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411 何がきっかけでもいい、話が好転するのなら

 世の中には様々な逸話や伝説がある。

 国や人によって、そのジャンルは多岐にわたり。

 その中には神に関する話ももちろんあったりする。

 あったりするのだが………


「なぁエヴィア」

「なんだ?」


 今、目の前に広がる光景に関しては、生憎と俺には該当する話を思いつかないほどに現実離れしていた。


「神様に説教をする人間の話って聞いたことがあるか?」

「ないな、少なくとも私の知識の中には」


 それは隣に立つエヴィアも同じ感想を抱いたようで、面白そうに笑いつつ、その光景からは目を逸らさない。


「俺もだ。加えて言えば、隣に大きな狐を座らせて正座させられるなんて話もな」


 神である少女が正座し隣に大きな狐が座り、その目の前に女性が仁王立ちし怒鳴りも大きな声を張り上げることもしないが、凛とした声がはっきりと場に響く。

 その内容が説教だから、さらに現実離れ具合に拍車をかける。

人が神を叱る話などと聞き覚えがない珍しいワードを実現させた光景を目の当たりにしている。

 加えて言えば、ここまで人間が優位な姿勢で話を進める神話の話があっただろうか?という疑問も浮かぶ。

 過去の話に目を向けるのならもしかしたら存在するかもしれない。

 だが。


「なんで、一言の相談も無しにあなたはいつも勝手な行いをするのですか!」

「だってぇ」

「だってじゃありません!!今回の会談に関して一か月も前から説明していたではありませんか!!この会談は今後の日本ないし、地球の文明にも大きな影響を与えるかもしれない重要な会談であると!!」


 少なくともまるで子供がいたずらをしてバレた時に親が真剣に説教するように人が神を説教する話を現実で見ることになるとは、この会談に挑む際には思っていなかったのは確かだ。

 それは周囲も同じだろう。

 もし予想で来ていたのならこんな姿はさらさないだろうし、もっと別の対処方法もあったはず。

 本来であれば、こういうことが起きたのなら別室に移動してそこで説教をするのが普通だろうが、怒髪天の状態の霧江さんは正しく触らぬ神に祟りなし状態。

 俺を含めた男衆に加えてエヴィアといった面々もその気迫故に会話に入り込めず、じっと事の成り行きを見守るしかなかった。

 時々、政府側の人間がそちらの人員でしょと非難の目を協会側に向けているが、残った安倍と浪花は渋い顔をするのみであった。

 彼らからしても止めたいのだろうが、般若の仮面でももう少し可愛げがあるのではと思わせるほど、今の霧江さんの顔はヤバい。

 眼光の鋭さと、その瞳に写る怒り。

 どんな悪ガキでもたちまちすくみ上り、すぐに正座したことだろう。

 気の弱い子供が見たらトラウマになるのではと思えるほどだ。

 先ほどからゆらゆらと髪が揺らめき、朱い気迫のようなものが漏れ出しているのもその雰囲気に拍車がかかっている。


「大体月狐様もです!!」


 あ、矛先が変わったと内心で大変だなと他人事のように怒りの声を受け流しつつ、矛先を向けられた狐に同情する。

彼か彼女かまではわからないが、あの狐は巻き込まれただけだろうに。

 ミマモリ様の隣でお座りしていた月狐も霧江さんの声でビクリと姿勢を正した。

 恐る恐る霧江さんの方を向く当たり、やはり彼には知性があるのだなと理解する。


「ミマモリ様が無茶をするときに止めたり、止めれなかったときの先触れとしてくるのがあなたの役目のはず!なのになぜあなた様が協力しているのですか!!それでは本末転倒ですよ!!先日もそうです!!私がいたからよかったもの、もしいなかったらどうするおつもりだったのですか!」


