここで死ぬことになる』
空元気でも虚勢でも、強がりでも、見栄でもない。
それができる力がる。
それを成す意思がある。
そして。
『違うか?初代勇者よ』
その選択を選んだ不死者がここにいた。
『ワシは言った。確実に殺すと』
「ああ」
引くに引けない現状を打開するのなら、その先にある何かをすべて蹴散らすしかない。
不死王にとってはそれは大した労力ではない。
長年、それこそ人間では考えられないほどの長い年月を隔て、その生に縋りついてきた不死者である不死王にとって。
『この程度の窮地で絶望するはずがなかろうて』
ピンチと言うのは彼にとっては日常。
窮地と言うのは超えるモノという認識が先立つ。
『さぁ、騎士たちよ。剣はまだ振るえるか?』
そして主が諦めないのなら、忠臣たちも諦めることは決してない。
いや、例え主が諦めても最後の一人になろうとも、この騎士たちは主のために戦うだろう。
不死王の掛け声に、オウ!と答えんがために各々の武器を高く掲げる。
その間も監獄塔城は外からの攻撃で揺れ、いずれ崩れ落ちると言うのがわかる。
だがまだ時間がある。
まだ猶予はある。
そのわずかな時間で打開して見せようこの窮地。
『さて、ワシらは覚悟を決めたぞ。ヌシはどうだ?ワシらの意思についてこれるか?』
不死者が死兵になる。
何の冗談だと言いたくなるような不死王の宣言。
「アハハハハハハハハハハハハハハハ!!!」
だが、そのような冗談であっても歓喜の笑い声をあげる存在はいる。
「最高です!最高ですよ!不死者の王よ!あなたは間違いなく私が相対してきたどの魔王よりも強き魔族!ええ!この私、アイワがそれを保証しましょう!」
アイワは傷だらけの体など気にもとめず、痛みがあるはずなのにその痛みが愛おしいと言わんばかりに体を抱きしめ、その歓喜を開放するように両手を広げ不死王は強いと最初に神剣が弱いと言った発言を完全に撤回して見せた。
そしてその宣言の後にひときわ大きい衝撃が起こり。
監獄塔城が揺れる。
その感覚を感じ取った不死王は、まるで巨大な何かに挟まれたかのように感じる。
このまま挟み、潰す気かと歓喜するアイワを視界からずらさず自身の中で何が起こっているかを考察し続ける。
『ならば、この後何が起きるかは言うまでもないの?』
「ええ、残り時間は少なくなってしまいましたが問題はありません」
不死王は杖を掲げ、アイワは神剣を掲げる。
それはすなわち心行くまで戦おうと言う意思にほかならぬ。
誰も止めることなく、誰も止められず。
不死者の王と初代勇者は、再びぶつかるのであった。
Another side End
その報が会社にくるまでどれくらい時間がかかったか。
この際どうでもいい。
問題はその中身だ。
「今、なんて」
目の前にはいつもよりも真剣な眼差しをしていたエヴィアが立ち。
俺に知らせてくれた言葉が嘘でも何でもない真実だと語るように、落ち着いた様相で語り掛けてきた。
ただ、ハッキリと伝えられた言葉のはずのに、理解が追い付かず、もう一度聞き直し。
「不死王ノーライフが戦死した」
もう一度、同じことをエヴィアが言うが、それでも言葉を理解してもその意味を理解するのに時間を要した。
それは俺の頭の中で、その言葉を否定したいと言う感情が騒めき立ち、その言葉の受け入れを拒否しているからだろう。
エヴィアが現れ、何事かと思い別室に移動してよかった。
大きく深呼吸をして、気持ちを落ち着け。
そしてじっくりと一分沈黙した後。
「………状況は?」
ひどく冷たく、感情を一切合切排除した俺の声が小会議室に響く。
まるで他人のような声で、俺はエヴィアにどうしてそうなったかを問うた。
もし、俺に知る権利がないのならエヴィアは絶対に俺のところには教えに来ない。
たとえそれが俺とフシオ教官が師弟関係で、懇意にしている仲であってもだ。
「一週間ほど前に、旧カリセトラ辺境伯で大火災が起きたことはお前も知っているな?」
だからこそここにエヴィアが現れたということは何か重要な意味があると言うことに間違いはない。
だからこそ冷静になれ。
今は感情を抑え込め。
暴れることや感情で物事を起こしていいタイミングではない。
だからこそ話そうとすると変な事を言いそうになるので俺は黙ってエヴィアの言葉にうなずいた。
彼女はそれを気にしたそぶりもなく。
ただただ話を進める。
「別件で調査を進めていた不死王が現地に到着、その火災の対処に当たっていたがその火災を起こした犯人と接敵、これの撃退に当たった」
報告書の内容をそのまま流用したようなエヴィアの話をじっと聞く。
だが、段々と手に籠る力が強まっているのがわかる。
「その火災を起こした犯人は神剣であると不死王の部下から報告が入っている」
「神剣」
「ああ、神殿からの話によれば神が自ら手掛けたこの世界に干渉できるギリギリのラインの代物らしい」
また、あの神か。
敵対しているのはわかっているが、こうも目の前に立ちはだかってくると良い加減嫌悪感の方が先立ってくる。
もしやその神剣に教官が敗れたのか?
