425 これさえなければ完璧だと言われることはないか?
神との戦い?にひとまずは終止符。
「………ふぅ」
思わず安堵のため息がこぼれる。
なにせ敵対していないとはいえ神と戦ったのだ。
それ相応には緊張もするし気も張る。
疲労感はさほど感じないが、それでもつい疲れたと思ってしまう。
そして今回の戦いで酷使した体は無傷とは言い難いが、あの激しい戦いから考えれば、かなり軽いダメージで済んだことは幸いだ。
骨折や筋肉断裂みたいなことは起きていないことを体の調子を確かめつつ、スエラたちに心配かけずにすんだなと、そんなことを思う。
それはすなわち戦うことに対して大部分の忌避感が薄れ、こんなものかと納得できてしまう自分がいるということ。
それも環境の所為なのだろうと割り切ることができる。
そして、この疲労感に対してなぜこんな無駄な戦いをとは思わない。
こう言ういきなり戦闘に入るパターンの時は何らかの力試しのケースは経験上多かった。
大方、俺のことを気にくわない輩とかを納得させるためのデモンストレーションなのだろうきっと、おそらくメイビィー。
段々と自信は無くなってくるが。
うん、そうやって納得させて心構えをもっていないと目線があったからバトルだ!と言わんばかりの魔王軍の中で仕事なんてしてられない。
俺も染まったなと若干遠い目をしつつ現実逃避に走りそうな心を叱咤し、事情を知っていそうな輩に向けて非難の視線を向ける。
展開していたパイルリグレットを魔素に霧散させ、無害な状態にし、そっと一歩離れた後、事情を知るであろう鬼に向けてだ。
「説明、していただけるんですよね?教官」
自分の声ながらかなり低い声が出たと思う。
苛立ちや怒りというよりは、不平不満をありありと含ませた感じだ。
事情も知らぬまま連れてこられ、神様と戦う羽目となったのだ。
これくらいの感情は滲ませても問題はない。
それくらい気安い関係は築いている………ハズ。
ジト目で睨みつけてしまった後に後悔してしまったが、やったことは仕方ない。
このまま非難の視線を送り続けることとする。
「おう!と言いたいところだが、生憎と俺も今回は大将の指示に従っただけだからな。詳しい話は知らん!!」
そして、予想通り俺の態度など気にもとめない鬼教官は、ドきっぱりと無関係を主張してきた。
そんなことあるのか?と疑問がわずかに脳裏をよぎるが、フシオ教官ならともかく、キオ教官がこんな無駄な嘘をつくとは思えない。
むしろ隠すくらいなら教えてほしければ俺を倒してみろくらいは言ってのける鬼だ。
バトル漫画の主人公でも辟易するような対応を示さないあたり、その言葉は信じられる。
「じゃあ、えっと」
では、教官が知らないのならもう一方に事情を問う他ない。
しかし、その問いかけようと思った際に、相手は神様。
なんと呼べばいいのか一瞬迷い、その一瞬で普通に会話していいのかということにも気づき言葉に詰まってしまった。
「許す、人の子。直言を許す。是非とも私に問いかけるのだ!!」
なんだろう最初の変態的な対応は何だったんだと思うくらいにフレンドリーな対応が返ってきたぞ。
むしろコミュニケーションに飢えていた話し好きレベルの積極さだ。
実は普通に会話ができるのだろうか?
