419 噂の一人歩きというのは何気に怖くないか?
「とりあえず、ちょっと失礼」
「うわ!?」
「えっ!?」
子供の世話というのは大変だと良く聞く。
手のかからない子供だといいとも良く聞く。
しかし、馬鹿な子供ほど可愛いとも聞く。
なので、襲われたからと言って俺の中で彼女たちはイコール敵となるかと問われればそうではないと答える
では、目の前の幼児たちは想像したどの部類にカテゴリー化されるのか?
なんて益のない答えを探すために思考を巡らしても仕方ない。
とりあえずいつまでもここにいると遅刻が確定するのは事実。
場を変え、さっさと出社して遅刻を免れることを第一と考えるべきだ。
言い争いを始めた少女二人はまだあーだこーだと今後の方針を話しているようだが………
「謝った方がいいよ~」
「う、でもでも、怖いし!」
俺に斬りかかった度胸はどこに消えたと思いつつ、やはり教師や親に怒られるときは怖いのかと思いつつ。
そのやり取りに付き合い続けるのは時間の浪費だと判断を下す。
あのまま二人を放置して俺だけ出社すると言うのも考えたが、あとで面倒になるのは目に見えている。
それにわが社には迷子預り所がないのでとりあえず出社するかと二人を脇に抱えそのまま連行。
すれ違う同僚に今度はどんな厄介ごとに巻き込まれた?と生暖かい視線をいただきながら第一課に到着。
「おはようございます………課長、またですか?ケイリィさんに怒られますよ」
「ああ、すまん。そのまたかもしれん。会議室を使わせてもらう。予定はケイリィさんに聞いてくれ。俺に何か用事がある奴が訪れたらそのまま通していいから」
「はい」
「ついでにココアかなにか淹れてくれないか?」
「わかりました」
フロアに踏み入ったタイミングで近くにいた事務員のハーピィーの女性にココアを頼みそのまま小会議室に移動。
またかと言われるあたり俺の行動が常に厄介事を引っ張っているように思われているのは些か心外だ。
だが、否定もできない。
事実俺の両脇にいる存在がその言葉を肯定してしまっているのだから。
「さてと、それで?なんで俺を襲ったんだ?生憎と君たちみたいな子供に恨みを買うような真似をした覚えはないんだが」
サムルとヤムルと名乗ったわけではないが、互いに呼び合っていたということはそれが個人名で間違いないだろう。
だったら、そんな名前を持つ人物と知り合っているはず。
だが、生憎と俺の交友関係の中にその人物はいない。
なので恨みという線は消える。
だったら、比較的穏便に話し合いで済むはず。
確か今日は海堂と南が来る日のはずだから最悪あの二人に子守りを押しつけるかと算段を立てつつとりあえず聞いておかなければいけないことを聞いておく。
二人いるので白い格好の少女サムルと呼ばれていた少女にとりあえず聞いてみる。
襲った張本人でもあるし、なんとなくだがヤムルと呼ばれた少女は巻き込まれた感があるので彼女に聞いた方が早いだろう。
「あなたと戦いたかったからよ!!」
おっと、恨みという線はないと踏んでいたが、ある意味であってほしくない可能性が浮上したぞ?
この見た目でキオ教官と同類か?
将来がなかなか不安になるセリフだ。
バトルジャンキーが許されるのは二次元の世界だけだと言うのに………いや、まぁある意味でこの会社そのものが二次元が具現化したような会社ではあるが。
「なるほど、だったらあんな不意打ちまがいのことをせずとも正面から模擬戦を挑めばいいのではないかな?」
「だってその方がカッコいいから!!」
「何がだってなんだ?」
そして話し方がやはり子供。
大人の理屈の話し方ではなく、子供特有の感情に任せた言葉だ。
隠し事もしないが、原因を聞き出すにはなかなか大変そうだ。
カッコよさに理由を求めないのは何となく同意できてしまうが、今はスルー。
「こう、私が格好良く登場するにはあの方法が一番だと思ったのよ!!」
「ちなみに、何でそう思ったの?」
「ここで待ってるときに見た〝てれび〟って箱の中の人が言ってたわ!!」
これは、あれか。
影響されやすいと言う感じの子なのだろう。
純粋無垢。
真っすぐ故に影響されやすい。
しかし、そのおかげで現状の打開策の光明が見えてきた。
「待っているって言ってたけど、そこに戻らなくていいのか?」
「う」
待機所があるということは、それすなわち一緒に来た保護者ないし同行者みたいのがいるはず。
なら、この子の行動は完全に独断先行というわけだ。
いや独断専行以前に、俺のことを情報として伝えた存在がいるということか。
事実俺のところに来て戦った。
そして神が憑依した勇者と戦ったことも知っていた。
ココアの入ったカップをまじまじと見て現実逃避している姿から想像しがたいがなかなかの情報通だったりするのか?
