433 仕事の結果どうなるかは、予想はできるけど確定はできない
魔法陣の奥底から生えるように生み出される幾本もの塔。
その塔に繋がるようにこれもまた生み出される幾重もの壁。
その様相はさながら監獄。
堅牢と言っても過言ではないその重圧すら感じさせる形相。
外からの外敵から身を守るはずの居城は、その中に住むはずの住人を決して外には出さないと誓った牢獄の城。
幾重の壁は外へ出ることを遮るために。
幾本もの塔は収容された者を見逃さぬ監視塔へ。
だが、この程度の物理的な壁であるのならアイワにとっても神剣にとっても紙切れ同然だ。
何の障害にもならず、只そこにあるだけの的にしかならない。
「………」
『お気に召したかな、我が城を』
だが、只の置物にしか見えないはずの城をアイワは今全身の神経を張り巡らせ、どんなことが起きてもいいように万全の警戒網を構築していた。
そこには神剣も口を挟まない。
見えるものは見える。
その塔の数々の窓から生える銃口を、感じ取れるものは感じ取れる。
「ええ、とても」
その窓以外に染み込んだ中に入った者を殺すと言う殺意の塊に。
騎士に囲まれ、先ほどとは打って変わりのんびりとした口調で混沌の地面の上に立ち尽くす不死王の問いかけにアイワの答えは恐怖とは無縁と言わんばかりの満面の笑み。
「とても素敵な城ですね」
そしてその殺意が向けらた先が自身であることに、これ以上にない幸福を感じ取っているアイワは、素直に不死王の監獄塔城を褒めた。
『初代勇者に褒められるとは光栄じゃな。新築の城じゃ、最初に招き入れたのが主と言うのもこの城に箔がつくというモノ』
それを聞いて不死王はご機嫌な様相でカラカラと笑う。
誰にも見せていない。
それこそ魔王にすら見せていない本邦初公開の不死王の切り札。
『おい!なにボケっとしてるんだよ!早くここから脱出しろよ!!』
そんな談話に水を差す声が響く。
のんびりと話している場合ではないだろうと一喝する声が響く。
誰よりもここの危険性を理解しているのは不死王であるが、誰よりも直感的にこの場の危険を感じ取っているのは神剣であろう。
何もせず、いや正確には不死王に招かれる形で監獄塔城にとじ込まれてしまったアイワ。
それ自体仕方ないとも割り切れない神剣は苛立ちをぶつけるようにアイワに脱出するように命令するが。
「無理ですね」
『無理だと!?お前ならできるだろ!!』
彼女はやりたくないというのではなく〝できない〟と断言した。
この事実に対して神剣はあり得ないと愕然とする。
最強であり不敗。
幾重もの戦場で生き残り、神の最強の剣として君臨し続け、いかなる状況も打破してきた比肩することのない最強の勇者がこの場から脱出するのは無理だと断言したのだ。
「そうでしょう?不死者の王?ここはすでに混沌の奥底。監獄塔城と名を打ってますが、すでに深海の中にある監獄ということでしょ?」
その理由を述べたアイワにはそれ相応の報酬が待っている。
ニタリと意地の悪い笑みを携えた不死王のたった一言の解答。
『正解じゃ。仮にここでワシを倒したとしてもこの城が消えるだけで、待っているのは混沌に飲み込まれると言う結末に過ぎない』
「自爆込みの技ということですか」
『言ったであろう、確実に貴様を殺すと』
必殺技と言うのは必ず殺す技と書く。
それは仮に敗北し倒れた後もその事実を成すと言う不死王の覚悟の現れた技。
混沌の奥底。
いや、今この時をもってしても刻一刻と沈みゆく監獄の中から脱出するのは至難と言う言葉では足りず。
無茶と言うわずかな希望すら残さず。
無理という言葉を叩きつける絶望の技。
いかに混沌の中でも自由自在に動き回れたアイワであっても、そこから這い上がれることはできないだろう。
『だが生憎と不死者というのは生に対して意地汚く縋りつく性質でな、ここで死ぬのは主たちだけじゃ』
そして会話を楽しむ時間も終わり。
『朽ちろ。ただそれだけだ主たちにできるのは』
それが再び戦いののろしを上げた不死王の合図。
それで再び銃列から魔弾が放出される。
先ほどまで地面から放出される対空砲火だったのが、今度は塔から放たれる高低差により苛烈さが増し、アイワの回避にも物理的限界が来る。
『おいどうするんだよ!お前が戦いを楽しんでいた所為でこんなことになったんだぞ!!』
魔弾の銃列を取り出した時のようにはいかず、全力で神剣を振り払い回避よりも切り払うことが増えた現状。
その状況に対して苦言を吐き出す神剣に、ピクリとも表情を動かさずアイワはただただおのれが欲望を吐き出す。
