397 似た出来事は共感しやすいが、共感したくないこともある
居住まいを正した霧江さんは、一度ちらりとミマモリを見て黙っていることを確認した後、ためらうことなくその口から現状の協会の方針を淡々と語り始めた。
「では、改めて言うのもおかしな話ではありますが、我々協会としては、概ねあなた方とは友好を結びたいと思っているのが大多数です」
「それは朗報ですね」
概ねと引っ掛かる言葉が付属されたが、最初に聞けた言葉が良いことであるので内心でほっと胸をなでおろす。
しかし、霧江さんはですがと予想通り反語を用いて言葉を続けてくる。
「お二人もわかっている通り、あくまで大多数であり、全てではありません。かつその大多数の中でも思惑は分かれていると考えていただきたいと思います。純粋にあなた方と交友を結びたいと思っているのはごく一部、あとは腹の中に利益の事やもろもろのことを一つや二つで済まない程度には考えている狸が揃っていますね」
損得勘定抜きで交友を躱したいと思う人間など希少だろうなと俺はその話を聞きながら内心で霧江さんの話に頷く。
おそらく話しているごく一部が霧江さんたちなのだろうが、それも完全に信用していいわけではないだろう。
適度な距離を保たねばと思いつつ話の続きを聞く。
「一番目立つ問題にあたるのは、少数派の反対勢力と言ったところです。所謂タカ派。他勢力の介入を蛇蝎のごとく嫌う一派です」
「どこにでもいるのだな」
「ええ、本当に頭痛の種にしかならない方々ですよ。子供のダダの方が可愛く思えます」
「それは、比べられる子供がかわいそうだぞ?」
その内容に何度目かの親近感が芽生えたエヴィアが冗談かのように同意すれば、霧江さんも仕方ないと言いつつしっかりと本音をこぼすあたり色々と気苦労を背負っているのだろう。
「しかしその部分は我々で抑え込めていますので問題はありません。現状組織全体の風潮としては受け入れることに傾いています。どちらかと言えば、あなた方が気にすべきことは利益派と呼べる団体でしょうね」
湯呑に手を添え、言い切った霧江さんはそっとお茶を一口飲む。
「利益派、言葉通りに受け取っていい連中か?」
その表情からそこまで深刻になる相手ではないのかと思いつつ、エヴィアが確認のための問いを投げかければ霧江さんは、少し間をおいてから返答した。
「………言葉通り、という意味合いにもよりますが、おおまかにはその通りかと。彼らは私たちの組織の中での財務関係を取り仕切る存在。神秘を内包する組織として見るのなら異質の部門ですね。術師と言うよりは商人と言える本質の集団です」
非公認の政府組織となんとも対義的な組織である協会であるものの、資金源は税金以外にも存在するらしい。
「我々は表立って活動することを忌避しているので、国から渡される資金は神社や仏閣といった経営の補助金程度。それでは資金として心もとない。なので独自の資金ルートを保持する必要性があるのです」
「それは、いいんですか?国的に」
「事実上の黙認と言うやつです。非合法なことをしなければ問題はないということですよ。一番古くからやっていることは縁日の設営などですが、こちらは昨今の事情から経営難に陥りがちですので別の方法を模索していたりします。一番の収入源は海外の貿易ルートを持っていることもありまして、独自の手法で古美術商を営みそちらで真贋を見極めたりしていますね。これが意外といい収入になります」
そして特殊能力を持っているイコール苦労が少ないというわけではないようだ。
人が生活するにはお金がかかる。
すなわちタダでは成り立たないのが組織という物だ。
特殊な組織なりの金銭の確保の方法があるようだ。
「彼らは常に資金繰りに追われていますからね。今回の話を放っておくとは思えません」
そのなかで商売としては一大チャンスと言えるわが社との取引は、肉食獣の前に脂ののった肉を放り投げるようなもの。
いかにして介入するかの算段を立てていると霧江さんは言う。
「なるほど、その利益派が今回の会合に口を出してくると?」
「ええ、まず間違いなく。此度は日本政府とのやり取りがメインでしょうが、仲介役と言う立場を利用してできるだけ多くの利益を得ようとするか」
真実をすべて把握しているわけではないが、霧江さんの話は筋が通っている。
なので俺とエヴィアはその話に耳を傾ける。
