413 同情はするけど、譲歩はしない
シンと静まる会談会場。
人と神の対話の結果がこの静寂だ。
そんな光景を見て、俺は言っちゃったよというのが正直な気持ちだ。
神というのは本当に身勝手だ。
俺たちは俺らなりに段取りを決めていた。
そしてエヴィアは最後まで付き合うつもりでこの会談に挑んでいたのだ。
それが一切合切ミマモリ様の行動によって破綻した。
それが良いことなのか悪いことなのか、それを考える暇もない。
向こうからしたらこの国しか選択肢がないように思われている部分を指摘せず、譲歩を引き出そうと話を回していた。
それも暗に、今回の会談を作ってくれた霧江さんたち協会の顔を立てての事だろう。
俺からすれば、それは誠意であり、けじめとも取れる。
なぜなら魔王軍にはアメリカだけに問わず中東、欧州、南米、アジアと様々な国のテスターを呼び寄せている時点で、他国の魔法的組織とコンタクトを取れるように段取りを進めている可能性があったからだ。
詳細は知らないがその可能性は十分にあるのではと思っていた。
なのにもかかわらず、他国とも交渉を行えることを抑えていた。
そのカードは切り札として使えるのだろうとは思っていたが、まさかのミマモリ様が代弁してしまった。
どうするんだよこれと思う。
だらだらと汗を流す華生は過呼吸一歩手前。
対するミマモリ様はつまらないものを見ているような目。
そして隣にいるエヴィアと言えば。
「………楽しそうだな?」
「ああ、楽しいとも」
小声で言わなければならないほど、目が楽し気に笑う彼女へ隠せと暗に言いながら問いかけた言葉は、素直な言葉で返ってきた。
場がかき乱れれば乱れるほど、エヴィアは楽しそうに笑う。
それは悪魔の種族的特性か、あるいは個人の性格か。
苦境が楽しいのではなく、どちらかと言えばギャンブルのヒリつくような感覚に近いのを好むのは知っていたが、こんな時まで楽しまなくていいのにと苦笑する他ない。
「どうするんだこれ?完全に場の空気が壊れたんだが………」
とりあえず彼女の性格的に考えて傍観に徹するということはあり得ないのはわかっている。
だが、このタイミングで首を突っ込むのもなかなか勇気がいるのも事実。
なので、確認の意味も含めて聞いてみれば。
「だが、我々としてはかなりいい方向に流れたのは間違いないな」
口元に笑みを携えてのご解答。
エヴィアらしいと思いつつ正面を見る。
「確かに」
やるなら今だと彼女の瞳が語っていて、俺もその考えには同意できる。
その考えを裏付けるようにミマモリ様はそっと彼女に顔を向けた。
華生に言いたい事を言えたと満足気に笑う彼女は、霧江さんが溜息を堪えていることに気づいているだろう。
だが、気にせず一歩前に歩み出すかのようにすっと席を立つ。
そのままトテトテとかわいらしい足音を鳴らして、エヴィアの前に立つ。
そうすれば当然視線はこちらに集まる。
「じゃあ、次はあなたの番かな?」
子供が親に褒めてほしいかのように上目遣いでエヴィアを見る。
その幼子のような視線を放つ神の期待を受けて、それでも彼女は背筋を伸ばし堂々とする。
「ああ、わかった」
そんなエヴィアに縋るような視線を向ける華生であったが、まったく歯牙にもかけずまっすぐとミマモリ様を見る。
そして頷く彼女は視線を華生に向ける。
「さて、私が我慢していた言葉はかの神が代弁してくれた。いい加減話を進めようではないか」
「っ! それは――」
「それは?」
まるで狩りだ。
逃げ場を一つ一つ丁寧につぶし、もう逃げ道は正面しか残されておらず。
だからと言って猟銃を構えた猟師の前に飛び出すほど獣も愚かではないが、出なければ待っている結末は変えられない。
どうにか言葉をひねり出そうとしている華生に、ここまでの話の流れを考えれば同情心くらいは湧くが、逆に言えばそこまでだ。
「それでいいのか!もし万が一この話を他国にもっていけば、貴国と我が国の関係は完全にこじれる!我が国だけではない、アメリカだって貴国への印象は決していいものにはならないはずだ!!」
自棄になっているのが手に取るようにわかる。
噛み締めて、息を一回止めてなにか言わなければと慌てた言葉で捲し立ててくる。
冷静でいなければならないこの場で、言葉を選ぶ余裕を奪われた人間はここまで正直になるのか。
「また勘違いしているようだな………」
そんな言葉で翻弄しようとする華生を見て、呆れたと言わんばかりにエヴィアはこれ見よがしにため息を吐く。
