424 腐ってもなんて言いつつ、凄い存在はいる
開始の合図はふざけた発言だった。
あまりにも場違い。
あまりにも空気を読まない発言。
それ故に条件反射でツッコミを入れ、魔力循環で魔力の純度をあげ溜めていた魔法を放ってしまった。
容赦も加減もなかったはずの建御雷。
その蒼雷の広範囲魔法。
直撃すれば教官たちでもダメージを通せるその渾身の技。
「………」
しかし、この攻撃では倒せないと俺の直感が言っている。
これで終わりではないと訴える何かがある。
「ショタサイコウーーーーーーーーーーーーーー!!!!」
だからこそ、ああやってハリウッド顔負けの突破シーンを見せつけられるとやはりかと思ってしまう。
迎え打つ姿勢を取れているから、慌てることなくその姿を捉えられた。
「ちっ」
思わず舌打ちをしてしまうほど、その姿は身綺麗。
見事に直撃させたのにもかかわらず、元気に変態的な叫び声を響かせてくる。
それも年端も行かないようなシスターの格好をした少女が上げてはいけない叫び声をあげながら雷の中から登場。
ギャグマンガの世界か?と場違いな疑問をつい抱いてしまう。
「やっぱり、無傷か。傷つくなぁ」
攻撃力には自信がつきつつあるが、ノーダメージは流石にへこむ。
本音ではこんな変態に技が通用しないことに傷つきつつ、内心ではこの程度では終わらないよなと納得していた。
〝魔力を加速させるぞ!〟
「おう!」
そんな俺の気持ちに呼応してくれる相棒は流石だ。
現在進行形でふざけているが、その実力は本物だというのはあの攻撃を潜り抜けてきたことから実感している。
女子中学生でも小柄な部類に入るのではと思うくらいに小さな体に全くと言っていいほどダメージが入っていないことが末恐ろしい。
「………!」
大きく息を吸い込み、相手方の着地のタイミングに合わせて踏み込む。
切れ味の上がった鉱樹を上段からの攻撃、避けても追撃ができるように、後の軌道を考えながら放たれた技。
どう対処すると心中で相手を見極めようとする俺の気持ちをあざ笑うかのように。
「十二歳以上はお断り!!!」
唸りをあげて振るわれた格闘術。
「っつ!?」
早いそして重い。
一撃一撃が渾身の一撃かと思いたくなる。
俺の攻撃を掻い潜り、引くでも防ぐでもなく、迷いなく踏み込んできた。
この距離はまずい。
体格差というのは基本的に大きい方が有利とされるが、例外が存在する。
それは、間合いの内側、自身の体は内に入るほど動かし方が窮屈になる。
体格差が大きい相手と戦う時はその内側に潜り込むことによって台風の目のような立ち位置に居座ることができるようになる。
安全圏とは言えないまでも、危険からは逆に遠ざかることのできる間合い。
そして一番小柄な戦闘者が最も輝く間合い。
その猛威が振るわれる。
「ひんぬー最高!!虚乳も最高!!」
この小さな体にいったいどこに隠し持っているのだ。
流れる冷汗を拭う暇もなく、その暴風となった少女の攻撃に対処せざるを得ない。
鉱樹を振るうには近すぎる間合いに密着され、得意距離を制され、苦戦する最中に放たれた一撃。
咄嗟に魔力で強化した腕で肝臓付近に放たれた拳をガードしたはいいもの、手がしびれる。
「ウルっとした瞳の上目遣いは反則ですわ!!」
加えてそれが単発ではないのだ。
一発一発が大振りならまだ対処の仕様があった。
だが、攻撃の繋ぎに隙が無いのだ。
踏み込みからのアッパー。
俺の顎を狙ったその鋭い一撃を躱し、その隙を狙おうとしたのにも関わらず、流れるように空中回し蹴りへと攻撃をシフトさせてきた。
「ツインテールはロマンです!!」
顔面への二段攻撃。
空中では踏み込みが効かず、本来であれば攻撃力が半減するどころか、牽制程度の攻撃になるはずなのに、酸素や窒素と言った空中の元素を踏み台にして足場を確保したと言われても不思議ではないと思わせる轟音を再び響かせてその蹴りは俺の頭蓋骨を砕こうとしてくる。
〝させん!〟
踏み込む音がエグいと言えるほどの轟音を〝連続で〟鳴り響かせる。
ズドンとまるで大砲がなるような音は威力の証左か。
迫り来る蹴りを前にして一瞬走馬灯が流れそうになった。
しかし相棒が咄嗟に魔力障壁を展開してくれたおかげで、コンマ一秒の隙を作り出すことができ九死に一生を得た。
「助かる!」