「あるいは、直接あなた方との交渉の窓口を取り付けようとするでしょうね。異界にある品物でしたらこちらの世界では貴重品と言ってもいい。もしくはそちらでは無価値なものでもこちらでしたら多大な利益にと見込める品物があるかもしれない。〝国外〟からの介入が入る前にできるだけ優位性を保ちたいのでしょう」
その話自体はこちら側からしたら想定していた内容だ。
むしろそのこと自体パイプを太くできるのであればむしろ率先してやりたいと思っていたことの一つでもある。
ただ、気になることを霧江さんはつぶやいていた。
「国外か………現段階ではありえるのか?」
そう、日本以外の国、他国の動向だ。
エヴィアもその点の動向は常に気を配っていた。
しかし、入手できる情報には限りがある。
「………人の口に戸は建てられぬとはよく言ったものです。今のところは問題ないでしょうが、物流と言うのは常に監視されているもの。そして政府も一枚岩ではないでしょう。この話ももしかしたら大国のいずれかに伝わっているかもしれません。眉唾物と判断を迷わせているうちは大丈夫でしょうが、真実となれば近いうちにどこかの国から介入を受け、会談の申し出があるでしょうね」
その筋の情報は貴重である。
そして、霧江さんの立場であれば、ある程度の政情に関しても知る耳を持っている。
「………気をつけろと言うのは利益派が我々の代わりにそこの窓口になるかもしれないと言ったことか?」
「ええ、彼らにとってあなた方は金の卵を産む鶏、その飼育員になりその卵を売りさばく。それが彼らの理想像でしょうね」
ならばその情報の重要性も熟知している。
それは俺たちとて同様だ。
黙って聞き、霧江さんの情報を整理すればするほど面倒ごとが増えたなと思える。
情報とは時には大金を叩いてでも欲する必要のある物だ。
それが経済という情報ならなおの事。
その利益派とやらは、こっちが知らない情報を笠に着て言い値で品を手に入れようとする魂胆があるということ。
絵空事だとわかっていても、そんなことを企てられていると知れば、腹の一つも立つところだが、それをいちいち怒っていてはきりがない。
そんな話など、誰でも考えることだ。
常に他社より上へ、それが社会だ。
「………世界は変われど、人は変わらぬか。似たような話ばかりで飽き飽きするな」
「ええ、本当に、忠告が忠告にならぬとはこのことかと」
「ならば、もう少し踏み込んだ話を聞いても良いか?」
こんな話は組織を運営する側の者からすれば、ジャブ程度の話題。
その交し合いが終わったタイミングを見て、エヴィアはスッと切り出す。
「立場上答えられぬことがございますので、それを承知の上でしたら何なりと」
「わかっている。私としても、事を荒立て今回のことを水に流す気はない」
そんな前置きは嵐の前の静けさと言わんばかりの穏やかさだ。
「なに気楽に答えてくれればいい。交渉の席につく前の肩慣らしだ」
「そんな前置きをしてくるなんて、どんな言葉が出てくるものやら」
そして徐々にその気流は激しくなってくる。
互いに笑みを浮かべているもののそれは表面上の顔に張り付けただけの笑み。
内心笑みなど浮かべていないのは場の雰囲気で察せる。
「………」
「………」
沈黙で交差する瞳の先に何を語ったか。
一秒に満たない間がどこか重くのしかかり、霧江さんの背後に控えていた巫女二人も姿勢が固くなる。
そしてそれは俺も一緒だ。
強さ的に言えばエヴィアがこの場で圧倒的に強いだろうが、霧江さんの立ち振る舞いはそれに負けていない。
絶対に逸らさない視線。
その視線を先に逸らしたのは、なんとエヴィアだった。
一瞬負けたのかと思いそうになったが、彼女に限ってそれはないと思い、表情筋を固定するのに務める。
「なぁ、土地の神ミマモリ。道化を演じ人を介しての観察はそろそろ終わりにしないか?」
そしてその矛先がさっきまで無邪気に笑っていた一人の少女へと向けられる。
「ん~?」
「とぼけてもいいが、その場合は目の前の人間の寿命が少しばかり削れることになるぞ?頼るのはいいが、労わることも忘れぬ方がいい」
鋭い眼光を向けられたミマモリは、いきなり話を振られ、訳が分からないと小首をかしげ疑問符を頭に浮かべるような仕草を自然な動作で見せる。
それは誰が見ても違和感のない仕草、俺からしたらまったく蚊帳の外であり、話の本題に触れない存在として認識していた故、当たり前の動作のように見えたが、エヴィアは違う視点で見ていた。
