394 仕事を進めるためには打ち合わせが重要
昨日は存分に休め、存分に楽しめた。
あの仕事の話の後はスエラたちとも海堂たちとものんびり話すこともできれば、子供たちともたわむれることもできたし、その夜にはその子供をうらやんだ女性陣との夜の運動もやった。
強化された体はその疲れをものともせず今日も今日とてすっきりと目覚めることができた。
ならばその休んだ分の仕事はしなければならない。
と言っても、今日は社内ではなく〝社外〟での仕事なのだが。
「うし、時間通りだな」
「ここか、ずいぶんと遠くまで来させられたな」
俗にいう出張というわけだ。
そして、当然というわけではないが一人で出張というわけではない。
車の運転ができるのがなんと驚きで社内にほとんどおらず俺が目的地まで運転してきた。
久方ぶりの運転をし終えて、エンジンを止めたのが今。
助手席に座ったスーツ姿のエヴィアと共にフロントガラス越しに目的地の光景を見る。
異世界から来た企業がどこに出張するんだ?と疑問に思うかもしれないが、意外や意外、この会社、国内外問わず割とどこにでも支社があり、そこで随時、テスターの確保や政治からお茶の間のくだらない話までノンジャンルで情報を収集していたりちゃっかり拠点を作っていたりする。
あとでそこら辺問題にならないかなぁと、不安にならなくはないのだが、今は気にしている場合ではない。
と言うわけで色々と出張できる場所は多いわけだが、生憎と今回はその拠点の一つと言うわけではない。
そもそも課長であってもダンジョンテストがメイン業務である俺が社外に出るという状況が稀と言える。
ネクタイを締めなおし、目的地に到着したのでとりあえず車から降りるとしよう。
助手席に座っていたエヴィアも軽い荷物だけ持ち、扉を開け降りている。
スーツを着るのは特段珍しいことではないが、外で着るのは久方ぶりのことになる。
しかし、エヴィアと並んで出張に来る日があるとはと感慨深くなる暇は生憎となかった。
その久しぶりの格好を披露するのがまさかこんな山奥になるとは思いもしなかったからだ。
スーツ姿の男女が二人山奥に来る。
とんだ場違いだ。
しかし、目的地はここで間違っていない、はずだ。
スマホで時間を確認し、待ち合わせの場所に五分前に到着することができたのだが、静かだ。
「随分と遠くまでよばれたものだな」
「そうだな。国内にこんな秘境染みた場所があるとは思っていなかったが」
「なに、知らないことの方が多いのだ。一つ知らぬことを知れたと思えば得だと思える」
「それは、経験則で?」
「ああ、知識は貯めておいて損はないのが持論だ」
「なるほど」
新幹線から在来線を乗り継ぎ、さらに用意していたレンタカーで舗装されていない道を走ること二時間ほど。
琵琶湖から近い距離にある、地図にない神社。
当然ナビに情報などなく、事前に渡されていた地図を頼りにしてここで良いのか?と疑問符を浮かべつつ、一緒に同封されていた護符を助手席に張り付け車を走らせてきた。
その入り口だろう山道の前にあった駐車場に車を止め降りた先にあるものを見上げる。
周囲の緑に溶け込めないほど、しっかりとした朱色の鳥居。
世界遺産に登録されてもおかしくないほどの立派で風格のある大きな鳥居が道に連なり、それだけで特有の空気を醸し出す。
「魔力、ではないよな。この空気」
「ああ、少なくとも私は知らぬ力がここでは働いているようだ」
普段から魔素と言う特殊な空気に触れあっている所為か、日常にない空気に敏感になっている。
隣に立つエヴィアも似たような感覚で、この場の空気を感じ取っていた。
「しかし、人の手が入っていないように見えるのにもかかわらず、こうまで空気が異質だと違和感しかないな」
「確かに、まるでダンジョンの中にいるようだな」
「言いえて妙かもしれんぞその言葉。ここは相手方にとっては庭のような場所だ。ここら一帯が特別な場所であることは間違いないだろうな」
鳥のさえずりや川のせせらぎくらいなら聞こえてきてもおかしくいないほど自然豊かなのに、異常なほど静かだ。
まるで一人ぽつんと取り残されたかのような錯覚に陥りそうなほどの静寂。
逆にそれが神秘的とも取れるのだから面白い。
戦闘態勢とまではいかないが、それなりに警戒しながら辺りを見回すも、通ってきた道が霧で覆われ始めているのが見えた。
「行きはいいが、そう簡単に帰さないということか」
「面倒なことにならなければいいんだがね」
「無理だな」
「断言する根拠は?」
「この手の話し合いが簡単に終わったためしがないからだ」
「恐ろしく真っ当なご意見だ」
自然現象ではないのは目に見えてわかった。
なら、意図的に帰り道を断たれ、動揺するかと思えばそう言うわけではない。
元よりこの場は一般人には知られてはいけない神秘の場。