ケイリィさんに半ば冗談で迷子の預り所を聞いたが、これはいよいよ情報の確認も含めて館内放送で迷子のお知らせをして保護者召喚をした方がいいのでは?と思い始める。
襲われたと言っても簡単に対処できた。
どう見ても神殿関係者であるので、スルーすると言うわけにはいかない。
なら先手を打つべきだ。
「どうする?ヤムル」
「どうするって、言われても絶対にシスター怒ってるよね」
「だよねぇ」
しかし、彼女たちが素直に保護者の元に行くとは思えない。
だったら保護者の方に来てもらえばいいという発想は悪くはない。
こっちもこの子たちをいつまでも保護しておくわけにはいかない。
なので、黙って念話でケイリィさんに神殿関係者に連絡をつないでもらおうとした時に、念話が送られてきた。
『どうした、エヴィア』
発信者はエヴィアだった。
早朝に仕事に出かけていたので、てっきりもう社内にはいないと思っていたがまだ出発していないようだ。
『どうしたではない。お前また厄介ごとに絡まれたな』
そして少々怒っている様子。
勝手なことをしたわけではなく、それなりに善処したつもりであったが合格点には届かなかった様子。
『俺から絡んだわけではないんだが』
『トラブルを引き寄せるなという意味だ』
そんな無茶なと思うが、エヴィアらしい言い分に苦笑する。
ちらりと目の前の子供二人を見ればコソコソと相談していて、俺を気にする素振りはない。
だったら、今のうちにこの二人の対応を決めておくべきだ。
『それで、どうすればいい?エヴィアが俺に連絡をしてきたってことは指示があると思うんだが?』
『わかってるじゃないか』
わからないでかと思いつつ、口にはしない。
確認だけなら報告で済ませるのがエヴィアだ。
しかし、直接本人が連絡を取ってきたということはやらせたいことがあるということ。
『今となりにいる奴が騒がしくてな。それを静かにさせるためそこに向かわせた』
『向かわせた?いったい誰を』
『まぁ、お前もそろそろ知ってもいいだろう』
そしてエヴィアの言い方だと絶対にこの後厄介事がやってくるに違いないと踏む。
健闘を祈ると言わんばかりに、あとは来た人物と話し合えと言い終わり念話が切れる。
「ん?」
そして本当に数秒後、何やらこちらに全力疾走してくる気配を感じ取る。
「「あ」」
そしてその気配を感じ取ったのか同時に顔を青ざめる少女たち。
ガタガタと震え出し、これから来るのがシスターと呼ばれる女性だと言うのがわかる。
「あなたたち!!何勝手なことをしやがってるんですか!!」
ガタンと大きな音を立てて扉が開かれ、金色の髪をショートヘアで切りそろえた白いシスター服を着こんだ少女が現れた。
また少女か。
本当に神殿は少年少女しかいないのか?と思える繋がり。
そして、現れた少女の目つきの悪さ。
本当に聖職者か?服装を変えたら釘バットが似合いそうだぞ。
「あれほど大人しくしてろと言ったでしょ!!今回は後学のために連れてきたのというのにあなたたちは勝手な行動をして他人様に迷惑をかけて!!この落とし前どうつけるつもりだぁ!」
ああ、本当に特攻服とかに合いそうだな。
ダンと俺の存在を無視し、机に脚を乗せ、ガンを飛ばしサムルとヤムルの二人を見下ろすシスター。
そのシスターを前にした二人は蛇に睨まれた蛙状態。
互いに手を握り合い、半泣きになり、ガタガタと震える始末。
間違ったことをしたことをしっかりと叱り、正すことは良いことだが、そう言うのは他人が見ていないところでやってほしい。
「すまんが、ちょっといいか?」
「ああん?あ、えっと、あの、ホホホホ、私としたことがちょっと取り乱してしまったようですね。あらやだ」
しかし、このままずっと傍観しているわけにもいかない。
意を決して話しかけてみると予想通りメンチを切られ、睨みつけられたが、そこに誰かがいたことに気づいていなかった様子で、ようやく俺を認識したと言わんばかりに猫を慌てて被りなおしている。
「えっと、先ほどのことは忘れてくださいまし。私もこの子たちが心配でしたのでどうかしていただけで、ええどうか内密に、ええ、内密にお願いします」
大事なことなので二回言ったのだろう。
まぁ、猫をかぶることなど誰でもよくやることだ。
特段とやかく言うつもりはない。
だから、口止めするかどうかを物理的要素に頼ろうとしないでくれ。
殺気で俺の側頭部を狙っているのが丸分かりだぞ。
「まぁ、それは構いませんが、私としては襲われた理由だけでも説明してもらわないといけませんのでそこら辺はきっちりしていただきたいのですが」
なのでこっちもしっかりと防御できる姿勢を維持しつつ、ようやくまともに説明できる存在が来たのだ。