「どうするつもりもありません。私はあのような強者と切り結ぶのみ。ただそれだけを楽しむだけに太陽神に仕えて信仰しているのです」
『はぁ!?このままだとお前も死ぬんだぞ!!わかってるのか!死んだらもう戦えないってことなんだぞ!それでもいいのか!?』
「戦いの先に果てるのなら、それが私の限界と言うだけ、それは自然の摂理、私を超えた強者と戦えたことを誇りに思い受け入れ死ぬまでです」
『ふざけるなぁ!!』
戦いに殉じて死ぬ。
それを望んでいるのか、あるいはそのために戦っているのか。
それを知るにはアイワの心の内を知らねばならないが、神剣に取ってその言葉は受け入れがたいものであるのは確かだ。
このままいけば良くて不死王と相打ち。
悪ければ混沌の海に沈み朽ちるだけという最悪の二択。
不死王を倒してかつ生き残ると言う神剣にとって最高の結末を迎えるための道筋が絶たれている現状、せめて生き残りたいと生の渇望を持っている神剣にとってどうにかしないといけないと言う思考が頭を駆け巡る。
「ふざけているつもりはないのですが?」
最初の余裕の表情こそ崩れていないが、この領域に追い込まれてから段々と体の負担が増えているように感じるアイワの額に汗が流れ始めている。
その感覚にも覚えがある。
『無駄口を叩ける余裕があるとはさすが勇者と言うべきか』
「魔力吸収、いえ、この場合生命吸収と言うべきでしょうか。私の魂に干渉しようとしているのですね?」
『さすがの慧眼と言うべきか、それともワシらのようなアンデッドからすればごくありふれた行為ゆえにわかりやすかったか?』
「熾天使となった私の魂に干渉できるほどの技量をもつアンデッドなどそうそういませんが」
この監獄自体が不死王にとって有利に働くようにできている。
それはそうだ。
自己領域で自身に不利に働くように設定する馬鹿がどこいる。
ほんのり感じる脱力感。
それはすなわちアイワの力が抜き取られていることに他ならない。
もし仮にここにそれなりの兵士が紛れ込んだとしたら、瞬く間に干からび、ミイラとなっている。
実力者の中でもトップクラスのアイワだからこそ、その干渉に耐えられ。
今はまだ、微量の感覚で済んでいる。
だがこれが徐々に蓄積されればいずれ身動きが取れなくなることは明白。
その時こそアイワの命が尽きる瞬間であろう。
そして、魔弾と生命吸収、それだけがこの監獄の真骨頂ではないとアイワは踏んでいる。
『カカカカカ、そうおだてるな。もっと馳走したくなるであろう』
「ええ、是非に」
そして体が多少脱力感に苛まれようとも、心はどんどんと高ぶっているのも事実。
それは勇者としての資質か、あるいは天性の才覚か。
窮地に陥れば陥るほど、アイワの心は燃え盛り。
この戦いの先に得られるものに心を躍らせる。
『その楽しみに浮かぶ笑みを絶望に変えるのは中々骨が折れそうじゃのぉ』
「それを楽しめてこそだと私は人生で学びましたよ」
『ワシよりも長生きしておると言葉の重みが違う』
魔弾は休まず飛び交い、監獄からの干渉を受けている。
だが、旧知の中だと言わんばかりに戦いながら会話を成り立たせている。
互いに超常的な身体能力を持っているがゆえに叫ばずにその声を拾えるからこそ成り立つ。
殺し合っているとは思えぬほどそのやり取りは穏やか。
だが。
「フン!」
『この状況でもワシの首を取りに来るとは敵ながらあっぱれ!』
その殺意は間違いなく本物。
一瞬のスキを生み出したアイワが不死王の懐に飛び込むためにわずかにある空間を駆け、その首に刃を突き立てようとするが忘却の騎士たちがそれを許すはずがない。
専守防衛に努めている彼らが、凶刃を逸らし、その返す刃で切りかかり、それを防ごうとするアイワが立ち止まることも許されない魔弾の雨。
刹那の攻防、もし一瞬でもその場に立ち止まってくれたのなら猟犬の魔弾がアイワの障壁を食い破り瞬く間に他の魔弾たちが四肢を蹂躙したと言うのに。
それをさせてはくれない。
それが勇者と言う生き物なのだろうか。
落ち着いた表情とは裏腹に、この窮地であってもギラギラと輝く眼光。
アイワの瞳には諦めと言うニ文字は欠片も浮かばず。
むしろ、この勝負に勝つと言う意思以外にみられない。
『これではワシも手を抜いていられんの!!』
その相手の意思を過不足なくくみ取った不死王の中で隠し手というモノは残らないと予見した。
出し惜しみをしていてはこの首を切り落とされると、早々に監獄塔城の機能をフル稼働し始める。
『監獄にはつきものじゃろ?』
そして一つ二つと機能を起動させるタイミングを計り、その時が来たと思った瞬間には魔法陣を展開し終えてその効果を発揮する。
