421 得難い経験は、チャンスと見よ
ダンジョンコア。
「………想像していたのとだいぶ違うな」
それは得てして小説とか漫画とかで出てくる代物だ。
作品によって形状は様々である。
時には宝石のような形状であったり、人型であったり、はたまた人形であったりと創作の世界では種類は豊富だった。
存在そのものは知ってはいたがまさか見れる日が来るとは思ってもいなかった。
俺も俺で様々な妄想でその形を想像していた。
「ああん?どんなもの想像してたんだよ」
そんな滅多に見れない代物。
しかし、思っていたのとは違い。
思ったよりも巨大で、機能的な姿にすこし残念に思いつつも視線はそらさない。
どうせならと、じっくりと観察していたタイミングでこぼしてしまった言葉を教官に拾われる。
そしてどんなものを想像していたかと聞かれたのなら。
「いや、もっとこじんまりしたものかと。これくらいの台座に乗った水晶玉みたいな感じで」
別段隠すことでもないので、素直に手の仕草でイメージしていた形を伝えながら答えてみる。
「アホか。ダンジョンっていうでっかい世界を維持するんだぞ。そんな低出力の魔石で維持できるかってんだ」
「ごもっとも」
俺の中ではこんなでかでかとした動力炉的な見た目ではなく、こう端末的なスタイリッシュな形を想像していた。
手を翳すとメニューが出てきて、ゲーム画面みたいに色々と操作できるみたいな感じ。
それをなんとなく手の動きで伝えてみたら教官に鼻で笑われ一蹴されてしまった。
いや、理由を聞いてみればごもっともなんだが、ロマンとかそこら辺の情緒は実用性の前には無意味ということを突きつけられたような気がして悲しい。
どこの世界でも大きなことをするなら大きな施設がいるということか。
「ん?今、中で何か動いたような気が」
現実とはそんなんのかと納得した時、朱いダンジョンコアの奥で何かが蠢いた。
見間違いかと思った。
だが、じっくりと奥の方を見ると間違いない。
赤色が強すぎて、輪郭しか見えないが間違いなく何かいる。
「気づいたか。あれがダンジョンコアの核だ」
「核?あの竜みたいな生き物が?この大きな石自体がダンジョンコアではなく?」
うっすらと見える影をよく観察するために魔力を目に通すと、その全容が見えてくる。
竜だ。
翼を折りたたんだ竜がいる。
生き物を収納しているという珍妙な光景を目の当たりにし、ついつい疑問が溢れてしまう。
それを受けた教官は特段気分を害したわけではなく頷き答えてくれるようだ。
むしろ良く気付いたと言わんばかりに満足げに頷いている。
「ああ、魔石はあくまで外枠入れ物だ。本命は中の神獣。俺たちの神ルイーナ様が生み出した神獣。俺に与えられた神獣ガルク。アイツがこのダンジョンを維持してるんだよ」
「神獣ガルク」
ダンジョンコアの色ゆえか、その体は朱い。
そして特徴的な四本の腕をたたみ、眠るように座る朱き生き物。
神獣と言われれば、ミマモリ様が引き連れていた月狐と同類ということか?と最近であった生き物と比べてしまう。
しかし、彼の狐と比べるとこちらの方が段違いで大きく見えるし戦闘に特化しているようにも見える。
「ちなみに、ちょっとした興味本位の質問ですが、どれくらい強いんですか?」
「さぁな」
「さぁって」
なのでそこら辺も聞いてみたいが、生憎と教官は知らぬ様子で肩をすくめるだけで終わってしまった。
「あれが起きる時はこのダンジョンが崩壊した時だけだ。ダンジョン内のモンスターも、兵士も、俺もすべてが倒されたときにあれが起動する。いわば最終兵器ってやつだ」
そして語られた理由は、至極真っ当であった。
この神獣が起きた時はすなわち土壇場の窮地ということ。
そんな存在の戦闘能力は知らない方がいいということか。
「だから普段はああやって、ダンジョンの維持をするために眠っているってわけだよ」
そしてこの神獣の役割は、CPUもしくはAI的な立場なのだろうか。
ダンジョンという空間を維持するために存在する神獣。
すなわち、ダンジョン内の全てのソウルやブラッドと言ったモンスターたちすべてがこの神獣から生み出されていることか。
「少なくとも弱いってことはなさそうですね」
数々のモンスターたちと戦ってきたが、そのモンスターたちよりも弱いということはないだろう。
下手をすればダンジョン内全てのモンスターを統合した際のスペックは誇るかもしれない。
そんな相手と戦わないといけないのかと思えば、ダンジョンテスターとして戦慄せざるを得ない。
正しくラスボス。
