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398 確認のために、話し合うことは必要だ

 神々の宴の提案をして、そのあとは特に捻りもなく連絡先だけ置いていき霧江さんとおつきの二人、そしてまさか会うことになるとは思っていなかった神様が帰った一室で俺はホッと安堵のため息をこぼした。


「随分と騒がしい神だったな」

「ああ、そうだな」


 

その足取りで縁側に腰を掛け、静かな庭園の風景を眺めているエヴィアに声をかける。


「………大丈夫か?」


よくも悪くも騒がしかったあとの空間というのは反動の所為か静かに感じる。

 そんな静かな空間で後ろ姿を見せせる彼女に向けて、俺はこの空間に監視の目がないかザっと探りを入れた後に体調の心配をする。


「問題ない、と言いたいところだが、思ったよりも芳しくないな」


特段、彼女が病にかかっていたり怪我をしているわけではない。

この場にいること事態がエヴィアにはかなりリスキーなのだ。

 俺が何を心配しているのかを察しているエヴィアの声色に戸惑いはない。

 しかし、戸惑いがないからと言って俺に不安がないというわけではない。

 縁側に座りながらこちらに振り向き、苦笑しているエヴィアの顔を見ればさっきまで強気の姿勢で交渉していた彼女とは思えないほど弱々しかった。


「まったく、魔力に生かされていると実感させられる。強者程この世界の制約を強く受けるとは知ってはいたが………」


 ギュッとエヴィアは手を握るが、その力は成人した女性の握力程度の力しか宿っていないのがわかる。

 普段会社内で見せてくれていた彼女の圧倒的力はこの場ではない。

 凛とした姿勢で隠してはいたが、それはあくまでブラフだった。


「ここまで想定内だと、逆に笑えて来るな。正しくここは私たちにとっては地獄だよ。力が出ないというのは本当に不便だ。か弱い女であるつもりは毛頭なかったが、今の私では下手をすればゴーレム一体倒すのにも苦労するだろうな」

「戦闘は無理そうか?」

「貯蓄で持ってきたマジックアイテムを総動員しても、全力戦闘は出来て数分だろうな。加減して現実的な継戦を意識しても一時間は超えんだろうな」


 社外での行動制限、その影響を彼女がもろに受けているのは目に見えている。

 今のエヴィアは海の中で巨大な酸素ボンベを背負い、その酸素残量を気にしながら行動しているようなものだ。


「となるとだ。神と会談したのは痛手だったな」

「確かにリスクとリターンが釣り合ってはいないな。こちらとしてはいらぬリスクを背負い、手に入れたのは既存の情報ばかりに厄介ごとだ。それに対して向こう側は知ってか知らぬかどちらにしてもこちら側を揺さぶったことになる。痛手だな」


