400 制限されていても、本領を発揮できる人はできてしまう
玄関を通り、霧江さんに先導され、案内された先にあった部屋に入る。
霧江さんが入り、そしてエヴィア俺と続けて入った途端に俺たちに視線が集まった。
視線の主は当然この部屋に先に入室し待っていた人物たちだ。
式服を着込んだ男が三人、俺たちのようにスーツ姿の男が三人、その背後に立つのはSPだろうか、少し厳つい風貌の男が五人。
「………」
そして、とある一角に目が止まる。
表情には出さないが、雰囲気的に一瞬だがエヴィアの視線が止まった。
それは俺も同じだ。
極力表に出さないように気を配っていたため向こう側には気づかれていないと思う。
だが、無視するには些かことが大きかった。
「お二方の席はこちらになります」
しかし、今はそれを追及する場ではない。
向こう側が黙認しているということは、何らかの理由があるということ。
俺たちがなぜと聞くのはもう少し後だ。
霧江さんの言われる席につく。
広さ的に三十畳はあるだろう広さの板の間で円卓を用意したのは上下関係がないことを示しての事か。
それぞれの組織の区別をつけるために等間隔で距離こそ空けているも会話するには問題はない距離だ。
入口近くに俺たちのだろう席が用意されているが座るのはエヴィアだけで、俺はそのままそっと彼女の背後に立つ。
俺の席も用意してあるが、生憎とサポート役であって、交渉の席に立てるほどの地位ではない。
霧江さんに黙って会釈し、その椅子を辞する。
「………では、一同揃いましたので、日本神呪術協会副会長、安倍晴輝より開始の挨拶を」
そのことに対して咎めるものはこの場にはいない。
明確に交渉する相手を絞っただけであり、俺と言う存在は一旦保留とされている。
俯瞰する視点を手に入れられたというのは僥倖。
SPの動きにも注意を払え、見える庭園の方にも警戒を割ける。
いざとなれば瞬時に動き出せる絶好のポジショニングだ。
出だしとしては上々と思える立場を手に入れ、左手の席に移動した霧江さんが協会の中で一番地位の高いであろう初老の男性の名を呼ぶ。
名を呼ばれた初老の男性は、安倍の性を名乗ったということは有名な陰陽師の末裔ということか?
見た目からして七十代と思われるが、白髪の割には生えそろい、体にも無駄な脂肪はなく、かつ老いて細くなるわけでもなく、立ち上がる仕草にも力強さが垣間見える。
細目ゆえに何を考えているかわからぬ表情。
狸と言うよりは蛇という印象を抱く男だ。
「うむ、この場は非公式の場であるも国家同士、良き縁を結べる場として残ることを切に願う。これより日本神呪術協会副会長、安倍晴輝の名を置いて対談を開始しよう」
声も枯れず、静かであるが覇気のある声で響き、背筋が伸びるような感覚を感じる。
何とも不思議な感覚の声だ。
もしかしてもうすでに何か仕掛けられているのか?
視線を動かさず、エヴィアを視覚に納めるも彼女が動いた様子はない。
なれば、まだ様子見ということか。
「司会進行に関しまして、日本神呪術協会関東支部長、相模霧江が引き続き行わせていただきます。また、今回、同協会からは副会長と私、そして関西支部副支部長浪花富和が同席いたします。皆様よろしくお願いいたします」
ならその姿勢に従い情報収集をするとしよう。
まずは、霧江さんたちの協会。
俺の叔母である霧江さんはいいとして、蛇のような老人の副会長安倍、そしてこっちはこうも生活習慣病を患ってそうな男はいないだろうという典型的な肥満体質の狸顔の男、浪花。
いかにも人のよさそうな笑みでニコニコと笑ってよろしくお願いしますと頭を下げているが、逆にそれがあまりいい印象を抱けない。
一見人が良さげに見えるのに雰囲気が供わない。
そんな輩は絶対に気を許してはいけないというのが俺の持論。
結論、副会長も副支部長も油断できない相手ということか。
「では、お次に」
「我々ですかな?」
おまけに自己紹介と言うだけで、この空気の重さ。
国に所属する組織同士の会合と言うのは民間とは違った空気を醸し出してくる。
昔の俺なら胃がキリキリと痛みを訴えていたかもなと、精神的にタフになったなぁと表情に出さずに思う。
もし仮に、この場に俺以外の人が立ち、ただの顔合わせだと鼻で笑え、その笑顔を張り付けてこの場の席に座れる人材がいったいどれほどいるだろうかと思いつつ。
その空気の流れに従い、次に名乗りを上げたのは日本政府側の人間を見る。
