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432 仕事の終わりは見えても、過程が長い時がある

 不死王の宣言で混沌の軍勢の銃口は一斉にアイワの元へと向けられ、引き金が引き絞られる。

 そこに戸惑いやためらいなど欠片たりともない。

 むしろ殺す気だけは有り余るほど、殺意を込めているその引き金は何よりも軽く引かれる。

 花火が連続で炸裂したような音が一斉に響き、アイワの元へと弾丸が音よりも早く襲い掛かる。


 そのすべてが不死王が作成した魔弾。

花火と称したほど、ある意味でその光線は光輝き花火のようにも見えたが、行っている行為は花火ほど優雅ではない。

その光の一つ一つの威力はアイワの肉体を喰いちぎるには十分通り越して過剰。

 失敗作と称した魔弾も決して威力がないわけではない。

 当たれば火が燃え移り、雷がほとばしり、凍り付き、見た目以上に重い弾丸が体に当たればいくら熾天使とも言えど無傷では済まない。


 すでに弾幕となった対空戦闘。

 空にいるアイワをいかにして混沌の海へと叩き落すかの戦闘。


 視線で常にアイワを捉え、その銃口の指示を出し魔弾を吐き出す射撃基地と化した混沌の海。

 魔力の心配はない。

 維持するのは混沌を吐き出し続けるゲートの魔力とその混沌を変質させるための魔力のみ。


 その魔力も混沌を変質させた際に魔力も搾取しているので問題はない。


『これでも落とせぬか』


 問題となっているのは機動力。


 混沌という固定した場所から移動が困難な不死王にとって高速で動き回るアイワを捉えるのは並大抵の努力では不可能と言っていい。

 縦横無尽、下から吐き出され続ける魔弾の嵐に飛び回り、時に魔法を放ち反撃してくるも。一の攻撃を行ううちに百の反撃を伴ってしまえばいかに熾天使と言えど近づくことは困難。


 神剣が煌めき、その神の炎によって混沌の一角が燃やされ、わずかに弾幕が薄まるも瞬く間に不死王が新たな兵士を補給し弾幕を回復させてしまう。


 しかし、これでは鼬ごっこだ。

 銃という攻撃の間合いという問題に関して言えばかなり強力だと言える部類の間合いを手に入れたというのにもかかわらず攻め切れていない。


 猟犬の魔弾を織り交ぜ、他の追尾する魔弾もあるというのにいまだ熾天使は空を舞い続ける。


『………互角と言いたいところだが、このままいけば先に音を上げるのはこちらか』


 それは遥か彼方の未来の話ではあるが、こと持久戦に置いて消耗費が高いのは現状不死王の方だと言える。

 しかし、あの神剣を近づけさせない戦法を取るとすれば、これ以上の消耗度合いを下げることは困難。


 少しでも隙を生み出せばあの熾天使は嬉々として攻め込んでくるだろう。


『さりとて、それを逆手に取るのも難しいか。奴の戦闘に関しての鼻は一流のようじゃしの』


 それを利用して罠を張ろうと一瞬不死王は思考をめぐらすも、よほどのことがない限りはそれを見抜き、逆に罠ごと食い破られかねんと不死王は懸念する。


『可能であれば、後顧の憂いは断っておきたい………』


 敵の最大戦力の一角をここで倒せるのは魔王軍としても歓迎すべき話だ。

 だが、無理をしてそこまでのことをする必要があるかと聞かれれば、ないとも言える。


 一番避けるべきは不死王がここで倒れること。

 それは復讐を成し遂げたいと願う不死王の指針とも合致している。


 しかし。


『カカカ、次郎の命も狙われておるしもうしばらくこの命張るとしよう。悪いがヌシたちも付き合ってくれ』


 僅か一年と少し。

 弟子として接しただけなのにもかかわらず、自身に楽しむという感情を与えてくれた。

 それは長き年月を生きる不死者にとって、いや元人で不死者となった不死王にとって何よりも大事にしなければいけない感情だ。

 それを与えてくれた弟子の憂いを断つ。


 普段こそ厳しく接し、たまに酒の席に呼び自身が楽しむ。

 それをなんだかんだと付き合い、背を追い続けているあの弟子を、不死王は自身が思っていた以上に気に入っていたのだ。

 その要素が不死王に危険への一歩を踏ませた。


 未だ銃座が火を噴く最中、ニッコリとほんのわずかであるが口元が緩み、目尻が下がった不死王の表情を見た忘却の騎士たちは、過ぎ去ってしまったあの穏やかな日々の中で妻や子供たちに向けていた優しき主の感情が戻ったと思った。