 先ほどまでの短くはない会談の最中で最も危険に晒されていたのはエヴィアだった。

 魔素がないこの空間は一歩間違えれば彼女の命の危機に直結する。

 ちらりと部屋の隅に置かれている持ってきたキャリーケースを見る。

 あれは戦闘があった際に俺が使う分も入っているが、一番の重要な役割としてエヴィアの生命維持の役目もある。

 それが無事なのはいいが、もう一つ気になる部分もある。


「気づかれたと思うか?」

「さてな、自称とはいえ神だ。私たちの知覚を抜け突如として姿を現す存在。気を付けていたとしても気づかれる要素はあっただろうさ」


 それはエヴィアたち異世界人がこの世界で活動するのに制限があるということ。

 この体質、エヴィアたち異世界人がこの地球上で生活できないという内容を周知されないこと。

 魔素がなければ生きていけないという体質は社員であればだれでも知り得る情報であるが、きちんと口外の禁止はしかれ、秘匿情報の一つに入っている。

 こちらとしては正直このタイミングで神と会うのは誤算だった。

 この情報を知られるのと知られていないでは今後の交渉の席においてかなりの差が生まれることにちがいない。

 元より、今回の交渉の席でエヴィアが選ばれたのは地球の国との交渉の席で比較的穏健派であり肯定派かつ、人の姿に近いからだ。

 さらには地球環境下で幹部クラスの存在が長時間活動できるかという実験的要素もある。

 これがキオ教官やフシオ教官であるのなら、余計な諍いを起こしていたかもしれない。


「………っつ」


 しかし、結果として教官たちでなくともトラブルと言うのは物事に付きまとうようだ。

 予定通りに事は運ばないものだと苛立ちを感じ、その感情を抑え込むように乱暴に頭を掻き気を静める。

 終えたことをいちいち気にしても仕方ない。

 知られたか知られてないか考えても答えは出ず、覚えておくとしても考える時間は無駄だ。

 ならば悪い方を想定し知られていることを前提に話を進めるだけと気持ちを入れ替える。


「やり辛くなるな」

「ああ、だが、やらねばならない」


 ネガティブに考えては話は進まないとはわかっていても、つらい立場だなと、今回の交渉の席でサポート役を仰せつかった身としては気分を入れ替えるのに苦労する。


「加えて神々の宴と言う無理難題を伝える役目も言われてしまった。この件の処理はどうするか」


 そしてその気分を入れ替えるのを阻害している案件がもう一つあるということも後押ししている。

 エヴィアも頭が痛いと溜息を堪える様子を見せる。


「実際どうなんだ?神同士の宴会なんてセッティングできるのか?」


 無理難題レベルで言うのなれば、顔見知りでも知人でも、親戚でもないただの一般人が国家のトップ同士の会談をセッティングするようなものだと俺は勝手に想像してしまっている。

 あるいは今まであったことのないアイドルがいきなり現れてそっちの国のアイドルに会いたいからよろしく!って気軽に合コンのセッティングを要請された感じか?

 どっちにしろ、誰でも無理だと諸手を挙げて降参する案件であるのだ。

 正直神同士で連絡やアポイントメント取れないの?って聞きたい。

 だが、生憎とこっちは無理と言って放り投げることを許されないサラリーマン。

 断るにしても相応の理由と根拠を示さねばならない。

 下の知らないうちに上が勝手に話を進めないことを幸いとして考えておこうという結論に収まる。


「考えるのは後回しだな、出来る出来ないの問題は私の裁量権の範疇を超えてしまっている。どちらにしろ、今回の交渉の席を成功させねば意味はない」

「それもそうか」


 そして、エヴィアの言い分ももっともだ。

 神様の意見はわからんが、下が険悪になっているのに上が仲良くなっていたら元も子もない。


「となると、明日からのプレゼンが問題か………物理的な干渉はあると思うか?」

「ないだろうな。やる利益がない。今私たちを処理もしくは誘拐したとて魔王軍が日本の敵に回るだけだ。利益を考えるのなら愚策中の愚策、この世界には売り手はいくらでもいる。私一つの命でこの国はダメだと見切りをつけられるお方だよ魔王様は。よほど愚かでなければ、やるとしてもこちらの戦力を見極めてからだな」

