395 知りたいことを知れる機会は逃さない
神隠れの里。
名前のニュアンス的に昔話で言う神隠しに所縁のある里なのだろうか。
俺とエヴィアが里を訪れスーツ姿で歩く里の中央通りは思ったよりも広く、人通りも多い。
そして、文明的だった。
車といった現代科学の姿は一切なく、人は皆徒歩で歩いているものの整備が進み整然とした光景が見てわかる。
道行く人の格好は過去の衣装を模したものではなく、どちらかと言えば現代の衣服をアレンジした陰陽師のようなものを着た人が歩く姿が目立つ。
それも、大体皆同じような物を着ているところを見るとあれが制服だったり、スーツの代わりなのだろう。
こうやって見ると里と言うよりは、市役所といった公共施設のような雰囲気を感じてしまう。
「ここにいる人たち皆一般人、ってわけじゃないよな」
「おそらくな。非戦闘員もいるだろうが、皆この里に携わっている者だけでここは構成されているのだろうな」
視線を動かすことなく、視界を俯瞰することにより、全体の把握に努めていると自然と必要な情報というのは集まる。
まず目が行くのは人の流れと人種。
この場合日本人とかそう言う人種ではなく、どういった類の仕事をしている人かという意味での人種だ。
里というコミュニティを形成するにあたって、食料などを生成する生産者は、警察官と言った治安を守る公務員と違い一般人の部類に該当するが、道行く人にその手の気配が感じられない。
全員に何らかの戦闘訓練あるいはそれに準じたものが施されている気配を感じる。
霧江さんの先導の元、背後に巫女二人を携えながら、当たり障りのない情報をエヴィアと共に共有する。
「ええ、この里にいるものは皆すべて協会にかかわる人たちです」
その情報を肯定してもいいのだろうかと内心で疑問に思いつつも、霧江さんが通り過ぎるたびに何人もの人が頭を下げ挨拶をしている光景を見た。
その後にはおまけのように、誰だお前たちはと言った感じの視線をいただいていたが気にしても仕方ない。
「術師の方も多く在籍していますが、ほとんどの方は技術者や物資の管理、この里を維持する方が大半です」
わかりやすく言えば、整備士と事務員ということか。
まぁ、冷静に考えれば戦闘員だけでこの里を維持できるわけではないだろう。
平安時代の町並みのようではあるが、所々垣間見える近代寄りの建築物。
水銀灯のような街灯に、外壁も木造ではない何かの建物。
景観こそ平安の町並みだが、道路はしっかりと舗装されているし、清潔感も見える。
「あちらが本日からの宿泊施設になります」
そして里の見物ツアーもここでいったん終了のようだ。
霧江さんがここだと示したのは門兵の容姿をし、警杖を携えた男二人が守る旅館のような建物。
歴史を感じさせる木造の中でも古風な佇まいであるが、歴史を感じさせ、その建物自体が威風堂々という言葉を表しているくらいに立派な佇まいだ。
客人を迎えるのにうってつけと言える。
「相模様!お待ちしておりました!」
「ご苦労様です。このお二方が来賓の方です。くれぐれも粗相のないようにお願いいたします」
「はい!」
そしてその旅館を警護している人物の人格も問題なさそうだ。
見た感じ、ファンタジー世界でよくある見下す感じの接待と言う雰囲気はない。
こう言っては何だが、特殊な力を持つ輩は他者よりも優れているという感情を持ちやすいのではないかと俺は勝手に思っている。
事実、火澄とか他のテスターでも何人かはその手の輩はいたしなと考えつつも、今回は違うのだろうと思いなおす。
おもてなしの日本人の気質が適応されたのだろうと納得することにした。
「では、中へ入りましょう」
「はい」
「わかった」
霧江さんの背に続き、中に入れば表と一緒で中も古風な造りとなっているが、明るく綺麗な木造のエントランスが俺たちを出迎えてくれる。
そのエントランスの中央で女将であろう初老の女性が中央に立ちその背後の左右に仲居さんが並んでいる。
「いらっしゃいませ異界の方、当旅館はお二方を歓迎いたします」
ゆったりとされど綺麗に揃ってお辞儀をされ、ついこちらも頭を下げてしまう。
しかし、出迎えてもらうことになれているエヴィアは気にすることなく、そのままだ。
「お荷物の方、お持ちしますね」
「いえ、大丈夫です」
そして玄関口で荷物を受け取ろうとする仲居の一人の言葉をやんわりと断る。