「なんでも聞きたまえ!好みのロリいやすべて好みだが、好みのショタ………もすべて好みか。ああ、私の趣味趣向に関する問いであるのなら大歓迎だ!!まぁ、ほかの問いにも答えんでもない」
「ええと」
そんな態度を見せられたかと思えば、あっという間に仮面は剥がれ本音という名の趣味趣向が駄々洩れになり始める。
最初とのギャップで戸惑ってしまう。
どうすればいいんだと、教官の方に助け舟を求めてみれば。
「おおい嬢ちゃん、そっち終わったか?こっちは片付いたから試合しようぜ」
「やったぁ!!ヤムル!ヤムル!結界張って結界!」
「わかったよ~」
すでに船は出港済みだったらしい。
楽しそうに幼女たちと戯れる姿は父親が休日に子供と遊ぶような光景にも見えなくはないが、実際はもっと絵図がひどい。
片方が笑顔で直剣を振り回す幼女、もう片方はヤクザも裸足で逃げだす顔面凶器の鬼だ。
なにこの組み合わせと言わざるを得ないし、遊ぶ内容が絶対にマネはしていけない内容だ。
しかし当人同士は楽しそうで話しかける余地はない。
出来れば俺もそちらに混じりたかった。
ともう一度現実逃避を始めたいところだが、社畜根性というのは悲しい。
仕事を放棄するという思考は無くなり、素直に現状に………いや、嫌々ながらも現実と向き合うのだから。
「………」
神からは逃れられない。
そんな残酷な現実と向き合うのなら。
「さぁ!一緒に幼児のすばらしさを語ろうではないか!!」
せめてこの神様の対応の仕方くらいは教えてほしかった。
気づいたら俺は問いかける側から語り合う側に変貌してしまった。
そんなにも幼児について語りたいのかこの神は。
だれかこのハイテンションに幼児について語ろうとする神様の対処マニュアルをください。
教官たちから移動した視線が、神が宿ったシスターサナリィの視線と重なった途端にこれだ。
正直、先ほどまで戦っていたんだよな?と思わざるを得ない。
しかし、落ち着くんだ俺。
冷静になるんだ。
相手は神。
人の理解の及ばない存在だ。
俺の常識で測ろうとするから対処できないんだ。
これは、こういう生き物だと思えばいい。
前の会社でもそうだった。
あの上司は無茶振りしかできない生き物だ。
そう思えば割り切ることができたじゃないか。
だったら今回の神様相手もそうだ。
神とは無理難題を押しつけてくる生き物………なんだそのクソ生物。
いかんいかん。
思考が変な方向に行き始めてる。
少し昔の社畜だった自分に戻りつつあるのをどうにか気を取り直して、改めて神を見る。
さぁ!と言わんばかりに目を輝かせてこちらを見るのはある意味純粋無垢。
さっきまで本気で戦っていた形跡など露にも感じさせず、こう言った話の展開ができるのが神にとっての普通なのかもしれない。
別に殺し合いをしたわけではない。
ならまぁいっか的なノリだ。
普通なら流せず、しこりが残るはずなのだが、キオ教官という例がある。
そう言った風潮でもあるのかもしれない。
それなら俺も気にせずコミュニケーションを取るべきか。
「ええと、ルイーナ様?」
「ああ!月の神、全ての幼児たちの味方。神ルイーナだ!!」
だが、会話してすぐ普通にコミュニケーションを取るのが難しい相手だと、おれは即理解してしまった。
この神様、幼児というワードをつけないと気が済まないのだろうか?
そのワードがないと死んでしまうとか?
このままいくとすべての話が幼児というワードで埋め尽くされそうな気がしてきた。
そこら辺は気をつけつつ話の方向性の舵取りだけは注意しておこう。
とりあえず呼び方は様づけで問題なさそうだが、あの太陽神と比べると随分と雰囲気が違うな。
傲慢を絵に描いたような太陽神。
変態を絵に描いたような月神。
………冷静に比べてみてヴァルスさんが嫌う理由が垣間見えた気がする。
この二択か。
信仰対象を選ぶ際に、この二択を突きつけられたら俺、間違いなく無信教になりそうだ。
絶対にどちらか選べと言われても、小一時間以上悩む自信がある。
どちらも表向きは世界を維持しているのだから始末に負えない。
「とりあえず、最初に聞きたいんですが」
「ああ!聞いてくれ!!ロリかショタかどっちが好きかと聞かれれば、両方だ!」
そんな不要な思考を脇にのけつつ本題を切り出そう。
幼児に関する話は、精神衛生上考えると頭痛がしてきそうだから無視しよう。
「なぜ自分と戦うことになったんでしょうか?少なくとも自分はあなた様と戦う理由が思い当たらないのですが」
無難な質問にして、ある意味で俺が一番知りたいのは事情だ。
戦うことはもういい。
不可避なのだろう。
だが、せめて戦うことになった経緯くらいは知っておきたい。
「?なんだお前。インシグネから話を聞いていないのか?」
「インシグネ?………社長の事ですか?」
「シャチョウ?奴は魔王であってシャチョウとやらではないぞ」
「ああいえ、魔王様です」
社長という言葉は日本でしか通用しない。
神であるのなら、当然知っているかとも思ったが、世界が違うのならそういった情報は入らないのだろう。
慌てて訂正を入れつつ、相手の表情を伺う。
キョトンと少女の顔であどけない表情は本当に知らないと言わんばかりだ。
魔王軍というよりは社内では当たり前に使われている役職だが、本来であれば異世界では存在しない役職なのかもしれない。
ならある程度の齟齬に関しては想定して会話しないといけないかもしれないな。
それをわざとやっているのなら、かなり策士だが、そこを掘り起こしたら嫌な予感がするのでここも無視だ。
「それで、少なくとも自分は魔王様よりあなた様と戦うという話を聞いておりません。今日いきなりこの場に連れてこられ何も話さずにして戦いました」
「………そうか。なら仕方ない。では事情を説明しよう」
「お願いします」
幼児、幼児とはしゃいでいた神ルイーナであったが、真面目な時は真面目なようだ。
どこから話すかと思案することもなく話始める。
「なに、奴からは私の神獣を託せる人間が現れたから見定めてくれないかと頼まれてな。ならば後回しにするのも後々で面倒だから早めに済ませておこうと思いたった。それならちょうど我が神獣の世話をする日があるではないかと思い出してな。そのタイミングに使いをライドウに頼んだまでだ」
「面倒ってそれについでですか………」
しかしその内容がひどいと言わざるを得ない。
いや、世界を維持する神にとってはこれくらいは普通なのか?