「日本国外務省に所属します、華生英輔と申します」
「日本国防衛省、事務官曙康です。後ろの三人は我々の警護を担当してもらっています。ご了承を」
席をゆっくりとされどだらけた姿は見せず、ともにキャリア組と言った風貌の二人が席を立ち自己紹介をする。
外務省の男性は裸眼で四角顔に七分三分け、国防省の男性は眼鏡に角刈りどちらも一度見れば忘れないほど個性がある。
スーツこそが制服と言い現わす四十台ほどの男性が二人並ぶ。
名刺は後ほどと言い残し自己紹介を終えた二人は席につく。
そして後ろに立つ三人のSPも彼らの護衛ということ、となれば問題となるのは。
「おっと、次は私の番だね」
次だと思った内心と、見た目とは反した流暢な日本語が重なる。
グレーのスーツに身を包む金髪の男性。
見た目からして日本人ではないのは間違いない彼は、席から立つと迷うことなくエヴィアの席に歩み寄った。
協会側は何も言わず、日本政府側も何も言わず。
ただ成り行きを見守っているように見えるが、わずかに漏れる心の揺れと言えば良いだろうか。
有体に言えば彼らは不快感を漏らしているのだ。
その観点からしても、彼がこの場に和気藹々として参加したわけではなさそうだ。
「アメリカ合衆国、国務省のジョセフ・ノイマンだ。よろしく異界の人よ」
そんな視線など気にした様子を欠片も見せず、すっと右手を出してくる。
何ともフレンドリー。
これが国の違いかと思いつつ、エヴィアはどう対応するのかと思っていると。
「魔王軍、近衛頭及びMAOコーポレーション社長補佐、エヴィア・ノーディスだ。悪いが、必要以上にことを荒げるのは我々としても本意ではない。握手は後にしてもらおう」
あっさりと袖にした。
この男性も四十代程度であろうが、アメリカ人特有の体格の良さと明るい性格ゆえかなかなかのイケメンだが、その笑顔でもエヴィアの表情はピクリとも動かない。
「おっと失礼、そちらの国では握手はしないのかい?」
「生憎とそういった風習はないな」
椅子を立つことすらなく、だが、見上げまっすぐとジョセフの顔を見る。
年齢的にこの場の誰よりも高齢であるが、誰よりも若く見える彼女が、一回り以上体格も年齢も上に見える男性を雰囲気で圧倒した。
「なら、いい機会だ。お互いのことを知ろうじゃないか」
「そのための会談だ。良き隣人になれることを祈ろう」
「ああ、そうであることを私も祈ろう」
本来であればこの場にはいないはずの第三勢力、大国アメリカ。
この場にいるということは、どこからか情報を入手し人材を投入してきたということ。
そして、日本が許可したということだ。
初めてこの部屋に入ったとき、護衛である彼らも含め、外国人がなぜここにいるかと思ったが、これは思った以上に面倒なことになるかもしれない。
協会からすれば早すぎる介入。
日本からすれば親日国ではあるが距離感が難しい相手。
ホームグラウンドだというのに、世界のパワーバランス的に発言に気をつかわなくてはならなくなったと言ったところか。
席に戻り、席に着いたジョセフを確認し、場はエヴィアによって振出しに戻る。
「改めて名乗らせてもらう。魔王軍所属、近衛頭及びMAOコーポレーション社長補佐、エヴィア・ノーディスだ。今回の会談において我が国の総括を任されている」
そして先ほどジョセフに対して行った自己紹介を改めて全体に向けて行う。
それに対しての反応は特にない。
事前に資料である程度の情報は霧江さん経由で渡している。
この自己紹介も彼らアメリカ勢以外は形式的な物だ。
本題はこれからだ。
「では、今回の外交に関しましての議題を「ああ、すまないミズ・サガミ。本題に入る前に一つ確認しておきたいことがあってね」………なんでしょうか」
だが、出鼻をくじくように食い気味で霧江さんの言葉を遮りまたもやジョセフが話の流れを遮る。
その態度にいい加減にしろと言外に声色に添えて言ってみるも、ジョセフはどこ吹く風。
「いやなに、この場にいる全員が思っていることだ。君たち日本からいただいた資料は読ませてもらった。だが、B級映画の脚本家の方が幾分かマシな話がこと真面目に書かれていて、はいそうですかと信用するわけにはいかない。実物を見たと言っても我々が見たというわけではない」
ミズ・サガミを除いてねと付け加えるように言ってニコリと笑みを浮かべるジョセフ。
何をとも何を見せろとも言わず、ただじっと人の姿を取っているエヴィアを見つめる。
