408 さりげなく重要なことを教えられると困る
空を照らす満月、丘一面に広がるススキ畑。
まるで秋の典型のような光景の夜の平原にぽつんと一人気づけば立たされていた。
『夢だな』
頬をつねるまでもない。
これは夢だと、すぐにわかった。
景色自体も見たことのない物であったし、それよりも感覚的分野でこれは現実ではないと思ったのが大きい。
若干フワフワしたような感覚と言えばいいだろうか。
実体がないという感覚で幽体離脱に近いのだろうか。
いや、幽体離脱なんて教官たちにボコボコにされてそのまま瀕死に追い込まれた時だって体感したことはないからわからないんだけど。
『ん~、これはまた。変なのに巻き込まれた口か?いや』
ヴァルスさんと正式に契約したときと同じ雰囲気を感じるので、慌てることなく現状を把握できた。
これは夢、非現実だと。
しかし、問題なのはこれは俺の記憶が見せた夢ではなく、他者から見せられているものだということ。
すなわち、俺自身に干渉している存在がいるということだ。
魔力はほぼないとはいえ、それでも護身用として寝るときも魔道具は肌身離さず装備している。
にもかかわらずこういった干渉を可能にする相手となれば限られる。
『ミマモリ様ですかね?こんなことをするのは』
半分以上確信めいた何かを感じ取りつつ、その予想を口にする。
『ご名答!!よくわかったね!』
そんな達観した俺のつぶやきに、やたら元気な返事が返ってきた。
聞き覚えのある声は正解されたことを喜び、はしゃぎ、称賛するように大声で声を張り上げる。。
そして、最近耳にしたその声の主を探してみれば。
『とう!』
妙に気合に入った掛け声とともに跳んできた小柄な少女。
『ああ、やはりあなたでしたか。ミマモリ様?』
その姿を捉え、合っててよかったと安堵しつつ、敬称に困ったのでつい疑問符をつけてしまった。
念のため敬語にしているのもそのためだ。
『なぜ疑問形!?一応私ってば、神様だよ!!崇め奉れ!!って威張っても許される存在なんだよ!!まぁ!崇められても笑うけどね!!』
その年相応の元気ハツラツと言わんばかりの活力を表現するように、ウガァ!と叫びながら俺を威嚇する姿に、ああ、変なのには絡まれたがまだマシだなと安堵しているあたり修羅場慣れしすぎていると変なことを考えてしまう。
『いや、寝込みを襲われましたけど、まぁ、大丈夫そうなので安堵したらついうっかり』
『寝込み襲ったって人聞きが悪いね!?いや、この場合は神聞き?まぁ、どっちでもいいか!!夢に介入している時点で寝込みを襲ってるし!間違ってはいないけど、もう少し言い方があるよね!!』
相も変わらずテンションが高いなぁこの神は。
おてんば娘を絵にかいたようなテンションの高さ。
些か自分には厳しいテンションだ。
そして冷静に考えれば、いま俺寝ているんだよなと思いつつ、良く目覚めないなとなぜ目覚めないのかという理屈を考えてしまう。
『ちなみに、ご用件は?わざわざ霧江さんを通さず、そしてエヴィアに気づかれないように会いに来たってことはなにか要件があるんですよね?』
『あっさりと流すね!?ここはもう少し、驚いたり警戒したりするところじゃないかな?』
『流れ的にどうあがいても聞かないって選択肢は出なさそうなので、それだったら早めに内容を聞いた方が考える時間も熟睡できる時間も確保できそうなので』
『………君って、変わっているって言われない?普通、夢に神様が出てきたら普通もう少し慌てたりするんだけど』
『最近は割りと言われてますね』
主に仕事仲間である海堂たちだ。
日に日に人間をやめていってる俺に対して容赦なく言い放ってくる。
まあ、前の会社で文句を言う暇があるのなら早く仕事を終わらした方がいいという開き直りを身につけている所為もある。
『言われるんだ。それにあっさりと認めてるし』
『ええ、割と。自分としては変わってるってと言うよりは、最近は常識って何だろうなと考える機会が多くなるくらい常識が壊されてるので、ああまたかって受け入れられるようになったって感じです。ようは開き直ってるだけです』
『うわ、ぶっちゃけた』
『神様が引かないでください』