何もないと思われていた土地に、これほど立派な神社が存在するのかと航空写真は何をしているのか?と思いつつ、神秘的な理由かあるいは政治的な理由で隠蔽されているんだろうなと深く考えないようにする。
こういった対応もわからなくはないと思いつつ、都会では感じられない周囲に漂う雰囲気は魔力ではない何かがあると考えつつ鳥居の前で迎えを待つこと五分。
「出迎えが来たようだな」
「ああ」
長い鳥居の先を見ていたのにもかかわらず、その姿は突然現れた。
まるで長い道のりを歩いてきたかのように自然な足取りで霧の中からゆらりと人影が現れ、ゆっくりと俺とエヴィアの前で立ち止まる。
「久しぶりね次郎君」
「ええ、そうですね。正月ぶりですか」
時間通りと言うべきか、ゆっくりと山道を降りてきた紅白の巫女服を着た女性たちが現れた。
色白な肌に漆黒の髪を結い上げ、左右に年若い巫女を引き連れた女性は叔母である相模霧江だ。
本来であれば出張先と受け入れ先ということでもっと堅苦しい挨拶からスタートするかと思えば、存外親戚関係というフレンドリーなやり取りだった。
ただし、その代わりに控えの巫女さんたちからは中々厳しい視線をいただいている。
その視線を遮るように前に出るエヴィア。
「改めて本日はMAOcorporationの代表代理としてきました。エヴィア・ノーディスです」
「ええ、存じています。ではこちらも、日本神呪術協会関東支部長相模霧江でございます。本日は遠路はるばるご苦労様です。そして我らはお二方の入山を許可します。そしてこれが本会議の前の事前打ち合わせだということもあり、公ではあなた方はここにいないことになっておりますので軽挙な行動は慎んでください」
なので俺は黙って居住まいを正すため、背筋を伸ばし、エヴィアの名乗り上げを見守り、霧江さんも名乗り返してくれたことでまずは第一関門は突破した。
二人の声質が一瞬で変わり、ここから先は親戚と言う関係は意味がなくなり、他組織の秘密裏の会合ということになる。
「わかりました」
「では、武具等の品があるのでしたら事前に彼女たちに受け渡しを、そして乗ってきた車に関してはこちらの方で式神を使い返却しておきますので忘れ物の無い様にしておいてください」
そして武具の受け渡しと言う言葉で、霧江さんの背後に控えていた二人の巫女の気配が変わる。
それをどこ吹く風と言わんばかりに無反応を貫く俺とエヴィア。
角と翼は隠しているが、エヴィアが人ではないのは伝わっているはず、それを警戒しているのか。
諾々と指示に従うだけではなく、霧江さんたちが現れてから周囲から感じる視線を気にしないふりをして流しつつ、心の中は臨戦態勢を保つ。
しかし、体は言葉に従うように武装解除をする。
身一つで来たわけではなく、それなりの荷物があるがそれは全て社外で使えるようにした特別製のマジックバックに入れて持ってきた。
見た目はただのトランクケースだが内容量的には、六畳間一部屋分の容量くらいはある。
なので忘れ物はないが、挙げられた武装関連は入っていない。
エヴィアはそもそも異空間に武装を隠しているので探しようがないのだが、今回は特には持って来ていないと聞いている。
もともと他組織に入るのであれば当然の措置だということで、想定済みというわけだ。
鉱樹は置いてきたが、念のためと持ってきたジャイアント謹製の魔石が組み込まれた短刀をスーツで隠した腰から取り出し、差し出すと片方の巫女が受け取るも、他にはないかという視線が突き刺さる。
「よろしければボディチェックを」
その視線に対して、苦笑を浮かべたいところだがそこは我慢ということで、表情を変えずに先に言う。
スーツケースの中には武器は入れていない。
しかし、念のためにと用意した魔力を補充できるアクセサリーは多数用意している。
実際今も腕時計に模した一品を身に着けて、いつでも身体強化できるようにしている。
それがバレなきゃいいなと思いつつ、両手を広げ無抵抗の意思を見せると、巫女二人が俺とエヴィアの体を触る。
時間にして五分くらいか、一通り検査が終わった。
時計も見られたが、某少年探偵のような隠し針が飛び出るような仕組みもあるはずなく、見た目はごく一般的な手巻き時計だ。
時計の中央に極小であるが上質の魔石が隠され、そこに潤沢な魔力が隠されているという仕組みだ。
じっくりと見つめられたが、何もないと思われたのかそのままスルーされた。
これで一応、入山の準備とやらが完了したわけだが、これからどうなるかと思っていると、巫女二人が下がったタイミングで霧江さんが話しかけてきた。
「本日は宿に部屋を用意しておりますのでそちらでしばし休息の後、夕餉になります。その際に少々会っていただきたい方がいるのですがよろしいでしょうか?」
「予定にはなかったな?」
前情報で渡されていたスケジュールでは、部屋で休み明日事前会議になるはずだった。
それまでの間は誰とも会う予定はなかったはず。
急遽盛り込まれたか?
