431 売り言葉に買い言葉。やると言ったのなら、貫き通せ
不死王の挑発染みた宣戦布告。
それに対しての熾天使アイワの解答は満面の笑みと共に紡がれたたった一言。
「ありがとう、不死者の王よ」
それは感謝の言葉。
すなわち、それは不死王の言葉がアイワにとってもっとも求めていた言葉に相違ないということを示す。
〝神剣抜剣〟
そしてその返礼は並外れた膨大な神の力があふれ出すことで現せられた。
アイワが神剣の心臓めがけて手を突っ込み、そしてその直後に光が解き放たれたかと思えば、数瞬後にその光は治まる。
そしてアイワのその手には黄金に輝く両手剣が握られている。
「そして謝罪します。今の私にはこの剣の真の名を紡ぐことを許されていません。ゆえに全力ではありません」
『構わんさ、ワシにとってはそちらの方が都合がいい』
そして悲しそうに語るアイワ。
わかる。
わかってしまう。
不死王は理解してしまった。
ゆえにその言葉に嘘偽りはなかった。
本心から都合がいいと思っているのだ。
例え万全でないにしても、あの剣で切り裂かれれば自身の魂など紙切れ同然だと、不死王は本能で悟ってしまったから。
それは配下である忘却の騎士たちも同様。
しかし、だから何だと彼らは怯まず、むしろ倒すと意気込むように不死王の前に位置取り、各々の武器を構える。
「ああ、良き戦士たちです。これは戦い甲斐があるというモノ。あなたが羨ましいです不死者の王、これほどまでの戦士たちと共に戦えるのですから。ですが同時に安堵します。あなたが味方ではなくて敵であることに」
その闘志、その殺意、その鋭き眼差し、全ての要素がアイワの憂いを断って、逆にやる気を満ちさせる。
本来であればこれほどの敵に囲まれることは絶望に他ならないのに、彼女にとってはこの状況こそ求めていたモノ。
『ああ、良き忠臣たちよ。この死にぞこないにここまでついてきてくれる真の忠義の騎士たちよ。ゆえに安心せよ。この剣たちはヌシの心の臓を貫けると』
「ええ、そうでしょう。是非とも奮闘してほしいものです」
『カカカカカカカ!然様か、主も精々抗うといい』
「………」
『………』
前口上は終わりだ。
ここから先は言葉を交えることはない。
ほんのわずかでもきっかけがあれば。
いや、きっかけを作り出せば戦いは始まる。
様子見はない。
戦いが始まれば、それはすなわち。
「!」
『!』
全力のぶつかり合いの殺し合いなのだから。
先に手を出したのがどちらかという流れではない。
相手が動き出したから反撃に出たなんて流れでもない。
初手から互いの全力の攻撃をぶつけ合うこの戦いの合図。
横一文字に神剣を振るったアイワを迎え撃ったのは最初にその神剣を受け止めた盾の騎士。
その重厚な丸盾をもってして神剣を受け止めたかと思いきや、滑らすようにその刃を後方へと受け流した。
『!』
その刹那の交じり合い。
僅かに見えたその盾に切れ込みができていることに不死王はやはりかと納得する。
忘却の騎士たちに与えている武具は全て不死王の手で揃えられる範囲で最高級品を当然のように用意している。
値段や素材なども惜しまず、職人の手によって一個一個、パーツから丁寧に作りこまれている。
その中でも最固を誇る盾に切れ込みが入った。
受けてしまえばそのまま切り裂かれると直感で察した騎士が受け流しを選択した結果だった。
おかげで刃の軌道は逸れ、そのまま振り抜くような姿勢をアイワは取らされた。
歴戦の技の切れを見せてくれる。
しかしそこから反撃するようではこの熾天使には傷一つつかないだろう。
コンマ一秒以下の時間すらおしいと言わんばかりにその影は躍り出ていた。
「!」
無言であるのにもかかわらず、その気迫、その殺意。
誰にも譲らぬと言わんばかりに全力で踏み込んできたのは神剣と同じ両手剣を保持した忘却の騎士の一人。
その攻撃は自身の防御など度外視。
全神経を攻撃に集中した乾坤一擲の一撃。
最初から攻撃は盾の騎士が防いでくれると思っていたからこその強攻。
オーバーキルを狙った横一文字に対しての脳天めがけての兜割り。
アイワが攻撃したと同時に狙った本来であれば相打ちになるようなタイミングでの攻撃。
「いいです、その殺意!その闘気!もっと私にぶつけて来てください!!」
しかし、歴史に名を刻む勇者であった存在がその程度で倒れるわけもない。
アイワの興奮をさらに盛り立て、凶行ともとれる行為を取らせた。
神剣から片手を放し、素手でその剣を迎え撃って見せたのだ。
剣と手刀。
本来であれば負けるのはどちらかなど聞くのもおこがましいほどの対決。
