430 終業間近に持ってこられる仕事は大抵急ぎで緊急
流星のごとく現れたと文字通り体現して見せた天使。
あまりにもの速さに不死王ですら反応するのが遅れてしまい、その余裕の表情が崩れてしまった。
『ッ間に合うか!?』
普段の不死王であれば上げぬ慌てた声を響かせ、焦りを見せ、沈んでいた足に加え、杖を持っていない左手をさらに混沌の中に沈め、魔力を送り込み混沌の掌握をもってして混沌の中に干渉を始める。
『………悠長にしすぎたつけか』
神剣を沈めたことにより戦いの幕が下り静観していた。
そのまま混沌に溶かしてしまおうと考えていたが、矢先、先ほど現れた天使によって事情が変わる。
のんびりとしている暇はない。
混沌の中に沈みゆく神剣を探し出し、その場で滅ぼさねばのちの禍根になる。
それを理解している不死王は混沌に飲まれつつある神剣の気配を手繰りで探り、そしてわずかに見えたと確信した途端に、その場にある混沌を圧縮し粉々に砕き分解を早めようと思っていたが。
『ぬかった。間に合わなかったか』
タッチの差で流星は神剣の元にたどり着き、不死王の分解圧縮の術式から逃れそのまま上昇を始めている。
最早不死王の攻撃は意味をなさない。
気にもとめない。
沈んでからまださほど時間が経っていなかったこともあったので、思ったよりも沈んでいなかったことが災いした。
粘度の高い混沌の中を大海を泳ぐイルカのごとく進む気配を感じ取り、漏れそうになった溜息を堪えそのまま目元を引き締め不死王はこの後に向けて思考をめぐらす。
何もやらないよりはマシと不死王によって操作された混沌は沈んだ流星と化した天使めがけて猛威を振るい、潰してしまおうとしたが、落下した時よりも早いのではと思わせる速さで登ってくる。
『これを登ってくるということは………』
並の天使であれば沈んだ段階でその存在は抹消されている。
歴戦の天使であってもここまで早く混沌の中を動くことはできない。
熾天使でも得手不得手によってできるかどうかがわかれる。
であれば、先ほどの流星の正体が誰なのかを不死王は察する。
『運命のめぐりあわせは、ことごとくワシにはそっぽを向くか』
もし仮に不死王の想像しうる存在が相手となれば、混沌と繋がる門を閉鎖するのも間に合わない。
不運にもほどがあると今度こそ我慢せず溜息を吐いたのち、覚悟を決める。
『カカカカカ、今宵は本当に長くなりそうじゃ』
それであればこのまま迎え撃った方が得策だと不死王は判断し、目配せで召喚していた忘却の騎士たちに指示を出せば、阿吽の呼吸で彼らは配置につく。
いつ出てくるかの予想は容易。
だが、その速さは尋常ではなく、合図する暇も与えてはくれない。
しかし、それでも対応できたのは長年連れ添った主従の絆と経験がものを言った。
うっすらと混沌の泥が膨れ上がるか上がらないかのタイミング、その後一秒どころかその百分の一秒以下にも満たない時間で天使が現れようとしたタイミングで不死王たちは攻勢を仕掛ける。
『そんなに早々と出るものではないわ、もう少しゆるりとして行ったらどうだ!』
不死王は混沌で波を作り、飛び出してきた天使を再び混沌の中に沈めようと画策する。
それもただの波ではない。
影法師を編み合わせた人海の波だ。
混沌の属性も相まって突破するのは困難極まる。
もし仮にそれを突破した先には忘却の騎士たちが待ち受けている。
二段構えの確殺を狙った構成。
しかし。
「無駄です」
その必殺の陣形をまるで何もなかったように突破して見せるのが、最上位と云われる熾天使の力。
混沌の波に突撃したかと思えばそのまま風穴を開け、ジャストタイミングと言える忘却の騎士たちの攻撃を掻い潜り、再び天空へと舞い戻った三対の翼を広げる熾天使。
「ゴホゴホ」
白銀の鎧を身に纏い、神々しく光る白き魔力を身に纏った女性の左腕には先ほど沈めた神剣がむせている。
「………生きているようですね。ならよかったです」
その様相を見て無事だと判断したように聞こえるが、良かったと言っている割には喜んでいる様子はない。
「いいわけあるか!なぜもっと早く助けに来なかった!?」
そんな態度に傲慢な態度を見せ続けていた神剣が腹を立てないはずがない。
ようやくまともに呼吸できたことで、余裕を取り戻したのか、はたまたこの熾天使の実力を知っているからこそ生まれた余裕か。
前者ならまだマシだが、後者なら虎の威を借る何とやらだ。
「………目的は達したというのにまだ物足りないからと暴れまわっていたのはどこの鈍らでしたか。好き勝手にやった挙句あれだけ自信満々に挑んでおきながらこの体たらく、呆れを通り越して笑いそうになりましたよ」
視線を不死王から切ることなく、心底呆れたと言わんばかりに飲み込んでいた泥を吐き出す神剣を嘲笑するさまは全然神剣という存在を敬っている様子はない。
