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422 隠し事はいつまでも隠し続けるられる方が少ない

 Another side


『これは………』


 調査を行うということは、なにか善からぬことを知る場合がある。

 細く枯れ木のようにやせ細った不死王の指先には掠れ、消された痕跡のある魔法陣があった。

 いや、元魔法陣と言えば良いだろうか。


『思ったよりも深刻で猶予がないかもしれませんぞ魔王様』


 先日の勇者襲撃、その前の勇者の末裔による反乱。

 こうも立て続けに勇者に襲撃を受けてしまえば組織全体としても心穏やかではいられない。

 その都度追い払ったという現実があったとしても、襲撃された事実は消せない。


『この術式、この様式、この羅列、敵方にも賢いモノがいるということか………』


 故に魔王の手札の中でも最高の知恵者である不死王を派遣し、今回の襲撃の原因を探ろうとした魔王の思惑。

 対外的にも言い訳が立つし、行動的に見ても益のある判断。

 だからこそ、不死王も異を唱えることなくその指示に従い、天使が拠点にしていたダンジョン跡を調査しに部下を引き連れやってきていた。


『魔力の流れを把握する術式、出力を測る術式、性質を測る術式、転移陣で簡易的なダンジョンを形成したかと思えば、その傍らで調べる者がいた』


 調査している傍らで最初はこの調査もあまり意味のないものだと思っていた不死王であったが、とある一室、魔法によって物理的に崩され、痕跡を抹消しようとした形跡を発見した不死王はその部屋を修復しあちらこちらに欠損を抱えながらも、ここが研究室であるのを見抜く。