 そして霧江さんがいっているのが俺たちが来た時の日の事なのだと理解する。

 確かにあの日シュンと落ち込んでいる大狐の姿は見なかった。

 となるとミマモリ様の行動を見過ごしていたということになる。

 クゥンと犬っぽい鳴き声を上げ反省する姿は、少しかわいいと思ってしまったが職務放棄はいかんよ。

 サラリーマンとして、そこは断固として反省すべきだと思う。

 ただまぁ、止められたかと思うと止めらなかったんだろうなとは思う。


「そんな鳴き声を上げてもダメです!!しばらくの間、お供え物にお稲荷は上がらないものだと思ってください!」

「!?」


 そして今回のしでかしに対しての罰もかわいいものだと思うのだが、月狐からしたらこの世の終わりと言わんばかりに驚いている。

 しばらくってどれくらいと、焦った表情で聞き、頭上に疑問符を大量に浮かべている。


「当然、ミマモリ様もです!!甘味はしばらくお預けです!!」

「そんな殺生な!?私はこれから何を楽しみに生きていけばいいというの!?」


 大げさなと思いつつ。


「なぁ、国同士の会談を妨害したにしては罰が甘いような気がするのだが、俺だけか?」


 このやり取りが本当に親子のやり取りなのではと思えるほど穏やかに進んでいくので、俺の意見が間違っているのではと思ってしまう。

 国家間の交渉の席をぶち壊したのだ。

 もっと相応の罰則とかあるのではと思ってしまう。


「逆に聞くが、神に対して有効な罰がどれほどある?奴らからすれば人間の罰則など毛ほども気にしないぞ?」

「言われてみれば確かに………」


 普通に考えれば罰金刑や懲役刑、あるいは前科といったものはあくまで人間が決めた罰則だ。

 それが神に対して有効かと言われると、効くのか?という疑問の方が先に出る。

 人間にとっては極刑である死罪や死刑といった方法は神話の世界でも実際に適用されてきた罰則であるが、そもそもの話神を殺せるのか?という疑問もあるし、会談を破壊したからと言ってそこまでの刑罰を求めることは法律上でも不可能だ。


「………難しいな、人と神って」

「今更だな。私たちからすれば神は崇めるものだ。関わるのが嫌なら無関心を貫くのが利口だ。怒りを買ったら身を投げうって諫めるかだ。少なくとも人が裁くものではない」


 神が人を裁くことはあっても、人が神を裁く方法はない。

 エヴィアの言葉を聞き言われてみれば確かにそうだと思う。

 となると目の前で有効な娯楽の没収が例外的なモノだというのがよくわかる。

 呆れたように相好を崩し、苦笑気味にエヴィアは続きの言葉を紡ぐ。


「そもそもの話、私が知りうる限りあそこまで一方的に神に向けて言葉を放てる人間など聞いたことがない。それが現実に目の前で起きているということはあの神にとって、あの女は言葉を聞く価値のある存在だということだろうな」