「この話を破断にするかどうかは、私が決めるわけではない」
そして、吐き終わった後の彼女の表情は凍てつくような鋭さをもってして、華生を貫く。
「ひっ」
歴戦の外交官である華生の背筋が凍るほどの眼光を浴び、つい漏れてしまう悲鳴。
「私が納得できない話を宣うか、私が納得できる話を吐くか、それを選ぶのは貴様だ」
それも仕方ない。
今の彼女はそれほどまでに本気だということだ。
声そのモノに冷気でも宿っているのではと思わせる真剣なエヴィアの声。
一言一句に力がこもり、場を圧する。
「選べ、お前にできることはそれだけだ」
ただ一言、エヴィアはどちらでもいいと言わんばかりにその言葉を述べた後に沈黙する。
そうなれば視線は次に言葉を吐き出すべき存在に集まる。
誰もが口を開けぬ状況の中、唯一言葉を吐き出すことを許された人間である華生。
餌を求める鯉のように口を開けたり閉じたりして、言葉を選んでいるようだが、一向に言葉が紡がれることはない。
なにせ、華生の言葉が今後の国家間交友の行き先を決めることになる。
できないと口にすれば間違いなくエヴィアは日本との国交を諦め、別の国との国交を結ぶため作業を始める。
脅しやはったりだと思いそんな言葉を紡がないで欲しいと思いつつ、反対に了承の旨を伝えれば彼女も最初に提示した条件を遂行するだろう。
「………」
しかし、一個人で背負うには重すぎる選択。
その決定をすることはできなかった。
俯くように沈黙する手段しか、華生には取れなかった。
それが答えかとエヴィアは見切りをつけようとした。
彼女が目を瞑り、一回深呼吸しようとした時、ダンと机を叩き立ち上がる男がいた。
「わかりました!あなた方の要求、私、曙が責任をもって上層部に伝え説得して見せましょう!!」
「あ、曙さん?」
ずっと沈黙を保っていた防衛省の曙。
じっと事の成り行きを見守っていた男が土壇場になって立ち上がった。
華生からの注目を奪い取るかのような堂々とした行動。
「華生さん。あなたも言ったじゃないですか。一番避けなければならないのはこの会談の失敗だということ、そして交渉の話が流れることだって。でしたら私たちがやるべきことは別にあるでしょう」
呆けるように隣の男を見る華生に諭すように曙は言い放った後、もう後戻りはできないと覚悟を決めた漢の顔をした曙は再度口を開く。
ギリギリで裾をつかみ取った男の気迫に、エヴィアは沈黙はしているが、話だけは聞くと言う姿勢を見せている。
「あなた方が求めている人材の確保。それを国家公認と致しましょう」
「………言うだけならだれでもできる。そこの隣の男は難しいからこそこうやって場を遅らせて濁そうとした。そうなることを黙認していた人間の言葉を信じろと?」
その熱意は本物だと信じたエヴィアは、根拠を示せと曙に問う。
当然だと、その言葉を受け止めた彼は、頷き鞄の中から一つの封筒を取り出した。
「それは?」
「もし、万が一のためにと渡された私の切り札です」
少し厚手の茶封筒の中からクリアファイルに入った一枚の書類を取り出しそれを見えるようにエヴィアに見せた。
当然その内容は俺にも見える。
「内閣総理大臣ほか政府の主だった方々が署名された正式な書類です。内容としては当会談内容の全容を報告せよという指示書に他なりませんが」
防衛省の人間が持っているにはおかしい署名の数々。
それほどこの会談に関して日本政府の本気度が垣間見える書類。
「この一文をご覧ください。曙康は内閣府に出頭し口頭にて報告するべしと記載してあります。すなわち私はどのような結果に落ち着こうとも絶対に総理大臣と面会することが可能ということです」
「つまり?」
言いたいことが何となく察することができたエヴィアは曙の話の先を促す。
「直訴してでも今回の話を明確に総理にお伝えする所存です。ですので、どうか今回の件、もうしばしの猶予をいただけないでしょうか!かならず、貴国の意見をお伝えし、近日、いえ一か月以内にはかならずご返答を差し上げます。当然、その間のテスターとやらの活動の自粛に関しての配慮もさせていただきます」
最高権力者への直訴。
それをやると言うことは今後の曙の立場を窮地に追い込むかもしれないということ。
直属の上司を通り越し、分不相応の発言をするということは社会的地位に置いてはリスクと呼ぶほかない。
