393 過去のことを気には掛けるが、引きずりはしない
ポリポリと後頭部を掻きながら先を行く海堂たちの後をゆっくりと追いかける。
足元に感じる草の感覚を味わいながらそよ風を浴び進む。
隣には双子を抱きながら歩むスエラと、その前を歩くヒミクの翼にユキエラが興味を持ち、手を伸ばしている。
それに気づいたヒミクが流し目で微笑みながらゆらゆらと猫じゃらしのように一枚の翼を器用に動かしている。
スエラを挟むかたちで隣を歩くメモリアは、こちらも魔法を使って光の小さな球体を浮かせサチエラの興味を引いている。
その光景は静かではあったが、何よりも優しく大切なものだと思える。
「平和だな」
「――ああ」
ついこの間に殺し合いをしていた気持ちが癒されているのを実感しつつ、その反面、今後の仕事の事やあの事件での事後処理のことが脳裏にちらつく。
考えないようにと意識してしまった所為で、余計に意識してしまっている感が否めない。
だからだろう、エヴィアの言葉に対して少し間が開いてしまった。
「………」
「はぁ、顔に出さないことは評価するが、どうせなら完全なポーカーフェイスを身につけろ戯け」
表情を取り繕い、自然さを演出しようと思ったが、騙し合いのプロである悪魔のエヴィアからしたら赤点だったらしい。
気にしないようにと心掛けていた気持ちなど見透かすように大きなため息を吐かれ、そして海堂たちには聞こえないが、スエラたちには聞こえる声量で叱られ、スエラたちも俺に注目し始めた。
何事かと問う視線に敵わないなと、笑いつつ何でもないと言えない雰囲気になってしまったため、正直に話す。
「いや、他のテスターたちのことを少し、な」
「川崎翠のこととイシャンのことか」
「はっきり言うな」
「下手な気遣いは余計な手間を生むだけだ」
ちらりと聞こえてないだろうと確認するために勝の方を見れば、何やら南にからかわれている様子が見える。
それをさらに海堂がほじくり返し、北宮に注意されている。
騒ぎはしゃぎ、盛り上がっている今なら耳がいいアメリアでもさすがに声を拾うことはできないだろうが、念のためと言葉を濁したが、不要だとエヴィアは断じて、あっさりと俺の気にしている部分を話した。
そして川崎とイシャンという二人の名が出たことにより、スエラたちの顔に緊張が現れる。
「エヴィア様、そのことに関しては私も把握しておきたいのですが、あの時から音沙汰がないのはやはり」
そして緊張の口火を切ったのは子供を狙われた母であるスエラだ。
彼女からしたら神に操られていたとしても看過しがたい事件だ。
今後の安全性を考慮するのなら避けては通れない話題。
母親の真剣な雰囲気を感じ取り、子供たちもメモリアとヒミクから意識を母親のスエラに戻した。
「そう、剣呑な雰囲気を出すな」
不安げな赤子の感情を感じ取ったのか、スエラをたしなめつつエヴィアは優しい声音でユキエラとサチエラの前に左手を出し、その指を子供たちに握らせる。
子供の興味の対象というのはころころと変わる。
新たに差し出された新しい指を握り、キャッキャと喜ぶ子供の姿に頬を緩めつつエヴィアは話の続きを語る。
「奴ら二人に関しては現在私のダンジョンの中でも特殊な房に収監している。面会も私と魔王様の許可がなければ何人たりとも許しはしない」
対応として様子見なのかと思っていると、はぁとため息を吐かれながら俺をジト目でエヴィアは見てきた。
「こんな対応を取ることになったのは、お前と魔王様の所為でもあるんだぞ。いや、お前の場合は仕方ないと言えるかもしれんが………とにかく収監しているのは治療を施すためだ。加減なく殴り飛ばしてくれたものだな。おかげで聞き取り調査どころか検査と並行して治療することになったではないか」
あー、大人しい対応になっていたのはそう言うわけですかと俺は視線を逸らしながら仕方ないだろうと心の中で言い訳する。
