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396 知らぬ情報が、必要とは限らない

「おお!悪魔だよ!霧江!アクマ、アクマ!西洋の方にいた奴らとは違う系統の悪魔かぁ!初めて見た!」


 土地神だと名乗った少女、ミマモリは興奮冷めやらぬと言わんばかりにエヴィアの周囲ではしゃぎまわっていた。

 ピョンピョンと擬音が付きそうな勢いで跳び回っている割には足音もせず、重さを感じさせないその動きは人ではないことを証明しているように見えた。

爛々と輝く瞳でエヴィアを観察しそして、その視線を向けられている彼女は一見気にしていないようにも見えるが俺からすれば困っているように見える。

 ぶしつけと言えばそれまでの視線であったが、その視線の色味は純粋な驚愕の色が占め、普段のエヴィアであれば即座に切って捨てるような行為であるが、相手が少女の姿をしていることもあるが神と名乗ったことも相成り邪険にはできない様子。


「向こうでは翼や尻尾があったが、お前にはないのか?ムムムム?見たことのない術で隠しているな、しかし、物理的には触れないと来た。となると異空に隠しているのか?いや、空間が歪んでいる様子はない。となると?」


 おうおうおうと研究者のように唸り始めたかと思えば、今度はくるっとエヴィアの周囲を走り回り始める。

 動き自体は子供じみているのだが、その言葉と思考が子供とは異なる。

 さてはてどうしたものかと悩むしかないが、当の被害を受けているエヴィアの視線は段々と険しくなり、対面に座る霧江さんにどうにかしろと視線で訴えかけ始めている。


「………ミマモリ様」

「おう!隠しているのではなく、変化させているのか!そうすることによって力の消費を抑え、人の中に紛れ込むことに違和感を無くして」

「……ミマモリ様」

「ええい!うるさい!聞こえているわ!今いいところなのだから邪魔立てするでない!」


 その視線の圧に負けたのか一度目は控えめにミマモリの名を呼ぶ霧江さん。

 しかし、聞こえているだろう距離にも関わらず、聞こえていないように振舞う少女の仕草に、額に青筋を立てた霧江さんは今度は語気を荒げて名を呼ぶと、ミマモリは機嫌が悪くなったと言わんばかりに顔をしかめ苦情を述べた。


「ミ・マ・モ・リ・さ・ま?」

「ひぃ!?」


 しかし、その反応は霧江さんからすれば慣れた行動なのだろうか。

 神も恐れる笑顔とは。

 仏の顔も三度まで、三度目の名を呼んだ時の霧江さんの表情は最初の二回の時と比べ天女のような優しい笑みであったが、ちらりと見えた般若の背景が次は無いと断じているようであった。


「わかった、わかったから、その笑みは止めるのだ。ちょっと泣きそうになったじゃない」

「大人しくしていれば、苦言を申すこともありません。節度を守っていただければこの方たちも要望には応えてくれるでしょう」


 オズオズと席に戻り、先ほどの興奮を強制的に鎮められたミマモリは耳にうるさい言葉を聞こえないと言いたいところなのだろうが、ここで無視すると後が怖いと黙って聞いている。


「失礼しました。かの神に代わり謝罪いたします」

「………いや、構わない」

「ほら!彼女もいいと言っている………が、うん。礼儀は大事だよね。うん、礼儀バンザイ」


 その態度に呆れを含めて一度溜息をこぼした霧江さんは、そっと頭を下げエヴィアに向けて謝罪する。

 それを受けたエヴィアにまたもやミマモリが調子づくかと思いきや、すっと差し込まれた冷ややかな視線に気づき、冷汗を流しながら姿勢を正している。

 なんと言うか、俺は神に会うのは二度目だが、あの神と比べると随分と人間味のある神様だというのが第一印象だ。

 イスアルの神とは違い、コロコロと変わる表情に、人である霧江さんの言葉に一喜一憂する仕草もこういう言い方は正しくないかもしれないが、オーバーリアクション気味だがコミカルな感じが殊更人らしさを感じさせる。


