399 最初のインパクトが強いと、幾分か後の仕事が気楽にならない?
昨日は色々と騒がしかった気がするが、ゆっくりと風呂に入り、その後はおいしい夕食を楽しみ、早めに眠ることによって十全な体調で目覚めることができた。
これで今日が休みなら気分的に最高なのだが、そう都合よくいくわけもなく生憎と今回は仕事で来たのだ。
なので今回のプレゼンに心身ともに万全の状態で挑めるということで良しとしよう。
「準備はいいか?」
「ああ」
目覚めて朝食を取り、余裕をもってして支度し慌てないように配慮するのは社会人としては癖なようなものだ。
スーツに皴がないか確認し、ネクタイを確認し、身だしなみを整えた俺を出迎えたエヴィアはさっと視線で俺の姿を確認し問題ないと判断したのか頷いた。
スーツはサラリーマンにとっては戦闘服だ。
そこに乱れがあるのは騎士が鎧や剣を粗野に扱っているようなものだ。
「迎えが来るまであと十分ほどか、プレゼンの内容を確認するにも茶を飲むにも少し時間が足りないな」
「準備は終わっているのに何を今更。慎重なのは良いことだが、慎重になりすぎて気後れするようなことはするなよ?」
「わかってるって、言いたいところだが、生憎と母国のお偉いさんに会う機会なんて早々ないからな。実は若干緊張している」
微妙に余った時間をどうするかと悩むことなく、俺とエヴィアは自然と雑談で過ごす。
そして話す内容は自然とこの後の会談についてだ。
協会が仲介に立ち、外務省の人間を中心とした日本の外交団と対談。
こちらが二人に対して向こうは複数人。
事前会議とは聞いているが、それでも緊張はするとおどけて言ってみる。
「ノーライフとライドウと戦うよりもか?」
「………それとは話が違うような気がするが、あの二人と戦うことに比べればなんてことはないか」
「だろうな」
その言葉に対してエヴィアは呆れたと言わんばかりに溜息を吐き、この後の対談以上の緊張感を味わっているだろうと指摘してくる。
確かに、エヴィアの言う通り、教官たちの訓練や模擬戦と比べればこの後の対談で緊張するのはおかしな話。
脳裏に思い浮かぶ血で血を洗う戦い、生存本能がフル活用常体でのあの教官たちとのやり取りは命の危機がありふれてしまっている。
一発一発が致命傷のやり取り、初心者は絶対にマネしてはいけませんと注意書きを出さなくてもマネしたくない光景。
確かにあれはあれで言い表せられないほど緊張するが、それを感じている余裕などない。
正直戦闘中などアドレナリンとかの脳内物質を全力で放出されただただ生き残ることに特化し、相手を倒すことに終始してしまう。
そんなやり取りは緊張を感じているが感じていることを実感している暇などないとまた別の感覚に近い。
最近ではなんとなく戦い終わった後にああ緊張したと事後報告のような感じて思い出し、教官たちに未熟者だと笑われるようになってしまっている。
正直腹の探り合いと言う場の緊張とはジャンルが違う気もするが、エヴィアの言いたいことはわかる。
土俵違いで比べること自体間違っているような気もしなくはないが、否定するほどの事ではない。
「エヴィアは大丈夫か?」
「ああ、魔素を貯めた装備を新調した。予備含めてな」
それに、程よく緊張がほぐれたことも事実。
であれば、もう少し気分転換もしたいので話題を変えてみる。
今回の仕事で、昨日とはまた違ったこの高級感溢れる黒色のビジネススーツに袖を通しているが、これはジャイアントの職人が作ってくれた特別製のスーツだ。
当然、隣に座るエヴィアが今着ているグレーのワンボタンテーラージャケットのパンツスーツもそうだ。
まぁ、ご愛嬌と言うわけではないが、それぞれのスーツは別々のジャイアントたちが作った代物のなのだが、同然のごとく普通のスーツなわけない。
スーツの割には軽く、保温性に優れているも暑すぎず寒すぎずの快適な状態に保ってくれる。
表面の生地から選別され、意匠も拘り、国家間の会談にあった造りに仕上がっているあたり職人芸を見せてくれる。
しかし、どちらかと言えば俺もエヴィアも見た目よりも裏の方が本命だ。
防御面に関しては防刃防弾、耐火、耐水、耐電、耐魔法処理を施されたダンジョン内でも十分に通用する一級品の防御性能。
それに加え、裏生地に細く加工したミスリルの糸を編み込むことによって魔力回路を形成し、各部に配置した魔石や身に着けたアクセサリーの魔石から魔素を体内に供給できるようになっている。
