427 堂々と自分のしたことを指し示すことはできるのは、果たして良いことなのか?
Another side
火、火、火。
視界に映るすべての景色が火と炎で包まれていた。
不死王の視界に映る全ての動植物が炎に包まれ、その姿は生物は生きていくことのできない光景を知らしめられる。
『………してやられたか』
不死王ノーライフは目の前の火の山を見て、自身の行動が遅かったことを悔やむ。
そして続いて自身の判断ミスもあったと認めることとなった。
『あのダンジョンの調査の後で良いと判断した。己が判断を恨むのう。相手も相当焦っていたとみるべきか、それとも別の思惑があるか………』
のんびりとした口調であったが、そこには確かな自責の念が混じっている。
優先順位の判断ミス。
それを今痛感していると鬼王辺りが見れば一目瞭然だっただろう。
『しかし、よもやここまで大規模な証拠隠滅の手段を取るとは』
旧カリセトラ辺境伯領地。
それはかつてカーター・イスペリオが仕えていたとされる辺境伯が治めていた領地。
しかしその実態は反魔王軍として活動していた反乱軍の本拠地と化していた。
今現在では謀反を企てたことにより一族郎党罪人となり、その土地、財すべてを含め魔王直轄領として接収されていた。
しかし、すでにその景色は跡形もなくなっている。
『心すら捨てたか』
辺境ということで交通の便は悪いが、それでも交流はあった。
そこには謀反には関係ない無垢なる民もいた。
何度も起きた戦で疲弊しても、必死に明日を生きようとしていた民がいた。
『………いや、もとより我らを隣人として見れぬ相手であったな』
敵には情けをかけるような心にゆとりのある敵ではなった。
だが、それでもここまで無慈悲に残酷になれるものではないと思っている気持ちが心の片隅にはあった。
不死者となり、生の輝きを生きていたころよりも眩しく理解できる不死王にとって、無慈悲になることは容易くとも、残虐になることは難しくなっている。
必要かそうではないか、それは理性の線引きだと不死王は認識している。
しかし、目の前の光景に理性の欠片も見当たらない。
それすなわちここまでする必要性を感じ取ることができないのだ。
大陸の一部とはいえ、広大な土地を誇った辺境伯の館があった街を中心に膨大な範囲に広がる形で火の手が走っている。
自然ではありえないほどの勢いで燃え盛り、次から次へと燃え移る。
その炎は木々といった植物の身に収まらず、その土地に住まうすべての存在を焼き尽くさんと言わんばかりに燃え滾る。
「不死王様!火の手が強すぎて我々だけでは手が足りませぬ!ここは一旦引き態勢を整えてから!」
その景色を未然に防ぐことは敵わなくとも、拡大を食い止めている不死王に駆けよってくるのは今回の調査団に配属されていた吸血鬼の男。
顔中煤だらけ、必死に消火活動に従事した証を見せる男はこれ以上の進行は防げないと提示してくるも、不死王は頭を縦には振らず、間髪入れずに横に振る。
『ならぬ。今ここを我らが引けば我らが背にいる民までもが火に呑まれる未来が待っておる。魔王様を信じよ。あの方はそうやすやすと見捨てるお方ではない。ここで耐えれば必ずや報われる』
その理由はこの炎が伸びる先にある町や村々が存在するからだ。
将軍位を預かる者として、それ以上に力ある者として、ここを退くことは不死王にはできなかった。
不死王自身も現在進行形で魔力や魔法を駆使してこの大火に抗っているも、相手の膨大な炎は一向に衰える様子はない。
現に、土魔法によって地面を抉り土石流を引き起こし火を飲み込んでもその中から再び炎が生まれ出した。
まるで生きる炎だ。
『ここはワシが支える、飛べるものは空より消火活動をしながら原因を探れ、飛べぬものは周囲の街へ伝令、少しでも援軍を呼びこの火事を消し去ることを第一と心得よ』
「「「ハ!」」」
部下に指示を出し、その背を見送り、大火を前にして一人で立ち尽くす。
これより正真正銘、民の盾となるべく本腰を入れて魔法を行使し始める。
杖を中心に魔法陣が展開されるが、そこは長年の研鑽の賜物。
『カカカカ、今夜は徹夜か。まぁ、不死者たるワシには眠ると言う工程の意味は薄いがの』
中央の大きな魔法陣から隣接するように大中小の様々な魔法陣が展開され楽し気に顎の骨を鳴らすのは、空元気か、それとも余裕の表れか。
さりとて諦めの念は欠片も見せない。
『どれどれ、敵の真意を測るついでじゃ、大盤振る舞いといこうかの』
窮地を楽しめ、その教えを次郎に伝えたのはこういった時に絶望しないためだ。
無理難題。
無茶無謀。
そんな障害が何時何時くるかもしれないという実体験からくる経験則。