「その危険性から判断し、その撃退、あるいは破壊を試みた不死王はその存在の撃退に成功。そのまま破壊一歩手前まで追い込んだ」
その俺の疑問にエヴィアは答えず、話は最後まですると視線で語り掛けてきた。
冷静ではない事を理解している俺はその話を黙って聞くしかない。
もう一度だけ深呼吸をして、再び頭を冷静にした。
「すまん、続けてくれ」
精進が足りないと言われるかもしれないと思ったが、そこを指摘せずエヴィアは話を進めてくれる。
「その直後、現地に流星が降り、その正体は熾天使であった。その目的は破壊されそうだった神剣の回収。それを阻止するために不死王はそのまま熾天使と継続して戦闘をおこなった」
段々と状況が理解でき。
その過程を頭の中で整理していくと、その情景が見えてきそうな感覚に陥る。
「相手は初代勇者と呼ばれる存在。現在熾天使の地位に置いて序列一位を冠する者。見逃すことによる後の被害を考慮したことにより、撃退ではなく殲滅を不死王は試みた」
恐らく激しい戦闘になったのだろう。
フシオ教官の実力は身に染みて理解しているつもりだ。
その教官が殲滅を試みたなんて言い方をされるのだ。
相手も相当の実力者。
「現地でやつは混沌魔法を行使、辺り一面を混沌で覆いながら戦闘することによって優位に立とうとしたがそれでも攻めきれず、我々の知らぬ魔法を行使しその混沌の中で戦闘を継続したと推測される」
「混沌魔法?」
知らない魔法の名前が出てきた。
俺が知らなくて、さらにそんな大事な局面で使うということは教官の切り札的魔法なのか?
そしてその後に出てきたエヴィアも知らぬ魔法。
「その後の不死王の消息は不明だ」
「不明ってことは」
「生きている可能性はないわけではない。だが、事後処理に当たった鬼王、竜王、樹王の三人の見解によれば、混沌の中で三日以上生存できる可能性はほぼゼロに等しい。もうすでにあれから一週間。混沌と言う空間は我々にとっても未知の空間。奴が生きているという希望を持つには時間が経過しすぎている」
その後の消息が不明、そして混沌と言う空間で何が起きたかも不明。
だれも教官の死を見た者はいない。
だが、生きている可能性は限りなくゼロ。
「故に、魔王様は不死王ノーライフの戦死を認定した。そして歴代に渡り脅威を振りまき続けた勇者を撃退した英雄となったことにより国葬を行うことになる。お前にも参列してもらう」
そして国は教官の死を受け入れた。
いや、受け入れないといけないのだ。
国として一個人の生死に囚われてはいけないのだ。
「………わかった」
それを覆すことができる力は俺にはない。
未来視の能力だって、見えて数時間後。
それも俺の見えた視界オンリーの話で、そして意図的に見ようと思わなければ見ることもできない。
今回の出来事を予知することはできなかった。
だからこそ俺は表向きは素直に頷くほかなかった。
心の中では、色々と感情たちが文句をわめいているが、それを理性がしっかりと抑え込んでいる。
「………ほかに聞きたいことはあるか?詳細が知りたいのなら後で報告書をお前の方に回すように言っておく」
そんな俺を気遣ってくれるのかエヴィアは。
むしろ。
「エヴィアは」
「?」
「エヴィアは大丈夫なのか?俺よりも付き合いが長かったんだろ?」
エヴィアの方が辛いんじゃないかってようやく気付き。
まっすぐと彼女と向き合うと、今日はいつもよりも化粧が濃いことに気づく。
「我々も覚悟はしていた。言えるのはそれだけだ」
特に目元。
普段であればしないような濃いメイク。
それが何を示すか理解できないわけではない。
「………なぁ、エヴィア」
だからこそ、俺の心の整理をつけたいそれだけの理由で。
「なんだ?」
そんな弱い自分に苦笑しつつ。
「五分だけ、一緒に休憩しないか?」
そうしないと前に進めない自分に情けなさを感じつつ。
すっと立ち上がって彼女を抱きしめるのであった。
ただ、今はこの悲しみを乗り越えるために、誰かに側にいてほしかった。
「馬鹿者」
それはきっとエヴィアも一緒だろう。
なにせ。
「………ありがとう」
小さな声で、漏らした彼女のお礼がとても悲し気に染まっていたのだから。
今日の一言
想定外と言うのは考えられないことが起きる。
毎度のご感想、誤字の指摘ありがとうございます。
面白いと思って頂ければ、感想、評価、ブックマーク等よろしくお願いいたします。
※第一巻の書籍がハヤカワ文庫JAより出版されております。
2018年10月18日に発売しました。
同年10月31日に電子書籍版も出ています。
また12月19日に二巻が発売されております。
2019年2月20日に第三巻が発売されました。
内容として、小説家になろうに投稿している内容を修正加筆し、未公開の間章を追加収録いたしました。
新刊の方も是非ともお願いします!!
これからもどうか本作をよろしくお願いいたします。