噛みついてきてもどこ吹く風、一応助けたという事実はあるが、逆に言えばそれ以上の事実は生まれてこない。
「神剣でも武器であることは変わらないでしょうに、なぜ長きにわたる私たちの戦いで生き残ってきた存在に勝てると思うのか理解できませんでした。いえ違いますね」
そのやり取りを見て、悪い予感が的中したと口元に笑みを浮かべる。
先ほどまで殺し合っていたことを気にもとめず、神剣とバカげた口論を繰り返すその態度、その対応、その行動原理。
不死王は知っている。
熾天使の中でも異質。
歴史上何度か現れ、現れるその都度魔王の首を撥ね続けた熾天使。
「理解する気も起きなかったと言った方が正確ですね」
「アイワ!」
熾天使アイワ。
『………序列一位が現れるとは不運よのぉ』
そしてかの熾天使の肩書にはこうもつく。
元勇者と。
そう、人から天使になり、最高位まで上り詰めた存在。
神が作った作品よりも上に行ってみせた存在。
「あら、あなたのような実力者にそう言ってもらえるとは光栄ですね」
不運と称したにもかかわらず、アイワは嬉しそうに笑い、不死王に話しかけてきた。
『ほう、まもなくこちら側の援軍が来るというのにもかかわらず、この老体と話す余裕があるとは』
太陽神が持つカードの中でもエースと呼べる存在。
小脇に抱える神剣の喚き声など放置し、不死王のつぶやきを拾い歓談し始めるアイワ。
不死王の忠告は嘘でもはったりでもない正真正銘の事実。
神殿の軍勢は並の実力者ではない。
一種の独立国家としての戦力を保持するほどだ。
それを熾天使とはいえ一個人で引き受けるのは骨が折れるどころの話ではない。
真っ当なら正面から迎え撃つという判断はしない。
正気ならこんなところで談笑など始めない。
普通であるのならいくら手元に神剣があろうとも撤退を視野に入れる。
「………ええ、それはもう。承知でございますよ。これは余裕ではなく、楽しみがやってくるのです。いくらでも待ちましょう。ええ、なにせ数百年ぶりの戦場。神が許しになった戦いの場。ああ、もう………火照りますね」
だが、アイワは普通ではない。
正気ではない。
真っ当ではない。
強き敵と戦いたい。
ただそれだけの理由で太陽神側についたという天賦の才に戦狂いを混ぜた最強。
鬼王とはまた違った、戦うことだけに意味を見出す戦闘狂。
ニッコリと笑う仕草は可憐に見えるかもしれないが、その瞳の奥に見えるドロリとした感情。
正義の味方とは口が裂けても言えない愉悦の感情が煮詰まりきってしまった表情。
さらに上気した頬の色が相まって、艶やかにも見えなくはないが、不死王にとっては獲物を貪うろとする獣が目の前に現れたようにしか見えない。
『カカカカカ、これは厄介な存在に目をつけられたものよのぉ。老体には堪えるわい』
「何をおっしゃいますか、私よりも若いでしょうに」
死を恐れない。
死をいとわない。
欲するのは興奮できる戦いという過程だけ。
勝ち負けは関係ない。
ただただ戦いたい、いや、強い敵と戦いたい。
負けず勝ち続けたのはそれを長く味わいたいから、ただそれだけの理由。
様々な戦いを経験したいから人の肉体を超えた。
神に従うのは、その神の元が一番興奮できる戦場を用意してもらえるからという安直にして最悪の理由。
人は衰えやすく、寿命が短い、戦い続けるのには不向き。
量を倒すことよりも質を優先したい。
であるのなら、敵対するのなら寿命が長く力が強い魔族の方がいい。
そんな単純思考で剣を取り、魔王軍に喧嘩を売り、戦の先頭に立ち、勇者としてデビューした存在。
『それを言われたら、返す言葉もないの』
そして、神々の諍いを一番目撃してきた生き字引でもある。
まだ人と魔族が手を取り合える段階であった事実を正真正銘叩き切って見せた張本人。
『のう?初代勇者よ』
「懐かしい呼び名ですね」
魔王軍の中でも歴史書に乗り。
危険な存在として、ブラックリストの上位に位置する存在。
そう呼びかけられたことに嬉しそうに微笑み、照れて見せるところを見れば、普通に天使に見えるのだが………
「そちらの名も知っていますよ。今代の魔王の配下、不死王ノーライフ」
『カカカカカカ、名も覚えられているとは増々光栄じゃ』
その気配から漏れる闘気と殺気が混じっていなければの話だ。
すでに戦いの幕は上げられ、今は前口上と言ったところか。
「はい、皆々覚えておりますよ。鬼王ライドウ、機王アミリ・マザクラフト、樹王ルナリア、巨人王ウォーロック、竜王バスカル・ヅーダ・バハムート」
指折りで将軍位の名前を連ねていく様は子供が楽しみにしているお菓子の数を数えているようにも見える。
しかし、その実は戦いたい存在のリスト。