その言葉にどんな意味があるのか。
測りかねると言わないのは、周囲も同じ意見なのだろう。
実際、エヴィアが悪魔と言う事実を見ているのはこの場にいるのは霧江さんのみ。
それ以外は見ていない。
「姿を隠す意味もない、か」
その視線の意味を理解したエヴィアは、隠し続けるデメリットを隠すメリットと比較し考慮し、そして背中に翼を頭部に角を現す。
何もない空間から現れたその二つに、俺と霧江さんを除いた面々にもさすがに驚愕の色が見える。
「これで、満足か?」
皮肉と言う意味合いではなく、ただただ確認するためだけにジョセフに聞けば。
「ちなみに本物かい?」
「触るか?代わりに貴様の国は、こちらを疑った挙句異国の女性の体を無遠慮に触るような国だと報告させてもらうが」
まだ疑うような言葉を投げかけてくるので、挑発するかのように翼を綺麗に動かし、そしてセクハラを訴えてやるぞと言えば。
「OK、君のその翼や角は本物だ。先ほどからの私〝個人〟の無礼は謝罪する」
それはダメだなと素直にジョセフは頭を下げた。
そして強かなのは、国としてではなく個人の独断専行の質問だったと自分から付け加えられた。
これで、アメリカとしてはジョセフと言う男を切ることでダメージを最小限にできる土台ができてしまった。
最初からそのためだけの人材なのか、あるいはこれが彼なりの処世術なのか。
致命傷と言うには傷は浅く、まだ挽回の猶予はあるという匙加減。
「わかった、その謝罪は受けよう。なに、我々は貴公らから見たら異世界人だ。文化的常識の差異はあるだろうさ」
下手にそこをつつき今回の会談を無為に過ごすことを良しとしない魔王軍としては深く追求できない。
表向きとしては謝罪を受け入れるエヴィアの気持ちはどうなのか。
それを確認する術はなく、俺は黙って表情を動かさないように努める。
「だが」
しかし、うちの悪魔様は少々気難しく舐められるのがお嫌いな方だ。
タダではことはすまさない。
「次からは注意したほうがいいな」
空気が変わる。
素早くSPたちが懐に手を伸ばし、協会側の三人の手に札らしきものが握られている。
反応できずただただ固まるしかないスーツ組の三人。
「魔王軍は非常に血の気の多い輩が多くてな。こちらの世界の文明社会においては野蛮だと言われても否定ができない程度の輩が揃っている」
相手に警戒されているというのにもかかわらず、エヴィアは気にせず、魔力を使わず、ただ眼光だけでこの場を制圧して見せた。
ただ座り、ただ見つめるだけで格を見せつける。
そして彼女の口から語られる内容から真っ先に思い出されるのは教官二人。
うん、たしかにあんな態度を見せられたらあの二人なら即殺しコース………ではなく生まれてきたことを後悔させそうだな、うん。
エヴィアの言葉が全く否定できないことに苦笑が浮かびそうになるもそこは努めて冷静でいるように表情筋には仕事してもらおう。
「それだけに実力者が揃い踏みだ。おいそれと、あのようなことをされてしまうとなにが起きるかわからない」
俺が必死に表情を引き締めているというのに、エヴィアときたら楽しそうに話してるな。
目の前ではさっきまで余裕の表情だったスーツ組の三人に冷や汗をかかせている。
「それこそ、火傷程度ではすまないことも起きるかもしれんな」
教官片方でも、三分間と言うわずかな時間であっても、自由に暴れろといえば立派な局地戦術兵器になるだろうなぁ。
まったくもって冗談にならない。
国同士の話し合い。
代理人であったとしても、舐められたらダメなのは重々承知であるのだが、エヴィア。
「そこら辺は承知しておいてくれ」
「ああ、祖国にも伝えておこう」
少しやりすぎなのでは?
今日の一言
使える能力と使えない能力、その活かし方は実力次第。
毎度のご感想、誤字の指摘ありがとうございます。
面白いと思って頂ければ、感想、評価、ブックマーク等よろしくお願いいたします。
※第一巻の書籍がハヤカワ文庫JAより出版されております。
2018年10月18日に発売しました。
同年10月31日に電子書籍版も出ています。
また12月19日に二巻が発売されております。
2019年2月20日に第三巻が発売されました。
内容として、小説家になろうに投稿している内容を修正加筆し、未公開の間章を追加収録いたしました。
新刊の方も是非ともお願いします!!
これからもどうか本作をよろしくお願いいたします。




