41 仕事の軌道修正ほど面倒なものはない
田中次郎 二十八歳 独身
彼女 スエラ・ヘンデルバーグ
メモリア・トリス
職業 ダンジョンテスター(正社員)
魔力適性八(将軍クラス)
役職 戦士
予想はしていたというより、この場合は嫌な予感がしていたと言ったほうが正しいと言えるだろう。
タバコの紫煙など視界の邪魔になるはずもなく、アルコールを飲んでいないので目の前の現実が夢幻であることを否定している。
何よりさっきよりも痛くないはずの頭が痛いと思ってしまっている時点でこれは現実だと俺は認識している。
ああ、知っている、この痛みは仕事でトラブルを抱え込んでいた時に胃痛とともに感じていた痛みだ。
「マジか」
体では仕事をやりながら頭では現実逃避をしていた時の感覚を、三割は懐かしさを覚えながら、残り七割を苦虫を噛み締めたような気持ちで思い出し、タバコの灰とともに言葉が落ちる。
「命令書撤回要請って通るかなぁ」
通るわけないかと諦めながらもない希望にすがりたくなる気持ちを察してくれと目の前の光景に言いたい。
あまりにひどい。現実で勇者的な行動をとろうとするのは現実的ではないという見本が目の前にいる。
ゴブリンにオーク、ミノタウロスとさっき俺が渦中にいた中心にあの二人はいた。
『ほれ、俺が一人でできたんだ、二人だったら楽勝だろ?』
さっきあいつらが挑む時にかけた言葉なのだが……
俺自身、他意がないかと聞かれれば多分に嫌味成分を含ませたと答えるような言葉だったが、まさかここまでひどいとは思わなかった。
端的に言えば、肉食獣に群がれ必死に抵抗する人間といった構図だろうか?
中心に人二人がどうにか行動できるスペースが有り、それを囲むように何重ものソウルたちの層が折り重なっている。
「なんであいつら迎撃を選択しているんだろぉなぁ。あそこなら走り回っての各個撃破だろうに」
役割分担はできている。
火澄が前衛で必死に相手と戦って、七瀬が彼を回復している。
至ってオーソドックスな方法だ。
だが
「火澄が七瀬を庇いすぎ、七瀬は回復に専念しすぎ」
守ろうという火澄の考えが相手の数を減らす作業効率を減衰させ、七瀬に気を配りすぎて注意力が散漫になってしまっている。
立ち位置を常に考えるのはいいことだが、あいつの場合は彼女中心の護衛スタイル。こういった場合というより、そもそもダンジョンに適したスタイルとは言い難い。
前まではおそらく北宮がそのポジションで回復と前衛のつなぎ役をやっていたのだろう。
それが密着するような配置になってしまってからは、七瀬は回復役に傾倒、火澄は彼女を守るようなスタイルになってしまったのだろう。
互いが互いの足を引っ張ってしまっている。
「こりゃぁ、一から叩き直す必要があるかねぇ」
上から目線であるのは仕方がないが、事実あいつらよりは立場が上なわけでどうにかする責任が俺にかかっている。
何もしないわけにはいかない。
もしここで、なぁなぁで終わらせてしまったら、それこそ俺の資質が問われてしまう。
もう少し様子を見るつもりであったが、どう見てもジリ貧で、このままいけば数に圧殺される光景が目に見えている。
俺一人でできるからあいつらもできるだろうという見通しの甘さが生み出した結果であるが、そこは仕方ない。
己もまだ精進がいるということだ。
ため息一つこぼし、窓の前から立ち去り、パソコンの前に座る。
やると決めたからには時間はかけない。
手早く終了コードを走らせると、ソウルたちは再び魔力へと姿を変える。
パソコンの一角の監視カメラに映る映像には、肩で息をし床に膝立ちで座る火澄の姿が見える。
また仕事が増えたと溜息を吐きたくなるがこらえる。
当初の予定はダンジョンで動くだけだと思っていたが、箱を開ければ二重の床になっていた。
騙されたと思うことなかれ、仕事というのは大抵そういうことが起こり得るのだ。
このままダンジョンに挑んでいなくて本当に良かったとポジティブに内心で思うことにした。
そうしてタバコを咥えて火をつけて席から立ち上がる。
こういう時にこうやって分煙しないで済むのは本当に魔力には感謝だ。
「さて、どうするかな」
まず考えるのは最終、仕事を終わらせる着地点だ。
すなわち、俺がどこまでやれば仕事が終わりで元のパーティーに復帰できるかというゴールを定めないといけない。
要は結果だ。
最良はあいつらが成長し二人でダンジョン攻略を進められるようにすればいい。
次善で、あいつらがいる今の階層を継続して挑めるようになればいい。