それを実戦で経験している不死王にとっては、この大火をもってしても骨が折れる程度の認識程度でしかない。
不死王はただこの状況を打開すべく行動を起こす。
『こういったことがおこるとわかっておったら、ルナリアの奴を連れてきたというのにのお』
火に対抗するのなら水か土が最適。
あるいは爆発で炎ごと吹き飛ばすという手もある。
そう言った自然に干渉できる使い手として最上位の知人がこの場にいないことを愚痴りながらも手は止めない。
結論、不死王が取った手段はその複合。
『せめてこの大火の後に肥沃なる土地になることを願うか』
大小さまざまな魔法陣により構成された、極大魔法陣。
ただ強大にしただけではなく、緻密に計算しつくされ、その魔法陣自体が一枚の絨毯の模様かのように地面に敷き詰められる。
その大小合わせた魔法陣それぞれが互いの魔法を相乗効果で増幅しあい、効果を高めていく。
そんな個人で展開するには難しい魔法を、余裕の表情で展開して見せた不死王が引き起こすのは一言で言い表すのなら天変地異。
『ほれ、まずは小手調べじゃ』
土に十全な空気を取り込み柔らかくした後、地下水を爆発させ大地をひっくり返す。
滝がさかさまになったかの如く、爆発音とともに、不死王の目の前の土地がそのまま大津波と化し、土と水が入り混じった土石流は炎を飲み込んでいく。
その範囲は広域にわたり。
十数キロ単位で広がっていく激流は炎の中になだれ込んでいく。
その勢いは、炎が新たに生み出される速度を上回る。
これなら全体は無理にしても防壁としては十分な役割を果たせると踏んだ不死王の魔法。
生存者がいないと知覚で来ているゆえに行った行動。
だが。
「ああ~いっけないんだ~せっかくつけた炎を消すなんてもったいないよ~」
『何奴』
そこに緊張感のない声が響けば話は別だ。
「私?そうだねぇ。この炎を生み出してる元凶かな?」
不死王の虚空の奥にあるうっすらとした光の瞳が、声の主を探ることなく空に浮かぶ一人の姿を捉える。
『カカカカ、元凶が堂々と現れるとは殊勝なことよの。鬼王辺りなら喜ぶだろうが、生憎とワシはそう言う手合いではない。用向きを言え。人非ざる存在よ』
そこにいたのは少年とも少女とも取れる白い布を身に纏っただけの格好をした黄金の髪を揺らした存在だった。
次郎が見ればテルテル坊主?と思ったかもしれない格好。
一見、姿は人間に見える容姿であるが、魂を見通すことのできる不死王からしたら、器が人の形をしているだけで、その根本となる性質はまったくもって異質な存在であることを見抜いている。
「………へぇ、ただの不死者じゃなさそうだね。私の存在を見抜けるほどの不死者ならそれなりの地位にいるだろうし、うん。私の仕事は終わったけど、試運転って意味ならもう少しくらい暴れたって問題ないよね」
『ほう、このワシを相手に試運転とは大口を叩くの』
その中身に太陽神の影があることは容易に想像がつく。
探しきれていないどこかの穴から再び潜り込んできたのか。
あるいはそういった技を持っていたのか。
しかし、試すのではなく試運転という言葉が不死王の思考に引っ掛かる。
前者であるのならさんざんな目にあったのにも関わらず改善できていない現状を嘆くことになるが反省は後回し。
今は目の前にいる元凶を対処しようと不死王は、魔法を隠蔽しながら起動する。
「うん、だっておじいさん」
それに気づいているのか気づいていないのか。
うっすらと笑みを浮かべたまま元凶は、余裕綽々と言わんばかりにのんびりと立ち尽くしたまま、魔王軍の中でも指折りの実力者である不死王を前にして。
「弱いもん」
不死王を弱者だと言い放った。
『カカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカ!』
その言葉はその目の前の元凶からしたら、事実であろう。
しかし、不死王からしたら何年、何十年、否、下手をすれば百年単位ぶりに弱者だと呼ばれたのだ。
そして、その言葉は不死王にとっては。
禁句であった。
ここはすでに戦場であるという認識があるにもかかわらず、大きな声をあげて笑いの声をあげてしまった。
隠蔽して起動していた魔法は霧散した。
「?気でも触れた?」
その態度に、おかしくなってしまったのかと小首をかしげる態度も先ほどの弱者発言が嘘でも冗談でもないこと裏付ける。
それがとてもおかしくて愉快で、心の底から笑うことができていることに不死王はむしろ感謝の念を送りたくなってきた。
『ワシが弱者か』
「うん、だからそう言ってるじゃないか。おじいさん。ボケてる?」
そして、こうも侮られている事実にどうしようもなく報復したい念が腹の底から湧いていることに不死王はおかしくなってくる。