「あの、霧江さん。彼女?が俺たちと会いたいって言っていたけど話すことのできなかった方なのですか?」

「ええ、残念なことに」

「霧江!残念ってなに!残念って!神様だって心があるから傷つく時は傷つくんだよ!泣くよ!里の外の人の目の前で泣くよ!ドン引きレベルで!」


 なのだが、ふと思い出す。

 霧江さんは彼女のことを事前に話すことはできないと言っていたはず。

 一見普通に見ればどこかのお転婆な少女としか見えない少女を秘匿するのに疑問符が浮かぶ。

 今も確認してみれば、本当に残念だと言わんばかりに溜息をセットに肯定してくれた。

 神様ということは、半信半疑だが、それを秘匿する理由がわからない。

 今もギャアギャアと霧江さんに抗議する姿をみて、もしかしてこの性格を加味して隠していたのか?と思わざるを得ない。

 あまりにも威厳がなさすぎるという意味合いでの想像だが、霧江さんの性格上それはないかとバッサリとその思考を切り捨てる。


「………言っては何ですけど、隠すほどの事じゃないのでは?自分たちも神様に会うこと自体は初めてでもないですし、存在を疑っているわけでもないですし」

無視スルー!?」

「まぁ、当然の疑問ですね」

「こっちも!?」


 しかして疑問は素直に聞くべしと、この際だから出会った感想と共に添えて霧江さんに聞いてみる。

 エヴィアの視線からも聞けと催促されていることもあり少し踏み込んで聞いてみた。

 隣でコントみたいなオーバーリアクションで驚いている神様なぞ視界に入っていないかのように、霧江さんはすました顔で俺の疑問に同意してくれる。


「身内のことになりますが、良くある話です。保守派と改革派の意見が食い違うこと、ただ単にあの場でミマモリ様の名を出すことは後の面倒であった、それだけの事です」


 そして語る内容は機密情報を取り扱う組織であれば聞きなれた話である。

 神がいるという情報はある意味では貴重な情報とも取れる。

 その部分を外部に漏らすということに対して過敏になっている存在がいるのは理解したし、そしてあの場が監視されていたことも知っている。


「その面倒ごとやらはわからなくはない。だが、それなら前もって対処はできたとは………言えんか」


 なのでエヴィアもそこまで言及することはできなかった。

 組織として動く以上、言っていいことと悪いことの判断は基本的に組織単位になる。

 それくらいのことで?と思うかもしれないが、とある会社ではネジの本数を社外に漏らしただけで懲戒の対象にされたというケースもある。

 おまけに、無視を続けていた所為でいじけて、部屋の隅でのの字を書き始めているミマモリ様を見てしまってはそれ以上は言えなくなる。


「そうですね、特にあなた方の交流を良しとしない輩にとってはこのような機会は早々に潰しておきたい話です。おかげで日夜会議に次ぐ会議、ええもう、同じことを何度言わせるのだとその皴のない脳みそでもわかるくらいに、拳で語り合いたいところでした」