主に、俺を鍛え上げた教官二人の所為だが、まぁ言わずもがなだな。
変わっていると言われると悪いように聞こえるが、良く言えば個性があるともいえる。
極力ポジティブそれで大抵何とかなる。
『ええ?だってさぁ、こうなんて言うの?普通そうなる?いくら異世界と交流したからってこう、根本的な部分は変わらないと思うけど』
『自分自身の大まかな性格は変わりませんよ?善悪の基準は多少増えましたし変わりましたけど、まぁこの年ですし、多少無茶な意識改革をしたらどうにかなりました』
『どうやって?』
『はい、頭のねじを数本外せば』
『外すんだ』
『ええ、外せちゃいました』
主に常識方面の、固定観念的な分野で。
しかし、その発想は神にも不評のようで、そこまでやるの?と若干引き気味に言われ。
そうじゃないと仕事ができなかったんですよと苦笑しながら伝えれば、次に来る視線は同情の眼差し。
うん、そうなっても仕方ないことを言った自覚はあるが、いざ受けると微妙な気持ちになるなこれ。
仕方ないじゃないか、常識とか固定観念に囚われていると教官たちの容赦ない攻撃で命の危機に陥るのだから。
だったら、これ出来るかなぁと考えるのではなく、これはできないとだめだという発想になる。
出来ないのなら死ねそれがダンジョンだというのを嫌と言うほど身に沁み込まされた結果がこれだ。
だから、大丈夫かこいつなんて視線を送らないでください。
主に俺のメンタル面でダメージを受けるので。
タフになったからと言って、痛くないってわけじゃないんだよ。
『………そろそろ、本題に入りません?このままいくと朝までグダグダと雑談して本題に入れなさそうなので』
『ああ、うん。なんか君がこの世界を見た時のリアクションが薄かった理由がわかって、微妙にショック受けたけど、まぁいっか』
気まずくなり、俺の方から話を切り出す。
でなければこの空気のままミマモリ様はそのまま立ち去りそうで何しに来たんだと言いたくなる結末に陥りそうだった。
それくらい空気が死にかけだった。
『さてと、私がわざわざ来た理由だけど』
『はい』
辺り一面草原で神様と語る内容というのはいかがなものか。
『君に神様って存在についてを説明しようと思っていてね』
『神様の存在について?』
『そうそう、正確に言えば真理と言う名の設定かな。ルールとか役割とも言うけど』
どんなものが出てくるかと警戒していた矢先に出てきた言葉は神という存在の説明。
その後に続いた言葉がなかなかメタっぽい発言だったがツッコミ待ちか?
『なんか君、これからも私たちみたいな神と関わり合いになる機会が多そうだし?ここらへんで一回知っておいた方がいいと思ってね。ま。有体にいえば神様の慈悲ってやつ!』
『いや、さりげなく厄介事がこれからも来る的なこと言わないでください』
『え、だって事実だし』
『事実なんですか』
『最低でも、もう一つの世界の神様には会うでしょ。宴会のアポ取りのために』
『………』
そしてこれからもそんな存在と関わり合いができると言われ何とも言えない気持ちになる。
俺にとって神とは何かと聞かれれば、最近で言えば自分の娘を攫おうとする不届きモノ。
可能な限り関わり合いになりたいと思わない存在だ。
しかし、それはあくまでイスアルの太陽神だけであって、神という物の定義ではない。
善良な神もきっといるだろう。
でなければ世界が崩壊してそうな気もする。
なにやら設定とかメタな発言が出ているあたりロクな話ではない気がするが聞かねばならないようだ。
『はい、そこ。聞く前から嫌な顔しない。いや、表情は変わってないけど聞きたくないオーラはバリバリ出てるからね。神様に嘘は通じない。これ常識………ってだからって表情に出していいわけじゃないよ!?とりあえず考える!!』
しかし、義務感というのは感情を時には押し殺す。
我慢している雰囲気を察したミマモリ様の指摘にあからさまに面倒ごとを話そうとしているので、バレているならと開き直ってみたがダメなようだ。
仕方ないから神という存在を考えてみる。
だが、この世界、地球の神々について改めて考えてみると。
『すごい存在?』
と抽象的かつ小学生でも思い浮かぶような言葉しか出てこない。
