401 要点と要求、そして妥協が重要だ
今年最後の投稿が遅れて申し訳ありません。
少々ごたごたしておりました。
エヴィアの先制パンチが功を成したか、場の雰囲気は俺たちが制したと言っていい。
交渉はこれからであるが、一時でも場を制するというのは大きなアドバンテージだ。
ここはある意味で敵地。
たった二人でこの場で立つというのは想像以上にプレッシャーがのしかかってくる。
だが、流石エヴィアだ。
立ち振る舞いのやり方をわかっている。
よく強力な個人は国家の前には敵わないと物語で語られることが多いが、逆に聞く。
強力な個人はまったくもって無力か?
否、それは絶対に違うと断言させてもらう。
確かにボクシングの世界チャンピオンであっても、警官隊が銃を構えて包囲すれば鎮圧、最悪射殺できるだろう。
しかしそれまでの間に警官の何人にその拳が届くか全く未知数だ。
うまくいけばゼロ、下手をすれば全員。
この差は警察官の技量やボクサーの立ち回りにもによる
では、例えを変えよう。
もし仮に戦車を強奪した強盗がいたら?
これもまた同じだ。戦車を鎮圧できる組織を呼んでくるしかない。
だが、その間に砲弾がどこかしらに飛び民家を破壊し、幸せを失った家族を生み出すかもしれない。
さて、長々と語ったが、何を言いたいかと言えば、確かに個人でできることはたかが知れているかもしれないし、国家という組織には敵わないかもしれないが、決して傷を負わないというわけではない。
そして、その傷の全てが小さいわけではないのだ。
物語の中でも、一個人が国家を脅かすシーンはいくらでもあるのだ。
エヴィアが見せた気迫はその個人であっても脅威であるというのを知らしめたのだ。
ただものではないと周囲に思わせるのが重要。
舐められないというのは国家において重要な要素である。
魔力があれば確かにそのとおりであるが、現状は張りぼての空元気というやつなのだが今はいい。
実際やるとしたら俺が暴れまわるが、うん、それでも満身創痍でどうにか切り抜ける程度はできそうな気はする。
この派遣が決まった際に冗談半分で相手側の主兵器は銃だし銃弾掴んでみるかとポツリと言ってみたら本当にできてしまって、調子にのってよし指で挟むやつやってみよう!ってやったら最終的には自動小銃の三点撃ちを片手で挟めてしまったのだから、いよいよ漫画の世界に来たなと実感した。
では、そんな存在が交渉と言う言葉を交わす場において目の前に座っていたらどうだろう?
理性のある猛獣とでも呼称すればいいか。
その力は政府側の存在であれば普段頼りにしているSPの肉体、装備が全く通用しないということ、協会からすれば身に着けた術が通用しないかもしれないと思わされる。
すなわち、この席で思いもよらぬことに下手を打てば自身の命の危機があるという事実を突きつけられたのだ。
もちろん、国家間のやり取りでそんなことをすればただでは済まないのはこちらとて理解している。
下手すれば即時開戦まで行く可能性すらあり、そうまで行かなくても一度そんなことをすれば関係修復など容易にはできない。
だからこそ俺たちも相手が手を出さない限りはこちらも出さないつもりだ。
しかし、それはあくまでこちらの考えだ。
向こうは今、疑心暗鬼になっていることだろう。
書面どころか口約束もない、ましてや文化面も歴史面においてもまったく異なる経歴で文明を築いてきた世界、そんな国相手に自身の国家の常識が通用するかというのは不安がある。
年齢すらも自身とは比べ物にならないほどの長寿。
人々が幻想だと口を揃えて言う存在。
その存在はこの席に座る俺たち以外の勢力側からすれば、安易に物理的な行動がとれないという枷は暗黙の了解であり、できないだろうなという勝手な想定だと理解してしまっている。
故の不安。
安易に口火を切ったことを、大国アメリカのジョセフですら後悔の色を示している。
しかし、場を動かさないのを良しとしない勢力もいる。
「………皆様方のご紹介が済みましたこと確認しましたのでここからは、各々の意見を交じ合えつつ意見を述べていただきましょう」
それは場を提供した協会側だ。
もし仮にこのままお開きとなった場合には会場を用意した協会側の失態にもつながる。
まだ日取りがあると言っても、さすがに自己紹介だけで終わらすのは流れ的にはよろしくない。
この程度の緊張で終わらすことなどできない協会からしたら一歩踏み込むこともやむなしと言った感じか。
幾分か固くなった霧江さんの声色に続き、視線でエヴィアの方に先にどうぞと促すように示してきた。
「ふむ、では先ほどの件もある。我々の方から話すとしよう」
情報開示と言うのは後出しの方が基本的に有利とされる。
誤情報であっても、それを知り出す情報を取捨選択できるからだ。
エヴィアの申し出は日本政府、並びにアメリカ側からしてもありがたい内容だ。
