410 寝不足でもしっかりと集中しないといけない
眠い。
正直言って眠い。
最近まともに睡眠時間は取れて健康的な生活を送っていた所為もあってか、睡眠不足が割と体に響いているのが驚きだ。
一昔前なら睡眠?それは削るモノだと豪語できたのだが、今の体はそこまで順応してくれない。
健康であることは嬉しいのだが、こういうときになると不便だと思ってしまうのはある意味でぜいたくな悩み。
普段であれば魔素で体を強化してゴリ押しするのだが、それもできないとなるとカフェインで頭を目覚めさせ、あとは気合と集中でどうにかするしかない。
うん、精神論だな。
なんてことをしてくれたんだとミマモリ様にクレームを入れたいが、神に向けてクレーム入れるにはどうやればいいのかと真剣に考えるも思いつくはずもなく、若干気分が落ちている状況で、今日も会談に臨む。
「ですから、私どもとしては」
「いや、そうは言うが」
今日も今日とて、エヴィアの舌は良く回り、それに対抗している華生の口もよく回っている。
一歩進んだと思えば次のステージでも妥協点の模索は始まるのが国家間の話し合いだ。
遅々として進まない話は慣れ始めているからいいとして、この眠気はどうにかせねば。
寝不足の原因たるミマモリ様を責めるべきか、意味深な言葉の所為で眠れなくなった俺の小心具合を嘆けばいいのか。
そんなどうでもいいことを天秤にかけつつこの眠気に抗う。
目蓋が僅かに重く、うっすらと意識が鈍く感じ、カフェインや洗顔では払拭しきれなかった眠気と戦いつつ仕事に従事するも集中しきれていないのか、余計なことも考えてしまう。
いや普通に考えて俺が神殺しを達成するような状況に陥ると神に言われて気にならないわけがない。
それこそ、何度エヴィアに相談しようかと思ったが、さすがに夢の中の話まで相談していいかと悩んでしまう。
おかげでさっきから妙に落ち着かず、心の中でモヤがかかってしまっている状態で目の前の会談を眺めることになってしまった。
心の中で集中しろと言いつつも、注意力がイマイチ乗り切らない。
そんな俺の状態であっても些か今日の空気はヨクナイものだというのがわかる。
昨晩見た月狐もいささか無視するには材料が重すぎて、不安要素だ。
日本政府側はそんな空気を気にしていない様子だが、協会側は少し様子がおかしい。
なにやら浮ついた様子で、周囲を警戒している。
何かトラブルか?
その空気に敏感なはずのエヴィアが何も言わないのはどういうことかと、余計なことを考える。
護衛である俺が注意力散漫になるのはいただけないことだが、何やら胸騒ぎがする。
いや?これは胸騒ぎか?若干違うような感覚でもあるのだが、確信が持てない。
「………」
しかし、何かが起きそうな予感がしているのもまた事実。
眠気を我慢し、エヴィアと華生の舌戦をBGMに周囲の警戒に勤めながら、何が起きるのかを想定する。
もしかして協会側の交流反対派が何かしでかすのか?と一番可能性のありそうなことを考えてみるも、理性が即否決してくる。
トラブルを引き起こすにしても、トラブルを引き起こすことによっておこるメリットが反対勢力にあるとは思えない。
仮に俺たちだけを襲撃するなんて計画であっても、日本政府の眼前だけにとどまらず外国の外交官の目もある。
やること自体無謀であり、やるとしたら誇りとかのお題目を掲げた自爆特攻。
その行動理念は馬鹿と表現するほかなく、第三者から見れば、そこいらの子供の方がまともな理由を挙げられると言えるだろう行動理念。
そんなバカげた集団だったら理由を求めるだけ馬鹿を見る。
外様である俺はその場で対応するほかなくなる。
周囲を見回すも、おかしな動きはない。
日本政府の護衛も、俺とは違い真面目に護衛を務めている。
「………!」
「………」
華生の声がやけに響くなと、内容を度外視し極力周囲の情報を拾えるように感覚を薄く延ばす。
エヴィアの声も聞こえるが内容は把握せず、ただただ要点だけを抑え必要な情報を求める。
この変な感覚の原因はアメリカ側か?と思えば、そちらも職務を全うに遂行しているので違うと思われる。
むしろ俺の中では真っ先の除外対象。
ではそうなると、本命はどこかということになる。
