420 役割を決めるのは見た目ではなく能力となる
「………え?嘘なんですか?」
「いや、むしろ何で全部本当だと思っているんだよ。目の前で会話している人物とイメージ合わないだろう」
「いえ、戦闘になると性格が変わる方などよくいるので」
「………」
もし仮にそんな噂が蔓延しているとしたら風評被害がひどすぎる。
一部を除いて全部嘘だと言った途端に、嘘なんですかと首を傾げるシスターサナリィ。
そしてサムルとヤムル。
そんな姿を見てしまえばつい素で返してしまう。
いや、たしかに神に向けて中指を立てたことはあるが、生憎と高笑いしながら死体蹴りなんてやってない。
冤罪だと言い放てる自信はある。
そもそもあの時にそんな余裕はない。
ヴァルスさんの能力でどうにか立ち上がって色々と覚醒してはいるが、体中ボロボロの状態だぞ。
脳内麻薬を大量に出していてもそんなおかしなテンションにはならん。
あるのは死んでたまるかって生存本能だけだ。
ああ、あと割とボコボコにされたことに対しての殺意は高めだったか。
やっべ、一歩間違えたらそれくらいはしてたかも。
「そんな、では勇者を倒したと言う噂も」
「そこは本当だ。なんで噂の根本が揺らぐんだよ」
神殿関係者は皆純粋なのか?と否定したら丸ごと話が反転する様を見て心配になる。
聞いている情報だけをまとめればなかなか外界と交流を持たない組織らしいし、世俗には疎いのか?
「まぁいっか、とりあえず俺がそんな噂通りの残虐な性格ではないってこととその子に不用意に人を襲わないって教育さえしてくれれば」
「はい善処します」
「無理!」
「あっさり言うねぇ君!?」
そんな事情は人それぞれだし、俺が口出しても不和を生み出すだけ。
正義のヒーローみたいにそれは間違っているよ!と義侠心を燃やすのも面倒だ。
なので常識を説いたつもりであったのだが、シスターサナリィは了承してくれたのだが、挙手と同時に否定するそこの幼女、君は破滅願望者なのか?
だったら喜びたまえ。
その破滅はしっかりと隣にいるぞ。
俺から見てもなかなかいい速さだ。
ヌッとウエットな感じの滑らかな動きであるが、それでいて鋭さも兼ね備えたアイアンクロー。
いや、口元を抑え込んでいるからマウスクローか。
「そのお口はちったぁ静かにできねぇのか?あ゛あ゛?私としてはこのまま針でおめぇの口縫っちまってもいいだぞ?少しはその脳足りんな頭で学習っていうのもしねぇのか?」
今の現代日本なら体罰や暴力と訴えられるかもしれない行為であるが、やってることがやってることだ。
妙にドスの効いた声を出すが、本当にシスターかと疑うも。
これくらい刺激のある本気の説教じゃないと通じないこともあるのだろうと納得する。
叱られているうちが花だ。
無関心になってしまったらそれこそ終わりだ。
精々今のうちに愛されておけと、俺は冷めたコーヒーに手を伸ばす。
オロオロとシスターとサムルのやり取りを見るヤムルを放置していると、会議室がノックされる。
その音にまだ時間が掛かりそうだなと席を立ち俺自身が扉を開けると、ケイリィさんがいた。
「お客様よ」
そして、背後に目を向ければ。
「オッス次郎、元気にしてたか」
「キオ教官!」
最近会うことがご無沙汰となっていた大鬼、キオ教官こと鬼王ライドウがいた。
「お久しぶりです。こちらに戻られていたんですね」
「おう!戦後復興が落ち着いてな。そろそろこっちにも顔出さねぇといけない時期だったからよ。顔出させてもらったわ。ついでに海堂と一緒にいた南の奴もちょっと待たせてもらってる間に捻っておいたぜ」
「それは、ありがとうございます」
教官らしい行動。