安堵の色こそ見せぬもののそれを好意的に受け入れる色合いは見受けられる。
こちらとしてはそこまで不利と言うわけではない。
「事前に渡した資料のとおり、我々としてはこの国での公として軍内部で所有しているダンジョンの強化をしてくれる人材の確保が最優先事項だと認識してほしい。もちろん我々の出来うる限りの安全を確保したうえでの環境は整えている。報酬のほうもそれ相応のものは用意しているつもりだ。その環境も報酬も問題が上がるたびに随時改善していくつもりだ。その件を認めてくれることに対しての対価もこの国には提示しているはずだ。加えて我が国はこの国やこの世界に対して侵略の意思はない」
「………確かに事前資料で受け取っております。活動内容に関しても協会を通じてある程度はお聞きしております」
なにせこっちが求めている内容は言わば人材雇用だ。
少々特殊な体質であることを除けば、魔王軍の視点で見れば国外でのヘッドハンティングに他ならない。
拉致しているわけでもなく、しっかりと契約を結び給金も出している。
その職種が特殊で、少々どころではない危険であるが、世の中ではセーフティーなどない仕事などいくらでもある。
地雷処理や未開の地の探索、ベーリング海の蟹工船といった局所的に見ればMAOコーポレーションでやっているダンジョン探索よりも人によっては危険だと思える仕事はいくらでもあったりする。
そのことを踏まえてなのか、それともまた別の考えがあるのか。
外務省の華生は、用意されている資料を片手に眉間にしわを寄せ、言葉を選んでいる。
「………率直に申し上げます。現段階では我々日本としてはこれ以上の御社による人材登用は止めていただきたいというのが本心です」
「ほう」
しかし、いかに遠回しの言葉を選ぼうと言っていることは変わらないと思い至ったのか華生は思い切ってその言葉を述べた。
その言葉に嘘がないことにエヴィアは感心したと目尻を少し和らげる。
「あれでは足りなかったか?」
しかし、それをはいそうですかと飲み込むわけにはいかない。
エヴィアはすぐに表情を元に戻し、その理由を問う。
「貴国から提示された対価、原油の方を機関の方に検査させ十分に活用に値する質であることは承知し、その量日本円にして約八十七兆円分。にわかに信じがたいですが、事実なのでしょう」
「ああ、我が国の精鋭が調べた。嘘偽りはないと私が断言しよう」
「正直、足りないとは口が裂けても言えないでしょう。これだけの対価を提示され我が国としても断るという理由が見当たらない。しかし、我々にも体裁というものがあります」
「人身売買だと言いたいわけか?」
「有体に言えば、そうなります。そうなれば国民の嫌悪感は拭えないでしょう。加えて言えば我が国は移民にとても厳しい感情を向けやすい。もし仮にあなた方を公な世界に導けば中には好意的に接する方もいるでしょうが、異物として接し警戒する方もいるかと」
「なるほど………確かに、この国の国民性を考慮すればその側面はあるか」
日本政府からしたら八十七兆円分の原油と言うのは国家財政を潤す巨大なオアシスだ。
それをもらえるというのなら欲しいと言わざるを得ない。
しかし、対価が問題であった。
この交渉は、八十七兆円与える代わりにこの国の人間で才能のあるやつを自由に雇っていい権利の認可と言う話である。
その仕事は保証はあるも危険があり、また異世界と言う知らぬ文化の国が主導だ。
それに対して国が公で認可するということはあまりにも体裁が悪い。
すなわち危険な仕事をするための人材を日本国民から出していいと、今まで社会的ルールの隙間をつき暗黙の了解でやっていた話を正式なものに押し上げようとしているのだ。
可能であれば他にいろいろと付属事項、それこそ日本史で出てきた出島のように治外法権の土地を生み出したいと考えている。
こちらからしたらその認可こそが一番重要な項目だが、それだけで終わらす気はない。
食料、医学、科学、様々な方面でこの世界は有用な技術が目白押しだ。
武力よりも生活面での活用で手に入れたい要素は様々だ。
しかし、どちらにしてもそれはこの国に受け入れてもらってこそ初めて成立するし、国民感情的に好意的であらなければならない。
理想的に言えば日常の要素に入り込むのが望ましい。
「そこで、我々からの提案なのですが」
さてどう云った話に流れるかと思っていると、華生は背後に控えているSPの一人に目配せし協会側に一つの封筒を渡す。
そして霧江さんに二、三言葉を交わすと元の位置に戻ってきた。
霧江さんが中から紙の束を取り出し、それを安倍副会長と浪花副部長に配ると、こちらに歩み寄り、差し出してきたので俺は受け取り、二部あるうち一部をエヴィアに渡す。
「………これは、ほう」
資料らしき内容をしばし目を通した後、エヴィアは面白いと口元に笑みを浮かべた。