最悪は、あいつらの首を飛ばし俺に被害を出さないようにする。
着地点は見えた。
ならば次は過程だ。
ゆらゆらと口にくわえたタバコを揺らしながらカンカンと金属の足場の階段を今度はゆっくりと降りていく。
思考速度が速くなっている今ならこの程度の思考はお手の物だ。
ブラック時代に本気で頭を回転させた時の速度がこんな片手間でできるのは少し泣きたくなる。
過程はまぁ、言っちゃなんだが劇的に進めるような秘策はあるにはある。
俺がやったあのポーションデスマーチだ。
魔力体となり、時間を加速させ質と数を両方こなす。これでステータスを上げて改善するしかない。
だが、それはさっきのメニューをクリアできることが前提だ。
あれ以下になると効率が悪い。
要は赤字がひどくなってしまう。
ならば、俺が直接指導するかキオ教官たちに要請することになるが、ここですぐさま教官たちに応援を要請するのは無しにしたほうがいいだろう。
となれば、自然とできることは絞られてくる。
俺自身がやるしかない。
「で? 感想はどうだ?」
階段を下り切り、落ちそうなタバコの灰を灰皿に落とし口元から離しまだ少し距離はあるが声を張り上げて聞いてやる。
おうおう、息を整えている間にもかかわらず睨んできたな。
「聞くまでもないか、見るまでもなく赤点確定だ」
「こんなことできるわけが――」
「お前の目の前に立っている奴は一人でやってみせたぞ?」
いかんなぁ、何でもかんでも無理だと言うのは、無理だと断ずるのは、それに基づいた根拠を示さないと上は納得してくれないぞ。
「お前のダメな点はいくらでも列挙できるが、今回はそれ以前の問題だ。七瀬、なぜ攻撃魔法を使わなかった? 使えないわけじゃないだろう?」
「それは……」
俺から話を振られるとは思っていなかったのだろうか、少し驚き考える仕草を見せる。
その時点で俺からすればダウトだ。
その仕草が何も考えず行動していたと思われるからだ。
「透くんの回復を優先しないといけないと思ったから、です」
「OK、回復は重要だ。だが、ほかのことを放置していいわけではない。お前が回復に専念している間に火澄は何役仕事をこなした?」
「えっと」
「攻撃手、守り手、そして魔法手三役だ」
こりゃぁ、考えていないというよりそれだけやればいいと思っている典型か?
話を止めるよりも進めるつもりで指を立てて教える。
「対してお前は回復手だけだ。その意味わかるな?」
「それは僕の役割で彼女の役割じゃない」
「アホ、それでかばっているつもりか? 一人でなんでもかんでもできると思うなよ。仕事ってのは一人でできる方が限られているんだからな」
仮にここで七瀬が魔法を使い、身を守りながらさっきの戦闘を繰り広げたなら大きく変化が見られただろうよ。
少なくとも、火澄の役割は一つか二つは減っていただろう。
RPGみたいに一つの役割をこなしていればいいなんて甘い現実はこの場には存在しない。
「それで? なんでもかんでもお前がやるなら七瀬の役割は只々取り回しの悪い回復キットってことか?」
「!! 美樹に謝れ!! その言葉はいくらなんでも失礼だぞ!」
「その状況に陥れているやつが何言っているんだよ、アホか」
「何?」
「回復以外何もやらない存在が動き回る。それを維持するには当然、仕事が増える。ほかの役割を担えるにもかかわらずにだ。割が合わないだろう?」
「それでも、彼女を危険にさらすわけには」
「ダウト、それならこの仕事を辞めさせろ。一緒にやっている時点でお前の発言はバカ丸出しだ」
何を言っているんだ? こいつ。
俺に、ああ、そうだね、なら仕方ないねと同情してほしいのだろうか。
ならふざけるなと、声高々に言いたい。
ここで社会的に反論するなら感情なんて出してはいけない。
論理的に効率的で、利益を出さないといけない。
ただ守られているだけの回復役になんの意味がある。
俺なら彼女をヒーラーに専念させずほかの役割を与える。
勝は回復役以外に荷運びと自衛ができる程度の戦闘力、そして地図製作者の役割をこなしている。
この中で重要なのは自衛ができるということだ。
こっちが駆けつけるまでの時間稼ぎができる。
すなわち、勝以外の戦闘メンバーの行動範囲が広がるということだ。
勝を守るということには変わらない。
あいつはうちのパーティーの生命線だ。
守らない方がどうかしている。
だが、火澄の奴は護り方を誤解している。
七瀬は某国のお姫様か? ならこんな仕事をやらせるなと言いたくなる。