前の勇者戦とは違いヴァルスさんの力がないとはいえ、ここまで押されるものなのか。
上体をのけぞるように倒し、障壁のとこで停滞したシスターめがけてサマーソルトキックを見舞うも、防御することなくひらりと躱される。
「ショタがプールで遊ぶ姿を見たいです!!」
しかしこれで距離が離せると甘い考えを抱く暇もない。
再び空中で態勢を整えたシスターは、宙返り最中の俺へ追撃をかけてくる。
地面に急降下し、そのまま踏み込む。
ダンジョンコアという重要な拠点を守るからこそある程度以上はこの空間も頑丈にできているのだろう。
だからこそ、大魔法と言える建御雷をぶっ放しても空間が損壊した様子はない。
だが、その代わり足元が砕け、その衝撃が吸収され威力軽減するという可能性が一切なくなり。
その純粋たる踏み込みの威力がストレートに伝わってくる。
「ロリババァは許す!!」
「だぁ!!集中できないだろうが!!」
〝心を乱すな!!来るぞ!!〟
戦いに集中しようと心掛けていたのにそのことごとくを妨害してくる口撃。
殺伐とした攻撃を繰り出してくることと、攻撃してくるたびに性癖を暴露しているようなアンバランスな攻撃の仕方に辟易し始めている俺がいる。
「っぐん!!」
おかげでついにいいのをもらってしまった。
つい感情的になり、迎撃が雑になったところを縫うように隙間に差し込まれ、そのまま撃ち抜かれた。
表情がこわばる。
防具の上からだったのが幸いと思うべきか、それとも防具がなければやられていたと不安になるべきか。
それほどまでに衝撃がきつい。
歯が軋むほど食いしばり痛みに耐え、吐き出される息をとどめ、脳内に送る酸素を保つ。
水月に打ち込まれたのなら相手は正面にいるという、痛みからの逆算。
意識を明瞭に、考えるよりも先に、そして敵を倒すことに集中しろと脊髄反射で体を動かす。
「っらぁ!!」
一秒になるまでのゼロコンマ台の反撃。
鎧越しであるが、受けたダメージは少なくない。
しかし、だからと言ってこの程度の攻防で万全の攻撃が繰り出せなくなるかと問われれば。
否と答える。
こちとら少なくない修羅場を超えてきた。
痛みに対する耐性はとうの昔に備えている。
俺を止めたければ、一撃で殺す気で来い!!
「ショタ以外の膝はNoセンキュー!!」
カチリとふざけた物言いが気にならないほどに、戦闘用のスイッチが入った気した。
意識がより洗練され、不必要な情報を排除する。
「相棒、龍血を回せ」
〝承知、魔力純度共に循環させる!〟
相手の機動力を見る限りその防御力はさほど高くはない。
鉱樹の刃を受け止めた時と先ほどの膝蹴りを受けた際に見えた銀色の幕。
あれさえ突破できればどうにでもなる。
体重操作はできないようで、思いのほか遠くまで飛んでいくシスターの姿を目で追い。
ロックオンと標的を定めたミサイルのごとく。
前傾姿勢になり、ゆっくりと視界の光景が流れるのを客観的に見るような感覚で眺め。
体中にめぐらせた魔力が爆発する。
「おせぇよ」
その時に呆れたような教官の声が聞こえた気がするが、それを確認する暇があるのなら。
「カハ」
相手を倒す。
きっと今の俺は口元が笑みを浮かべているだろう。
事実、冷静になった俺はこの戦いを楽しいものだと認識した。
ふざけた言動に惑わされていたが、その格闘センスは見る限り超がいくつもつくほど一流だ。
そんな相手と戦える機会は貴重と言える。
そんな戦いに心が躍らないというのはこの戦いを見る教官の教え子ではない。
ああ、まだまだ未熟。
戦いに感情を混ぜることは是としても。
戦いに雑念を混ぜるとは。
「む」
そんな俺の心情の変化を見てか、ピタリとシスターは動きを止めた。
お待たせしましたと言いたい。
さっきまで雑に対応して済まなかった。
最初から言ってたよな、全力で挑むことを勧めると。
確かにその通りだ。
ふざけた性癖の暴露。
だからどうした。
相手は神だ。
油断も慢心も手抜きも、そのどれもが命取りになる相手だ。
「推して参る」
なら全力でぶつからない理由はない。
ドクンと心臓が高鳴り、準備ができたと鉱樹が教えてくれる。
スタートの合図はいらない。
ただまっすぐに斬りかかるのみ。
今度はこちらの番だ。
「折り込み鍛えろ」
コォーンと空気が高速で振動する際に発生する音が刀身の周辺に響く。
それと同時に刀身が段々と紅く染まり。