十分に立派な防具と言える。
おまけに衣類としても優秀な出来。
皴にならない、着崩れしない、汚れ防止、空調完備と着心地にも心遣いがある。
ここまで完璧なのだが、唯一の欠点、それは完全にワンオーダー品のため値段が全然手ごろではないこと。
これ一着で新車の高級乗用車が買えると聞いている。
こんな服を着る必要がある仕事に出向くのかと馴染みの顔のジャイアントからこのスーツを手渡されたときにそんなことを思いながら苦笑したものだ。
「………」
「そんな顔するな馬鹿者、昨日の言葉を気にしているのか?」
「気にしないことなんてできるか、あんな言葉言われたら」
そんな装備を着ないとこの地ではエヴィアは生きていけない。
おまけにここは異界と区切られた隠れ里。
おいそれと脱出できるような場所ではない。
命を賭けることができると言われてしまえば、嫌ではないが、エヴィアの言う通り多少なりとも神経質になってしまう。
「意地でも守ってやるって思っちまう男ってわかってるだろ?」
「ああ、そのための反則だからな」
その神経質になっている俺の感情も優しく諫めて穏やかにさせてしまうのだから、本当に人を動かす悪魔ってのは。
「怖い怖い」
「だが、悪くないだろ?こんな美人に頼られているのだから」
ニヤリともニコリとも違く、ふっと口元だけ柔らかくする笑みは彼女の瞳の優しさの色も相まって男の心をくすぐりまた満たす。
「否定できない部分も含めて、エヴィアの言葉は反則だよ」
なので自然とエヴィアへ降参するように諸手を挙げることになる。
本当にいろんな意味でいい女だよエヴィアはと心の中で笑みを浮かべつつ。
「時間だな」
「ああ」
俺とエヴィアは同時に玄関の方に視線を向けた。
まだ玄関にたどり着いていないが、仲居さんがこちらに向かってきているのがわかる。
そしてその感覚に誤差はなく、部屋につけられていたインターフォンがチャイムの音を鳴らした。
「はい」
その音に従い出て見れば。
『お迎えの方がいらっしゃいました』
予定通りに迎えが来た。
「わかりました、すぐに行きます」
『はい、お待ちしております』
ここから先は完全に仕事モード。
先ほどまで笑みを浮かべていたエヴィアの表情は引き締まり、すっといつもの鋭い眼光となった。
俺も務めて表情を引き締め。
「行くぞ」
「ああ」
彼女の背に続く。
「「お迎えにあがりました」」
そして仲居さんの先導の元、案内された場所にいたのは昨日霧江さんとともにいたおつきの巫女二人。
そして車の代わりに用意されたのは。
〝牛車〟
町並みも平安なら、移動手段も平安なのかとツッコミを入れたくなったが、エヴィアが何も言わないことから馬車での移動もそう言えばあったなと思い出し、ここでは当たり前のことなのかと思うことにした。
「こちらにお乗りください」
そう言って、たしか巴と呼ばれていたおさげの少女が牛車の暖簾をすくい上げる。
中には三人分の座椅子のような席が設けられている。
これに乗って市中を進むのかと、若干羞恥心を感じているが、エヴィアは気にしたそぶりも見せず少女の言葉に従いその暖簾をくぐり席についている。
それに遅れることなく俺も席につけば巴さんも乗り込み、暖簾を降ろす。
「では、少し揺れますのでご注意ください」
そして対面するように正座し、凛とした口調で言い放ったのち、側にあった鈴を鳴らすと少し浮遊感みたいなものを感じる。
「………もしかして、飛んでますか?」
「はい、雲牛によって本山の方に向かっております。到着まで十分ほどとなっております」
しばらくしても車特有の移動感覚が来ないことに違和感を感じ、そしてどんどん上へ上へと昇る感覚がのしかかっていることからもしや、この牛車は空を飛んでいるのかと思い聞いてみればすました顔で巴さんは肯定してくれた。
なるほど、これがあるのならわざわざ本山とやらに俺たちを招く必要はないわけだ。
『気づいてた?』
『当たり前だろ』
なんとなくエヴィアにこのことを確認してみれば、何を当然のことをと言わんばかりに呆れた視線をいただく結果となった。
いや、冷静になれ俺、ここは現代日本ではない。
そう言う世界なんだと言い聞かせるように再認識する。
