429 仕事は一人でするものもあれば、複数でやることもある。
月夜に蠢く、不死王の混沌の軍勢。
淡い月の光に照らされ、おどろおどろしくただ一つ輝きし炎を振りまく神剣にめがけて迫りくる軍勢。
一体、十体、百体、千体。
いくらでも生み出し。
次から次へとあふれ出す勢いで不死王が混沌の泥から生み出す影法師は正しく数の暴力。
個人にぶつけるには過剰な戦力だと思われる。
加えてその一体一体が触れたら危険だと言わざるを得ない属性と存在を持つ。
触れればすべてを虚無へと返し、その存在そのものを無かったことにする混沌の波。
しかし、良いことも起こしえるのも事実。
神剣によって焼き尽くされた炎を鎮火し、焼け焦げた地面に触れた混沌の足の後は焼け焦げた跡も何もなくなり、ただ、そこにあるのは命はなくとも豊かになった土地が残る。
戦いながら大地を潤し、生きたモノには無に帰す。
正反対の意味合いを同時に引き起こす混沌の軍勢。
『カカカカカ、ほれどうした、回り込まれておるぞ?そらどうした?空が覆いつくされるぞ?ほれほれ、動け、藻掻け、這いつくばれ、その自慢の五体いつまでもつかな?』
その混沌の中央だけは輝かしく炎が舞い、それに群がる漆黒の群れ。
街灯に集う虫のようにも見えなくはないが、集われている存在が存在だ。
必死に振り払ってる神剣にはたまったものではないだろう。
その集う混沌の奥に控えた不死王はケタケタと愉快に笑いつつ、死と隣り合わせの円舞曲を踊っている神剣を徐々に追い詰めていく。
「っ!?」
その挑発の言葉を投げかける不死王の言葉を歯を食いしばって言葉を吐き出すのを堪えるのは神剣。
最初に見せていた厚顔無恥の態度は鳴りを潜め、いや、今にもその舐めた口調を続ける不死王の首を叩き切り、地面に転がった頭を踏みつけ、どうだと言わんばかりに馬鹿にしたい気持ちで彼の気持ちは一杯だ。
それを目だけで語るが言葉にならないのは今の現状、段々と追い詰められている状態でそんな虚勢を張ったところで良くて強気の発言、普通に見れば負け犬の遠吠えだ。
『ほれ、ほれ、ほれ、これはどうだ?』
「この程度でぇ!!私が!やられると思ったカァ!!」
それでも、その挑発を看過できなかった神剣が吐き出した叫びと同時に神炎を振りまき、混沌の軍勢を退ける。
「私は、最強の神剣。お前ごときに負ける存在ではない!!」
そう言ってさらに勢いが増すも、焼け石に水の反対、大津波に火炎放射と言えば良いのだろうか。
人の形をしていた混沌の軍勢の中に獣の姿をしたものも混ざり始め、今では大鷲や蝙蝠、そして地面から飛び立つように大きな鎌を振り回すカマキリのような形をした混沌が翼を広げ襲い掛かり、少しでも高度を落とせば、地面から混沌の魔の手が伸びる。
質・量ともに増え始めている現状では、その強力無比な炎も灯火程度の役割しか果たせていない
それでも神剣は手を止めず炎が辺り一面を一掃する。
それは一時の猶予を与えることはできるが。
『無駄、無駄、無駄。残念、徒労に終わったのぉ』
それ以上の時間を与えることは叶わない。
スッと一呼吸の間をおいて、その炎の波を逆に黒い波が飲み干し、そのまま遠くなった間合いを埋めようと押し寄せてくる。
じわじわとなぶるように、じわじわと相手を苦しめるように。
徐々に包囲を完成させ、その剣の身をへし折る機会を刻一刻と伺う不死王であったが、こちらも思ったよりも余裕があるわけではない。
『………』
表情にこそ出さず、口調こそ挑発して嬉々としているが、その頭の中では必死になって自身の魔力によって生み出した軍勢を制御していることに割かれている。
混沌という属性は、生あるものが触れるのならその生を奪われ死を与えられる。
逆に死の存在であるアンデッドであるのなら生を与えられるのか?
