403 提示されるよりも提案をしたい
日が昇れば仕事がやってくる。
サラリーマンの仕事サイクルなんてお天道様が出てくる時間と大体あっているというある意味残酷な話。
それは異世界から来た企業も一緒で、そして出張していても一緒だ。
「さて、今日は少しでも進めばいいがな」
「エヴィアがその調子だと、俺はだいぶ困るんだけどな?」
交渉三日目。
少々疲れた様子で憂鬱な顔を見せるエヴィアからスタートすることとなった。
初日、昨日と続き、魔王軍と日本の交渉の折り合いはつかない。
その点に関して思う所はあるだろう。
ここまでくるとすでに金銭面の話だけの話で済まなく、いろいろな要素が絡んでくるのではと勘繰ってしまう。
一進一退と言えば聞こえはいいかもしれないが、進まぬ交渉に段々と雲行きが怪しくなってしまっては本末転倒だ。
このペースで交渉を続けて本当に七日で足りるか?と不安も募る。
エヴィアの酸素ボンベとも言える魔素の残量も刻一刻と減っているのも相俟っている。
使用量は当初予想していた時よりも少なくなっているが、それでも無限にあるわけではない。
俺の方は全く減っていないから、いざとなればそこから供給するという手もあるが、それでももし一週間を超過する可能性があるのならあまり流れ的には良くないと言える。
二日とも膠着状態であるのなら、三日目の今日こそそろそろ話を動かしたいところ。
「出来るのなら代わりに俺が交渉したいところだが、そうもいかないからなぁ」
魔素が薄いどころか絶無の環境で動くのはエヴィアにとって精神的ストレスに直結している。
いかに強靭な精神力を持っていようと、いつ窒息死するかわからないような海の中で作業し続けるのはかなり負担になる。
俺ができるのはそんな彼女の心のケアをしっかりとすることだ。
再びあの牛車に乗るまでの時間、お茶を用意し差し出すと、エヴィアは苦笑交じりの顔でそれを受け取る。
「こればかりは仕方あるまい。権限の問題だ」
緑茶の入った湯呑をしばし眺めたあとに彼女はゆっくりとそのお茶に口をつける。
「良い方向にしろ悪い方向にしろ、どちらに転ぶにしても、残りの日数を考えれば今日である程度の流れを作らなければならんな」
「俺から見れば、相手はこっちが妥協するのを待ってる風に見えたけどな」
「だろうな。向こうは裁量権をさほど持っているようには見えなかった。持っているボーダーラインを上回ってしまえばそれ以上は拒否するように指示されているんだろう。そういった立場の輩からすれば私たちが譲歩してくれる方が都合がいいだろうな」
「となると基本相手は待ちの姿勢か………どうも、やりにくいな」
これまでの交渉を見る限り、日本政府側の二人から提示される内容は始終一貫して同じことを繰り返す。
言葉やニュアンスこそ変えてきているが、結局言いたいことは一緒だ。
俺たちテスターのリクルートの停止。
されど再開のめどは立たず、そして魔王軍経営を陸地から退去と言ったところ。
それが向こう側の着地点なのだから、いかにしてそれをずらせるかが重要になってくる。
「時間だ」
「あいよっと、まぁ、話し合いで済んでる分殺し合いよりはまだマシな仕事だよな」
「甘いな、これが続けばそのうちお前のその意見は変わるぞ?」
「それは実体験か?」
「ああ」
「そいつは嫌な話だ。話し合いよりも殺し合いがマシって言う話は」
こちらの着地点を確保しつつ、物理的に解決できる方がまだマシだと愚痴をこぼすエヴィアの背を追いかけて、見慣れ始めた牛車に乗り込み今日も会談の席に向かう。
「ですから、我々としてもこちらの譲歩が精一杯でして」
「理解はできる。だが、納得となれば話は別だ。こちらも業務として必要最低限の約束もないまま、了承するわけにはいかない」
そして席についてから一時間が過ぎた。
すでにこの交渉の席では当たり前になりつつある光景が目の前で繰り広げられつつある。
基本的な交渉を行うのは外務省の華生だ。
防衛省の曙とアメリカのジョセフは基本的にアドバイザーに徹している。
「………」
さっきから同じやり取りの繰り返しだ。
こちら側がテスターのリクルートに関して聞けば、検討中。
交易に関して聞けば、詳細に関しては検討中、概要に関しては早期を計画。
移転に関しても聞けば、この会議が軌道に乗り次第本格的な話に移ると、机上の話で流している。
確約はできないと、なんともじれったい話だ。
政治屋たちはこんな話ばかりしているのか?