普通なら剣は腕を切り裂きそのまま脳天を切り裂き、アイワを縦に両断して見せただろう。
だが両者ともにそのような結果は想像していない。
振り払うように放たれた手刀と両手剣を構える騎士の攻防の結末。
互いの魔力同士がぶつかり、金属同士がぶつかるような音を響かせ、魔力が火花のように散りばめられ。
眩しく光っただけの結果となった。
全力の一撃は弾き返され、そして隙を晒すことになった忘却の剣の騎士。
すかさず、その隙を逃さぬように間髪入れず神剣をアイワは振るい一つの敵を消し去ろうとする。
先ほどの攻防で攻撃力はアイワの方が上だと証明された。
だが、数の利点はまだ不死王の方が上だ。
そして数の利点を減らすような愚行を見過ごすような不死王ではない。
民あってこその王。
不死王と呼ばれる存在が、忠臣の窮地に手札を惜しまず切れる判断を持っていないはずがない。
『カカカカカ!やはり熾天使というのは頑丈よのう。なら遠慮はしないでおこうかの!』
一瞬の立ち回り、騎士たちが作ってくれる時間を無駄にはしない。
混沌を操作し、騎士たちの邪魔にならぬように配置した混沌の軍勢の中にはファンタジー世界では似つかわしくない姿が現れる。
『異世界での銃というモノをワシなりにアレンジした。本当ならとっておきなのだが、貴様相手なら良いじゃろう!』
細長い筒のようなものを構えた人型の存在。
次郎がそれを見れば火縄銃か、あるいは狙撃ライフルと言うかもしれない形状。
それを横一列を三方向に配置する。
ちょうど射線上に誰もいないように配置されたその射撃。
「それは知っています」
初の出し物にも関わらず、その正体を知っているアイワの行動は単純明快。
銃は距離という物理的な間合いをもってして最強を証明する兵器。
であれば、銃が無用の長物へとなり下がる距離まで踏み込んでしまえば良いというだけの話。
あるいは発射された弾丸そのものを弾くなり躱すなり、切り捨てるなりすればいいと彼女は思った。
そもそもその武器自体人間を超越し熾天使となった彼女には効かないのだから、気にせずこのまま騎士たちと切り結んでも良かった。
実際に幾人か連れてこられた日本人と共に、日本から持ってきた武器の中にそれもあった。
なるほど、民にはこれは非常に危険であるが、自身には脅威にはならない。
そう思った記憶はごく最近のモノ。
だが、それを承知で用意し見せたのであれば、何か不死王にとって勝算があるものであるのだと、アイワの中での戦の勘が囁く。
であれば、このままここで切り結んではまずいと盾の騎士の壁を振り払い、両手剣の騎士の剣を弾き、降り注ぐ弓の騎士の矢を躱し、魔導の騎士の魔法を相殺し一気に下まで降下する。
混沌に触れることを怯えない彼女は、液面ギリギリ、むしろ伸びてくる混沌が触れるか触れないかのギリギリの瀬戸際を飛行して見せ、真っすぐにその射列にめがけて飛んで見せた。
『言ったであろう、ワシのなりにアレンジしたと』
本来銃は音速を超える速度で金属の弾丸を打ち出す兵器だ。
銃という物体の中で、炸裂した火薬の勢いで弾丸をはじき出し、ライフリングという回転を生み出す溝によって直線運動能力を安定させ、その威力を生み出す。
パーツこそこまごまとしているが、やっていることは意外とシンプル。
故に現代においてはもっとも生物を殺すのに楽な武器となっている。
昔の、それこそ火縄銃が生み出された時代には、農民が長年鍛錬した武者をも殺して見せた兵器として名乗りを上げたほどだ。
シンプル故に強力。
しかしそんな武器なら平気だと思いまったくためらわず、騎士たちを振り切り不死王に迫ろうとしている熾天使アイワを前にして、不死王は甘いと言わざるを得ない。
『ワシがそのまま使うと思うてか』
挑もうとしているものは誰か。
不死者の王、ノーライフ。
真っすぐにしか飛ばない兵器など、不死王にとってはつまらないと言わざるを得ない。
だったら色々と遊び心を出す。
それもこの前の襲撃の際にニシアが生み出した聖なる弾丸に触発され生み出したもの。
所謂、魔弾と呼ばれる存在を生み出さないわけがない。
『カカカカカ、これはヌシが気にしている男のお墨付きじゃ』
それをダンジョン内で実践投入する前にとある弟子が一人犠牲になった代物。
その弟子をもってしてなんてものを作り出してくれたんだと叫ばずにはいられなかった代物。
『放て』
近場に配置していた混沌の軍勢が構える銃列の一列が火を噴く。
火の魔法で炸裂させられた勢いで放たれた黒き弾丸は、混沌でできた物質でできていることを示している。