エヴィアの様子を見る限り俺だけが知らなかったというわけではなさそうだ。
「先方から是非にという話です。お断りもすることも可能ですが………」
「それが誰かということを教えてはくれるのか?」
「………」
「その沈黙が答えだ。誰という情報もなく、ただ会ってはくれないかと言われ、立場ある者がでは会おうという気持ちになると思うか?」
「なりませんね、少なくとも私なら」
「そう言うことだ」
互いにアポなしでの面会はお断りと言える立場だ。
霧江さんはエヴィアさんに会った方がいいぞと言っているが、エヴィアからしても気にしたそぶりは一切ない。
至極真っ当な言葉にて遠回しとも言えない断り文句に霧江さんも苦笑を隠せない。
「然様ですか。無作法なのはこちらなのも事実、先方にはそう伝えておきます」
「そうしてくれ」
もしかしたら何かしら利益になり得る人物との面会だったかもしれないが、霧江さんの様子からしてそう言った関連の人ではなく厄介ごとの話だったのかもしれない。
僅かなニュアンスから話を予想するそこら辺の嗅覚は流石だと思う。
巫女二人もこの話を断ったからと言って無礼だと叫ぶことも非難することもない。
「ではこちらに」
そして先導する霧江さんと巫女二人に従い俺たちは鳥居をくぐる。
「ん?」
「止まらず、我々についてきてください。はぐれましたら戻ってはこれませんよ」
その際に会社に存在する結界のような感触を感じ、つい足を止めそうになったが霧江さんがピシャリと言い放ち、その真剣な声色に従い足を進める。
戻ってこれないとは何やら物騒な言葉が出てきたなと、視線だけで辺りを見回すが普通の山道が続くだけだ。
エヴィアは何かに気づいているのかと疑問に思うが、話しかけることはない。
ただ黙々と山道を進むだけ、沈黙は苦ではないが、硬い空気に自然と緊張感が増す。
その折だった。
ピシャリとまるでカメラのフラッシュを焚かれたかのように一瞬目の前が真っ白になったかと思うと、一瞬で景色が変わった。
「ようこそ、異界の方。我らが総本山。神隠れの里に」
そこだけが時代に取り残されたかのような場。
平安時代の町並みをそのまま現代に残し続けたかのような古風な住居の町を見下ろす。
「………」
この光景に瞠目しているのは俺だけではなくエヴィアもそうだ。
景色に驚かせられたが、冷静になればこれは転移魔法だ。
そして別次元に移されたということはそれはすなわちダンジョンと似た性質の空間を現代の日本は持っているということだ。
「今宵から、一週間の間どうぞゆるりとご滞在ください」
その衝撃にさらされている俺を脇目に霧江さんはゆっくりとお辞儀をするのであった。
今日の一言
出張先がとんでもないと驚くほかなかった。
毎度のご感想、誤字の指摘ありがとうございます。
面白いと思って頂ければ、感想、評価、ブックマーク等よろしくお願いいたします。
※第一巻の書籍がハヤカワ文庫JAより出版されております。
2018年10月18日に発売しました。
同年10月31日に電子書籍版も出ています。
また12月19日に二巻が発売されております。
2019年2月20日に第三巻が発売されました。
内容として、小説家になろうに投稿している内容を修正加筆し、未公開の間章を追加収録いたしました。
新刊の方も是非ともお願いします!!
これからもどうか本作をよろしくお願いいたします。