それは違う。
アンデッドでも死ぬのだ。
混沌に闇雲に触れれば、アンデッドでも死は免れない。
ではなぜ不死王は無事なのか、それは理由がある。
混沌と死は紙一重で違う。
混沌とは生も死も両方兼ね備えられている。
対してアンデッドは死を超越しただけで、死を克服したわけではない。
死んでいるが生きている。
矛盾した意味を兼ね備えるそれがアンデッド、言わば混沌と同じ属性でなくとも近い存在なのだ。
そのおかげで混沌属性に魔王軍で唯一適性がある種族だと言われている。
だが、全てのアンデッドが操れる属性なのかと問われれば否と不死王は答える。
アンデッドが混沌に触れるにあたって一番注意しなければならないのは肉体の損失ではなく魂がその混沌の中に引き込まれないかだ。
魂という存在が一番の弱点である不死王たちアンデッドは混沌魔法を使うにあたって一番の弱点を最も危険な位置に配置することでその魔法を行使する。
言わば強酸を顔の隣に置いて、その酸を振り撒くホースを両手で振り回しているようなもの。
もし、その強酸の入った容器が自身に降りかかればただでは済まない。
故に魔力切れイコール不死王もこの混沌に飲み込まれるという、この混沌魔法は強力無比ではあるが諸刃の刃という事実は覆せない。
常にその魔法から身を守りながらその魔法を操作するという細かい操作が必要であり。
その比重が守りの方に傾けば攻撃の手は緩み、攻撃の方に傾けば守りがおろそかになり自身に危険が降り注ぐ。
余裕綽々でその場を動かないのではなく、魔法の行使に手いっぱいで動けない。
それが真実。
ジッと戦いの場を観察しつつ、想定内とはいえ労力を強いられる戦いにカッとなっていた頭はとうの昔に冷え切り。
いかにして相手を倒せるかどうかを詰将棋のように頭の中に盤上を設置し、緻密に魔法を行使する手順を構築し続ける。
一通りではなく何十、何百、ありとあらゆることを想定し、その場その場でその選択肢を取捨選択し、それを実行する。
『粘るのはライドウ並みか』
その中で得た考察をインプットし、そして反映させる。
昔、まだ将軍に選ばれる前、頭角を現してきた不死王の前にあの大鬼は現れ、気にくわないという理由だけで喧嘩を売ってきて、不死王はその喧嘩を買った。
長きにわたる戦い。
三日三晩どころか、七日八晩もの長い期間を戦い続け、それをもってして実力を認められ将軍位についたという話は不死王と鬼王にとってはいまではいい酒の肴だ。
この魔法を使ったのもそれ以来。
そして鬼王ライドウ並みにこの攻撃を捌き続けることに、腐っても神剣だということを改めて認識する。
『………時間も差し迫っておるか』
そしてタイムリミットも徐々に近づいているのも把握している。
満天の星空であった夜空が、徐々にであるが雲がかかり、それに合わせてとある気配が地平の彼方から迫ってきているのがわかる。
『それまでに仕留めなければな』
それは敵ではないのはわかっているが、不死王にとって神という存在は味方であっても傍に置きたくない存在。
横槍は必須、そんなことで問題を起こしたくはない。
ポツ、ポツと頬に当たる雨に混じる神の力。
大地に燃え盛る神剣の生み出した炎を消すために訪れた恵みの雨。
神の奇跡。
それはすなわち神殿の軍勢が魔王軍よりも早くこの地に到着することを示している。
『どれ、老骨に鞭を打つとするかの』
故に不死王はここで、攻めに思考を傾けた。
ドロリとした地面に足首まで自身の体を沈める。
それは自身の魂と混沌の距離を狭める行為。
一歩間違えれば自身の魂を消しかねない危険な行為であるが、そのリターンは大きい。