格上相手に手加減などできるわけがなく、死に物狂いで戦っていたのだ、相手のことを気にする余裕などない。
「………おそらくだが、イシャンに関しては助命は無理だ」
そして彼女にしては珍しく感情をあらわにして悲し気に哀れだとこぼした。
そして子供たちの笑顔に癒されようとしながら指を遊ばせ、誰とも目を合わせずそうだと言った理由を告げる。
「魂の浸食がひどい有り様だ。もはや手遅れだ。あれでは元の人格を保っているかも怪しい。いや残ってはおるまい。もはや神の傀儡となる道しか残っていない」
「………俺と、戦ったからか?」
魂の浸食と聞きあの戦いぶりと神との対話を思い出す。
人外染みた戦闘能力に代償はつきものなのはお約束、その原因の一端になったのではと思い問いかけるもエヴィアは首を横に振る。
「それはない」
俺の罪悪感を察して否定したのではなく、根拠をもってしてエヴィアは俺の言葉を否定した。
「いくら神の力が人の魂を歪ませるとは言え、たった一度の戦闘であれほどまで魂が損傷するのはおかしい。勇者としての潜在能力を持っているのならなおさらだ」
じっと俺の瞳を覗き込むために優しく子供たちから指を抜き取ったエヴィアは俺と向き合う。
「仮にそうだとしてもだ。それならば我々でも気づけた。魂をあれほど穴だらけにするほどの損耗だ。表面からやるとなれば相当な荒業だ。それなら痕跡が明確に残る。お前も入社した時にスエラから受けたはずだ。その際に発覚する」
あの時のあれかと思い出す。
『魔法であなたの記憶を読ませてもらいました。表層のみですが人格的には問題ありませんし』
入社面接頃にスエラから受けたスキャンのような魔法。
さりげなく敵対者も探していたのかとスエラを見れば彼女は少し照れくさそうに笑うのみだった。
ああ、これ実は機密だったりする奴だな。
「それで発覚しなかった。おそらくイシャンの魂の奥深くに巧妙に隠し、外部からの干渉がなければ通常の魂が描かれている仕組みだろう。その鍵となる干渉も熾天使が与えたのだろう。外部から鍵をかけられ痕跡を消されては我々とて感知するのは難しい。いや、並の隠蔽であればすぐに気づけるが、あれは一年二年の準備ではない、調べた限り幼いころから処置は受け続けていたはずだ」
なるべくしてなった。
イシャンという一人の青年は、いずれこうなる運命にあったとエヴィアは語る。
その指し示す答えに俺の背筋に冷や汗が流れる。
「相手方は、この世界への進出を読んでいた?」
「………それはない、と言いたいところだが、正直上層部の方でも判断を迷っている。神と言う超常的な存在は、我々では読み切れない部分が多い。何らかの方法をもってしてこの世界への起業も知られたという可能性も否めない」
まるでトラップのようにイシャンが用意され、襲撃された。
それではまるで太陽神は魔王軍の地球への企業進出を読んでいたと言っているようなものではないか。
「まさか、そんなことが」
「あり得ないとは言い切れない。父は傲慢で強欲であるが無力ではない。過去幾多に渡り魔王の侵攻を予見し、勇者を差し向けてきた。未来を見通す術があってもおかしくはない」
愕然と驚くメモリアにヒミクは真剣な表情でその可能性を肯定する。
「だが、完全な予見ではないのかもしれない」
そしてすぐに補足を加えた。
「どういうことだ?」
熾天使から堕天使となった経歴のヒミクであるが故、その視点は両陣営の観点を見てきたと言える。
その言葉に興味を持ったエヴィアはヒミクの言葉を促した。
「もし仮に十年以上前からこの組織の設立を予見していたのであれば、そんなことを許すはずもない。それにこの会社を潰すにしてもニシア姉さまをこのタイミングで投入するのはおかしい。もっと別のタイミングで別の姉妹、それこそこの国とつながりを持つ前にアイワ姉さまを送り込むはずだ」
その方が確実だと言うヒミクはなにか制限があるのではと考えているようだ。
俺の持っているヴァルスさんの予知能力と違うのだろうか?