辺り一帯に高熱を振りまく。
そして段々と刀身が帯電していく。
「ロリショタ万歳!」
その帯電した電気は段々と俺に纏われ、体全体を覆う。
それを見たシスターが迎撃の態勢を見せるが、関係ない。
「招雷」
折り返し、折り返し、折り返し。
現在進行形で、鉱樹と俺の中では魔力循環により高純度な雷の魔力を生み出し続け、最終的には青白い刀身が完成する。
それに揃う形で、俺の体も若干であるが青白く光る。
この術の名を。
「須佐之男命」
天照は使わない。
今この閉鎖的空間で最大火力を相手に当てられるとは思わない。
ならこの時はこの攻撃がベスト。
須佐之男命の効果は体の活性。
反射神経の向上と肉体強化、そして。
「まだ見ぬロリショタのためいざ往かん!?」
自動迎撃。
ダンジョン攻略中に使わなかった理由が、仲間を巻き込む恐れがあるからだ。
まだ制御に難があり、反射的に近寄った存在に放電してしまう。
だが一対一なら関係ない。
予想通りの効果が発動した。
速度を出して近寄ってきたシスターめがけて放電したことによって銀色の膜が発動したのが見える。
そして、位置が特定できたのなら。
「!」
一歩踏み込み距離を詰め、牽制の意味合いも込めて切り込む。
「ロリは愛でるもの!!」
俺の攻撃を受け流すように刀身に手を添えようとしているが、それではだめだ。
「ショタぁ!?」
体から出るのだ。
刀身から出ないとは言っていない。
触れようとした刹那に再び放電し、思いっきりシスターの手を弾く。
それによって姿勢が崩れた。
だが、この程度では済まさない。
「逃がさない」
俺の攻撃は近接格闘にとっては厄介な存在だ。
近づけば近づくほどその放電に身を晒され、ダメージを負う。
しかし、本領はここからだ。
もっと深くさらに深く、踏み込む。
そこは鉱樹を振るうには近すぎる。
しかし、シスターが攻撃するには一歩踏み込まないといけない絶妙な距離。
「解放、封縛雷陣」
そこはこの魔法を使うのに絶好の距離。
須佐之男命はもともと攻撃を目的にした術式ではなく魔力を含んだ雷を変幻自在に操作できないかと模索した結果生み出された魔法だ。
結果として自動迎撃や身体強化が付属されたが、それは結果論に過ぎない。
本命は雷の性質に俺の魔力を付加させること。
帯電した雷は俺の魔力を潤沢に含んでいる。
よって陰と陽、プラスとマイナスを自由自在に操作することができ、放電した際に触れた相手に付加させることも可能だ。
それで何ができるかと言えば、簡易的な生物磁石が完成する。
しかしその電力は並の磁石が比じゃなくなるほど強力無比な磁石だ。
つい先ほど俺から放電した雷を浴びたシスターの体はマイナス極。
そして地面に付与した雷にはプラス極。
すなわち。
「ショタに抱き着かれたい!?」
シスターは今楽しく地面と抱擁を交わしている。
「兄弟そろって、この技を喰らうってのは何の因果かね」
雷の縛り。
それは神が憑依した存在をわずか一秒と言えど動きを封じられた。
そしてその一秒があれば、俺はこの魔法を用意することもできる。
「パイル・リグレット。一応聞きますけど、これ防げるほどその防御って硬いですかね?」
拳を振り上げ、その後方にはもはや見慣れた光景の炸裂魔法陣。
鉱樹を振るわずこの魔法を選んだのは兄弟そろって迷惑をかけてくることに対する意趣返し。
「………」
「………」
しばし、視線を交わしたのち、ふうとため息を吐いたのは目の前のシスターからだった。
「認めよう、人の子よ。汝の勝ちだ」
「そうですか」
そして、俺はようやくまともな会話を成り立たせたのであった。
今日の一言
労働の対価がひどいとモチベーションは下がる。
毎度のご感想、誤字の指摘ありがとうございます。
面白いと思って頂ければ、感想、評価、ブックマーク等よろしくお願いいたします。
※第一巻の書籍がハヤカワ文庫JAより出版されております。
2018年10月18日に発売しました。
同年10月31日に電子書籍版も出ています。
また12月19日に二巻が発売されております。
2019年2月20日に第三巻が発売されました。
内容として、小説家になろうに投稿している内容を修正加筆し、未公開の間章を追加収録いたしました。
新刊の方も是非ともお願いします!!
これからもどうか本作をよろしくお願いいたします。