「無能を抱え込むと苦労するな」

「ええ、それをわかっていただけただけでもうれしい限りです」


 加えて言えば、エヴィアと霧江さんの仕事が似ているということもあるだろう。

 互いに中間管理職の中でも上位職、地位で言えば上から数えた方が早い立場の人間だ。

 なので上からの言葉に加えて同僚の言葉、さらには少し地位の低い言葉にも耳を傾けなくてはならない。

 その中には野心溢れる方々の言葉もあるだろう。

 なので自分の都合の悪い展開にヤジが差し込まれるのもしばしば、そして異物を好まない輩にとってはその行動はやって当たり前なのだ。


「となるとだ、この流れはお前からしたら計算通りということか?」

「はて、なんのことでしょう?」

「戯けが、白々しい。のうのうとそこでいじけている神の性格を把握しての事だろう」

「さて、いつも忙しなく動き回るミマモリ様の行動を把握できる者などそうはいませんよ」


 だからこそ、抜け道を用意する。

 神隠れの里の神と異世界の住人が接触することを嫌悪する輩がいるのなら、文句が言えない形で接触させればいい。

 そう、例えば、その神が自発的に率先してとか。


「そう言うことにしておこうか」

「はて、私は当然の事を言っただけですよ。だれも神のご意思を察することなどできはしません」


 誰かがそそのかすのでもなく。

 誰かが妨害するわけでもなく。

 ただ、見たいという欲求を押さえないだけで、霧江さんは俺とエヴィアに神を接触させたのだ。


「なんだよ~皆して私の事、無視して、私偉いんだよ?神様なんだよ、なんでそこの二人は当たり前のかのように私の事雑に扱えるんだよ~」

「ミマモリ様、苺大福がこちらにございますが、いかがいたしますか?」

「食べる~!!おお!満腹屋の限定苺大福じゃない!」


 何を求めてこの場を設けたのか。

 それが俺とエヴィアの脳裏によぎる。

 巴と呼ばれた巫女が小箱の中から漆塗りの小皿を取り出し、その皿の上に白い大福を乗せ、テーブルに置いた。

 それを確認し次第、ポンポンと座布団を叩きミマモリ様を呼ぶと、彼女は文字通り飛んでその場に座りもぐもぐと食べ始める。


「何が察することのできない、だ。てなずけているじゃないか」


 その流れるような動作に、エヴィアが苦笑交じりに指摘すれば、霧江さんも答えるように微笑む。


「手なずけてなどいませんよ。ただ、付き合いが長いだけです」


 そして緩やかに首を横に振り、そして懐かしむように大福を頬張るミマモリ様の横顔を霧江さんは眺める。


「なんだ?私の顔に何かついているか?」

「粉砂糖がついていますよ」

「なんと!?」


 その視線に気づき、頬が少し白っぽくなっていることを指摘すれば慌てて手ぬぐいを取り出し拭き始める。

 その仕草を嬉しそうに笑う霧江さんを見て。


「もしかして、お二人は友達ですか?」


 と自然と言葉を口にした。


「おお!よくぞ気づいた。そうだ!私と霧江は友達だ!」

「恐れ多くもといったところですが」


 それをうれしく反応したミマモリ様は堂々と胸を張って答えるものの、それに対して霧江さんは苦笑交じりにあの時は大変だったと語る。


「私はこの里にある学舎に通っていたのですが、何を思ってか、そこに生徒としてミマモリ様が通っておりまして」

「いつも同じ日常じゃ退屈だからね!私の人生いや神生に潤いをってやつ!たまにやっているんだ!これがおもしろくて!」

「神気を使って隠蔽までなされるので、当時の私は神だと気づけず、あれやこれやと世話するうちに高等部まで一緒に学び」

「卒業の日にばらしたら、全力で叩かれちゃった!」

「ええ、我ながら全力で振り抜きました。本来は不敬であるのは間違いないのですが、さすがに『私、実は神様なのテヘ』っと何気なく言われて、実は命の危機が何度もあったことを知ったときには我慢ができませんでした」


 遠い目をする霧江さんの瞳の先にはきっと学生時代の思い出があるのだろうが、その思い出が苦労ばかりでないのはその優しい表情に映し出されている。

 そしてその表情を見てわかるぞと頷くエヴィアの過去は何度か酒の席で聞いているので、ここでも共通点があったかと思う。

 そんな話をしていると喉が渇き、お茶も進む。

 そして雑談が進めば。


「さて、そろそろ本題を切り出してもよろしいでしょうか?」


 真面目な時間がやってくる。

 ここまでの会話はあくまで互いの気心を知るためのコミュニケーションのようなもの。


「ああ」


 それを承知で、わざと夕食の時間まで余裕を持たせ時間を作り出したのだ。


「では、協会側の意思と現状についてお話ししましょう」


 そしてわざわざ霧江さんがこの場を作ったということは、緊急事態が起きたということである。



 今日の一言

 連絡事項は迅速に伝えよう


毎度のご感想、誤字の指摘ありがとうございます。

面白いと思って頂ければ、感想、評価、ブックマーク等よろしくお願いいたします。


※第一巻の書籍がハヤカワ文庫JAより出版されております。

 2018年10月18日に発売しました。

 同年10月31日に電子書籍版も出ています。

 また12月19日に二巻が発売されております。

 2019年2月20日に第三巻が発売されました。

 内容として、小説家になろうに投稿している内容を修正加筆し、未公開の間章を追加収録いたしました。

 新刊の方も是非ともお願いします!!


これからもどうか本作をよろしくお願いいたします。

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