『さぁさぁ、少しばかり時間が惜しい。ここらで終幕と行こうかの』
混沌とやり取りをする処理速度が跳ね上がり、動きが鋭敏になる。
そのおかげで操作性は難しくなり、思考処理も早さを求められる。
だが、代わりに時間が得られる。
『さぁさぁ、皆の衆、鎧を纏い、剣を取れ、槍を掲げろ、弓を引け、魔を唱えろ』
ただでさえ混沌魔法の処理で忙しいのにもかかわらず、さらにもう一つの詠唱を掲げ、魔法陣を展開して見せる不死王。
「今度は何だ!?」
『さぁて、敵に教える謂れはない』
いい加減にしろと叫ぶ神剣の事情など知ったことかと不死王はこっちは憂さ晴らしの機会が奪われ掛けたのだと、少しどころか私怨たっぷりに皮肉を込めて当たり前のことを口にした。
そんな不死王めがけ苦労して作り出した隙で神剣は大きな炎を生み出し、放つも、巨大な混沌の壁にふさがれる。
それで視界がふさがったと思った神剣は混沌の動きが鈍くなると踏んで、この混沌から距離を取ろうとする。
『戯け、この程度で貴様を見失うと思うてか』
不死王の立っていた周辺一帯にまき散らされた神剣の炎は倒すためではなく、チャフのように魔力感知を妨害し、スタングレネードのように激しく光り視界を奪うための攻撃。
威力そのものも兼ね備えているので当たれば不死王とて無事では済まない一撃でもあるが本命は感覚器官を封じ反撃に出るための機会を得るということ。
さりとてそれを不死王に向かって放ったのは些か相手が悪かった。
眼を奪われたからなんだ。
魔力を感知できないからなんだ。
爆音で耳をふさがれたからなんだ。
その程度のことで負ける可能性を生み出すのなら。
『この程度で見失うワシであるのなら、あの時とうにこの命は尽きておるわ』
平均的な魔王軍の兵士ならこの神炎は防げない。
ベテラン以上でどうにか防げるかどうか。
実力者で防ぎ相手の思惑通りにハマる。
だが最高位に位置する不死王は違う。
もし防げないのなら、あの鬼王との戦いで敗れていた。
ライドウとの戦いは激しく苛烈で、それでいて堂々としていた。
しかしからめ手が使えないというわけではない。
あの正々堂々とした戦いから一転していたずら小僧のように小狡い知恵を働かせる不意打ち。
レベルの低いものがやればただのフェイントで済むような行為であるが、次元の違う身体能力と戦闘の勘がするどい大鬼がしでかすとシャレにならない虚を突く行動となる。
『ヌシとは』
故に、魔力でも聴覚でも、視覚でもない。
戦術的理論に基づいた推測でもない。
鬼王との戦いで学んだ不死王は。
『踏んだ修羅場の質と数が違うのだよ』
直感というモノを磨いて見せた。
なにせ、目の前にそれを学ぶにあたって鬼王というこれ以上ない良い教材があるのだから。
相手の居場所など、推測では違うと言っている場所めがけ、なんとなくという感覚でここだと確信し。
準備していた魔法陣を発動する。
『忘却の十三の騎士』
それはかつて命を奪おうとした鬼王の拳を受け止めた不死王の切り札の一つ。
それはかつて、不死王が人であった時に仕えていてくれた忠臣たちの魂。
ほんの数秒、混沌の軍勢たちも一瞬だがコントロールを迷い留まったわずかな空白。
それを見逃さず、超高速で突破し、不意を打つ形で不死王の背後の上空に躍り出たはずの神剣の表情が驚愕に染まる。
ゆっくりとスローモーションで見える神剣のその視界にそのゲートは既に展開され、そのゲートの向こうには背を向ける不死者の王の姿が見える。
そして、ゆっくりと時は進み。
そのゲートから出てきた鎧たち。
一瞬、ただのリビングアーマーかと思った神剣であったが。