野党の方々が粗探しをする気持ちが少しわかった気がする。
苛立ってはいないが、手ごたえがないことに不満を持っている様子のエヴィア。
「ふむ、このままでは話は進まないな。そうだな、少し雑談でも混ぜようか」
「ほう、雑談ですか」
そのことは欠片もおくびに出さず、エヴィアはまるで少し休憩しようと言う流れで華生たちに提案する。
いい加減、停滞している話の流れにうんざりしたという気持ちもあるが、テコ入れも考えての事だろう。
彼らもどんな話をするのか興味がある体で話に乗ってくる。
「なに、このまま利益だけの話をするのも趣がない。少しでも我々のことを知ってもらえたらと思った次第だ」
「あなた方の事ですか、それは非常に興味深い」
話の流れを一回変える。
そのためにエヴィアは一つの布石を打つ。
その内容を知っている身として、やるのかと身構えそうになる。
内容が内容なだけに、な。
「そうだな、ではなぜ我々は国の名を持たず、魔王軍と名乗るか。そこに関して疑問を持ったことはないか?」
「それは、確かに思いましたな」
国と言う体裁を保つには、国名と言うのは非常に重要になる。
どこどこの国の誰、と言った感じに自己紹介するのが国外では割と当たり前に起こりえる。
アジア人を見れば日本人や中国人と辺りをつけ、白人を見ればどこの国の人かと想像したりするのがそのもっともな例だろう。
では、その中でエヴィアたちは国の名を名乗らず、総称して魔王軍と名乗るのか。
「この世界の住人からすれば我々は異端だ。国の名前を持たない国。そんなものは国ではないと思われても仕方ない」
「いやいや、我々が知らないだけで、存在するかもしれないじゃないですか。現に今我々はそのような国と対面している」
少し自虐的に言うエヴィアに、それを否定する華生は本心でその言葉を述べているのか。
その判断はつかない。
「それは安心した。では、もうすこし話を進めよう。我々は国の名を持たないのではなく正確には持てないと言った方が正しい」
「持てない?それは、宗教上理由とか文化的な意味合いといった感じですかな?」
「文化的、言いえて妙だな。それに近い感じだ。我々は多種族国家だ。文化、風習といった面で異なる種族の寄り合い。もし仮にとある種族の長が魔王となり、国名を制定したらどうなると思う?」
「………あくまで想像の範囲ですが、不満が出るでしょうな」
「ああ、その通りだ。確実に、そしてそれは争いの火種になる程度には燃え上がる」
そんな彼らの反応を面白そうに笑いながらエヴィアは淡々となぜ魔王軍なのかと話す。
過剰表現だと笑いながら流す三人を見て、いや笑い話ではないと俺は内心で思う。
もし仮にキオ教官が魔王になり、国の名前を制定したらまず間違いなくフシオ教官と戦争になる。
それが起こりえることだということを断言できる程度には二人を知っている身としてはエヴィアの話を笑い話で流すことはできない。
「それほどまでに個性の強い種族の集合体、なので魔王が統べる軍、魔王軍と呼んでいるんだ」
「なるほど、参考になりますな」
そしてその話をあくまで雑談と受け止めている日本政府側は感心したように頷いている。
ただ、協会側は怪訝な顔をしている。
なぜ、このタイミングでこんな話題を出すのか?と。
「ええ、過去に何度か国名を制定しようという動きはあったが、そのどれもが成功したためしがない。この魔王軍と言うのはいわば歴史の中で決まった集団の名前といった形だ」
その疑問を気づいていない体で話を進めるエヴィアは、楽しそうに話す。
「そんな国の名前を決める歴史の中に、一つ、なかなか興味深い話があってな」
話しと言うのはいつまでも同じ話題を続けていると飽きてくる。
するりと話題をさりげなく変えるのは悪魔の常套手段。
「長い歴史の中で作られた一つのおとぎ話に出てくる代物だ。だが、この世界でもこれを求めるものは多いのではないか?」
それは警告か、あるいは本当の雑談なのか。
彼女が語るのは本当に御伽噺かのような話。
「そのおとぎ話を体験してみる気はないか?」
そしてニッコリと彼女は俺に目配せし、俺はそっと用意していた鞄から一つの代物を取り出した。
「黄金のリンゴ?」
「ああ、とある魔素の濃い秘境にのみ生息するリンゴの木になる黄金の実。十年に一度一つの実をつける貴重な代物だ」