そのことに対しては何も反応を示さないが、後ろの巫女二人の視線の圧が強まった気がする。
敵対的、とまではいかないが警戒はされていると見るべきかと思いつつ。
「では、お部屋の方にご案内いたします」
霧江さんから、女将の先導に代わり旅館の中を進む。
中々にして広い空間、そして中庭の渡り廊下を進み、本館とは別の建物へと向かっている。
「あちらに見えます、離れがこれからお二方がお泊りいただく建物です」
その道中、ゆっくりと振り返った女将が、手のひらで示す建物の方向を見ると、中庭を挟み、渡り廊下で繋がる平屋の建物が見えた。
灯篭がいくつも点在し、その建物の周囲を照らせるようになり、丁寧に作りこまれた庭に囲まれた空間。
個人旅行で泊まれるのなら、一体いくらかかるのだろうと下世話な思考をめぐらせながら、ちらりと見えた鳥とリスと言った小動物たちの姿が見え、その動物たちの姿に違和感を覚える。
監視かと、思いつつ警備も兼ねているのだろうと割り切る。
楽しい旅行ではなく仕事の出張だという認識を新たに植え付けられ、少し辟易とする。
表情には出さないまま、歩きその建物の中に進み、女将が鍵を取り出し、建物の中に入る。
「部屋に関しての説明は」
「結構です、私の方で説明しておきます」
そして玄関口で振り返り、霧江さんに確認を取る女将さんであったが、ピシャリと言い放つように問題ないと霧江さんは言い放つ。
「承知しました。では、夕餉に関しましては六時で問題ないでしょうか?」
「ああ、それで頼む」
その対応に気分を害したようには見えず、素直に了承した女将さんは次にエヴィアに向けて夕食に関して問いをかければ問題ないと頷く。
「ではそのように、どうぞごゆるりとお楽しみください」
そのまま何事もなかったかのように、女将さんは玄関から外に出ていく。
洗練されたプロの動きだなと思いつつ、残されたのは俺とエヴィアだけではなく、霧江さんと名も知らぬ巫女二人が建物内に残った。
てっきり宿泊施設に到着したらそのまま分かれるものだと思っていたのだが、違う様子。
「巴、あなたは台所でお茶を入れてください」
「かしこまりました霧江様」
そして、茶を用意するということは長居するということだろう。
長い黒髪をおさげにした方の巫女、巴さんが慣れたように建物の一角にある台所に向かう。
見たところ簡易であるが料理のできるようになっている様子。
冷蔵庫やコンロも見える辺り、ライフラインは来ている。
であれば電波もあるのかとそっとスマホを確認すれば、圏外と表示されている。
「外部とは連絡はとれませんよ」
「そのようで」
その行動を見られ、残っている肩口くらいで黒髪を切りそろえている、背後に残っている巫女に言われ、俺はそっと肩を揺らす。
「とりあえず、巴がお茶を用意するまで立ったままというのも変な話、席につきましょうか」
「ああ、そうするとしようか」
「椅子は必要ですか?」
「不要だ。問題ない」
旅館の居室にありそうな長机と座椅子と言う組み合わせ、奥には縁側があり、いくつか扉が見えるところを見る限り、風呂やトイレもある。
きっと、最初の光景さえ見ていなければどこぞの高級旅館だと思える室内。
そこで対峙する形で、俺とエヴィアが横並びに座り、対面に霧江さんが座りその背後に控えるように正座で一人の巫女が座っている。
「さて、わざわざ残ったのだ。なにか理由があるのだろう?」
お茶を待つまでもない。
さっそくエヴィアは話を切り出す。
今日はあくまで現地入りが目的で、特にスケジュールはなかったはず、なのにもかかわらず霧江さんはこの部屋に残った。
ならばなにかこちらに用事があると言うことだ。
「あるかと言えば、あるとしか言えませんね」
「歯切れが悪いな。何か事情でもあるのか?」
しかし、霧江さんが浮かべた表情は困ったと言わんばかりに、頬に手を添えどういう言葉を使えばいいかと迷っていた。
「さきほど言いました、会って欲しい方がいると言ったではないですか」
「あれは、断ったはずだが?」
「ええ、ですが断られたからと言って、納得する方でもないので、ここにいて直接引き取ろうと思いまして」
そして述べた言葉は、俺たちの立場からしたら納得のできない内容であった。
アポイントなしに会おうとする相手、率直にいえばはた迷惑な客ということになる。
それすなわち門前払いしても問題ないということだ。
