402 妥協点を模索するのには苦労する
新年あけましておめでとうございます。
本年も引き続き本作をよろしくお願いいたします。
あれからの交渉は難航した。
当然と言えば当然の流れだ。
互いに意見があるのならぶつかり合うのは必然。
そう簡単に折り合いがついて決まるとは思っていなかったが、着地点を見つけるのはこんなにも難しいものなのだと改めて思い知らされた感じだ。
互いに引けぬ部分があるがゆえに妥協点の模索が困難となってしまった。
こちらが安易に武力行使をしないと理解してからは、言葉尻に強気の色合いも増してきていた。
こちらとしてもダンジョンテスターのリクルート活動の一時凍結に関しては裁量をもらっているので、凍結すること自体は容易だ。
だが、ただで凍結を確約することだけは避けねばならない。
国家間のやり取りでは止めるというのも立派な交渉材料、止めることを匂わせつつ止めるためのより良い条件を相手側より引き出さねばならない。
最初にこちら側に提示されていたのは、黒寄りのグレーゾーンのリクルート活動及び経営活動の黙認。
この二つが提示された理由は、なんだかんだ言ってうちの会社が日本に対して多額の税金をしっかりと納めていたことに由縁する。
企業登録の手順も日本の規則に基づいたものに準拠していて、法的には立派な会社なのだ。
加えて言えば魔法、具体的に言えば俺のように魔紋で強化するような感じの要素を取り締まる法律は現代ではない。
強いて言うなら、この能力を使って犯罪でもすればそれで取り締まれるのだが、そんなことしていないのであれば犯罪ではない。
では労働基準法違反と言うのか?
と聞かれれば、うちは内容を除いていたってホワイト。
就業時間は基本残業無し。
むしろやろうと思えば半日だけの就労で済ませることもできる。
契約の際にきちんと内容も見せて体験させて研修も施している時点でいくらでも辞め時もあるし、同意書も作成している。
給料の支払いに関して言えば、ある意味で一攫千金を狙えるほどの給与が約束されている。
休みもあるし、有休もあるし、なんなら異常と言えるほどに福利厚生施設も充実している。
おかげで違法労働にも該当しない。
日本からしたら取り締まるにはグレーすぎる内容なのだ。
おかげで互いに妥協点が見つからず、膠着状態。
「予想はしていたが、なかなかうまくいかんものだな」
結局その日は進展なし、強いて言えば互いの立ち位置を確認し終えて終わった。
と言った感じで宿泊施設に戻ってきた。
「まぁ、仕方ないんじゃないか?俺としては簡単には決まらないと思っていたし、エヴィアもそうだと思ってたんだろ?」
俺は精神的に疲れただけだったが、交渉を担当したエヴィアは心身ともに疲れたと上着を脱いで大きくため息を吐いていた。
「そうだな、まだ友好的であることが救いだな。これが奴らみたいに頭ごなしに隷属しろと言ってこないだけマシか。まだ交渉の余地はある」
「隷属しろって………」
「事実だ。過去、何度か行われた和平交渉で行われたイスアル側の要項は基本それが含まれる。我々は下等な種族、王族であろうと生涯にわたり人族に従属しろと言われたという記録はいくらでもある」
隷属なんて言葉日本では聞きなれないなと呆れながら言ってみると、エヴィアは嘘や冗談ではないと人と魔の歴史の紐を解き何度も行ってきた和平交渉の内容を教えてくれる。
うあ、っと俺の常識の範囲内では奴隷階級というのは異常であり、そんなものあるんだなと思いつつそんな上から目線の交渉でまとまるのかと内心で引く。
「それと比べれば、まだ日本側の意見は真っ当だ。この国からしたら私たちが異物なのは事実。その異物を一回外に出し、線引きをしたいという気持ちはわからんでもない」
「まぁ、そこでアメリカが介入してきたのはびっくりだけどなぁ。普通なら一国で対応しようと思うだろ?ほら、言ったら一国との交渉の席を独占できるわけだし」
まだ交渉になると言うエヴィアにどれだけ恨みの溝が深いんだと俺は苦笑しつつ、少し話題を変えるために今日来る予定ではなかった他国の外交官の話をする。
エヴィアと俺の上着をハンガーにかけ、ポットに入っているお湯でお茶を入れつつ、そんなことを聞いてみれば。
「そういった見方もあるが、あれはもしかしたら日本から持ち出してきたのかもしれん」
「?それって、日本がアメリカに連絡して一緒に対応してくれって頼んだってこと?」