その可能性を加味しても、この件を破断させるわけにはいかないと書類を下げ真摯に頭を下げる曙。
「………」
片手で口元を覆い、トントンと頬を叩き、エヴィアが考えるということはこの言葉に嘘がないということだ。
重要な部分で嘘が混じっているとなると、エヴィアは即断でこの話を切り捨てていただろう。
それがないということは一考の余地があったということ。
他国ともめることは魔王軍としても避けたいことだ。
であれば、一定の誠意を見せた彼の行いは一考の余地はあると言える。
だが、俺から見れば弱い。
「ほかにも、貴国のダンジョンテスターのリクルートに関しての採用機関の設立に関しても前向きに検討させていただくように働きかけていきます」
話を通すだけならだれでもできるが、それを鵜呑みにすることはできない。
必死に訴えかける曙には申し訳ないが、全ては机上の空論。
話を延期すること自体も、結局はダンジョンテスターのリクルート活動に支障が出てしまう。
もし、ダメだったとなれば、その期間中は損をしたということになる。
「発言いいかな?彼に助太刀をしたいんだが」
エヴィアが言葉を発する前にさらに発言を求める男、ジョセフ。
その表情はどこかすっきりとして、仕方ないと諦めている雰囲気も感じられる。
ミマモリ様への敬意も見え、許可を求めている。
「いいよ!」
そんな彼に笑顔で発言を許可するミマモリ様に、笑顔で感謝を述べた後にジョセフはエヴィアを見る。
「彼の言葉だけではイマイチパンチに欠けると思ってね。だったら、私からも一つカードを切らせてもらおう」
笑顔から一転、真剣な表情になった彼もここが勝負どころだと思ったのか発言に重みを乗せてきた。
「我が国からも日本政府へ貴国への協力を要請することももちろん行う………」
トーンを一つ下げ、ゆっくりとよく聞こえるように流れる流暢な日本語。
そして本当に言っていいのかと逡巡するかのようにほんの少し間を置き、決意を固め、目に力を込めたジョセフはついに口を開く。
「一外交官でしかない私の言葉では物足りないかもしれないかもしれないが、これでも長年国との交渉を任されている身だ。他の人よりもコネを持っている。もちろん外交に使えるものだ。それを使って色々と配慮させてもらおう」
どちらにしろ確約ではないが、それなりの誠意は見せてきた。
「………具体的には?」
「具体的にいうのなら、大統領と君を面会させることくらいなら可能だよ」
それに対してどうするかはエヴィアが決めること。
「我々も日本政府に働きかけます。ですので、どうかご一考をお願いします」
「もちろん私も協力は惜しみません」
さらに追撃をかけるかのように霧江さんと浪花も発言する。
「………わかった。この件の詳細については日本政府側の返答を待ち再度話し合うということでこちらも納得しよう。だが、返答期限は一か月とする。それで構わないな?」
「ありがとうございます!」
熱意にほだされるなんてことはないだろうが、エヴィアからしても妥協点はここだろうと踏んだのだろう。
曙は感謝し、そっと頭を下げる。
「テスターのリクルート活動に関しても一か月は自粛する。だが、返答がない場合、及び返答に対して納得がいかない場合は相応の対処はするとこの場で明言させてもらう」
「ええ、それで結構です」
曙の隣で華生は何とも言えない表情で頷く。
これにて難航した会談はいったん終了となる。
結局のところ、何も決まっていないように見えるが、国家間の交渉が一週間で決まるのも妙な話。
外枠だけでも決められてよかったと安堵することころ。
気づけば外は段々と暗くなる黄昏時となっている。
「では、本日ここまでとします」
そして、話し合いは大きく一歩踏み出したのであった。
今日の一言
妥協点は必要だ。
毎度のご感想、誤字の指摘ありがとうございます。
面白いと思って頂ければ、感想、評価、ブックマーク等よろしくお願いいたします。
※第一巻の書籍がハヤカワ文庫JAより出版されております。
2018年10月18日に発売しました。
同年10月31日に電子書籍版も出ています。
また12月19日に二巻が発売されております。
2019年2月20日に第三巻が発売されました。
内容として、小説家になろうに投稿している内容を修正加筆し、未公開の間章を追加収録いたしました。
新刊の方も是非ともお願いします!!
これからもどうか本作をよろしくお願いいたします。