海堂と南からしたら災難であっただろうが、教官との戦いは命の危機はあるものの絶妙な力加減で戦ってくれるから戦いに身を置く者としては非常に参考になる。
それを嬉しく感じられる程度には俺の頭のネジもだいぶ緩くなっている。
パーティーの強化に繋がったとしてプラスに考えておこう。
「それで今回はどのような用事で?また飲みの誘いか手合わせですか?」
「お前も面白い武器を手に入れたそうじゃねぇか?魔力適正も俺を超えていよいよ本当に面白い〝死合い〟ができるんだからそうしようと思ったんだが生憎と大将自ら止められてるからそれもできねぇしよ。まぁ、今回は別件よ」
そして教官がここに足を運ぶ理由を考えて心当たりを言ってみるも、心底残念そうに、不満げに溜息を吐き否定の言葉を述べる教官に苦笑を浮かべる。
絶対、今言った『しあい』の字が殺し合いと同じニュアンスだとは言わない。
「別件ですか………ダンジョンの方は比較的順調だと思うんですが」
「俺からしたら順調なのは問題だけどな。そっちでもねぇ。ここに来ている客を迎えに来たんだよ」
別件と聞けば仕事関連。
ダンジョンの攻略の方面になるが、そっちでもなく。
多分俺の背後でまだ騒いでいる、いや説教をしている神殿の関係者ということか。
「客………神殿の関係者ですか?」
「なんだ?知り合いか?」
「襲われた被害者ですよ。教官と一緒で」
それを知っているということに意外だと言う表情を見せた教官に、神殿関係者はあまり表に出てこない存在なのだなと改めて認識する。
なのでちょっとお茶目を含めて出会いの経緯を簡単に伝えてみると。
「ハハハハハ!なんだなんだ!あの嬢ちゃん今度はお前に挑んだか!」
「ええ、その所為でシスターに説教を受けてますよ」
「前に俺のところで仕事してた時も威勢のいい嬢ちゃんだったが、変わってねぇな!!」
教官は嬉しそうに大笑いの声を上げる。
その声は中で大声で説教しているシスターの耳にも当然聞こえるわけで。
「き、鬼王様!?も、もしかして、もうそんなお時間でしょうか!?」
ビクリと背筋を伸ばし慌てるように時間を確認すると、始業からだいぶ時間は過ぎ去っている。
アワアワと何やら慌てている様子。
「あ!ライドウだ!」
「鬼王様でしょ!!」
しかも、サムルの教官の名を呼び捨てにする行動に、再びアイアンクロー発動。
グルんとホラーチックに目が動いたかと思ったら次の動作が早かった。
足運びから腕への連動、関節と筋肉の動きが芸術的とまで言っていいほどの無駄のなさ。
ワシッと掴んだのち、かなり強めの握力で握られ、オホホホホと笑顔を浮かべるシスターサナリィ。
多分、この一連の動きをここまで昇華できるほど回数をこなしているのだろう。
苦労人だなと言わざるを得ない。
隣のヤムルは教官を見てぺこりと頭を下げるのみ。
彼女も教官と顔見知りなのか。
「おう嬢ちゃん元気そうだな。敵、ぶっ殺してるか?」
「フッホロヒテマフ!!」
「物騒な挨拶ですね。少女とするものじゃないですよ」
「ああ?ああ、お前こいつの見た目だけしか知らねぇのか。なら無理もないか」
随分と物騒な会話だなと思いつつ一応ツッコミを入れてみると、教官は仕方ないと頷いた後。
「この三人の中で一番年上なのはこの嬢ちゃんだぜ。おまけにお前の嫁のスエラよりも年上だぞ」
「うそぉ!?ってまぁ、冷静に考えてみれば不思議でもないか」
口をふさがれているサムルを指さし、一番年上発言に加えてリアルロリババァ要素を教えてくれる。
それに一瞬驚くも、冷静に考えればそれくらいいてもおかしくはないか。
黄金の林檎で寿命を延ばせるんだし、大体俺自身も人を辞めつつある。
それくらいあるかと驚いた分の体力を消費してしまって無駄だなと思う程度だ。