 その表情をさせてくれた次郎という人間に感謝を交え、もとよりこの主には死後も仕えると誓った身。

 否と唱える言葉は持ち合わせず、それぞれの武器を胸に掲げることをもってして命令をと唱える忘却の騎士たち。


『ヌシたちの忠誠に感謝を』


 そうなれば、もう迷いはない。

 不死王の中から撤退の二文字は消え去り、ここであの熾天使を仕留めることに全神経を集中させることとした。


『帰ったら次郎に酒を奢らせようぞ。その日の夜は無礼講じゃ』


 楽しみは後に取っておく。

 久しぶりにダンジョンから出て酒宴が行われると聞き、喜ぶ騎士たちを背に携え。


『さぁさぁ、皆の衆。もうしばしこの命を戦にさらすとしようではないか』


 不死王はまた一歩、混沌の海に沈みこむ。

 その領域は不死王にとっても限界一歩手前。

 これ以上沈み込むようモノなら、その存在が混沌に飲み込まれてもおかしくはない。


 だが、これが正真正銘不死王の切り札。

 いや、魔王と敗れ、鬼王にも引き分けとなった過去の切り札から、研鑽の末切り札となったその技。


『行くぞ』


 不死王には珍しく、少し緊張した声持ちをもってして、大きく息を吸い込み混沌の海の表面に幾重もの魔法陣を展開する。


『皆の奮戦を期待する』


 ここから先の守りは忠臣に任せる不死王の期待に騎士たちは満を持して、陣形を鉄壁のモノへと変える。

 それを見たアイワはその魔法陣が召喚陣であることを見抜く。

 だが、このタイミングで何を召喚するのか。


「いったい何を」


 未だ魔弾の嵐に襲われながらその身を高速の流星と化し、そのすべての魔弾から逃げおおせ、時に地表を神の炎で燃やしているアイワはその疑問に思考を割く。


 全ての魔弾の観察は終了した。

 そのどれもがなかなかの威力を誇り、そしてうまく運用されていることに心の中で不死王に向けて称賛を送った。


 なにせアイワ自身がリスクなしで不死王の首元に迫れないという事実が彼女にとってもなかなかない経験であるからだ。


 そんな隙の無い今、無理して切り込んで無理矢理隙を作っても良かったが、こうやって焦らされる戦いをも悪くはないと思っているアイワは邪魔が入らぬ限り、このまま戦い続けようと思っていた。


 その邪魔も主神の指示というルビになってしまうあたりアイワの戦闘狂ぶりには拍車がかかっている。

 例えこの場に魔王が現れたとしても、例え魔王軍全員がこの場に集結しようとも、主神の指示がなければアイワは引かない。

 きっとだれに言われようとも戦い続けるだろう。


 たとえそれが義理の姉妹の声であろうともだ。

 それは魔王軍を憎んでいるからとか、正義の使命に駆られているからではない。

 今この場の戦いが楽しいからだ。

 その戦いの場がもっと楽しくなるのなら、もっと修羅場になるのなら。

 彼女は嬉々としてこの場に居座り、戦い続けるだろう。


 たとえその先で、この身が滅しようとも構わないとすらアイワは思っている。


『おい!大丈夫なんだろうな!!』

「何がでしょう?」


 ただしそれを思っているのはアイワだけで、その手に握られている神剣は不穏な予感を感じ取っていため異を唱える。

 さっきから逃げ続け、一向に攻め入らないアイワに煮え切らないものを感じていることもあるが、それ以上に神から与えられた性能がこれから起こりえることが自身を危険に晒すようなことが起きるのではと予見していた。