「並の人間と比べればだいぶ鍛えられているように見える。目の動き、とりわけ瞳孔も制御しているのは大したものだが、私からすればまだわかりやすい。時折自然な仕草で貴様に確認の合図を送っていたところを見れば、念話か、いやこの場合は一方通行の啓示といった形で相模霧江に指示を送っていたとみるべきか」
それは霧江さんの動作。
一見普通に動いていたように見えた彼女であったが、ここまでくる道中、そしてここまでの会話全てにエヴィアは違和感を抱いていたようだ。
その所作すべてを観察していたことに脱帽した。
「最初は三人とも協力していたようにも思ったが、それすらもブラフだ。後ろの二人はあくまで私と次郎の視線を拡散させるだけの存在。相模霧江も本命と思わせて、正面から会話を挑み視線を集めたのはいい。だが」
すっとエヴィアは霧江さんの指を差す。
「もう少し指の動きを少なくした方が私に気づかれるのも遅くできただろうな。湯呑を取る際の小指の動きでYesとNoを使い分けていたのだろう?」
このようになと一見ただ湯呑に触れているようにしか見えない仕草であったが、わずかに湯呑の底付近を撫でるような仕草を角度を変えていた。
違和感なんてレベルではない。
はたから見れば言いがかりの妄想レベルの発言だ。
「ハハ、それに気づくかぁ」
だが、神は観念したか相格好を崩し、ニコッと笑い。
「霧江、もういいよ」
「………わかりました」
エヴィアの言葉を肯定した。
「ご苦労様、大変だったでしょ彼女の真正面に座るのは」
「ええ、可能であれば二度とこのようなことはしたくはありませんね」
その証明かのように、ほっと息を吐いたとたんに霧江さんの額から大量の汗が流れ落ちる。
相当気を張っていたのだろうと示すかのような汗の量。
「年季の違いを思い知らされました」
「私からすれば、良く持ったと言えるがな」
クツクツと笑っているエヴィアには悪いが、一体全体何が起きたのだと俺は言いたい。
当人と神にしかわからない謎の攻防を繰り広げられ、その結果神様を引きずり出せたという現実しか理解できない。
「嘘を吐けないというのがここまで苦痛だとは思いませんでした」
「人間だれしも嘘を出す。だが、私相手にそれが通じると思うな」
「ええ、言葉通り痛感しました」
その困惑を放っておかれたまま、霧江さんと土地神、ミマモリは席を代わりエヴィアの正面に彼女が座る。
まるでここからが本番だと言わんばかりに彼女はニヤリと笑った後。
「さてさて、ご期待通り出てきてあげたよ異界の神の子よ」
「用事があったのはそちらの方では?」
「まぁまぁ、そんな硬くならないで、さっきみたいな調子でいいよ~」
堂々と言わんばかりに立ち振る舞いを変え、その身に宿す神気と言える覇気を見せた。
それは正しく神。
さっきまでのお転婆少女は本当に仮初の姿であったのか。
ニッコリと笑う彼女であるが、その瞳に宿すものに驕りはない。
袖の中から出した扇子で口元を隠した少女。
その見た目と雰囲気のギャップがすごい。
エヴィアも本腰を入れたか、表情に力を入れている。
「まぁここまでだいぶ遠回りになってたし、率直にいこうか」
ここから先に何が出るか。
その緊張の糸を張り巡らせた空間に、ミマモリはニッコリと笑みを浮かべたままだ。
「君たちの世界の住人同士が交流を持つならさ、私たち神も交流を持つべきじゃない?だからさ」
なんとなく嫌な予感と言うか、大変な仕事を押し付けられる時の雰囲気。
「君たちの神と私たちで交流会しない?楽しい宴会のお誘いさ」
大丈夫、きちんと皆を呼ぶからさと最後に付け加えられた言葉に何とも言えない不穏なものを感じるのであった。
今日の一言
本命は後出しで出てくる。
毎度のご感想、誤字の指摘ありがとうございます。
面白いと思って頂ければ、感想、評価、ブックマーク等よろしくお願いいたします。
※第一巻の書籍がハヤカワ文庫JAより出版されております。
2018年10月18日に発売しました。
同年10月31日に電子書籍版も出ています。
また12月19日に二巻が発売されております。
2019年2月20日に第三巻が発売されました。
内容として、小説家になろうに投稿している内容を修正加筆し、未公開の間章を追加収録いたしました。
新刊の方も是非ともお願いします!!
これからもどうか本作をよろしくお願いいたします。