「なんだよ、あっさり受け入れるのかよ」
「じゃないとこの会社で仕事やっていけませんって」
「違いないな」
女性に年齢を聞くのはマナー違反だが、どうだ参ったか年上だぞと言わんばかりにアイアンクローを受けながら胸を張る姿はどこかミマモリ様を連想させる。
容姿そのものはだいぶ違うが、テンションの差がここまで似ているとどうしてか重ねてしまう。
「っと、俺もそこまで暇じゃねぇ。次郎、こいつらもらってくぞ」
「ええ、構いませんがエヴィアに伝えておきましょうか?」
「そうしてくれや………いや、俺の方から伝えておくからいい機会だ。お前も来い」
そんなコメディチックに話が流れているが、なんだかんだ時間は過ぎ去っている。
今日の遅れを取り戻さないとと思っていると、思いがけない誘いが教官の方から入る。
「俺もですか?それは、まぁ、時間は作れますけど」
仕事の内容的に今日一日開けても問題はない。
多少後で苦労するかもしれないが、挽回はできる。
こうやって管理職が席を度々空けるのは良くないんだけどなと、思いつつ教官の真面目な表情での誘いは断れない。
「それならいいな。おい、そう言うことだ次郎も借りていくぞ」
「わかりました」
しかし、ケイリィさんは目で語る。
分かっているわね、と。
苦笑し、了解と頷けば彼女は素直に教官の言葉に頷いてくれる。
「うっし、おい次郎。一応装備は整えてこい。これから行く場所は少し危ねぇからな」
「わかりました」
いきなり今日の業務内容が変わってしまったが、それはそれで良くあることと割り切りとりあえず教官の指示通りにダンジョンの中に入る完全装備に着替える。
慣れたものだと、鎧を着こみ、鉱樹を背負う。
武者姿となった俺を見たサムルがキラキラと言う瞳の奥に戦いたいと言う文字を見たが。
俺はそれをスルーする。
「それでどちらに?」
「あ?俺のダンジョンにだ」
そして行き先を尋ねれば教官は何の迷いもなく自身のダンジョンに向かうと言った。
その言葉に驚くことはない。
しかし、なぜ教官と神殿関係者である三人を連れてダンジョンに潜るのかという疑問は沸く。
黙ってついて来いと言わんばかりに先導する教官の背を俺が追いかければ、俺の後にキラキラと純粋な目をしながらビリビリとした闘志をぶつけてくるサムル。
そしてさらにシスターサナリィとヤムルと言う奇妙なパーティーが構成された。
「ここは」
「俺たち将軍位以外は関係者でもおいそれと入れない区画だ。今回は俺が同行しているからお前もお咎めなしだが、一人で入ればお前でも問答無用で攻撃を仕掛けてくる」
そして俺も入ったことのない会社内の区画に入り込み、厳重に警護された結界を一つ一つ丁寧に解除し、その先に進む。
「魔法陣、いや転移陣か」
「んな分かり切ったことで驚いているんじゃねぇよ。さっさと乗りな」
その先にあったのは一つの転移魔法陣。
これだけ厳重に守られているのにあったのはこれだけかと拍子抜けしたような顔をしてしまった。
それを見咎められ、教官の呆れた声が飛んできて俺は最後にその転移陣に乗り込む。
そして俺が乗り込み、教官が魔力を流し込めば当然ながら魔法陣は起動しその景色は一瞬で切り替わる。
「!」
そして到着した先は大空洞。
しかし、俺はその広大な空間よりも先に、その空洞の中央に鎮座する大きな塊に目を見開く。
「なんだ、この魔力は」
文字通りそんな簡素な感想しか抱けなかった。
ただ本能的にその莫大な魔力だけを感じ取れるだけ。
その存在の意味を最初は理解できなかった。
幾重もの宙に描かれた魔法陣が忙しなく稼働し、四方八方に魔力を送り込み、逆に流入されているかと思えば、重なった魔法陣が切り替わりまた別の魔法陣が現れる。