いや、社長がいるからラスボスではないだろうが、ボスに近い立ち位置なのだろう。
「ああ、戦えないのが残念で仕方ねぇよ」
「教官らしい言葉ですね」
そして強敵がいると言うのに戦えないということに不満を隠しもしない隣の大鬼に、苦笑をこぼす。
らしいと表現したが、逆にそれ以外の言葉を選べないのもまた事実。
戦いを愛しているとしか捉えられない教官の言葉。
「ちなみにですけど、この神獣が貴重だからこそダンジョンはおいそれと作れないんですよね?」
そんな教官から装備を十全にして来いと言われた身としてはここで戦いが始められそうなので、その矛先を回避するために話を逸らす。
「そういうわけだ。ただでかい魔石を用意することはできる。だが、その中に封印する神獣がいなければダンジョンコアとしては起動しないな。まぁ、それ以外にも面倒な術式や、下準備が必要なんだけどよ」
「………ちなみに、今聞いている内容ってうちの組織の中ではどれくらい重要な情報だったりするんです?」
それに成功し教官は、面倒だと思いつつ解説はしてくれる様子。
頭を掻きながら、ダンジョンコアの作り方の概要を語ってくれるが、ふと簡単に話しているがそれは聞いていい話なのか疑問に思う。
「将軍位やエヴィアなら知ってるな、俺の直属でも片手で足りる程度の奴らしか知らねぇぜ?」
なので確認してみれば案の定それは機密であった。
「………毎度のことですがいきなりとんでもない機密を俺に教えるのやめてくれません?俺にも心の準備ってのがあるんですが」
頭痛を堪えるように頭を押さえ、何ともなしに貴重な情報を投げつけてくる教官の行動は期待ゆえか、それとも別な思惑があるのか。
その判断が未だつかない。
期待だと思いたいところだが、俺に教えることが面白いと思っているような気がしなくもない。
あるいはどちらもか。
「そう言うなって!俺とお前の仲だろうが!」
師弟関係という意味ならもう少し分別という物をつけた方がいいような気もするが、教官の場合はもう少し距離感が近い気がする。
その証拠にヌッと伸びてきた腕が俺の首に回り、自然と肩を組むような形になり。
「それに俺の勘だが、もう少しでデカイ戦が起こる気がするんだよ」
「………前の天使たちとの騒動よりも?」
さっきまでおチャラけていた空気などどこへ行ったのか。
声のトーンが真剣なものに代わり。
忠告してくる教官の目は本気であった。
「ああ、総力戦になるかもしれねぇな。匂うんだよ。戦いのな」
嘘や冗談ではない本気の言葉。
まるで遺言のようなその言葉に鳥肌が立つ。
「ノーライフの野郎が探っていることも気になる。てめぇも用心しな」
そう言うとポンと背中を叩き教官は離れる。
嵐の前の静けさだと言った教官の言葉が耳から離れない。
しかし、いつ来るかも分からない戦を心配しているばかりでもいられない。
「おう!嬢ちゃん俺んとこダンジョンコアの調子はどうだ!」
「もうすぐだからちょっと待ってよ!!それよりも、なんだか消耗が激しんだけど!!なにしたのこれ!?魔法陣とかいろんなところにガタがきているんだけど!前に来たときはこんなに消耗してなかったよね!?」
「文句ならそこの男に言えや!俺のダンジョンに殴り込みに来てる男筆頭だからよ!」
忠告をどう生かすかは俺次第だ。
わざわざこんな場所にまで連れてきて教えてくれたということの意味を考えろ。
そんな意思が俺の中で反芻するも。
頭を振り、一旦このことは脇に退ける。
俺の反応など気にしないと言わんばかりに、俺から離れた教官は両手をいつものスーツのポケットに突っ込みヤクザのように話しかける。
少女に話しかける鬼ヤクザというとんでもない光景なのにも関わらず会話になっている。
そしてその会話の結末に俺を巻き込んでくる。
「生憎とそれが仕事なんで」
「そうだけどさ!ダンジョンコアってお前が思っているよりも繊細なんだぞ!!治す私の身にもなれ!!」
なのでざっくりと容赦なくサムルの睨みに答えてやればムキーと漫画のようなリアクションが返ってくる。
まぁ、確かに整備側からしたら手間が少ない方がいいよな。
しかし、ダンジョンコアの整備か。
いったいどうやっているのだろうと気になるのも事実。
不穏な話はあとで片付けようと、ダンジョンコア付近に降り立っているサムルたちに近づいていく。
見れば独特な魔法陣を展開してその魔法陣を介してダンジョンコアに接続している様子。
やっていることはプログラミングみたいなことと一緒なのだろうか?と俺はダンジョンコアの整備の見学に勤しむのであった。
Another side
