423 職業柄仕方ないことはある
何やら俺の知らないところで大変なことが起こっているような、聞き逃してはいけないなにかを聞き逃してしまったような予感がするのだが………
「気の所為か?」
「ああん?どうした次郎なんか変なことでも見つけたか?」
「いえ、なんか嫌な予感がしただけです」
ふと嫌な予感を感じて、辺り周辺を見渡しても先ほどから見てきたダンジョンコアがあるだけ。
特段おかしなことはない、いや俺の中で当たり前になっているだけでダンジョンの中では最重要施設であることには変わりないのだが、異常があるわけではない。
しかし、今朝から普段しないことをが起こると連鎖的に何か別の何かが起きるのではと考えてしまうのは職業病なのだろうかと詮無きことを考えてしまう。
「どうやら気の所為のようですけど」
俺の行動が奇妙に思ったのか、あるいは何か起きたのかとわくわくしたのか聞いてくるが、生憎とご期待に沿えるものはない。
あるのは俺の視線の先で、見学している俺とキオ教官とは反対に働く少女たちだけ。
ダンジョンコアの周囲をせっせと動き回るサムルとヤムル。
そして最初のヤンキーの風格はどこに消えたのだろうか静かに見守るシスターサナリィ。
さすがにダンジョンの中心地たるダンジョンコアを前にして、何の変哲もないとは言えないが、異常は見当たらないと言える風景だ。
「んだよ、いきなりキョロキョロし始めたから敵でも攻めてきたと思ったじゃねぇか」
「だったら何でそんな嬉しそうな顔しているんですか?普通なら嫌な顔するところですよね?」
「鬼だからだ」
「最近ようやくその言い分に心が納得できたところですよ」
「良かったじゃねぇか。お前もうちに染まってきた証拠だ」
そんな俺の行動理由にあからさまにがっかりしないで欲しい。
教官がそう言うと、なさそうなことでも有言実行みたいな感じで事件が本当に起きそうな感じがするんだよ。
戦いを好む理由も、種族特有、鬼特有の血気盛んなのも理解もするし納得もする。
しかし、そんな理由で事件を起こされてはたまらないというのもまた事実。
こっちは向こう十年分くらいの事件を昨年と今年で味わっているのだ。
もういい加減腹いっぱいを通り越して、胸焼けを起こし始めている。
「どこかのお二方の指導の賜物ですよ」
「ガハハハハハハハ!!そいつらには感謝しないといけねぇな!!」
俺の気持ちなど知る気もないと言わんばかりに大笑いをするキオ教官。
仕方ない鬼だと、この対応にも慣れてきた。
染まってきたというよりは、染まってしまったと達観してしまうほど常識は変わったのは確かだ。
となれば、開き直った方が精神的にもストレスはたまらないから楽だ。
暴論になるが、どんな状況でも楽しめている奴が最強というやつ。
「ちょっとちょっと!なに楽しそうに笑っているのさ!こっちは仕事中!!」
キオ教官の笑い声は大きい、それこそ大空洞をもってしてもその笑い声は良く届く。
確かに仕事中に笑い声が聞こえるのは仕事をしている身からしたら気分は良くはないだろうな。
「わかったわかった!!二本試合してやるからよ!」
「約束だよ!」
しかし。
「あの子、実は鬼だったりしません?」
「いや、同族じゃねぇのは確かだ」
本当に戦いが好きなんだな。
海堂ですら教官たちと戦うのは一瞬ためらうのに、彼女の場合は間髪入れずに笑顔を見せての即承諾。
無邪気な子供の姿で欲しがる内容じゃないよな。
俺ですら教官たちと戦う時は、楽しみより実利と言った感じで実戦経験を積むために仕方ないと割り切っている。
「………世の中にはいろいろな人がいるんですね」
「俺の中じゃ、お前が一等変わっている奴だがな。人間辞めるために龍の血を取り込むなんて馬鹿なことして生きてる奴なんて俺はお前以外知らない」
「運が味方したんですよ。悪運っぽいですけど」
「ちげぇねぇな」
そんなやり取りをしつつダンジョンコアを眺める。
見れば見るほど不思議だ。
見た目はただの大きな魔石なのに中に生きた生き物がいる。
琥珀の中にいる虫と言うのは聞いたことがあるが、本当にどういった原理でできているんだこれは。
と頭の中で考察を描きつつ、やっていることはちょっとした職場見学だなと仕事中に何やっているんだと内心で笑う。
そんなのんびりと過ごす時間ではあったが、一つばかり気になることがないわけではない。
俺もつい流れで指示されたとおりにしたが。
「教官」
「なんだ?」
「一つ聞きたいのですが、何で俺はフル装備で来ているんでしょうか?」
ここまでの流れ、てっきり何かとと戦うものばかりと思っていたが、ここまで来て戦闘はゼロ。
サムルと再戦かとも思ったが彼女の戦う相手は教官のようだ。
だったらなぜ?と思うのは当然だろう。
「ああ、しばらくは暇だし。そっちの方から済ませるか」
てっきりノリと勢いだけでそう指示したのではと思いかけていたのだが、きちんとした理由があったようで何より。
ただ、戦闘準備を整えてこいと言われてしまっているので、もう半ば開き直っているがこの後戦うんだろうなというのはわかっている。
ああ、慣れたよ。
問題なのは相手がだれかという話になる。
ダンジョンコアという貴重通り越して、国宝レベルの品物の前で戦う相手って誰だ?