「俺みたいに単純に能力が足りていないとかないか?俺もまともに先読みができるのは三秒先が限度だ。一時間以上先の未来を見ようとすると反動がひどいからな」
「………言っては何だが、父の能力は人間と比べ物にはならない。いや比べるのも馬鹿らしい。一匹の蟻が一頭の象と綱引きをして勝てると思うか?」
「無理だな」
「そう言うことだ。体の耐久力、魔力共にジィロが考えている懸念はないと思うぞ。おそらくだが、逆に力がありすぎる故に何かしらの制限がかかっていると見るべきだ」
聞いた内容が当たり前すぎて反論できず肩をすくめてヒミクの言葉に同意する。
そのことに関してヒミクは咎めず、そのまま自分の見解を述べる。
「制限だと?」
「ああ、前にアイワ姉さまから聞いた覚えがある。父が直接世界に介入するには力が強すぎると、もしかしたら父が感知した内容を私たち熾天使でも認識しきれていないのかもしれない」
「伝言ゲームで失敗してるってことか?んなアホな話があるか?」
「あり得ない話ではないと私は思う。父の基準は父の常識だ。その常識に当てはめられてそこに寄り添おうと思っても、認識の齟齬は起きていた。それが事実だ」
「なるほど、経験則と言うわけか」
エヴィアは納得したように頷いているが、俺は俺で別の感想を抱いていた。
ヒミクの言葉だと、神と熾天使の関係は親子と名を打っているが、感覚的には上司部下の関係に近いように思えた。
それもワンマン会社の典型的な会社の系図に沿った形のやつだ。
会社の社長が図を描きそれを部下に伝えるが、コミュニケーションが足らず、そして社長が部下に理解を示さず、感覚的な部分が欠落し、それでヒューマンエラーが起き、それを社長が怒る。
報連相の構築ができていない何とも典型的なブラック企業ではないか。
「それに関して文句を言っていたのは私の下の妹達くらいだ。上の姉たちは文句を垂れる妹たちに説教をするのが日常だったな」
「なるほどな………」
私はされたことはなかったがと言うヒミクに全員が笑みを浮かべつつ。
俺はここまでの会話でとある仮説に行き当たる。
「もしかして、この世界で未来を見通せないのは別の神様から妨害を受けているとか?」
もし仮に、イスアルにいる太陽神、魔大陸にいる月神。
この二柱が俺たち日本人が認識する神と同系統、あるいは同格の存在であると仮定するのなら他の世界、それこそこの地球にも神がいてもおかしくはないのでは?
俺の知る限りでも様々な神話は存在するが、その存在に関しては明確にはなっていなかった。
日本神話で太陽を司ると言えば天照大神、ギリシャ神話で言えばアポロン、メキシコの方ではケツァルコアトルなんて神もいたはず。
これだけ神々の話があるのだから、存在しないと断定することはできない。
むしろ、好き勝手に他の世界の神が地球に干渉できるという前提の方が間違っているのではと思う。
「………神に対抗できるのは神か。盲点だった。確かにここは我々からしても異世界、異なる神が治めていてもおかしくはない。しかし、それならなぜ我々に干渉してこない?ある意味で我々はこの世界のバランスを崩しかねない存在だ。何らかの措置を講じてもおかしくはない」
「憶測に憶測が入るけど、神々の間でも干渉するための条件、あるいはルールが存在するのかもしれないな。持っている土地に土足に入ってきたからすぐに迎撃なんてやってたら神様同士で喧嘩になるかもって」
「まずは、警告からということか。筋は通るが、推測の領域は出んな」
エヴィアの参考になる程度の仮説で良かったと苦笑で終わらしつつ最後の締めで冗談半分で願望をこぼす。
「せめて、神様に会えるって組織があればいいんだけどねぇ」
日本中の神社を回ってそういう神降ろし的なことができる人はいないかと言ってみるも、半分以上は冗談だ。
あったらいいな程度の感覚だ。
「会えないのか?」
「会ったと言われている人は数いるが、常時会えるなんて人は皆目見当もつかないな」
実際に神に会ったことのあるヒミクに言われると何とも言えない気持ちになる。
正しくお手上げ状態だ。
「………いや、方法はあるかもしれん」
しかし、光明はあるところにはあるようだ。
「確かにこの世界の神に会うことは困難かもしれんが、それならば同格の神であるのならその所在を確認できるやもしれん」
何か思いあたる部分があるのか。
エヴィアは確信めいた部分があるのか、その可能性を口にした。
「我らが神、ルイーナ様ならもしかすればこの世界の神とも接触しているかもしれん」
確かにと口にはしないが、俺は心の中で納得した。
「ふむ、となれば、神殿の方に連絡を取るべきか」
そうやって仕事モードに入ろうとしたエヴィアであったが。
「おーい!先輩!なにやってるんすかぁ!今度こそおいて行くっすよ!!」
それに待ったをかける海堂の声が響き。
「そうだな、奴の言う通りだな」
「だな」
今はまだこの一時の休日を楽しむことにしようと、全員で頷き。
仕事の話は切り上げ、歩き出す。
そして何よりも、明日からが本番なのだからと明日のことはとりあえず忘れて今この一時を楽しむとしよう。
今日の一言
気にしすぎは良くありません。
毎度のご感想、誤字の指摘ありがとうございます。
面白いと思って頂ければ、感想、評価、ブックマーク等よろしくお願いいたします。
※第一巻の書籍がハヤカワ文庫JAより出版されております。
2018年10月18日に発売しました。
同年10月31日に電子書籍版も出ています。
また12月19日に二巻が発売されております。
2019年2月20日に第三巻が発売されました。
内容として、小説家になろうに投稿している内容を修正加筆し、未公開の間章を追加収録いたしました。
新刊の方も是非ともお願いします!!
これからもどうか本作をよろしくお願いいたします。