『仮初の前線基地かと思っておったが、その実は研究室か………』


 ダンジョンを作り出すと簡単に言えるが、実際に行うとなると話は別になる。

そもそもの話、人の手には不可能だ。

 ダンジョンの要であり核であるダンジョンコアを作り出さねばならぬし、ダンジョンを形成するための素材も絶大に要する。

 一個人で生成するには途方もない労力を要し、国であっても複製の数に制限を設ける。

 それを研究していた。

 その事実だけで、不死王の中での警戒レベルを一段階上げる。


『さすがに資料を全て持ち出すということは不可能であったようじゃの』


 床に描かれていた魔法陣はダンジョン跡の魔法の流れ、回路的な役割をするダンジョンの魔力の命脈、人で言う血管の役割をしているものを調べる代物。

 それを調べるとなれば膨大な資料になるはず。

 復元した研究室の壁には火で焼いたような形跡もあった。


『しかし、逆に言えば一定以上は持ち出したとみるべきか』


 イスアルにあるダンジョン跡とは違い、こちらの大陸にあるダンジョンは言わば根本。

 入り口付近を調べられたとて大した成果は得られないだろうが、根源に近いダンジョン跡を調べられてしまった。

 廃棄したダンジョンは様々な機密情報を破棄したと言っても残ってしまうものはある。

 その広大な施設を全て破壊するとなると莫大な労力がかかる。

 何千年と戦ってきて、数多くのダンジョンを生み出してきたゆえの弊害。

 遺跡として残ったダンジョンがまさかの相手方の教科書になるとは考えてもみなかった。


『………油断、慢心、言いようはいくらでもあるがこれは我らの過失か』


 その状況に直面したからこそ、大丈夫だと安心しきっていたおのれの心の隙に落胆のため息をこぼさずにはいられない。


『せめて、汚名を返上する機会を得られることを祈るほかないな』


 不死王自身の責任ではない。

 これは過去の歴代に至る魔王の負債。

 その代償を今代で払わせられることになった。

 ただそれだけの事だと不死王は心の中で折り合いをつける。


『ん?』


 そうして重くなった腰を持ち上げるかのように立ち上がるが、その時に煤けて最早原型も保っていない紙片を見つける。

 それ自体が奇跡的に残っていることはおかしなことではない。

 ただ焼け残ったそれだけの事。


 それを拾い上げ確認するも何も書かれていない部分故、なんの情報も得られない。

 ただのゴミだ。

 そう、不死者である不死王でなければだ。


『〝記録捜査サーチメモリー〟』


 それに手をかざし、その物体が持つ記録を遡ることのできる魔法。

 長い年月を遡ることは不可能であるが、戦闘があった当初のこの紙が持っていた記録を遡ることは可能。

 一種の復元魔法だ。


 魔力によって段々と輪郭を取り戻していき、一枚の紙になった。

 それは殴り書きのようにダンジョンの情報に対しての所感がメモ書きされており、それ自体は真新しいものはない。

 ただ、不死王の疑念が確信に変わっただけ。


『!?』


 やはりダンジョンを前線基地にしていたのではなく、ダンジョンを研究していたかという確信。

 それだけの情報であるのにもかかわらず、紙に浮かびあがった一点だけ。

 そこに書かれた文字列にないはずの目を不死王は見開く。


『この術式、もしや』


 それはこれを書いた当人からしたら忘れないようにメモしていただけだろう。

 だが、その術は本来であればイスアルには存在しない筈。


『………生き残りがおったのか?』


 存在を抹消された魔法の術。

 その術式を生み出した不死王は忘れることはできない。

 遥か昔、不死王が〝人〟であった時代に生み出したその魔法。

 異端だと苛まれて、立場を追われたあの日。

 一族郎党散り散りになった。


『どこの誰だ』


 不死王自身、過去何度もイスアルに侵攻の際には参加している。

 その理由は様々であった。

 しかし、その侵攻の度に訪れる地はあった。


『この術を教えたのは息子たちのみ………それを知るということは』


 それは不死王の故郷。

 今はゴーストとなってしまった妻との思い出の地。

 そして、不死王には三人の息子と一人の娘がいた。


『生きておったのか』


 最早記憶の中でも霞んでいた存在たちのおぼろげな笑顔が思い浮かばれる。

 あの日、勇者と共に魔王を打たんと立ち上がり、家を出て見送ってくれたあの家族たち。

 そして最後の光景は妻を含め一族郎党を皆殺しにせんと屋敷を燃やす、教徒たちに串刺しにされ燃やされた家族たち。

 それを目の前で見せられ、殺された過去を持つ不死王。

 その執念をもってして打ち捨てられた肉体を再生し、魂から不死者となり、同じ無念を抱き彷徨っていた妻と再会した。


 ただただ復讐を誓ったあの日から、生き残りの手掛かりはついぞ手にしなかった。

 長男か次男か、三男か、あるいは一人の末娘か。

 誰でもいい、もし生き残ってくれているのならと淡い期待を抱くも。


『否、今のワシには関係ないこと』


 首を横に振りその淡い感情に区切りをつける。

 その立場、そして長き年月によって溜め込まれた感情によって惑わされることはなかった。

 ただ、わかったことが一つ。

 もし仮に、この走り書きを書いたのが自身の〝血族〟であるのならダンジョンの謎を解き明かしてもおかしくはない。


『しかし、放置するには些か危険か………もう少し詳しく調べる必要があるか』


 崩れ落ち、最早原型をとどめておらず何も残っていない場所からさらに情報を得ようとするのなら砂漠におちた針を探すような所業。

 しかし、やらねばならぬと、その行動の価値を見出した不死王に迷いはなかった。


『やれやれ、ライドウの奴との酒宴はまたの機会になりそうじゃの』