その中央に置かれた赤い宝石のような巨大な塊。
気づけば、それを一望できるように前に進み出て俺はギュッと手すりを掴んでいた。
目を放せないと言うのはこのことか。
圧倒的なモノに俺は目を奪われていた。
「どうだ次郎。これがダンジョンコアだ」
「これが、ダンジョンコア」
そんな俺の背に声をかける教官に、俺はハッとなり振り返る。
ニヤリと笑う教官の笑みはいたずらが成功したような子供のような笑顔であったが、そんな表情をされても苛立ちはしなかった。
「ありきたりな言葉しか思い浮かびませんが、凄いとしか言えません」
「だろうな。初見でこれがどういった存在かわかったらお前はその方面に進んだ方がいいだろうよ」
一回視線を切り、教官に向き直ったおかげか改めて教官が言ったダンジョンコアを見ると、全体を見渡せるようになっていた。
巨大な魔法技術の塊。
ダンジョンの心臓部。
その場所にいま俺は立っているのだと思うと、ブルリと鳥肌が立つ。
「些か気が早いかもしれんが、お前が将軍位につけば大将から与えられる品だ。どうだ。もしお前がこれを与えられたらどう使う?」
「………現実味がないのでどう使うも何もわからないですね。ただ」
「ただ?」
「かなり興奮しているのがわかります」
そして隣に立っている教官はわかっているだろう。
今の俺は笑っている。
子供心を刺激しているとも取れる。
未知の何かに興奮しているのもわかる。
しかし、その何よりも先にただ使ってみたいそんな欲求に駆り立てている心があった。
「だったら、さっさとこの場に登ってこい」
バシンと俺の背を叩く大きな手。
その衝撃に揺らぐことなく。
「ええ、待っていてください」
ニッと笑みを浮かべられる程度には俺も逞しくなった。
「俺は気が短けぇぞ」
「知っています」
「言いやがったなこいつ」
冗談を飛ばし、今後のやる気を出すために連れて来てくれた教官に心の中で感謝し、肩を組み余った手でゆっくりと放ってきた教官の拳を手の平で受け止める。
そして互いに笑う。
なんとなく始まった師弟関係はまだまだ良好だ。
「そう言えば教官、なんであの三人をここに連れてきたんですか?」
そんなやり取りの最中、ふと余った疑問を教官に投げかけてみると。
「なんでってそりゃぁ、こいつの整備のためだ」
「整備?」
「当たり前だろ、こいつだって整備が必要なんだよ」
何言っているんだと言わんばかりに呆れた表情を見せる教官は三人の方に視線を向けると。
「そう言うことで頼むぞ!」
大きな声でサムルたちに声をかけると。
「はいはいはいはい!!終わったら戦ってくれる!!」
「おう!いいぞ!」
元気よく返事をして、戦いを求めてくる。
とてもこの精密そうなダンジョンコアを整備できるようには見えない。
人っていうのは見かけによらないのか?
と、頭を叩かれ真面目にやれとシスターにしかられながら下に降りていく少女たちを見送るのであった。
今日の一言
特殊技能は必要である。
毎度のご感想、誤字の指摘ありがとうございます。
面白いと思って頂ければ、感想、評価、ブックマーク等よろしくお願いいたします。
※第一巻の書籍がハヤカワ文庫JAより出版されております。
2018年10月18日に発売しました。
同年10月31日に電子書籍版も出ています。
また12月19日に二巻が発売されております。
2019年2月20日に第三巻が発売されました。
内容として、小説家になろうに投稿している内容を修正加筆し、未公開の間章を追加収録いたしました。
新刊の方も是非ともお願いします!!
これからもどうか本作をよろしくお願いいたします。