「ああ、最初はどこからか情報を仕入れ何か取引をしてあの席に同席したのかとも思ったが、それにしては用意周到すぎる」
「用意周到?」
「気づかなかったか?」
彼女は俺とは違う意見を持っていた。
用意周到という言葉を使われ、それがいったい何を指すのか。
エヴィアにお茶を渡しながら考え、そこでふと思い出す。
「メガフロート企画」
「そうだ。なぜあれが三か国連名なのか。もし仮に日本だけで交渉し、アメリカが横槍を入れている現状ならあの企画に関しては名前が別か、もしくはアメリカ側から日本よりもいい条件を提示し、窓口を広げるような交渉を行おうとしたはずだ」
だがそれはなかったと言うエヴィアの言葉に嘘はなかった。
俺も彼女の背後で控え、事前打ち合わせの会話を聞いていたのだ。
言われて気づいたが、たしかにおかしな話だ。
俺は先入観でそう思っていたのかもしれない。
国家間の交渉と聞けば、新しい新天地の開拓ということでビジネスチャンスという視点が先走りすぎていた。
「それがなかった………ということは、日本がアメリカの席を作った?いや、それならなぜ?」
「それのヒントもいくつかあったな。次郎。この国は軍隊がないと言っていたな」
「ああ、まぁ、正確には攻め入るための兵力と言えばいいのか?自衛するための力はあるけど、戦争はしませんと言ったスタンスが日本だ」
「ああ、自衛隊という組織は私の知識の中にもある。だったら次郎。もっとも簡単に戦うことを避けるための方法は何だと思う?」
それとは違う視点があると思い、エヴィアに問いに真剣に考える。
戦いを避ける方法、俺ならどうする?
簡単に、という言葉から導き出すのは。
「近寄らない?」
「正解だ。戦いを忌避するのなら、そもそも争いごとになり得る事象から距離を置けばいいだけのことだ。では、もし、危険地帯に財宝が置かれていたらどうだ?それは誰から見ても魅力的で価値のある財宝。しかし、そこは安全ではない。いや、言い換えよう。未知の場所であり安全ではない〝かも〟しれない場に置かれている。その宝を得るために一人でそこに歩み寄る必要はあるか?」
正解を導き出し、ではと返し手で新たな問いを飛ばされ、共通認識を持とうとするエヴィアの期待に応えるためにその問いの意味を考える。
「………いや、必要ではないな。そうか、そういうことか」
「あくまで予想。向こうの手の内は読み切れていないが、私はそう読む」
「日本からすれば、下手をすればあるかもわからない国がエヴィアたちの国だ。だが、国に一定の信頼のある協会があると言っている。だからあるだろうという不確定要素を含んでいるが国としては認めている。だが、安全性は保障できない。そんな国がすでに日本にある会社を設立している。では、その母体になる国はどれくらいの国土を持っている。あるいはどれほどの人口を持っている。文明レベルは?という疑問は浮かぶはず。ならその手の情報は」
「一切与えていないということはないが全ては公にはしていない。すべておおよそと言った感じだ。特に国土や人口、軍事力に関することや産業に関しては制限している個所は多い。私たちの最大のカードはそこだ。この地球という星ならば人工衛星を使い国土を調べることは容易かもしれんが、異世界にあるわが国ではそれを調べるのは難しい。いや、現状不可能と言ってもいい」
交渉の席において情報と言うのは最も重要な要素だと言っていい。
軍事力と言うのも一種の交渉のカードだが、それも情報が伝わっていなければ意味をなさない。
こっちは強いぞと粋がっていても実利が伴わなければ意味はなさない。
では、手土産感覚で大量の石油を渡すと言って交渉しに来ている国を日本はどう見るか。
怪しい。
この一言で済む。
信頼関係の築けていない今、日本で活動した国をどう扱えば良いのか判断に思慮するところだ。
だからこそ、そこで安全を確保するために、一国でだめなら二国に増やしたらどうだと言う発想か。
抜け駆けされるというデメリットを抱えることになるが、それでも日本としては国内に駐留米軍を抱えているので防衛面でなにも言わないということはできない。
国交するにしても、伝えないといけないのか。
「………よくこの条件で国が二つも動いて交渉の席を設けたな。概要だけ見たら鼻で笑われるレベルだぞ」