 その勘は間違っていない、事実この召喚陣は間違いなくアイワをそして神剣を殺すためだけに不死王が展開するモノだとアイワの勘もそう囁いている。


 そしてその勘は現実になるだろうとも。


「いいじゃないですか、この上ない最上の戦場をあの者は用意してくれるというのですから感謝こそすれ、蔑むことはありませんよ」


 だがそれがどうした。

 それこそアイワが望むこと。

 負ければそれまでの人生だっただけの事。

 もしそれを突破することができるのならアイワにとって見たことのない景色と気持ちが待っているという報酬がある。


『この戦闘狂が!!』

「武器であるあなたには言われたくはないですね。担い手がいなければただの置物に過ぎないあなたには」


 それを邪魔立てするものは何人たりとも許さない。

 すなわち、神剣程度の言葉でアイワが止まるわけがない。


 そして神剣を使えるイコール神剣と仲が良いというわけでもない。

 なにより彼女と神剣の本質が噛み合わないのだ。

 片や傲慢、片や戦闘狂。

 この二人の相性がいいわけがない。


 ずれた歯車のごとく、ぎしぎしとぶつかり合いながら無理矢理回しているに過ぎない。

 本来であればこの神剣は別の勇者が担うはずの剣、それなのに今アイワが担っているのには理由があるのだが、これをこの場で言う理由にはならない。

 大事なのは、相性が悪いはずなのに、それでも不死王と互角以上に戦えているという状況が異常なのだ。


 それほどまでの実力をもった初代勇者。

 それほどまでの性能をもった神剣。

 この二つの組み合わせが不死王にとって最悪と言っていいほどの現状を作り出してしまったのだ。



『とりあえず引け!お前ならこの場など逃げ切ることもできるだろうが!』


 しかし、今はその相性の悪さが不死王にとって良きことに繋がった。

 ともかく、一方的に蹂躙するのが好きな神剣と、ギリギリの戦闘を楽しみたいアイワでは相性が悪いということだけは事実。


 これ以上の危険は避けろと、ある意味で真っ当な意見を述べる神剣であったが、高速で移動しながら何を言っているんだこいつと冷めた視線を神剣に一瞬だけ向けたアイワはきっぱりと言い放った。


「断ります」


 そしてだったらあの召還を止めてやればいいと言わんばかりに、急旋回で百八十度回頭して見せたアイワはそのまま不死王の方向めがけて突撃を敢行して見せた。

 邪魔な意見を黙らせるための強攻。


『おい!バカか!そっちじゃない!!』

「いいえ此方であっています。それといい加減うるさいので黙ってください」


 神剣の意見などガン無視。

 突撃してきたことにより、アイワめがけて弾幕の密度が上がり、アイワの眼前には魔弾による壁が生成された。

 これを突破することは困難、さらにその先には不死王を守る忘却の騎士たちが待ち構え、さらにその先には何やら企てている不死王がいる。


「ああ」


 それを考えただけで煩わしい神剣の声など気にもとめなくなった。

 高ぶる気持ちのまま、全神経を目の前の戦いに集中させる。


「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■!!」


 何やら手元で喚き散らしているようだが、こんな戦場のど真ん中で神剣の状態から人の姿に戻れるわけもなく、そのまま振るわれ続けられているのならアイワは問題はないと判断しそのまま突撃する。