怪訝な目をしているのはエヴィアだけでもなく俺もしているだろう。
その視線を受け、険しい視線をしていた巫女も本当に困ったと言わんばかりに溜息を吐く。
「なんだ、その人物は」
聞いている限りでは、常識しらずの世間知らず、そんな印象を受けるものであるが、霧江さんはエヴィアの言葉をそうではないと否定するように首を横に振り。
「いえ、人ではなく」
「神様だよ!」
誰が来るかを告げようとした途端に、この場にはないはずの声が響き、同時に俺とエヴィアは動き出す。
視覚、聴覚と言った五感はもちろんの事、魔力と言った別の感覚を鋭く張り巡らし瞬時に対応できるように互いの位置を把握した。
「キャハハハ!怖い怖い!異界のお客様は、何でそんなに怖い顔してるの?」
「「!?」」
なのにも関わらず、反応できなかった。
先ほどまでいなかったはず。
そう思わざるを得ない。
幼い陽気な声を部屋に響かせ、朱い着物を着た少女は霧江さんの膝に座り、両肘を机に乗せ頬に顔を乗せ、ニコニコとおかっぱの髪を揺らす。
チリンと風鈴のような簪が場違いのかのように鈴音をならす。
「「………」」
反応できなかった。
俺はともかく、エヴィアですらその登場に反応できなかった。
「………ミマモリ様、お戯れは程々にしていただかなければ困ります」
「ええ、だってだって、何百年ぶりの異界の来訪者だよ。会わなきゃ損じゃん、そもそも、霧江が私のところに連れてこないのが悪い!」
そして困った方だと、隠すことなくため息を吐き、霧江さんは少女をミマモリと呼び、苦言を述べるがそれが少女に響いた様子はない。
「今朝突然、会いたいと駄々をこねたのはどこのどちらさまでしたか、事前にはっきりと異界の方が訪れると言った際には、面倒だと言ったではないですか」
「そんなこと知らな~い。その時は気分じゃなかっただけで、今はその気分だっただけ、いいじゃん、私の領域に入ってきたんだから、私が会いに来るのは自由じゃん」
はたから見ればわがままなお嬢様に説教する教育係と言ったところ。
しかし、得体のしれない存在に、俺もエヴィアも話に入り込めないでいる。
「それで?いつまで立ってるつもり?巴のお茶が冷めちゃうよ」
深く深く、どんなものでも見通しそうな目で見られ、体に変な力が入りそうだ。
その少女の黒い瞳が巴と呼ばれた巫女の姿を捉え、少し気が抜けたタイミングで、エヴィアがスッと座りなおした。
「………」
そして何も言わず視線だけで俺にも座れと言ってくる。
それに逆らうことは得策ではないと判断した俺も、黙って座った。
それでいいと対面する少女は満足気に頷いた。
そして、パンと一回拍手をしたと思えば。
「それじゃ!異界の面白い話をして!」
と唯我独尊、わがままのし放題の無茶振りをしてきた。
一体全体どうすればいいのだと俺とエヴィアの視線は自然と霧江さんの方向に向くのは当たり前。
「その前に、自己紹介をなされてください。でなければ」
「でなければ?」
「お供えの甘味の削減をし野菜の増加を提言させていただきます。具体的にはセロリを」
「私は、ミマモリ!この里の管理者で、土地神だよ!よろしくぅ!」
その話のきっかけが何とも子供の教育染みた対話から生まれたので脱力するほかない。
キラリと音が付きそうな明るい笑顔と、自分は絶対に可愛いと自負しているようなあざとい動きの自己紹介に俺とエヴィアは互いに顔を見合わせ。
「エヴィア・ノーディス、悪魔です」
「田中次郎、一応まだ人間です」
先行き不安を抱えたままこの後はどうなるんだと、きっとエヴィアも内心で溜息を吐きつつこの後の対話に挑むのであった。
今日の一言
機会は見逃さないが、苦労はかかる。
毎度のご感想、誤字の指摘ありがとうございます。
面白いと思って頂ければ、感想、評価、ブックマーク等よろしくお願いいたします。
※第一巻の書籍がハヤカワ文庫JAより出版されております。
2018年10月18日に発売しました。
同年10月31日に電子書籍版も出ています。
また12月19日に二巻が発売されております。
2019年2月20日に第三巻が発売されました。
内容として、小説家になろうに投稿している内容を修正加筆し、未公開の間章を追加収録いたしました。
新刊の方も是非ともお願いします!!
これからもどうか本作をよろしくお願いいたします。