余計な固定観念を捨てろと言い聞かせ、つくまでの間質問でもしてみようかなと、巴さんの方向を見てみれば、会話する気はありませんと目を閉じ静まる彼女がいた。
「………」
「………」
「………」
話しかければもしかしたら返事を返してくれるやもしれないが、姿勢は完全に拒絶の姿勢。
まかり間違っても観光ガイドのような明るい会話は見込めない。
そうなればもはや悩むこともなく、それなら時間まで静かに過ごすことにする。
そして、最初の質問以降会話する空気は生まれず。
牛車内は静かな物。
加えて空の旅と言っても外の光景は見えず、暖簾で遮られ、景色を楽しむこともできない。正面に座る巴さんは目を閉じ何も語らず静かに座るのみ。
俺たちも二人で会話することなく、静かに過ごす。
「………」
「………」
「………」
結果、道中の会話はゼロ。
そして情報もゼロ。
静かな空の旅のまま、ゆったりと降下する感触と共に、空飛ぶ牛車は目的地へとつくのであった。
微妙な空気から少しでも早く解放されたいと願いつつ、最初に動いたのは巴さん。
スッと立ち上がり暖簾を持ち上げる。
「どうぞ、お降りください」
今度は俺、エヴィアの順で降り、白い砂地に降り立った牛車から降車するとその建物が見える。
大内裏と言うやつなのだろうか。
個人的に似たような感じの建物は十円硬貨にも使われている平等院鳳凰堂くらいしか知らないが、堂々と建つその建築物は宮城と言える。
「………気づいているか?」
「ああ、歓迎はされているようだ」
当然そんな施設なのだから警備はあるだろうと思っていた。
突き刺さるとまではいかないが、牛車を降りてからいくつもの視線が集まっている。
敵意はないが警戒はされている。
不自然に旋回する上空の鳥や庭園の至るところにいる小動物。
小声で監視の目があることを確認し合いつつ、互いに死角をカバーできる位置取りを行う。
「では、ご案内いたします」
そして牛車の手綱を握っていた巫女と巴さんが先導して大内裏に入っていく。
人っ子一人いない廊下を四人が歩く。
右手に庭園の光景を写しながら歩くも変わらず人がいない。
それなにも関わらず視線だけは感じる空間が異様に感じる。
元々こうなのか人払いを施しているのか、どっちにしろ居心地はあまり良くはない。
しかし、下手に人と会うよりはいいかと割り切り黙って進む。
「こちらになります」
そして通された一室にはようやく人がいたが、黒子のような面隠しをしていてゆったりとした式服に身を包んでいるためか若いのか老獪なのかもわからない。
扉の脇に立つ一人が扉をノックし。
「お客人が到着されました」
『お入りになってください』
中から声が聞こえる。
「では、私たちはここまでです。中にお入りください」
そして巴さん達は左右に分かれ、扉を開き俺たちを中に誘う。
ゆっくりと開かれ、その先に見えたのは渡り廊下。
先ほどの声の主がいるはずだが、それもない。
疑問に思いつつも、俺とエヴィアが扉を潜ればゆっくりとその扉も締められ、進むしかなくなる。
「行くか」
「ああ」
エヴィアと一緒に進み階段を上った先に大きめの庵のような建物が見える。
枯山水の庭を備え、風景にも気をつかったその建物のその入り口に霧江さんが立って待っていた。
「お待ちしておりました。皆揃っております」
「我々が最後か」
「ええ」
そしてこの戸を潜れば異世界の交流が始まる。
その緊張感が降りかかると思いきや、あまり感じないなと少し拍子抜けの感覚を味わいつつ、そっとアイコンタクトで大丈夫かと問うてくるエヴィアに向けて軽く頷く。
「わかった。中に入ろう」
「はい」
さてはて、一体どんな会話が繰り広げられるか。
今日の一言
緊張と言うのはちょっとした拍子で抜けるときがある。
毎度のご感想、誤字の指摘ありがとうございます。
面白いと思って頂ければ、感想、評価、ブックマーク等よろしくお願いいたします。
※第一巻の書籍がハヤカワ文庫JAより出版されております。
2018年10月18日に発売しました。
同年10月31日に電子書籍版も出ています。
また12月19日に二巻が発売されております。
2019年2月20日に第三巻が発売されました。
内容として、小説家になろうに投稿している内容を修正加筆し、未公開の間章を追加収録いたしました。
新刊の方も是非ともお願いします!!
これからもどうか本作をよろしくお願いいたします。