「おおい!シスター!」
「はい」
「シスター?」
社長ではないのは確かだと思っていた。
だからこそ、教官の親族。
息子かあの戦闘狂の末娘あたりでも出てくるかと思ったが、教官に呼ばれたのはシスターだ。
「調整に時間がかかりそうだから、先にこっちの方済ませてもいいか?」
「………仕方ありません。時間を無駄にするよりはよろしいかと」
教官に呼ばれ、ちらりと作業をしている二人を見た後。
羨まし気にするサムルと心配そうにするヤムルの二人に頷いて見せたシスターサナリィはこちらに歩み寄り、教官の前に立つ。
そしてあらかじめ打ち合わせをしていたようだ。
知らぬは俺だけ。
流れ的にはシスターと戦うことになるのだろう。
ゆったりとした修道服のため筋肉がどう発達しているかまではわからないが、サムルたちを説教する際に素早い動きは見事であった。
少なくとも体を動かすことは苦手ではないと見る。
回復職とみせかけた前衛タイプ。
もしくは回復職ではあるが前衛もこなせる万能タイプ。
予想としてはこのあたりか。
「では田中次郎様。僭越ながら一手、お願いします」
「わかりました」
釈然としないまま、話の流れに乗り。
一応ダンジョンコアから離れた方がいいだろうなと踏み。
間合いを取ろうとするが。
「ダンジョンコアのことは気にすんな。俺が全部弾いてやるよ」
そう言われてしまえば、必要以上に距離を取る必要はない。
ある意味で一番頼もしく思える存在からの好意だ、ありがたくいただく。
教官はその場から離れ、ダンジョンコアの前に立つ。
威風堂々。
そこは絶対に通さないという風格を醸し出すのは流石だ。
これである意味で戦う準備はできてしまった。
こう言っては何だが、シスター相手に警戒心は抱きつつも危機感は抱けない。
何かあるとまでは思うが、危険だという感覚がないのだ。
このまま素の状態で戦えばまず間違いなく俺は勝つ。
そう思えるほどに実力が離れているような気さえする。
ではなぜ戦うのかと疑問を抱くが。
その答えは、俺が考えるよりも早くわかった。
「では、次郎様。本気で戦うことをお勧めいたします」
誰よりも緊張感を持たないのは俺ではなくシスターサナリィ。
そこにあるのは信頼と安心。
これから戦うにはふさわしくない感情を携えた笑みで、俺に警告を飛ばし。
「っ!?」
ゾクリとようやくその場で俺は背筋に危険だという感覚が走った。
「相棒!」
〝おう!〟
気づけば手は鉱樹の柄を握り、抜刀。
一歩をもってして速攻を決めようと、全力で駆けようとしていた。
だが、それよりも早く。
彼女は祝詞を紡ぐ。
「主よ、この身を捧げます」
たった一言。
それをつぶやいただけ。
だが、その一言が俺の一歩目の踏み込みよりも先に発せられたことにより。
俺が寸止めで放とうとした攻撃を全力で振るう羽目になった。
「マジか」
加減など一切していない。
全力で振るい。
その一刀に迷いなどなかった。
それなのにもかかわらず。
相棒の刃は薄皮一枚斬ること敵わず。
白く小さい、少女の手のひらに止まった。
愕然としているわけではないが、大きく目を見開いた。
その刹那、事実を脳が認識するよりも早く、攻撃を受け止められたと条件反射で体が動き始める。
足運びによって勢いをそのまま連撃に繋げ、得意の燕返しに繋げる。
袈裟切りで放った太刀筋を足の位置を切り替え、手首を返し、肩を連動させ、今度は逆胴にめがけて放つも。
〝右だ!〟
「!」
それよりも先にシスターの拳が俺の腹めがけて放たれる。
動きも早い。
相棒の忠告がなければもらっていたが、幸いにしてこの手の攻撃は慣れている。
「女性の手を足蹴にするのは気が引けるけど、戦いなもんでね!!」
避けるのは間に合わない。
だが、この拳を受けてはダメだと本能が告げている。
しかし、両手は鉱樹を握っているために手で払うことも受け流すこともできない。