 いきなり断ると面倒だというのにと嘆きつつも、仕方ないと割り切る。

 不死王の持つ酒蔵の一つが空になるのを覚悟をしなければと思いつつ部下に指示を出し始める。


『地より這い出し我が僕たち、眠りより覚めいま仮初の体を与えん』


 そして雑用を任せるための呪文を唱えるとカタカタと骨だけの存在が顕現する。

 下級アンデッドにカテゴリーされる骨だけの魔物。

 人の骨だけではなく獣の骨も入り混じり、人型を形成しただけの存在。


『探せ、この地にある情報はくまなく探せ。イスアルの存在を匂わせるものはくまなくじゃ』


 数にして百を超える。

 その骨の軍勢はカクリと仮初の顎を鳴らせ、各々捜索を始める。

 ある物は崩れた岩を掘り進め、またある者はゴミの分別をはじめ、またある者はと単一的な行動であるが、多様な幅を見せて崩れたダンジョン跡を整理していく。


 これでひとまず安心だろうと嘆息を吐いた不死王は次にとるべき行動を悩む。

 一度戻って魔王に報告すべきか、それともある一定の確信を得てから行動すべきか。

 その選択はあっさりと後者に傾くも、それ以外の情報源を得るとすればいよいよ手広くやらなければならなくなる。


『カリセトラの地に赴くか、あるいは行方知らずとなったカーターを追いかけるか………どちらにしても手掛かりなしで動き回るのは得策ではないか』


 行動指針に悩ませること数分。

 ある程度方針が固まった。


『イスアルにいる影を動かす許可をいただくことが最良か。こちらの方面にだけでは情報に偏りが出る』


 この場の情報だけではなく、イスアル側の情報も得ることを考えた方がいいと判断した不死王の行動は早い。

 アンデッドが蠢く場を後にし、部下に指示を出しながらダンジョン跡の外に出た。


 空に輝く月。

 その光を眩しく思うことはない。

 ただ、あれよりも眩しく輝く太陽を少しだけ懐かしく思う。


『感傷に浸っている場合ではないか』


 その気持ちを抱くのはいつ以来か。

 そもそもの話、感情を揺らすようなことが起きるのはいつ以来だったか。

 そんな無為な思考が不死王の頭の中によぎる。


『カカカカ、このワシが無駄な思考に思いをはせるか』


 そのことに喜びを感じた不死王はカラカラと顎を鳴らし笑う。

 王の突然の笑いに部下たちは怪訝な表情を見せるが、上司が機嫌が良いことは良いことだと受け入れ、それぞれの仕事に戻っていく。


『………思いのほかワシも次郎の奴に入れ込んでいるということか』


 その変化を与えた存在を考えればあっさりと心当たりに行きつく。

 異世界の人間。

 気まぐれで指導した際に意外な一面を見せた。

 人に裏切られた不死王が、まさか人である次郎を酒の席に誘う日が来るとは思わなかった。

 切っ掛けは些細なことであったが不思議と後悔がない。


『この仕事が終わったら、奴にライドウの機嫌取りを手伝わせるのも悪くないかもしれんの』


 むしろこの面倒な仕事を片付けた後の楽しみを得たと言わんばかりに快活に笑う始末。

 次郎からすれば後の二日酔いが確定した瞬間であり、ダンジョンコアの前でクシャミをした瞬間であったが、次郎がその原因に心当たりがなく風邪かと勘違いした瞬間である。


 しかし、そんな心地よい思い出とは裏腹にふと良くないことも思い出すこともある。

 楽しい最近の思い出とは違い、これは自身をアンデッドと化した原因である妄念。

 裏切り。

 その一つの行動を不死王は決して許しはしない。


 目の前で子供を串刺しにされ、妻を処刑台に上がらせ目の前で焼き殺し。

 泣き叫ぶ人でありし自身を殺した憎き相手。


 そんな相手はかつて勇者と共に旅をした仲間であったというのは皮肉であろう。


『お前は今も神とやらの声に耳を傾けているのか』


 思い出はいいものだけではない。

 むしろ悪いことも多い。

 だからこそ、ちょっとしたきっかけで過去を思い出す。

 昔から生真面目で、神を絶対視する一人の男のことを。


 今奴がどのような立場にいるかも知っている。

 その立場の土台にされたことも知っている。

 復讐の相手が今なお健在なのは幸か不幸か。


『のう、エールド』


 その名前を呼んだ時の不死王の声はひどく冷たかった。

 それはアンデッド故か、それとも魂まで冷め切るほどその相手を憎んでいるからか。

 その感情を理解できる者はその場にはいない。

 ただこの時不死王は思った。


 無遠慮に大笑いする鬼と一緒に一人の人間の男を挟み、ともに酒を飲んだ時は一時とはいえ温かったと。

 そして今、無性にその酒の味が恋しくなったのは死してなお動く体が求めたのか、あるいは魂が求めたのか。


『執念は持つべきだのぉ』


 不死王にもわからなかった。




 今日の一言

 隠し事は難しい。


毎度のご感想、誤字の指摘ありがとうございます。

面白いと思って頂ければ、感想、評価、ブックマーク等よろしくお願いいたします。



※第一巻の書籍がハヤカワ文庫JAより出版されております。

 2018年10月18日に発売しました。

 同年10月31日に電子書籍版も出ています。

 また12月19日に二巻が発売されております。

 2019年2月20日に第三巻が発売されました。

 内容として、小説家になろうに投稿している内容を修正加筆し、未公開の間章を追加収録いたしました。

 新刊の方も是非ともお願いします!!


これからもどうか本作をよろしくお願いいたします。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 不死王死にそうなフラグ満載やん。 でも不死王だから死にマセーンとかあるだろうから安心だね!
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