強い存在であれば、だれでもいい。
「過去幾人もの魔王の配下を切り捨ててきましたが、今代の魔王軍は豊作です。なにせ、将軍位の一人一人が魔王になり得るほどの才を持っている。ああ、これほどまでの大豊作なかなかみませんよ!」
ただ、求めている感情は純粋であるも、求めている内容は血の色一色。
興奮冷めぬとまで言わしめるほど恍惚な笑みを浮かべて見せるアイワ。
『………差し詰めワシは前菜と言ったところか』
この手の輩から逃げられない。
そして逃げてはいけない。
放っておいたら何をしでかすかわからないから。
「前菜?」
そしてこの後に起きる殺し合い。
それは過去の経験を照らし合わせても不死王の中で最も過酷で危険な戦いになることは目に見えている。
「いいえ、私にとって戦いは全てメインディッシュ、貴賤なく、平等に全力で相手しなければ私は満足できない!」
その小脇に抱えられる神剣は本来の性能を発揮すれば恐ろしいモノへと変貌してしまうことも不死王は理解している。
ゆっくり細くしなやかで白い腕が神剣へと手が伸びる。
「いつまで呆けているのです。抜きますよ」
「誰がお前なんかに!」
「〝抜きますよ?〟」
最初は拒絶した神剣であったが、二度目の言葉は疑問形でありながら絶対の命令権を含んだ言葉だった。
さっさとしろと脅すのではなく、正真正銘力任せでも抜いて見せると宣言した。
それができる実力がある。
そして神剣を使いこなすことができる実力がある。
「ああ、そうそう」
それを発揮しようとした時に、ふと今思い出したと言わんばかりにピタリと神剣に伸ばした手を止めたアイワ。
「戦う前に一つお聞きしたいことがあるのですが」
『答えるとでも?』
「別に答えなくても構いません。手間が増えれば増えるほど、私にとってはそれはすなわちご褒美と言った話ですから」
熾天使が不死者の王に聞く話。
それは普段であれば不死王にとっても興味深い話になっただろう。
だがしかし、今ばかりは嫌な予感しかしない。
もし仮に答えなければ手間が増える。
すなわち戦う機会が増える。
そう言ったアイワの言葉から導き出される質問は、何かを探しているということ。
では、何を探しているのかという思考までたどり着いたタイミングで、ニッコリと微笑むアイワは答え合わせだと言わんばかりにその質問を、その潤った唇の奥から紡ぐ。
「鉱樹を持った人間の剣士をご存じではありませんか?どうも、我が主神が憑依した勇者を撃退して見せたほどの実力者で、あの時空の精霊、ヴァルス様と契約している様子で。私、ぜひとも戦ってみたいのですが」
そして出てきた内容に、ここでお前が出てくるかと不死王は思わず笑いそうになった。
いや。
『カカカカカカカカカカカカカカカカカカカ!!よもやよもや、そのような質問か!』
隠すこともできた、偽ることもできた。
だが、よりにもよってこんな存在に目をつけられるほどの大出世をした自分の弟子の快挙に、その笑いを抑えることはできなかった。
自陣に認められて半人前。
敵に認められて一人前。
そんな戯言みたいな感覚ではあるが、実力を認められるという観点に置いて、味方に認められ敵に恐れられるというのは非常にわかりやすい実力の目安となる。
「その様子ではご存じですね」
『知るも何も、我が弟子じゃ!カカカカカ!愉快愉快!太陽神はあ奴に腹を立てたか!?』
「ええ、それはもう、たいそうご立腹でしたよ」
『重畳重畳!それはたいそう目出度いことじゃ!』
歓喜と言っていいほど喜びをあらわにする不死王に呼応し、ニッコリと微笑むアイワ。
「では、教えていただけますか?」
そしてちょっと道を尋ねるかのように不死王に問いを投げかけるが。
『答えさせてみろ、その方がヌシの好みの答えじゃろう?』
弟子であることを暴露しても、それ以上は売る気のない不死王は笑い声をピタリと止めて魔力を放出することで戦意を示して見せた。
「ええ、もちろん」
それが満点解答であったことは、熾天使アイワの笑顔を見ればわかるのであった。
今日の一言
急ぎの仕事であるのはわかるが、もっと余裕を持ってほしい。
毎度のご感想、誤字の指摘ありがとうございます。
面白いと思って頂ければ、感想、評価、ブックマーク等よろしくお願いいたします。
※第一巻の書籍がハヤカワ文庫JAより出版されております。
2018年10月18日に発売しました。
同年10月31日に電子書籍版も出ています。
また12月19日に二巻が発売されております。
2019年2月20日に第三巻が発売されました。
内容として、小説家になろうに投稿している内容を修正加筆し、未公開の間章を追加収録いたしました。
新刊の方も是非ともお願いします!!
これからもどうか本作をよろしくお願いいたします。