だったら〝足〟でやるほかない。
踏み込み足を軸足に、直進してくる拳に間に合わせるために瞬時に足の裏に魔力を回し爆発させ、一時的な加速力を乗せ。
その拳との間に足を挟ませ、足の裏でその拳を受ける。
当然、そのまま受ければ左足にダメージを負ってしまうので、それを避けるためにあえて軸足であった右足を宙に浮かせそのまま衝撃に身を任せる。
形としては相手の拳を踏み台にした宙返りだ。
しかし、左の足の裏、しっかりと金属板を仕込み防御性能をあげ、さらには術式による衝撃や斬撃にも対応できる特注品にも関わらず想像以上の衝撃が来ていた。
クルリと一回転し、着地した際に追撃はなかったものの。
追撃で踏み込まれていたら危なかった。
〝相棒、あの姿は〟
「ああ、間違いない」
そんな危機感を抱きつつ、俺の指示なしに、俺の意思をくみ取り柄から根を伸ばし腕に巻き付く相棒と魔力循環をはじめ、目の前に立つシスターサナリィの様子を見る。
纏わりつく風格が変わった。
ゆらりと漏れる魔力の資質が変わった。
何より、魂の質が変わった。
「思い出したくないものを………」
〝では、勇者と同類だというのだな〟
「ドッキリとかじゃなければな」
何よりも無機質に見下ろすように見るその目。
白銀に輝くその目は先日の騒動に出くわした神そのもの。
構えも警戒も解かず、チラリと一瞬だけ教官の方を見るも、手を出すつもりはないと言わんばかりに両腕を組みつまらないと不満をありありと見せつつ仁王立ちする教官。
それすなわち、このことは織り込み済みということ。
〝その可能性も潰えたな。あの鬼はこの戦いを傍観するだろう〟
「不満そうにだけどな」
だったら、これはエヴィアの言っていた神殿の意思というよりは、神様の意思というやつか。
ある意味で最高権力者のご登場。
そしてそんな神様に注目され戦いを挑まれるなんて、俺は何かしたか?
日頃の行いを振り返りつつも、さてこの後どうするかと頭を悩ませる。
相手があの太陽神なら容赦も加減もなく、ヴァルスさん召喚して全力で切りかかるのだが、相手は初対面の月の神。
手合わせを所望しているようだから、戦えばいいのだろうが………
「目的がわからん」
その理由が読めない。
無機質ゆえに表情も感情も読めず。
じっと立つだけで、会話もしない。
俺が単純バカで、戦闘狂なら小難しいことなど考えず戦いを挑むのだが、どうもやりにくい。
「………」
そんな考えが見透かされてか、こちらから行くぞと初めて構えらしいものを取られた。
実力が見たいのかと結論をつけ、それを迎え撃つべくほんの少し、魔力の回転をあげた。
「い」
そんな時に、初めてシスターの中に降臨した神、ルイーナ神だと思われる存在が口を開く。
いから始まる言葉、あるいは呪文詠唱に警戒する。
「Yesロリータ!!Noタッチィ!!」
「そんな掛け声で殴りかかって来るなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
しかしてその軽やかかつ無駄のない動きに反して、何とも締まらない言葉に俺はつい全力でツッコミを入れてしまった。
鉱樹で。
今日の一言
報連相のありがたみはわかりにくい。
毎度のご感想、誤字の指摘ありがとうございます。
面白いと思って頂ければ、感想、評価、ブックマーク等よろしくお願いいたします。
※第一巻の書籍がハヤカワ文庫JAより出版されております。
2018年10月18日に発売しました。
同年10月31日に電子書籍版も出ています。
また12月19日に二巻が発売されております。
2019年2月20日に第三巻が発売されました。
内容として、小説家になろうに投稿している内容を修正加筆し、未公開の間章を追加収録いたしました。
新刊の方も是非ともお願いします!!
これからもどうか本作をよろしくお願いいたします。