 最早神剣の声など気にもとめないアイワはそのまま魔弾の壁へと突っ込んだ。

 とてつもない衝突音。


 互いに威力が威力だ。

 高速で迫ったアイワと、音速を置き去りにする魔弾。

 質・量ともに格別の衝突はバカげた威力となる。


 魔弾がアイワに当たり、はじけ飛ぶ最中、アイワにもダメージが通る。

 アイワ自身の神力により形成された障壁を食い破らんと迫る猟犬の魔弾。

 ガリガリと削られている感触がアイワに伝わり。

 それによってやはり最初の危機感は正解だったと思ったアイワは突き破られる前に神剣を振るい、正面だけをガラ空きにし、その空間へと飛び込む。

 そしてまた来る魔弾めがけて高速で神剣を振るい続け、どんどん前へと進み続ける。


「さぁ!さぁ!不死者の王よ!私に何を見せてくれるのです!!」


 魔弾の壁VS神剣による剣戟の壁。

 一点突破という点においては神剣に分があるように見えるが、数の暴力というのは侮れない。

 剣戟の隙間を縫うように飛来し、アイワの障壁を食い散らかさんと着弾する数々の魔弾。

 しかしその攻防の間にも刻一刻と、秒単位でアイワと不死王の間合いは迫っていく。

 けれども不死王が何もしていないというわけではない。

 アイワが飛んで不死王に迫っている間にもその召喚陣はどんどん数を増やし準備が整っていくのがわかる。


 一枚、二枚と魔弾の壁を突破している間にもその魔法陣が形成されていく。

 不死王を中心に一つの魔法陣が蜘蛛の巣のようにどんどん広がっていくのがアイワにはわかる。


「もっと!もっとです!!」


 その展開が間に合うかどうか。

 不死王との距離は残り百メートルまでにアイワは迫った。

 魔弾の壁を突破している間に、いくつかの魔弾がアイワにかすめたが、あの魔弾の量を前にして異常と言えるほどにその程度のダメージに抑えて見せたアイワの強さ。


 そしてついに魔弾の壁を突破して見せた先にいた忘却の騎士たち。

 何度でも立ち塞がって見せると気合十分で待ち構えていた面々に、歓喜の表情を携えてアイワは切り込んでいった。


「あなたの盾は中々切れない!!誇っていいですよ!!」


 誰よりも先にその場に飛び込んで見せた盾の騎士に称賛を送り自身の攻撃を捌く姿を見ながらアイワはその背後から迫る影にさらに喜びを増す。


「あなたの剣筋はとても力強い!」


 盾をうまく利用して振り上げた両手剣、さらにはその背後から迫る二つの槍、さらにさらにその後方から放たれる幾重もの矢と魔法。


「ああ!素晴らしき騎士たち!それを従える不死者の王よ!何を見せてくれるのですか!!」


 たった一人に十三人の騎士たちが襲い掛かる光景は圧巻だが、それでもたった一人にじりじりと押されている事実があることに騎士たちは焦らない。


 なぜならその後ろには守らなければならない主がいるのだから。

 勝つために準備をしている主がいるのだから。


 三つの盾の騎士の奮戦。

 二つの両手剣の騎士の奮戦。

 二つの槍の騎士の奮戦。

 三つの弓の騎士の奮戦。

 三つの魔導の騎士の奮戦。


 それぞれの奮闘の先に不死王の言葉があった。


『そんなに楽しみにしておるのなら、この光景もさぞ気にいるだろうさ』


 準備ができたと言わんばかりにニタリと笑った不死王はその魔法陣を発動させる。


『顕現せよ』


 魔力の奔流、その勢いは混沌の泥を吸いつくさんと言わんばかりに魔法陣が魔力を捕食する。


監獄塔城プリズンタワーキャッスル


 そしてここに不死王の最大戦力が顕現する。



 今日の一言

 結末は見えていても、その仕事の過程がなかなか面倒な時がある。


毎度のご感想、誤字の指摘ありがとうございます。

面白いと思って頂ければ、感想、評価、ブックマーク等よろしくお願いいたします。



※第一巻の書籍がハヤカワ文庫JAより出版されております。

 2018年10月18日に発売しました。

 同年10月31日に電子書籍版も出ています。

 また12月19日に二巻が発売されております。

 2019年2月20日に第三巻が発売されました。

 内容として、小説家になろうに投稿している内容を修正加筆し、未公開の間章を追加収録いたしました。

 新刊の方も是非ともお願いします!!


これからもどうか本作をよろしくお願いいたします。

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― 新着の感想 ―
[良い点] マジで不死王勝って!!酒盛りして欲しい。 [一言] 死亡フラグ立てないで。
[良い点] どちらもフラグたてすぎやろ。
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