『重力魔法だ!!』
「知ってます」
ズンとその空間に飛び込んだアイワの動きがほんのわずかだが鈍る。
そこへめがけて今度は重力魔法の効果である、重力加速を利用して天井から高速で槍の雨が降り注ぐ。
それを掻い潜り、あるいは神剣によって切り払い、魔法で迎撃しようとした時。
『させるか』
クルっと不死王の指先が回ったかと思うと。
「!」
『今度は何だ!?』
監獄が回転を始め、上下が逆さまになった。
混沌と言うのは本来その空間に重力と言う概念は有っても重力と言う枷はない。
混沌の中に沈み込んだ監獄塔城は中にこそ重力と言う概念を生み出しているが、その法則を自由自在に変換できる。
落ちたと思った槍が再び加速して降り注ぎ。
そしてそれに加えてじゃらジャラジャラと金属が連なった鎖も伸びてくる。
その先は虎ばさみのようになっていて。
手足に噛みつけば離さないと言う意思をありありと見せつけている。
捕まれば負ける。
この戦いであれば互いに些細なミスであっても命を取られかねないと思っている。
『次じゃ!』
あらかじめ操作することを知っている不死王にとって、天地が逆転し、見上げる形が見下ろす形となろうが、関係はない。
銃列に魔弾の火力を増やすように指示を出しつつ、まだまだある監獄の機能を発動させる。
中央区画に混沌を流入させ、水攻めのような機能により、より一層アイワの回避範囲を減らす。
『オイオイオイオイオイオイオイ!ちょっと待てぇ!!』
「待ちません」
その攻め方を変えたアイワの判断は素早かった。
手早く体に神力を纏い、一気に加速し始める。
アイワの意図を悟った神剣は待ったをかけるが、それを気に留める彼女ではない。
ドボンと混沌の海の中に潜り込み、その表面を魔弾が叩くが、それは波紋を呼び起こすだけでアイワには届かない。
そのまま潜航し不死王の元へと目指そうとするが。
『対策済みじゃ』
その不死王の声は届かないが、その眼前に浮かぶ混沌の海の中ではあってはならない物体を障壁へとぶつけたアイワはこちらにも罠があったかと瞬時に悟り、方向をわずかに浮上へと舵を切る。
瞬時に起きる爆発。
混沌の海の中で次から次へと連鎖的に爆発し、いかに混沌の海の中であろうともダメージを与えられない方が異常だと言う規模での大爆発。
『浮上など、許す物か!』
その間に不死王はこんな閉鎖空間で使ってはならない規模の大魔法を展開した。
混沌であろうと関係ない。
片手で混沌を操作し、海流のような流れを生み出し、アイワの動きを少しでも制限しようと試み。
爆発している地点からアイワの位置を算出。
『!』
声も上げぬ。
そこだと思った瞬間に放たれた複合魔法。
四元素、火、水、風、土に加え。
複合四元素、雷、氷、光、闇。
計八種の属性を交えた、所為元素魔法と呼ばれる、全ての属性を兼ね合わせた魔法。
その魔法は混沌の海であろうとも多少の減速すら許さず。
その海に沈むアイワまでその威力を減らさず届け、その火力を見舞う。
『マダマダ!!』
ここが畳み掛けるときと判断した不死王は貯めこんでいた魔力を放出せんと言わんばかりに、さらに魔法陣を複数展開する。
今のは牽制こっちが本命だと言わんばかりに展開された十三の魔法陣。
それが先ほどの魔力の柱と同じ規模の大魔法であることはアイワが魔法陣を見たらわかるだろう。
だが混沌の海に潜り込んだアイワには気づけない。
そして止めることはできない。
その光景はさしずめ神の裁きかと、不死王にとっては皮肉以外の何物でもない光景を作り出す。
降り注ぐ魔法の鉄槌。
それが一回だけではなく。
混沌の海事、アイワを消し飛ばさんと言わんばかりに連射で次から次へと準備のできた魔法陣が不死王が持てる最大火力である元素魔法を滝のごとく降り注げ続けるのであった。
今日の一言
見届けるまでは結果はわからない。例え確定していると思っていても
毎度のご感想、誤字の指摘ありがとうございます。
面白いと思って頂ければ、感想、評価、ブックマーク等よろしくお願いいたします。
※第一巻の書籍がハヤカワ文庫JAより出版されております。
2018年10月18日に発売しました。
同年10月31日に電子書籍版も出ています。
また12月19日に二巻が発売されております。
2019年2月20日に第三巻が発売されました。
内容として、小説家になろうに投稿している内容を修正加筆し、未公開の間章を追加収録いたしました。
新刊の方も是非ともお願いします!!
これからもどうか本作をよろしくお願いいたします。