「なら今回の出張中くらいは厄介ごとに巻き込まれることがないことを祈っておくよ」


 一応の懸念材料として、物理的な干渉すなわち押し入り強盗的なことが起きないかを聞いてみるも、俺の考えている予想と一緒で問題はないとのこと。

 しかし残念ながらこの会社に入ってからのトラブル体質のため、その予想に安易に頷けない俺は若干皮肉が混じったような言い回しになってしまう。


「何を言っている」

「?」

「神の宴会のセッティングと言う厄介ごとはもうすでに降りかかっているだろう」

「ああ………そう言えばそうか」


 いつもの厄介ごとは戦闘がデフォルトで付属されていて気づかなかったが、今回神様に頼まれた内容はよくよく考えれば十分に厄介ごとだ。

 すでに流れ作業と化してしまっている厄介ごとの被弾は避けられないのかと肩を落とす。

 そしてこのことは今考えても仕方ない。


「はぁ、とりあえず明日のプレゼンの再確認をしておくか、それとも夕食までに風呂でも入るか」


 ようやく時間的に余裕ができたのだ。

 仕事を片してからゆっくりするか、それとも気分転換も兼ねて部屋付きの風呂にでも入るか。

 部屋の設備を確認した時見るからに結構広い露天風呂が存在していた。

 景観もかなり来た出来る造りに実は少し期待していたりする。


「風呂か、そう言えばこちらの世界に来てからこの国の様式の風呂には入ったことはなかったな」

「マジか、それはもったいないな。一度入っておいた方がいいぞ。なんなら先に入るか?」

「………いや、先に入っていいぞ。私は後でいい」


 そんな折に、旅館にあるような風呂に入ったことがないというエヴィアに少し驚きつつ、日本人としてお勧めしておくと少し考えるそぶりを見せたが、断られた。

 まぁ、時間は幸いにしてたっぷりある。

 エヴィアもゆっくりと風呂に浸かりたいだろう。

 夕食後にでも入るつもりだと予想し、それなら先に入っておいた方がいいと俺は入浴セットを片手に浴室に向かう。

 その時になぜかエヴィアは笑っていたような気がする。


「おお、立派立派」


 スエラたちと一緒に行った社内の慰安施設の旅館もすごかったが、ここもそこに負けず劣らずの設備具合。

 一つの家族に貸し出すとしても過剰と言えるくらいの広さ。

 檜風呂に大きな窓が付き、そしてそこから見える景色。

 よく見ればそこには小さいが露天風呂もある。

 緑葉をメインに光の具合をしっかりと計算された山の光景。

 ついつい昼間なのに酒が欲しくなるような条件だ。

 タオルを腰に巻き、とりあえず体を先に洗い、湯船に体を沈める。


「あああ」


 口から漏れるように吐き出した声が辺り一帯に響こうがお構いなし。

 温泉でも引いているのか、何か特殊な効能でもあるかのようにその湯は体に染み渡る。

 思ったよりも緊張で凝った体が程よく熱い湯にほぐされ、体から力が抜け縁の方に体を預ける。

 結構身長の高い方であると自負する俺の体を大の字にしてもまだ余る風呂の広さ。

 一緒に持ってきたタオルを目元に乗せ、少し浮くように体を広げると何とも心地よく風呂に浮かぶことができる。


「かぁ、いい湯だ」

「そんなにか?」

「ああ、極楽ってやつか」

「そうか、なら少し横によれ。入れぬではないか」

「あいよ………ん?」


 そんな夢心地の世界の中ふと聞き覚えのある声がそばから聞こえ、その声に従って体を動かし少し横にずれた辺りでおかしなことに気づく。

 そしてチャプリと俺の左隣に何かが入水する音も聞こえ。


「ふぅ、たしかに、いい湯加減だ」

「エヴィア!?」

「他に誰がいる」


 そっとタオルを取り払ってみれば、なぜか堂々と隣で湯船につかるエヴィアの白肌が見えた。

 湯によってホッと赤く上気した頬を見せながら、呆れたように俺を見る女性は間違いなくエヴィアだ。


「いや、いま俺が入って」

「別に構わんだろ、私とお前は婚約者だ。それにこれでも軍に身を置いている身だ。裸を見られても困ることはない」

「いや、いま俺がリアクションに困っているんだが」


 胸元に見える赤い宝石をつけたペンダントから魔素を供給しているのだろうが、それ以外何も身に纏っていない。

 それに動揺し恥ずかしがるような年でもないが、いきなりはさすがに驚く。

 まぁ。


「………役得だと思っておく」

「そうやって、状況を飲み込めるところを私は気に入っているのだがな」