「貴国とわが日本、そしてアメリカの三か国で連携しこの日本の太平洋側、それこそ東京湾沖の領海内に巨大な人工島施設を新設、そこにあなたがたとの交易の場を設けたいと思っております。いわば国家プロジェクト」
メガフロート。時折SFとかで話を聞くが、国内でも聞かないわけではない。
主に沿岸開発のために手法として提案されており、明確に活用された例は少なくはないがなくはないのだ。
それをここでぶつけてくるかと思った。
しかも、その総投資額十二兆円。
億ではなく兆。
桁ではなく単位が違う。
提示した額が額である。
三か国で割ったとしても四兆円。
日本からしたら経済の活発化も狙いつつって感じなのだろうな。
ただ許可を出すだけではなく、経済需要も加味しての話。
エヴィアの視線は資料に向いているも、華生の話を聞いていないわけではない。
「信用のない我が国に対してこれほどまでの計画を提示してくるとはな………随分と好待遇だ」
だが、その話を喜んでいるようにも思えない。
好待遇と口にしつつも、若干皮肉気に聞こえる。
「ええ、我が国としても最大限の考慮をしたつもりです」
「………解せんな。ここまでする理由はないだろう、我々からしたらはっきり言って怪しいな」
しかし、それも仕方ないと思う。
こちらとしては話がうますぎると言わざるを得ないのだから。
この世界に拠点を置きたいとは思っているが、干渉を受けにくい土地まで用意してくれるといったいどういった理由なのか。
善意と言うのはまずありえない、ならばこそ隠し事があるのだろうとも思う。
本心を探るように資料から視線を上げ、鋭いエヴィアの眼光がスーツ組三人を貫くも、冷汗を垂らすだけで彼らの表情に変化はない。
最初の動揺は不意打ちだったのもあったが、気構えさえできていれば我慢くらいはできるということか。
「ええ、すぐに建設というわけではありません。まだ企画段階。正式の国交を結んでからの話になります」
「その国交を結ぶまでの期間が明確ではないが、交渉中は我々には雇用を辞めろと?」
「………ええ、そうなります」
段々と雲行きが怪しくなってきた。
「少し話は変わりますが、先日、とある宗教団体を摘発しました。ニュースでは公開されていない部分も多くありますが、表向きは違法薬物の摂取および所持と言う形での逮捕となっています」
宗教団体と聞き、もしやと言う想像が働く。
それはエヴィアも同じだろう。
「あなた方がそちらの相模さんを経由し、我々に報告をしてくれた敵国が関与していた団体です。その際にとある一室に監禁されていた成人男性を五名を解放した際、警官五名が怪我を負い、うち二名が骨折等の重傷。相手方は〝不可思議〟な力を使っておりやむなく発砲、相手方に死者が三名出ました。今は大人しくなっておりますが、鎮圧した二名の成人男性の血液からは未知の薬物反応が検出されました」
これがどういう意味か分かっているかと投げかけるように華生は一回間を置き。
ズンと重みを感じさせる眼力を発揮する華生は、ここは譲らないぞと言う意思を見せてきた。
確かにあの組織のニュースは見た。
その時は警官が発砲したとした珍しいニュースだったと記憶している。
「はっきり言って、我々はあなた方を危険視している部分があります。安全だと言われてはいそうですかと認めるようでは国家をまとめることはできません」
「理解はする、しかし、我々とて引けぬ部分はある」
「ええ、私としてもそれは理解しております。なので、こちらとしては〝今までの〟行為に関して目を瞑るということでいかがでしょう」
その時にどのような報告を受けたか。
このような対応をうければ想像するのは容易。
すなわち俺たちテスターは国から危険視されているということだ。
今までの行為というのはおそらくテスターのリクルート活動の事だろう。
日本政府的にはこれ以上は許容できないと言外に言っている。
さて、どうなるか。
今日の一言
互いの合意を目指すのは難しい。
毎度のご感想、誤字の指摘ありがとうございます。
面白いと思って頂ければ、感想、評価、ブックマーク等よろしくお願いいたします。
本年最後の投稿となりますがまた来年も本作をよろしくお願いいたします。
それでは皆様、お体等お気を付けてよいお年をお過ごしください。
※第一巻の書籍がハヤカワ文庫JAより出版されております。
2018年10月18日に発売しました。
同年10月31日に電子書籍版も出ています。
また12月19日に二巻が発売されております。
2019年2月20日に第三巻が発売されました。
内容として、小説家になろうに投稿している内容を修正加筆し、未公開の間章を追加収録いたしました。
新刊の方も是非ともお願いします!!
これからもどうか本作をよろしくお願いいたします。