一個人をないがしろにしているというよりは、処理を迅速に行ったと言った感じだ。
感情に左右するのではなく、ただ淡々と事務的に処理したと言った感じだ。
片手間で俺のことを測ろうとしたのかという考えはあくまで俺の主観であって、神ルイーナからしたら頼まれた仕事のタスクを必要最小限で済ませたまでだ。
いや、それならなぜ戦うという選択になるのだ?
普通に面談とか、書類チェックとか………もっと穏便な方法があったのではないですか?と問いかけたいところだが、問いを投げかけることなく。
「まぁ、いいですけど」
納得した。
ここはそういう会社だ。
人のことを知るにはまずは戦う。
一次試験が戦闘なのが当たり前な会社だ。
何を今更不満を言うのだ。
そんなことを言い続けていたのなら、この会社でそもそもやっていけない。
それよりも重要な話が出たことを聞き逃してはいけない。
「それよりも、自分に神獣を与えるって言ってましたけど」
「まだ確定ではない。私は神獣を従える素質を持っているかどうかを見定めるために私は汝と戦っただけ。心身ともに弱きものに神獣は従わない。その資質を示さなければ私も神獣を託さぬ」
ダンジョンコアの中心にいたのは神獣と呼ばれる未知の生物。
その性質上、戦闘能力という分野ではかなり秀でているのは間違いないだろう。
それを与えるという話が浮上していること自体が、初耳。
そしてその話は俺が将軍位につかせるための準備段階ということか?
「それに不和の予兆をインシグネは気にしておった。概ね、それに対抗するために準備しているのだろう」
「不和の予兆に対する準備??」
「愚兄だ」
話が見えてこないと思っていたら、いきなりつながった。
フシオ教官、キオ教官も嫌な予感がすると言っていた。
そして社長、神と次々に荒れる未来を予想し、神ルイーネに関して言えば実兄であるイスアリーザが何かを企んでいることに気づいている。
「何をしでかすかまでは私にも皆目見当はつかん。しかし、先日勇者を送り込み撃退されたことに対して何もせずに黙っているとも思えない」
これはいよいよだぞと、つぅっと嫌な汗が頬を流れる。
その対抗策の一戦力に数えられていることに喜べばいいのか、嘆けばいいのか。
何が起こるかわからないというのが始末に負えない。
「しばしの猶予はある。されとて、無限の猶予があるとは限らぬ。人を抜け出し始めている人の子よ。己が生を全うしたければ努力を怠るな」
「はい」
しかし慌てても仕方はない。
今はできることをすべきだ。
時間に余裕はないわけではないんだ。
社長や教官が慌てていないのが何よりもの証拠。
「そして人の子よ」
「はい」
「汝は、幼児の姿をした神に心当たりがありそうだな?」
「………」
そして、シリアスが続かない神様のおかげでまだまだ大丈夫なんだなと思ってしまいつつ、ミマモリ様を紹介すべきかどうかを悩んでしまうのであった。
今日の一言
これさえなければと、いうのはある意味で個性ではないのか。
毎度のご感想、誤字の指摘ありがとうございます。
面白いと思って頂ければ、感想、評価、ブックマーク等よろしくお願いいたします。
※第一巻の書籍がハヤカワ文庫JAより出版されております。
2018年10月18日に発売しました。
同年10月31日に電子書籍版も出ています。
また12月19日に二巻が発売されております。
2019年2月20日に第三巻が発売されました。
内容として、小説家になろうに投稿している内容を修正加筆し、未公開の間章を追加収録いたしました。
新刊の方も是非ともお願いします!!
これからもどうか本作をよろしくお願いいたします。