『いつ以来か、そのようなことを言われたのは』
「あれ?もしもし~、聞こえてる?」
誓う。
あの日無力であった時の感情に。
誓う。
自身をあざ笑うものに報復を。
誓う。
この身を弱きものと認めた相手に。
誓う。
この気持ちを完遂することに。
遥か昔に誓った。
あの裏切りの日に誓った。
不死王は許さない。
弱いことを。
不死王は許さない。
弱さを押しつけてくることを。
不死王は許さない。
弱いままでいることを。
不死王は許さない。
かつて、弱さゆえに失うという経験をしたことを。
故に。
『久方ぶりに、本気をだすかの』
「え?なに?私へんなやつと絡んじゃった?おーい、会話しようよおじいさん」
不死王は、キレた。
『覚悟も決意もいらん。主だけは、間違いなく。壊す』
「うわ、いきなりキレたんだけど、怖、このおじいさん怖いんだけど」
会話もするつもりは最早ない。
情報を収集するつもりも、最早ない。
あるのはわずかに残った生き残りの民を救う意識と。
それを上回る目の前の存在を壊したいという。
破壊衝動のみ。
『滅べ』
その怒りのスイッチを押したのは間違いなく元凶と名乗った何か。
オープニングヒットは不死王の一撃。
たった一言のシングルアクション。
それだけで、元凶のいた空間の結合という概念が壊される。
空気中の元素はもちろん、魔力や炎といった現象すら結合が解除され、そこは一旦の無になるかと思えば。
「うわ!引くよ、これは引くね!容赦もへったくれもないよ!見てよこれ、魔素が細かくなりすぎてすっごく混ぜにくくなってるよ!絶対人に向けちゃいけない魔法だよね!ま!私には効かないけど!何せ私は最強だからさ!」
『重力圧縮』
その空間をものともせず、避けもしない元凶は元気に不死王の攻撃を非難してくる。
何とも言い難い光景であるも、魔法に対して耐性でもあるのかあるいはそのほかの原因があるのか。
不死王の脳はありとあらゆる可能性を検証しながら、コツコツと相手を壊すための式を構築し始めている。
重力に干渉し、相手を地面に叩き落そうとするもそれも失敗する。
「無駄だって、おじいさん無理しないで、ほら。高血圧で倒れちゃうよ?」
周囲一帯は不死王の放った魔法によってドーナツ状に陥没してしまっているが、その点となっている個所、元凶がいる場所だけが無効化されている。
『………地烈隆起』
魔力に依存する攻撃は効果的ではない。
では、物理に関与する魔法ならどうだと地面から多数の岩を高速で隆起させ元凶にぶつける。
「だ・か・ら!私にそんな攻撃は効かないって言ってるでしょ!話はちゃんと聞いてよね!!」
それを片手で受け止める姿を見て、なるほど〝当たる〟かと不死王は得た情報を刻み込む。
「ああもう!次から次へと無駄なことばかり、本当にこっちの世界の存在は鬱陶しいね」
そこからは千日手と言わんばかりに火や水、風と属性を問わず雨あられと魔法を振りかざすもそのことごとくが無効化される。
いや、正確には。
『………』
無効化している。
自動ではなく故意に。
そのすべての魔法を消すには認識しないといけない。
それを認識した不死王はとある一説を思い出し、そしてその可能性を確認するために一手を差す。
『幻想断裂』
それは幻視痛を引き起こす、魔法。
生物であれば痛覚を刺激される魔法、不死王ほどの使い手ならベテランの兵士であってもショック死もあり得るほどの凶悪な一撃。
「?不発?おじいさんもう息切れかな?」
だが、目の前の存在は一体何をしたいのだと、言わんばかりに呆れた視線を不死王に投げかけた。
それすなわち効果がないということ。
そんな無駄な労力を不死王が費やすか?
『カカカカカ、なに、お前を壊す準備をしておっただけよ』
その答えは否である。
不死王は根拠をもってして先ほどの魔法を発動した。
そして先ほどの魔法で一説に確信を持てた不死王は、その答え合わせも兼ねて元凶に向けて言葉を投げかけた。
『のう。今代の神剣よ』
今日の一言
自己表現は難しい。
毎度のご感想、誤字の指摘ありがとうございます。
面白いと思って頂ければ、感想、評価、ブックマーク等よろしくお願いいたします。
※第一巻の書籍がハヤカワ文庫JAより出版されております。
2018年10月18日に発売しました。
同年10月31日に電子書籍版も出ています。
また12月19日に二巻が発売されております。
2019年2月20日に第三巻が発売されました。
内容として、小説家になろうに投稿している内容を修正加筆し、未公開の間章を追加収録いたしました。
新刊の方も是非ともお願いします!!
これからもどうか本作をよろしくお願いいたします。