協会側が一番怪しいが、霧江さんが隠し事をするということは企み事であるのは間違いない。
しかし、ここで物理的な、もっと具体的に言えば戦闘に類似する行為をテロに近い形で実現するのは絶対にあってはならないことだ。
そこら辺の線引きはできているはず。
なら、この予感は杞憂に終わるのか?と問われれば、俺はそれはないと断言するだろうな。
外れたのなら問題ない。
取り越し苦労になるだけだ。
しかし、何かあった場合は無警戒では話にならない。
だからこそこうやって周囲を警戒しているのだが………
「?」
そこで一つ見つける。
そして直感的に霧江さんたち協会側が警戒していたのはこれかと思った。
俺にとっては向かい側。
すなわち華生などの政府側のいる方面にある景色。
庭園だ。
無論の事、政府側の警護もそちら側を見ているのだが気づいた様子はない。
それも当然だ。
ただの〝野狐〟。気にすること自体間違っている。
人が警戒するのはすなわち人為的なモノ。
認識はしているだろうが、只迷い込んだだけだろうと思うのが普通だ。
俺もある一点を気にしなければスルーしていた。
その一点というのは。
何で、嫌そうな顔しながら空を見上げているんだ?という野生の狐にしては表情豊かと言うか、仕草に人間味がある。
何度も何度も俺たちと空を交互に見て、狐らしかぬ表情で本当にやるの?と確認をとっているようだ。
そんな狐がいたら、俺みたいにファンタジーに染まりつつある人種はおかしく思うだろう。
ただ、政府側の人間はまだこちら側の認識が甘い。
野生の動物イコール、一定の知識があれば対処できるし、危険度も測れるという常識で行動しているから、あの狐の動きも変な動きをしているな程度の認識しかしていない様子。
だが、俺たち側なら話は変わってくる。
ヒョコヒョコと軽い足取りで歩いてくる野狐は、俺にとっては怪しい不審者が近寄ってくるようにしか見えない。
「次郎」
俺が身構えたことによって、華生との会話を切り上げエヴィアは俺の動きを止めた。
なぜと問うまでもない。
俺が動いたことで、政府側の警護も一斉に懐に手を伸ばしたからだ。
しかし、協会側は動かず。
むしろ、その政府側の後ろでため息を吐くような仕草を見せる狐を見つけ、アッと驚く顔を見せている。
そして、それは起きた。
ボンと大きく破裂する音が聞こえたと同時に、俺の前に煙が立ち込める。
体は素早く魔力を体内に通し、身体を強化し、エヴィアの前に立ちふさがる。
その動きの最中の行動は、良く見えた。
ゆっくりと動く世界の中で、背後の爆発に対応しようとする警護二名と、護衛対象を庇おうとする警護三名。
よく訓練された動きだと感心しつつ、その関心は煙の中ら出てきた存在によって打ち消された。
「………は?」
昨晩の夜空に見えた白銀の毛並みを持つ大型の狐。
目元に赤いラインが走り、その口から見える鋭い牙は人など簡単に嚙み砕けるかと思えるほど鋭い。
だが、そんな獣が現れたというのにもかかわらず、俺はつい間抜けな声を漏らしてしまった。
それは警護の人員や、政府側の人たちも一緒だろうというのが見て取れた。
『モフモフ歓迎、フリーハグ!!』
そんな手作り感あふれる木製の板を首からさげ、そこに妙に達筆な文字で書かれた言葉に俺が真っ先に思ったのは。
「いや、狐には抱き着けないだろ」
確か狐に触れたらヤバいというあやふやな知識の中にあった常識であった。
あまりの展開と言うより、真面目な空気の中でふざけてドン滑りした時のいたたまれない空気を月狐は一身に受けているのを哀れだと思ってしまう。
なにせ、きっとこの行動は自分でやったことではなく、意図して誰かの指示でやったことだから。
月狐はいわば被害者。
警戒して動いた俺たちは間抜けってわけだ。
「ええ!!なんでさ!!モフモフだぞ!!私が毎日ブラシッングしてるから肌触りも最高なんだぞ!!お日様の臭いがするんだぞ!」
そしてその大きな影からひょっこりと異議ありと出てくる少女、ミマモリ様。
その彼女の発言に、確かその匂いはダニの死骸の発する奴じゃと心に思ったが口にはしない。
あと月狐なのにお日様の臭いってどうなのかとも思いつつ、どうするかと対応をエヴィアに視線で問いかける。
クツクツと笑うのを必死にこらえている彼女が指示をくれるまでに時間がかかりそうだ。