煌めく刃が見えた瞬間、神剣にとっては初めて背筋に氷柱が差し込まれたかのような寒気が走る。
それを振り払うように全力で攻撃を仕掛ける。
刻一刻とコマ送りのようにゆっくりと動く視界で攻撃が早く届けと願う最中、神剣の視界の中ですっとこれもまたゆっくりと顔だけ振り返り、口を動かす不死王はこう言ってのけた。
『終いじゃ』
それを見届けるころに神剣の攻撃がゲートを通り過ぎ、リビングアーマーどもを薙ぎ払いそのまま不死王の身に迫る。
そう思った瞬間、神剣の手の先に硬い感触が伝わる。
「え?」
神剣自身、ここまで間抜けな声をあげたのは初めてだっただろう。
自身の手は神自ら鍛え上げた、世界最高の刃。
この手に貫けぬものなし。
焼き切れぬものなし。
それを自負しているがゆえに、その腕の先を防ぐように配置された漆黒の盾の存在に意味が分からないと言わんばかりに目を見開いてしまった。
ゆらりと揺れる青い炎が神剣の腕を防いだ盾の後ろから覗きみられる。
それは瞳に位置し、その炎に照らされ見える漆黒の兜。
それを見えた時にはすでに遅かった。
受け止められたという空白を、主を害そうしたことを許さぬ者たちが迅速に動き出す。
「がハ!?」
神剣の全身に刃が走り、その痛みの後に遅れてくるように槍が付きだされ、神剣が躱そうと体を捻ろうとした先に矢が走り、片目を奪われた神剣を止めを刺すかのように落雷が響く。
『ふん、手間をかけられたの』
その一撃一撃全てが全力の将軍の一撃に匹敵した、ゲートの先から出てきた眠りから覚めた不死王の近衛騎士たちの攻撃。
その忠義ゆえに無念で彷徨い意識を保っていた騎士たち。
そして不死王ともに研鑽を積んだ不死王のダンジョンの中で最強の一角。
その身失われようとも、仮初の鎧の体であろうとも、主の身に神剣であろうとも刃を通さぬという意思を見せた騎士たち。
漆黒の鎧に身を包んだ忠義の騎士たちはそのまま混沌の泥に落下していく神剣を眺める。
『一つ、言い忘れておった』
もう間もなく混沌に落ちるであろうその瞬間に不死王は今思い出したと言わんばかりに、わざとらしくさりとて嫌味っぽく。
『先代の神剣の方がまだ幾分か手ごわかったぞ』
水しぶきを上げるかのように泥の中に叩きつけられた神剣が聞こえるかはわからぬが、沈みゆく神剣への手向けとして最後に不死王はそんな置き土産を送る。
『………ふん、この程度ではやはり気はまぎれんか』
そして混沌の中に徐々に沈んでいく神剣の気配を感じつつ、戦いの結果は満足できたが過程が物足りないと不満を漏らしつつ小雨になり徐々に本降りになるであろう空を眺める。
『ぬ?』
それは流星か。
しかし、空は雲で覆われているのにもかかわらず光り輝くその一条に光。
そして感じる気配に。
『!天使か!?』
不死王は身構えるも、長距離から加速し続けた光をとらえることはできず、その流星を混沌の中、それも神剣が落ちた先に着弾させることを許してしまった。
今日の一言
人手は多い方がいい。
毎度のご感想、誤字の指摘ありがとうございます。
面白いと思って頂ければ、感想、評価、ブックマーク等よろしくお願いいたします。
※第一巻の書籍がハヤカワ文庫JAより出版されております。
2018年10月18日に発売しました。
同年10月31日に電子書籍版も出ています。
また12月19日に二巻が発売されております。
2019年2月20日に第三巻が発売されました。
内容として、小説家になろうに投稿している内容を修正加筆し、未公開の間章を追加収録いたしました。
新刊の方も是非ともお願いします!!
これからもどうか本作をよろしくお願いいたします。