『そうそう、大体私たちってどんなことでもできる超常的な存在って認識になってるよね』
しかし、それは間違っていないとミマモリ様は否定せず。
むしろ満足気に頷く。
『あと、男女関係がドロドロ』
だからだろうか。
もっと他にないかと思い考えてみれば、昼ドラも真っ青な男女関係のトラブルを抱えるのが神話だということ思い出す。
『ちょっと待って!?そこら辺はごく一部だから!!いや、主神クラスでやらかしているのもいるけどごく一部だから!?すべての神がそう言うわけじゃないから!?』
何やら話の方向が不穏になったことに慌て始めるミマモリ様。
確かに品行方正な神様もいたと思うが、印象に残るのはそういった悪目立ちをする方の神様。
そう言った印象を抱いてしまうのは仕方ないと諦めてほしい。
『ああ、同性愛が普通』
なので、付け加えるようにもう一つ出てきた内容も伝えてみる。
『そういう意味じゃない!!』
しかし、それもまた頑なに否定される。
だが、事実であるのだがなと思いつつ、他に何があったかと考えてみる。
『じゃあ、試練と言う名の無茶振りをするブラック上司』
おおっと手を叩き、これがあったと思い出して言ってみる。
これはいわば神の代名詞ともいえる内容だ。
数々の神話で英雄を生み出したこともある神の試練。
ただ内容が頭おかしいんじゃないかと言えるくらいひどかったりもする。
なのでつい、前の会社の上司と重なってしまった。
『言い方!あと、そう言うことでもない!!』
いくつか自分の中で持っている神という存在の印象を語ってみたが、冷静に考え直してみるとロクな印象がないな。
こう考えてみると、結構ダメな印象もあるのが神という存在だな。
『ああ!もう!私が説明しようとしているのはそう言うわけじゃないんだけど!!まぁ、事実だから仕方ないけど………そうじゃなくて!』
否定できない部分が多いことに一瞬遠い目になったミマモリ様であったが、戻ってきたときはいつもの表情。
『神は超常的な能力を持っている!そこの部分!!』
そして説明したい要素を指し示すと俺の思考もその部分に着目する。
『超常的な能力って言われましても………』
しかし、超常的と言われてしまえば範囲が広く何を言いたいのかよくわからない。
『べつに深く考える必要はないよ。神はすごい力を持っている。そして世界を作ったここが重要なの!』
何を当たり前な事を言うのだと、さらに疑問符を重ねなければならないような事を言い始めるミマモリ様に首を傾げざるを得ない。
『じゃあ、ここで一つ質問』
しかし、その疑問を解消するよりも先に、ミマモリ様は俺にさらに一つの質問を投げかけてきた。
『神よりも偉い存在はいるでしょうか、いないでしょうか』
その質問に咄嗟に答えることはできなかった。
昔の俺ならいるかいないかわからない神様に対して妄想を重ねてこの質問に答えていただろうが、仮にも神がいると存在を証明されてしまえばその質問は難解なものとなる。
人間よりも上位の存在が神。
では、その神は最上位の存在なのか。
世界を作れるのならもはや万能の存在と言える。
だが、逆に考えよう。
その万能たる神は誰が生み出した?
いや、この場合は〝ナニ〟が生み出したと言い換えた方がいいか。
神話では神の誕生秘話は多数存在する。
しかし、それが真実であると証明する術は俺には持ち合わせていない。
じっくりと俺の答えを待つミマモリ様。
どう答えればいいかわからないまま。
俺は口を開き、その答えをつぶやくのであった。
今日の一言
なぜ伝えられるかを考えるべき
毎度のご感想、誤字の指摘ありがとうございます。
面白いと思って頂ければ、感想、評価、ブックマーク等よろしくお願いいたします。
※第一巻の書籍がハヤカワ文庫JAより出版されております。
2018年10月18日に発売しました。
同年10月31日に電子書籍版も出ています。
また12月19日に二巻が発売されております。
2019年2月20日に第三巻が発売されました。
内容として、小説家になろうに投稿している内容を修正加筆し、未公開の間章を追加収録いたしました。
新刊の方も是非ともお願いします!!
これからもどうか本作をよろしくお願いいたします。