カリカリとペンが進む
ダズロにとってはこの筆を走らせ新たな知識を誕生させる時間こそ、至福の時間。
あの暗い夜空しかない空間から一転、明るい空しか存在しないこの地に戻ってきて、あの大陸で得た知識をまとめること幾日か。
最近は雇い主であるヒメサマの世話ばかりでとんとご無沙汰だったゆえさらに嬉しさは増す。
太陽神の届かぬ地下室で、魔法のランプの明かりを頼りに筆を走らせるダズロ。
「………」
黙々と知識が紙へと映し出される時間はなんと形容しがたい多幸感を味会わせてくれるのだろうかとダズロの頬が自然と緩む。
だが、幸せな時間程あっという間に過ぎ去り、あっけないほどあっさりと崩れ去ってしまう。
コンコンとノックの音が聞こえ先ほどまで快調に進んでいた筆が、まるでそこでせき止められた如くピタリと止まる。
この研究室に来る人物は限られている。
それを理解しているがゆえに、大きくため息を吐き終えたダズロはだるそうに座っていた椅子から腰を上げ、ノックしてきた人物に会うために扉を開ける。
「はいはい、おじさんは取り込み中ですよ~」
「あら、では私の相手をしている場合ではなさそうですね?」
「そうですね~お嬢の相手をしているくらいなら、呪文書と向き合いたいくらいです」
そしてダズロの想像通り扉を開けた先には優雅に微笑むエルフのお姫様の姿があった。
ちらりとダズロはそのお姫様の後ろにいる人物に目を向け、変わらず静かに沈黙する鎧の主に溜息をこぼすと、そっと扉を大きく開き雇い主を招き入れるのであった。
「進捗状況を確認に来ましたわ」
そして勝手知ったる我が家のごとく、当然のように用意された豪華な椅子に座った帝国の第三王女アンリ・ハンジバル。
その背後に立つ護衛の黒い騎士トール。
「進捗も何も、報告書は昨日送ったばかりですよお嬢。そんなに早く新しい情報が入るわけないじゃないですか。むしろおじさんの方が教えて欲しいくらいです」
何がと問う必要もなく。
単刀直入に切り出してくる姫にダズロは困ったものだと、言いつつも手に持っているのは先ほどまで書き上げていた資料だ。
「トライスとエクレールはもう間もなく停戦を受けいれますわ。後は、段取り通り共通の敵を倒す間の平和を作るまでですわ」
「随分と簡単に言いますけど、それ普通はできないことですよね」
それを差し出せば、よくできましたと笑顔を見せ、アンリ姫は手早く資料を読み進め始める。
そのついでと言わんばかりに資料から視線をあげずダズロの質問に答える。
「普通なんて言葉は、限界を定めるだけの基準ですわ。普通は破るためにある。あなたもその類ではなくて?ダズロ」
「さてさて、おじさんはただ研究がしたいだけの魔導士ですから」
「そのただの魔導士がこんな資料を作れるのかしら」
そして読み始めて物の数分で読み終えたアンリ姫はひらひらとその紙の束を揺らす。
「実物を見てそれを説明できる協力者がいたんですよ。そこまでやれば誰でもできますよ」
「あなたらしい言葉ですね」
その内容が彼女にとってどれほどの価値があったかはその携えた笑みが証明してくれている。
そしてその内容を証明したことが誰よりも難しいことも彼女は理解している。
「彼はどこに?」
「さぁ?今頃は実験的に作ったあの部屋で訓練でもしているんじゃないですかね?おじさんとしては実験サンプルが増えてくれるので助かりますけど」
「ふふふ、彼にとっては悲願ですもの。休んでいる暇などないでしょうね」
「おじさんとしては、天使様も厄介な人物を押しつけてくれたと言わざるを得ないですけど」
「あら?あなたからしたら最高の資料じゃなくて?」
立役者であるダズロ。
その協力者である人物。
そして今イスアルで暗躍の中枢に立つ帝国の姫。
その三人がどのような波紋を呼び起こすかは、今はまだ語る時ではない。
「なにせ勇者の血筋なんですもの」
今日の一言
経験は多いに越したことはない。
毎度のご感想、誤字の指摘ありがとうございます。
面白いと思って頂ければ、感想、評価、ブックマーク等よろしくお願いいたします。
※第一巻の書籍がハヤカワ文庫JAより出版されております。
2018年10月18日に発売しました。
同年10月31日に電子書籍版も出ています。
また12月19日に二巻が発売されております。
2019年2月20日に第三巻が発売されました。
内容として、小説家になろうに投稿している内容を修正加筆し、未公開の間章を追加収録いたしました。
新刊の方も是非ともお願いします!!
これからもどうか本作をよろしくお願いいたします。