それが音速を超え、アイワに迫る。
そこまでは今までの弾丸と一緒。
眼で捉えられるのなら、アイワにとってはいとも容易く躱せる代物に過ぎないはずが。
「!」
目を見開き、咄嗟に神剣で振り払いその弾丸たちを受けることを嫌った。
『名づけるのなら、猟犬の魔弾と言ったところかの』
真っすぐに飛んできた弾丸は途中で躱そうとしたアイワの方向に軌道修正をした。
これ自体は大したことはない。
想定内と言ってもいい。
だが、アイワが危険視したのはその弾頭に施された〝口〟だ。
「猟犬というには、いささか食欲が旺盛ではないですか?捕まえてしまった獲物を喰らう猟犬は猟犬とはなり得ない」
『カカカカ!あ奴にもそう言われたわ。猟犬なぞ生ぬるいとな』
大方追尾する機能を持たせた段階で猟犬と結びつけ、名を付けた不死王であったが、これではもったいないとさらに試行錯誤を繰り返した。
破裂する弾丸。
雷がほとばしる弾丸。
凍り付く弾丸。
強度を増した弾丸。
単純に混沌を凝縮した弾丸。
この開発した弾丸は全て次郎で実験したが、全て簡単に対処されてしまった。
追って来るならすべて切り払えば良いと言われ、最悪肉体で受けてもダメージは少ないとも言われた。
不死王もやはり銃という武器を少し単純すぎて使いづらいと思い始めていた。
これでは一定のラインでのみ通用する雑魚散らし用の武器になる。
それもそれで一定の使い道にはなるだろうが、さすがにそのまま運用するには不満が残る。
できるのなら、神にすら傷をつけられ、その命を脅かす代物を作りたい。
「………捕食する弾ですか」
『カカカカ、そう言う代物よ』
混沌の中にある虚無。
それはある意味ですべてを無に帰すという暴食の意味合いとも取れる。
そこに着想を得た不死王はそれを有用なものにできないのかと悩み研究した末、この猟犬の魔弾を開発した。
『不服か?』
「いえ、そのようなことはありません。相手が強い武器を持てば持つほど」
当たったものの魔力や肉質と言った保護をすべて食いちぎり命を貪る猟犬。
そんな代物を持ち出してきた不死王を前にしても、アイワの表情が曇ることなく。
「滾ります」
『カカカカカカカカカカ!主がこの程度の代物で退くとは思うておらんわ!』
むしろそれ以上に頬を上気させ喜悦の表情を浮かべることを不死王は予見していた。
『なら、存分に馳走するとしようか。なに、安心しろ』
だからこそ、忘却の騎士たちを不死王は自身の直援の護衛へと回し。
『失敗作も含め、魔弾はまだまだ大量にある。なに代金は不要じゃ。代わりにヌシの命をおいて行けばいいからの』
「ああ、ああ」
その混沌から次から次へと生み出される銃口の数々。
その先にいる熾天使は、絶望するかのような声を漏らすが。
「何と素晴らしい!この一つ一つがすべて私の命を散らそうとする殺意で満ちている!!なんとおぞましく、命を散らすことに特化した品々!!」
火照る体を沈めようと抱きしめるアイワの顔を見て、だれも絶望しているとは見ることはできない。
「ああ!主よ!あらためて感謝します!!この地に私を派遣してくれたことにこの上ない感謝を!」
これ以上にないほど興奮したアイワの表情は一本一本その銃口から向けられる殺意に興奮を隠せない。
一度その銃口たちが火を噴けば、凡人であれば肉片も残さぬという暴力の形が具現化したというのに、その感性は異常と言えるほど興奮の方に舵を切っていた。
『ワシも相当いかれておるが、ヌシも相当の好きものじゃのお』
「ええ、だってこれが私の生き甲斐ですもの。もうこれ無しじゃいられない」
うっとりと神剣の剣身に頬ずりし、これからの戦いに思いをはせるアイワ。
負けると思っていない彼女の思考に、流石の不死王も若干の呆れを見せるも。
『なら、その命枯れるまで存分に味わうがいい!!』
容赦も加減もなくその命を枯らすための火蓋を文字通り切ったのであった。
今日の一言
吐いた言葉は飲み込めない。
毎度のご感想、誤字の指摘ありがとうございます。
面白いと思って頂ければ、感想、評価、ブックマーク等よろしくお願いいたします。
※第一巻の書籍がハヤカワ文庫JAより出版されております。
2018年10月18日に発売しました。
同年10月31日に電子書籍版も出ています。
また12月19日に二巻が発売されております。
2019年2月20日に第三巻が発売されました。
内容として、小説家になろうに投稿している内容を修正加筆し、未公開の間章を追加収録いたしました。
新刊の方も是非ともお願いします!!
これからもどうか本作をよろしくお願いいたします。