「……」
「おいおい、何も考えていないのかよ……ったく」
「あ、あの!!」
「ん?」
「私は何をすればいいでしょうか?」
火澄は黙り込み、場の空気は最悪。失敗したと思うが言わなければ仕事も進まない。
最善は、難しいと思い始めたが、OK、評価を少し変えないといけないようだ。
黙して何もしないようだったら、評価は下げていたぞ七瀬。
わからないなら聞く、社会新人の基本だ。
「……そうだな、まずは自衛だ」
「自衛、ですか?」
「見たところ、七瀬が敵に近づかれたら火澄が庇う。そのスタイルのせいで火澄の戦闘効率が極端に下がっている。そこを改善するなら七瀬も接近戦で戦えるようになったほうがいい」
「私が前で戦うということでしょうか?」
「それも一手だが、今回は違う。手段を増やす、空手、剣道、合気道、薙刀、杖術その他なんでもいい、火澄への余裕を作る」
「余裕ですか?」
「ああ、言うよりやってみせたほうがいいな、そこに立ってみろ」
疑問符を浮かべるも七瀬は黙って立ち上がる。
「火澄、お前は七瀬の前に立て。そうだな、二メートルくらい前だ」
「なんでそんなことを?」
「口で説明するよりも体験したほうが早ぇんだよ」
いいからやれと言えば疑わしそうな表情をして行動に移る。
そこから俺は五メートルくらい離れる。
「お~し、これから俺は七瀬を殴りに行く。しっかり防げよ」
「何を――」
肩を回し体をほぐしながらの宣言が突飛に聞こえたのだろうか、火澄は戸惑うように叫ぶが最後までは聞いてやらない。
言っているんだ!と叫ぶ声にぶつかるように体を前のめりに加速させる。
遅れるように構えるが、中途半端な構えで俺を止められるわけもなく、一回のフェイントをかけただけであっさりと抜き去る。
そして、それを呆然と見る七瀬に向けて風を突き破るように拳を振るう。
「美樹!?」
「安心しろ、寸止めだ。だが、本番は寸止めなんてしてくれないぞ」
殴る気は最初からなかった。
だが、必要性はわかったはずだ。
あれで分からなかったら俺が困る。
へなへなと、崩れ落ちる七瀬に火澄は駆け寄る。
「わかったか、前衛だって万能じゃない。倒され突破されることもある。だがあそこで七瀬が防げていたら火澄は間に合った」
不意を打ったということもあってことはうまく進んだ。この効果は七瀬の様子を見れば一目瞭然だ。
そもそも、勇者パーティーのように僕がいれば大丈夫なんてワンマンチームなど見た目は丈夫そうだが中身は太い柱一本で支えられた船でしかない。
そこが折れればあっという間に自壊する。
そんなもの泥船と大差ない。
いくつもの柱を添えて太い柱を支えないといけない。
そうやって強度を上げる。
パーティーというのはそういうものだろう。
決して、柱に寄りかかるものじゃない。
床に座り込みコクコクと黙って頷く七瀬を見て、さてどうするかと考える。
自衛といっても様々ある。
それこそ、七瀬もある程度収めている魔法で迎撃してもいい。
だが、それでは不十分だと思っている。
このダンジョンを攻略するとなると特化型では詰む。それがおぼろげながら見えている俺の感性が訴えている。
目指すのは万能、俺も将来的には魔法を開拓しないといけない。
だが、今は目の前の二人だ。
七瀬を改善するだけでこのパーティーはどうにかなるだろう。
仕事の終わりが見えたことに、安堵するも、課題が机に山積みになっただけ。今度はそれを処理していかないといけない。
「で、七瀬、お前なにか運動とかしてたか?」
「い、いえ、私は運動とか得意じゃないので」
「あ~、だから魔法使いね」
後方から攻撃できる魔法使いは、すべての職業で比べれば確かに運動量は少ないだろう。
だが、不要というわけではない。
特殊部隊のスナイパーがいい例だ。
スナイパーは一箇所でじっとしている時間が長いが、一発撃ったら即座に場所を移動するケースが多い。
それは孤立する場所にいるということも理由に上がるが、何より姿を見られないようにするという意味がある。
魔法使いもそうだ。常に射線を確保しないといけないし、さっきみたいに襲い掛かる敵からも逃れないといけない。
決して動かない職業ではない。
うちの南に至っては、最初期から体力不足を理由に強制的にマラソンをさせた。
加えて自衛手段で杖術を学ばせている。
さて、困った。
運動が苦手という人は総じて武道というのに縁がない。
そういった人物にいきなり武器を持たせていいものだろうか?