それはミマモリ様の存在を知らない政府側も一緒のようで、護衛が咄嗟に引き抜いた黒いL字型の物体を構えたはいいものの、少女が飛び出してきたことに驚き対応に困っている。
はっきりと今この場で言いたいのは時と所と場合をわきまえろよという人間の常識に当てはめた言葉だった。
「クククク、神に我々の常識を当てはめる方が問題だったか」
「そういう問題か?これ?どうするんだよ。完全に空気が壊れたぞ」
ただ、エヴィアの言う通り、その常識はあくまで人間が勝手に決めたルールである。
こうやって顔を突き合わせて話し合って、ルールを決めることも俺たちが勝手に決めたことだ。
神にとっては何ら意味のないルールだ。
「むぅ!君たちがまどろっこしいから私が直々に解決策を持って来て上げたんじゃないか!!それを笑うのはどうかと思うよ!!」
交渉の席という盤上の上で競い合っていたのに、盤外からの攻撃。
それを善と思うのはやはり神ゆえか。
善意だと押し通す彼女の物言いに、俺の口元もつい緩んでしまう。
「き、君!子供がそんな大きな獣の側にいては危ない!こちらに来るんだ!」
そして無知であろうとも大人の常識で、善の行動を取ろうとする大人もまたいる。
防衛省に努めているからか、はたまた元来の気質か。
大型の獣にじゃれつく子供という図に、曙はとっさの判断で叫んでいるが、それは意味はないと俺は思った。
「あー、そんなこと言う?この子はむやみやたらに人を襲ったりしたりしないんだから!どこかの祟り神と一緒にしないで!!」
神というのは人が縛れるものではない。
自分よりも年下の人間の言葉に耳を傾けることは有れど、行動を改めることは有れど、人の言葉に従うことはまずありえない。
と思いつつ、あの変な予感はこれかぁとどこか他人事で納得しつつ、そっとエヴィアを避難させようと立ち位置を変える。
「エヴィア、三歩下がって」
「?」
こういったいきなりの出来事。
対応するのに難しい場面。
けれど、そんな中で、唯一予想のできる部分がある。
疑問符を浮かべたエヴィアに答えを示すように、そっと視線をとある方面に向ける。
「ほう」
「巻き込まれる前に、な?」
「ああ、その方がよさそうだ」
おもしろいものを見つけたとニヤリと笑った後に、俺の言葉に従って言葉通り三歩下がってくれる。
と言っても三歩程度で何ができるというわけではないが、それくらい距離を開けていた方がちょうどいい。
なにせ、ゆったりと歩いているのにも関わらず、まるで気配を感じさせず、そして笑顔なはずなのに怒気を含ませるという相反する姿でミマモリ様に近づく一人の人物。
大人にむけて説教にもならない文句をぶちまける神様の背後に立ったかと思うと。
「なにを、なさっているのですか?ミマモリ様?」
ズワシッと音を立てるかのような見事な鷲掴み。
いや、アイアンクローと言うべきだろうか?
「あ、霧江。これは、そのう………」
そしてその行動から察することができるのは、完全にこの交渉の席をぶち壊した行動は神の独断だというのがわかる。
ギリギリと一般の女性の握力では決して出せないだろう音を出しているあたりの怒り具合が察せる。
そんな彼女に向けて神は何と言うのか、ドキドキしながら見守っていると、意を決してミマモリ様は口を開き。
「神の啓示的な?やつ、かなぁ」
それを聞いた途端、プツンと何かが切れたような音を聞いた気がする。
「だったらまともにやりなさい!!」
そして、雷が落とされたのは言うまでもなかった。
今日の一言
寝不足は仕事の大敵
毎度のご感想、誤字の指摘ありがとうございます。
面白いと思って頂ければ、感想、評価、ブックマーク等よろしくお願いいたします。
※第一巻の書籍がハヤカワ文庫JAより出版されております。
2018年10月18日に発売しました。
同年10月31日に電子書籍版も出ています。
また12月19日に二巻が発売されております。
2019年2月20日に第三巻が発売されました。
内容として、小説家になろうに投稿している内容を修正加筆し、未公開の間章を追加収録いたしました。
新刊の方も是非ともお願いします!!
これからもどうか本作をよろしくお願いいたします。