華生が疑問符を浮かべながら俺が取り出した品物を凝視する。
造り物には見えない自然な輝きの黄金リンゴ。
その皮自体が黄金でできているのではと思わせる綺麗なリンゴ。
それをおれは迷わず魔力の刃で皮をむき、そっと切りそろえさらに乗せエヴィアの前に出す。
「うん、久方ぶりに食べたが、甘くて旨いな」
そして彼女は迷わず一つの欠片を手に取りその口に放り込む。
まるで毒はないとアピールするような仕草。
事前に聞いていたが、わざとらしい仕草だ。
一見、黄金に輝くだけのリンゴではある。
だが、こうもまでわざとらしく見せつけられては、何かあるのではと思ってしまうのが人間の心情。
「その効能は、不老長寿」
「「「「!?」」」」
その心を揺らすのは、悪魔の本能。
「と言っても効果は一時的な物だ。この実をひとかけら食べただけでは。精々三日ほど老いないだけだ。丸々一個食べても、半月ほどで効能は無くなる」
大した代物ではないというようにエヴィアは言った後。
「それ以外はただうまいだけのリンゴだ。私のような悪魔にとってはただのリンゴと変わりはない。しかし人にとっては正しく夢の品物ではないか?永遠の美貌、老いない体。欲しがる人はいくらでもいる。特に」
もう一個とリンゴに手を伸ばし、そっと口に運ぶ。
シャリっと瑞々しい音を響かせ、彼女の口の中で実から甘い汁を出し、彼女の口の中はさわやかな甘みに包まれる。
「権力者は欲しがるのではないか?」
リンゴを飲み干し、ゆっくりと笑みを浮かべると、先ほどまで余裕の笑みを浮かべていた面々は全員疑惑の目線を送ってきている。
いや、彼らの心を示すのなら半信半疑と言ったところ。
魔法という存在があるのなら不老長寿を実現する代物もあってもおかしくはない。
ただ、それを証明する手段を持ちえない側からしたら悪徳商法と言えるような眉唾物の代物とも取れる。
八等分に切ったリンゴ。
三つ目の欠片に手を伸ばしたエヴィアは、それを摘まみ口に運ぶのではなく、そっと左右に揺らす。
「信じられんか?」
「………ええ、信じるのは難しいですね」
その心の揺らぎを悪魔は見逃さない。
ここにいる全員、決して若いと言えるような年齢ではない。
誰もが老いを自覚し、若いころにできたことが今ではできないという現実と向き合っている。
もう年を老いたくないと考えることもあるだろう。
「ふふ、ああ、信じる必要はない。言っただろう。これは雑談だと、そして我々を知ってほしいとも言った。これはあくまで我が国にはこんなものもあると伝えただけの事。安全を期すために私が先に食べただけに過ぎない。食べる食べないは貴殿らの判断に任せる。ただ、私はそのような効果のある食べ物を用意したにすぎん」
そんな彼らにそんなものを提示してしまえば、心の片隅にこんな願望が生まれてしまう。
そんなものがあればいいのにと。
「そして、こんな代物をこの場に用意したということはそれを交易品目に加えても構わないという我々の意思だと受け取ってもらってもかまわん」
そんな隙を悪魔は見逃さない。
長寿の一族には魅力的ではない代物でも、人にとっては魅力的に映る。
タダより高い物はないと聞くが、タダという言葉には魔性の魅力が宿る。
「まぁ、どちらを判断するに至っても情報と言うのは必要だろう?」
そして向こうから差し出したという言い訳は、彼らの心の中にストンと落ち。
毒を盛らないだろうという願望から。
互いの顔を見合わせ、それならと試食に関して前向きに行動を取った彼らを見て、ああ、うん流れが変わったと俺は背後で見届けるのであった。
今日の一言
流れは作るモノ
毎度のご感想、誤字の指摘ありがとうございます。
面白いと思って頂ければ、感想、評価、ブックマーク等よろしくお願いいたします。
※第一巻の書籍がハヤカワ文庫JAより出版されております。
2018年10月18日に発売しました。
同年10月31日に電子書籍版も出ています。
また12月19日に二巻が発売されております。
2019年2月20日に第三巻が発売されました。
内容として、小説家になろうに投稿している内容を修正加筆し、未公開の間章を追加収録いたしました。
新刊の方も是非ともお願いします!!
これからもどうか本作をよろしくお願いいたします。