これ幸いと説明を求める。
営業スマイルを浮かべ、営業口調での質疑応答。
「そちらの子たちに聞いたところによると、私と戦いたかったからと概要的なことしか聞けなかったので」
「あらあら、そうでしたか。この子たちったら」
俺の説明に、納得したシスターは何やっているんだとガンを再び飛ばし二人を竦み上がらせたのち、居住まいを正しゆっくりと頭を下げる。
「謝罪が遅れ申し訳ありません。この子たちには後でよく言って聞かせます。ええしっかりと、躾をしますので平にご容赦をお願いいたします。次郎様にはこの子たちに怪我を負わせず無傷で戦いを収めていただいたことには感謝の念しかありません」
俺の名前を知っているのかと思いつつ当然かとも思った。
有名人になったと驕っているわけではない。
いま怯えている二人の情報源がシスターではないかと踏んでいるからだ。
「自己紹介しましたかね?」
「あなたのことは聞いております。太陽神が遣わせた勇者を撃退した人間。同じ〝人〟として誇りに思っておりますよ」
「………なるほど」
そして、俺はここで気づく。
彼女たち、三人とも全員人なのだ。
髪の色等異なる部分はあるが、種族的な話になると人である。
ダークエルフや悪魔、獣人と言った種族ではなく。
正真正銘の人族。
ごく当たり前に話をしていたが、人に対して恨みを持つことが多いあの大陸では逆に珍しい存在。
「しかし、知っているのと名乗るとでは違いますからな。では改めて、この会社でダンジョンテスターをしています田中次郎と申します」
それが魔王軍がもっとも信仰している神を祀る神殿に所属していることに驚きを隠しつつ、自己紹介をする。
「これは丁寧にありがとうございます。私は、サナリィ。家名等はありません。ルイーナ様に仕えるシスターにございます。ほらあなた方も自己紹介なさい」
「サムルリアーラよ!」
「ヤムルミーアです」
紆余曲折あった自己紹介だなと思いつつ、これでようやく互いを認識した結果となる。
「それで改めて聞きますが、どうして俺と戦いたかったのですか?言っては何ですが、魔王軍の中でも俺よりも強いと思える存在は他にもいると思うのですが」
これでようやく話を進められると思い話を振る。
こっちは襲われた身だ。
その理由はできる限りは詳しく聞きたい。
もし今後彼女みたいなことがまたあるかもしれないのだ。
対策を打てるのなら打っておきたい。
「ええ、そうですね。その通りなのですが、あの本当に困った理由で申し訳ないのですが、おそらくこの子が説明した通り、ただ何となく戦いたかっただけなのだともいます」
「なんとなく?」
「はい、あなたの活躍をこの子に説明したらどれだけ強いのか興味を持ってしまったのでしょう。過去にも何度か同じことをしてまして………鬼王様に挑んだことも実はありまして」
「………それは何と言うかお疲れ様でした。よくぞご無事で」
「はい、お心遣いに感謝を。本当にあの時は本当に命を捨てる覚悟をしました」
しかし、それも難しそうだ。
どうやらこの子は、本能に従うタイプの人種なようで、そういった手合いには気分次第で状況は変わってしまう。
なら対策しようにも出来ないのだ。
その子供の監督役を仰せつかったシスターに俺は同情してしまうのであった。
「ちなみに興味本位の質問なのですが、俺のことはどのように伝わっているので?」
なのでちょっとした空気を入れ替える意味合いで話題転換を図るため、対外的に俺の噂はどうなっているのか聞いてみる。
興味本位の質問だった。
そう、興味本位であったのだ。
「噂の一つなのですが、勇者の聖剣を叩き切って、それだけでは飽き足らず四肢を切り飛ばし、頭を砕き、それでも飽き足らず、死に体の勇者を踏みつけて高笑いをあげたと聞き及んでおります」
「一部を除いて嘘ですよ」
だが、思ったよりも噂話が酷いことになっていた。
とんだ風評被害だぞこれ。
今日の一言
伝言ゲームは記憶力勝負だが、噂話は面白おかしく語られる。
毎度のご感想、誤字の指摘ありがとうございます。
面白いと思って頂ければ、感想、評価、ブックマーク等よろしくお願いいたします。
※第一巻の書籍がハヤカワ文庫JAより出版されております。
2018年10月18日に発売しました。
同年10月31日に電子書籍版も出ています。
また12月19日に二巻が発売されております。
2019年2月20日に第三巻が発売されました。
内容として、小説家になろうに投稿している内容を修正加筆し、未公開の間章を追加収録いたしました。
新刊の方も是非ともお願いします!!
これからもどうか本作をよろしくお願いいたします。