「ありがと」


 それでも彼女が嫌がっていないのなら、まぁいいかとその場面を受け入れてしまう。


「………」

「………」


 そうなってしまえば黙ってその湯船の中で身を寄せ体を癒す時間になる。


「………そう言えば、前々から聞きたいことがあったんだが、いいか?」

「なんだ」


 そんな時間も悪くないが、この時の俺はそのときふと思ったことを聞くことにした。


「………いや、なんでもない」

「なんだ、それは」


 いや、聞こうとした。

 エヴィアと俺のこんな男女の関係のきっかけは何だったんだと今更聞くのもどうかと思った。

 今更惚れた腫れたなどと気にすることかとも。

 デートを何度かして、一緒に過ごし、今では同棲もしている。

 そんな彼女に向かって、何を聞くかって話だ。


「ふむ、悪くないな。次郎、次に家を建てる時はこんな感じの風呂でも作るか?」

「いいなそれ、なんなら二種類くらい風呂でも作るか」

「管理するのが大変だろうが、ヒミクならやってくれそうだな」

「ヒミクだけに負担を強いるわけにはいかないけどな」

「なら、もっと上に行って稼げるようなれ、そうすれば私の方で良い奴を紹介してやる」

「そいつは何と言うか、想像のつかない世界だな」

「馬鹿者、お前はその領域に行かねばならないんだよ」


 なら、野暮な話しは無しだ。

 このままゆっくりと彼女との絆を深めていけばいい。


「でなければ、私が惚れた意味がない」

「え?」


 と勝手に思い込んでいたのは俺だけのようで、不意打ち気味の告白に反応が遅れクツクツといたずらが成功したことを喜び笑うエヴィアは、ツンと優しく俺の額をつつく。


「え?いつ?」


 その言葉が信じられずためらった言葉を言ってしまった。

 彼女との関係は入社した時から色々とあったが、それでも正直俺が特殊体質で色々と出世して、それでお目付け役と言った感じで政略結婚的な流れだったはず。

 なので俺からすれば、そんなきっかけでもいいかと割り切り、そこから進展させようと思っていたのにも関わらず惚れた発言が飛んできた。

 混乱するに決まっている。

 本当にいつ?どこで?俺は何をした?


「さてな、お前が言いかけずにしっかりと聞いていれば教えていたかもしれんな」

「え?それ、ズルくない?」

「残念だったな次郎、悪魔と言うのはずるい生き物なんだよ」


 そんな疑問符をうかべる俺の顔がおかしいのか、笑いの止まらぬエヴィアはそのままゆったりと湯船の縁ではなく、俺に体を預ける。


「ただそうだな、ずるいだけの女と思われたくはないからいつと言うのは教えんが、これだけは教えておこうか」


 顔は見えず、彼女の紅い髪が見えるだけの光景だが、エヴィアの声はしっかりと聞こえる。


「私の命を預けるくらいには、お前には惚れているぞ。でなければ組織のためとはいえこんな仕事など受けん。お前がいたから安心して仕事を受けたんだ」


 その声を聞き、年甲斐もなくうれしくなり、また照れてしまっている俺がいる。


「………その言葉も反則ズルだろ」

「………ああ、そうさお前専用の反則ズルさ」


 その言葉を聞く俺は、エヴィアには一生かかっても言葉で勝てる日がこないのではとうれしさ半分で思うのであった。



 今日の一言

 ちょっと休憩してからの方が仕事は進む時がある。


毎度のご感想、誤字の指摘ありがとうございます。

面白いと思って頂ければ、感想、評価、ブックマーク等よろしくお願いいたします。


※第一巻の書籍がハヤカワ文庫JAより出版されております。

 2018年10月18日に発売しました。

 同年10月31日に電子書籍版も出ています。

 また12月19日に二巻が発売されております。

 2019年2月20日に第三巻が発売されました。

 内容として、小説家になろうに投稿している内容を修正加筆し、未公開の間章を追加収録いたしました。

 新刊の方も是非ともお願いします!!


これからもどうか本作をよろしくお願いいたします。

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― 新着の感想 ―
[一言] エヴィアって、こんなにいい女だったかぁ。
[良い点] イチャイチャしやがって!!もっとやれ!!!
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