それを知っていただろう火澄は、だから七瀬を回復役に専念させ自分の負担を増やしたのだろう。
となるとだ、どうするか。
おそらく大型の武器はまず除外、そして刃物の武器も除外できる。
ならば、真っ先に浮かぶのは杖術なのだが……
「七瀬立てるか?」
「は、はい」
「あなたまた何を」
「今度は何もしねぇよ。いいから、ちょっと杖を上から下に振り下ろしてくれ」
「振り下ろすだけでいいんですか?」
「ああ、ただし全力でだ」
「はい! ……よい、っしょ」
「……一応聞くが、それは真面目にやってだよな?」
「ご、ごめんなさい!!」
「いや、うん、それが全力ならいいんだ」
うん、だめだな。
仮にものにするなら時間は相当かかるだろう。
木製の杖を全力で振り下ろした結果が床をカンと軽く鳴らす程度だ。
上に振り上げる動作も遅いし、スムーズではない。
思ったよりもこの問題は難敵だ。
これならいっそ、火澄をポーションデスマーチに連行したほうが早い気がしてきた。
「……あ」
「「……」」
「そんなに警戒するなよ」
さっきの不意打ちのつけか、何かの動作の度に警戒されているような気がする。
自業自得か。俺でもいきなり攻撃されれば警戒するしな。
気にしていてもこればっかりは仕方ない。
「七瀬、お前盾持ってみる気はないか?」
「盾、ですか?」
「ああ」
「でも、盾って重いんですよね? 小さいのですか?」
「いや、大きい盾だ」
「それだと、動きが遅くなりますよ? 美樹には無理です」
「そうやって、無理無理言うな、俺だって鉄の塊を持てなんて言ってない」
武器がダメなら防具、盾なら射線に動かすだけで身を守れるし殴ることもできる。
それに俺が鉱樹を買った店で見かけたあの代物がまだあれば、このパーティーの戦力向上にもなるだろう。
「とりあえず今日はもう休め。お前らも体力的には厳しいだろう。明日までにいくつか物を用意しとくよ」
今はこれ以上は体力的にはできないし、そもそも代物がないとただの狸の皮算用だ。
仕事は準備の段階から始まっているんだよ。
用意に行かないといけないからここまでだ。
「またなにか企んでませんか?」
「安心しろ、お前らのためになる企みだよ」
否定しない俺にさらに警戒を増す二人から予定を聞き出し、また明日と訓練室をあとにする。
さて、嫌な仕事はさっさと終わらせるか。
足は自室ではなく、そのまま地下街に向けて歩き出した。
田中次郎 二十八歳 独身
彼女 スエラ・ヘンデルバーグ(ダークエルフ)
メモリア・トリス(吸血鬼)
職業 ダンジョンテスター(正社員)
魔力適性八(将軍クラス)
役職 戦士
今日の一言
どうせ仕事をやるんだ、俺のやり方で逝かせてもらう!!
え? 字が違う? 気のせいだ!!
以上となります。
これからも、異世界からの企業進出!?転職からの成り上がり録をよろしくお願いします。