「この会談を設けるために色々と根回しした結果だ。その成果で大国の外交官もセットで来たということは本気で我らと国交を結ぶ気だということだろうな」
「となると、最終着地点は総理大臣とアメリカ大統領、そして魔王である社長の握手?うわ、何その絵すっごい見たいけど、そこまでの道のりがハードすぎるような気がする」
「そう言うな。私としてもそうなってくれた方が今後の我々の活動としやすい」
結末は見えたが、そこまでの道のりの険しさに肩をすくめて見せると、私だけに苦労を背負わせるのかと睨んでくるので今度は両手が天井を向き、降参だと示す。
そうすれば彼女はよろしいと笑ってくれる。
「となると今回の会談が重要になるわけだが………ネックになるのはリクルート活動ということになる。そこら辺はどうなんだ?ある程度の人数は集めているが、いまは活動率はそこまで良いってわけじゃないが」
ならば信頼を築くためには俺たち側にある程度の妥協が必要ということになる。
現状、イシャンと川崎が問題を起こしてはいるが、テスター全体に影響が出るほどではない。
成果としては十分に出ていると思う。
多少の猶予はあるだろう。
だが、一年二年程度ならともかくとして、十年単位以上になると厳しいものがある。
戦闘と言うのは肉体を駆使する。
今は若い戦力が揃ってくれているが、彼ら彼女たちそろって十年もすれば肉体のピークは過ぎてしまう。
俺みたいに特殊な肉体にならない限りは、これから衰えがやってくる。
なので常時新しい人材は欲しいところ。
「一時的なリクルート活動の自粛は飲もうと思っている。だが、そこに枷をはめるのはよろしくない。今リクルート活動の自粛の話を飲めば、相手はさらにそこに条件を差し込んでくる。それは避けねばならない」
「停止するとしても、再開の条件を組み込むのが前提で、さらに再開しやすくすることか」
「ああ、減ったら補充できない。それでは意味がない。まさかお前だけにテストを任せるわけにはいかんだろ?」
「そんなブラックなデスマーチは勘弁だな」
そして方針としては理解した。
そして妥協点も見えた。
問題は議決に時間のかかる日本人が国外と連動して動くとなれば、さらに年月がかかるのは目に見えている。
一年ならかなり早い。
五年で普通くらいか。
いや十年かかってもおかしくはない。
調印にそこまでかかってようやくメガフロート建設となれば、建設終了は二十年先か、あるいは三十年先か。
「寿命の長い魔王軍なら待てる年月か」
概算であるが受け入れた場合の想像してみる。
「代わりに、今いるテスターは使い物にならなくなっている可能性があるがな」
そして同じ想像をしたエヴィアと俺は揃って苦笑を浮かべるのであった。
「海堂とアメリア辺りなら、俺と一緒に人を辞めてそうな気がするがな」
「あの二人か、それでも戦力としては足りんな。ただ、ノウハウは残るか………最悪それもやむなしと言ったところだな。いや、それなら交渉をやり直した方が賢明か」
「うまくいかないなぁ」
「世の中などそう言うものだ。うまくいくのはあらかじめそういったようになるように用意された出来事だけだ」
「その通りだけど、悲しいね」
「どういう意味でだ?」
「仕事が減らなくて、エヴィアとのんびりできないことって一つ」
「ふん、そう言うことにしておこう」
「あれ、意外と本心なんだけど」
「戯け、それくらいは気づいている」
明日もまた同じ会談が待っている。
焦点は決まった。
ならばあとはどれだけ譲歩を引き出せるか、あるいは必要最低限の妥協点で納められるか。
それが問題だ。
そっと彼女の隣に座り、肩を抱いてみれば優しく寄り掛かってくれる。
その彼女のぬくもりを感じつつ、明日の交渉への英気を今日は養おう。
今日の一言
互いの思想をすり合わせるのは大変だ。
毎度のご感想、誤字の指摘ありがとうございます。
面白いと思って頂ければ、感想、評価、ブックマーク等よろしくお願いいたします。
※第一巻の書籍がハヤカワ文庫JAより出版されております。
2018年10月18日に発売しました。
同年10月31日に電子書籍版も出ています。
また12月19日に二巻が発売されております。
2019年2月20日に第三巻が発売されました。
内容として、小説家になろうに投稿している内容を修正加筆し、未公開の間章を追加収録いたしました。
新刊の方も是非ともお願いします!!
これからもどうか本作をよろしくお願いいたします。