 俺が罰に対して思うことがあったように、エヴィアにとってはこの会話のやり取りの方が興味深いものだったようだ。


「確かにな」


 エヴィアに指摘された点、そこに関しては俺も思っていたことがある。

 神と仲が良いという話。

 それは稀に御伽噺で聞く。

 聞けば同じ学び舎で霧江さんはミマモリ様と一緒に学んでいたと。

 その関係の延長線上がこの立場というのなら、なんとも妙な話ではある。


「っふ」

「どうした?何か面白いことでも見つけたか?」

「いや、最初は親子のような関係だなと思っていたが、よく見れば違ったなと思っただけだよ」

「ほう?では今はどう見える?」

「なに、そんな大したものではないよ」


 最初はその容姿からくる関係性を思い、親子と評したが、エヴィアの言葉を聞き。

 言葉の内容、そして遠慮のなさ。

 何よりも距離感を感じたら最初の印象は間違っていたと言える。

 まるで真面目な委員長気質の霧江さんが、問題児であり友達のミマモリ様を叱っているように見えてきたのだ。


「シンプルに仲が良いなと思っただけだ」

「一時の戯れかもしれんぞ?神は気まぐれだ」

「それでも、この光景が嘘というわけではないさ」


 揶揄い気味に言ってくるエヴィアに、俺もおどけたように返してやれば彼女の口元には笑みが浮かぶ。

 政府側から、もっとまじめに対応しろと非難の目が飛んでくるが。


「おや、どうかしたか?」


 華生の視線など気にせず、むしろ視線の意図を聞き返す胆力を見せつけるエヴィア。


「いえ、ずいぶんと冷静ですね。話の腰を折られた割には」


 堂々と聞き返す素振りに、一瞬言葉に詰まるも華生は話を続ける。

 暗に国家間の話し合いを軽んじるのかと言っているのは、言うまでもない。


「この程度で動揺しているようでは、今の地位には座れないのでな」

「そうですか」

「ああ、そうさ」


 説教をBGMにして話し合いを再開するのは中々すごいことだと思うが、エヴィアにとってはちょうどいいと言わんばかりだ。


「実際どうだ?神を見た感想は」

「………」


 神の存在というのは一般人からすれば眉唾物。

 いると信じるのは熱心な宗教関係者。

 いたらいいなと願う人が大半で、夢のない現実主義者ならいないと断言するだろう。

 華生は一体どの派閥なのかと聞くまでもないだろう。

 見るからにミマモリ様をただの少女だと思い、この光景もふざけていると思っている節がある。

 あの月狐も何か特殊な演出でそう見せているだけなのだと思っているように見える。

 あれが本当に神なのかと言わんばかりの雰囲気だ。

 全く信じていないわけではないだろうが、半信半疑よりも疑い寄りと言ったところ。


「なんとも、言えませんな。生憎と私自身は無神論者なので」

「宗教関係でとやかく言うつもりはない。その部分は我々にとってもデリケートなのでな。重要なのは我々は彼女が神であることを信じ、貴様は神なのかと疑っているという認識を共有することだ」

「それと、我々の会談に何か関係が?」


 そして神を信じるか信じないかが重要と説いてくるエヴィアの言葉に疑念を抱くのはもっともだ。


「さてな、あるかもしれないし、ないかもしれない。言えることがあるとすれば、神と名乗る存在がこの場に現れたのはなにか訳があるかもしれないということだけだ」


 エヴィアはさらにとぼけるように言うのだから疑念はさらに増してしまう。

 程々にしてくれよなと願いつつ、いつもの調子の彼女の背を守るように一歩引く。


「ただの子供が、つまみ出されもせずのうのうとこの場に残り説教を受けているということはそういうことだろう?」


 そしてエヴィアは話の流れを強引に当事者であるミマモリ様に持っていく。

 仮にも国家が暗黙の了解とはいえ認めている組織が、見た目が少女であるミマモリ様をこの部屋からつまみ出さないという状況証拠がエヴィアの言葉に説得力を持たせ、華生に反論の言葉を紡がせない。


「そうそう!そういうことだよ!!うん!」


 そして説教から解放されるタイミングを見計らっていたミマモリ様からしたらエヴィアの言葉はまさに渡り船。

 目の前に立つ霧江からしたら、まだ言い足りないようであるが、諦めてジッとこちらを見つめる。

 その背後で月狐がホッと安堵のため息を吐いていたのは見逃さない。

 正座で足はしびれていないのかというのをアピールするがごとく、勢いよく立ち上がり。


「今回の話!色々と面倒なのでしょうが!安心して!!ここから先はこの私が取り仕切ることにしました!!」


 ドドンと太鼓の音が聞こえそうなほど堂々と宣言する。

 ただ、その堂々と言う発言とは裏腹に、俺を含めこの場にいる全員が思った。

 不安しかないと。


「相模さん。そろそろ冗談も冗談じゃ通じなくなりますよ?」


 その内心を真っ先に不機嫌な声色で表したのが華生だった。

 子供に大事な会談の席を壊され、時間をロスしている。

 非常識に他ならない行動の数々。

 大人の対応で見過ごしてきたが、先ほどのミマモリ様の発言は交渉を生業としている彼からしたら看過しがたい話だ。


「冗談?そんなわけないじゃない。言ったでしょ?」


 しかし、その神を侮るような言葉を神が見過ごすわけもない。


「私がこの場を仕切るって」


 言霊という物があるとすれば、これがそれなのだろうと思った。


『異論ある?』


 ズンと重みのある言葉が紡がれた。

 体に変異はない。

 だが、確かな重圧となって有無を言わせぬ言葉となり沈黙をこの場に与えた。


「安心していいよ~どちらかに肩入れするようなことはしないから。ただ、私が介入するからには、ここから先はスピーディーに話を進めよう!」


 場の雰囲気とは裏腹に元気よく話し合いの再開を約束する彼女の言葉が、逆に波乱の兆しに見えてならなかった。



 今日の一言

 鶴の一声があれば方針は決めやすい。


毎度のご感想、誤字の指摘ありがとうございます。

面白いと思って頂ければ、感想、評価、ブックマーク等よろしくお願いいたします。



※第一巻の書籍がハヤカワ文庫JAより出版されております。

 2018年10月18日に発売しました。

 同年10月31日に電子書籍版も出ています。

 また12月19日に二巻が発売されております。

 2019年2月20日に第三巻が発売されました。

 内容として、小説家になろうに投稿している内容を修正加筆し、未公開の間章を追加収録いたしました。

 新刊の方も是非ともお願いします!!


これからもどうか本作をよろしくお願いいたします。

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