392 給料を貯め、一城の主になるのは男の夢
広い。
そしてただ広いのではなく、景色もいい。
一等地と名を打っているだけあって、その広さと景色は伊達ではないようだ。
改めて見て、再度俺はエヴィアからもらった土地というのを少し舐めていたかもしれない。
「………」
目の前の絶景に何度見てもすごいと思い俺は言葉も出ず、呆然と立ち尽くす。
丘陵に広がる草原、背中には小高い山があり、目の前には青く澄み渡る湖畔。
辺り一帯を見回すまでもなく、人工構造物が一切なく、唯一人の手が入っていると思うのはここに来るための転移陣が設置されている魔石を中心としたサークルくらいだ。
そのサークルも景観を壊すことのない自然物が使用されているため、一種の遺跡みたいにも見える。
「うおぉ!広いっすねぇ!」
「と言うか広すぎでござらん?」
「当たり前だ。私が用意した土地だ。そこらの土地と一緒にするな」
様々なダンジョンでいろいろな光景を見てきたが、この場の土地すべてが俺のものと聞くと現実感が沸かなかったが、海堂の叫びと、呆然とした南のこぼれてきた声と、凛としたエヴィアの声で現実に戻ってきた。
今日はどうせならともらった土地を見に来ようと子供も連れたスエラたちと、暇を持て余していた海堂たちも連れて会社内に存在するダンジョンの新鋭居住区画を見に来たのだが。
『そっちではない』
と一般公開されている区画からは逸れ、エヴィアが先導し守衛のいるゲートを潜った。
その先に存在する転移陣に座標を指定する鍵を差し込み、手慣れた仕草でセキュリティ解除という手間のかかる工程の先に現れた空間がこれだ。
「想像以上ね」
「ワオ、すっごいネ」
「すごいの一言で済ましていいんですか?」
「さぁ?どうなのかしらね。ここまでくるとすごいっていう言葉の基準がわからなくなるわ」
最早何でもありだと笑うしかないと言わんばかりに口元に笑みを浮かべている北宮と比べて、純粋に驚くアメリアは貴重だろう。
勝にいたってはこの場の光景を疑問視するしかなかった。
そんな勝の質問に北宮は答えることはできず、またもやあいまいな笑みを浮かべる。
「エヴィア」
「なんだ、ヒミク」
人が目の前の光景を驚く最中、堕天使と悪魔の組み合わせは隣り合って立ち、ヒミクがエヴィアに向けて声をかけ、エヴィアはその声に向けて振り返ることもなく前を見たままだ。
「どこまでが、主の土地だ?」
そしてその質問はこの場にいる全員の代弁だ。
俺とスエラ、メモリアそしてヒミクも一応土地の面積に関しては目を通しているが、現実感がなく冗談かと思っていた節はある。
「すべてだ」
「「「「え」」」」
やはりかと俺は笑いながら子供を抱くスエラに振り向けば、彼女も笑いながら、海堂たちのリアクションを仕方ないと頷く。
メモリアも似たようなもので首を横に振りながら、この破格の報酬は理解できないだろうと諦めていた。
そもそもの話であるが、誰が想像するだろうか。
湖畔付き、山付き、全天候対応型の広大な整備された土地。
「うぁ、全部っすかぁ、東京ドーム何個分入るんっすかねぇ」
端から端まで見ることが叶わない土地を見て、お約束の計測の仕方を口にする海堂であったが、東京ドームの大きさは四万七千平方メートル。
わかりやすく言えば一辺二百メートルの正方形より少し大きいくらいだと考えればいい。
さてその正方形の大きさだけでも本来であれば破格である土地の大きさである。
山が見える、湖畔が見えると言った段階でリゾート地のような条件だ。
その程度の土地面積ではない。
計算が追い付かないレトロなロボットがオーバーヒートを起こしているように目が点になり、語彙力が低下している状態の海堂に向けて答えたのはエヴィアではなく、この土地の価値をいち早く理解し数字に強いメモリアだ。
「約ですが、八百五十六個ほどですね」
「八百」
「五十」
「六」
「個?」
淡々と述べた数値に南、北宮、勝の順番に数字を述べ驚き、そしてイマイチ理解していないアメリアはすごいなと思う程度で首を傾げるに収まる。
さっきは平方メートルで表現したが、この土地の広さを現すのなら平方キロメートル単位で表さないとわからないだろう。
「約四十平方キロメートル。俺がもらったダンジョンの一区画の広さだ。聞いた話だと、エヴィアの管轄するダンジョンの居住一等地のワンフロアまるごとらしい」
わかりにくいが、この敷地面積は東京の江東区や神奈川の鎌倉市とほぼ同じくらいの面積だ。
うん、冷静に考えて一個人で持つには些か大きすぎる土地だ。
「うへぇ、そんなに広い土地だと管理も大変じゃないっすか」
「いや、そこまで大変じゃないらしい」
「?」
「忘れているのか?ここはダンジョンの中だぞ。広大な施設を管理するにあたってその手のツールの一つや二つあってもおかしくはないだろう」
「あ」
しかしてその広大な土地を持て余し荒れる未来が待っているかと思いきや、意外と都合のいい代物が存在する。
「タブレットでござる?」
「見やすいようにこういう形にしてくれたってだけだけどな、教官たちとかエヴィアとかは感覚でダンジョンに繋がってるらしいけど」
入門用と言えば良いだろう。
取り出したのはステータスを管理するタブレットPCと似た代物。
興味深そうに南と海堂が俺の手元を見る。
そこに俺の魔紋を接続し、管理用のソフトを起動すればこの空間の掌握は終了する。
「うわ!?夜になったっす」
「星空」
「綺麗だネ!」
そして頭の中にダンジョンの構造が思い浮かばれ、ダンジョンと繋がったことを把握すると、そっとそのうちの一つの操作を行うとあっという間に変化は訪れる。
晴れ渡っていた空を、夕焼けを隔てずそのまま夜にしてみれば機能を知らないメンバーは驚く。
満天の星空を前にしてはしゃぐアメリアの姿を見つつ、元の晴天にもどしてやって、海堂に向けて端末を見せつつこういうことだと笑って見せると。
「うわぁ、便利っすねぇ。っということは結構いろいろすごいものができたりするわけっすか?文字通り東京ドームとか作っちゃったり」
夢のような装置だと言う海堂は感心したように、そして物欲しげに俺の端末を見る。
海堂のそんな視線から逃すように端末を片づける。
そして生憎とこれはそこまで便利というわけではない。
「それができれば良いんだがなぁ」
「?できないんっすか?」
見てのとおり自然豊かなだけの空間。
このダンジョンと接続する端末があれば何でも自由にできると思われがちだが、そういうわけではない。
「この空間は書類上は俺の所有ってことになってるが、大本はエヴィアのダンジョン。実質権限はほぼない。俺に与えられているのはこのフロアの簡易操作権だけだ」
そう言って俺にできることは限られていると忠告するが、それでもやれることは意外と多い。
魔素製造権。
すなわちダンジョンの核であるダンジョンコアによる魔素を製造する権限がなく、供給されている魔素の分量以上のことはできない。
おまけに家などの建築物を建てるにあたっても知識が必要になる。
素材を作るのもその素材の明確な知識が必要だ。
具体的な例を挙げるのならダイヤモンドを作るとなると炭素でできており、その結晶の精製工程に関しての知識も必要だということ。
建築物を建てるにはどの素材がどれくらい必要なのかと複雑かつ大きなものを想定すればするほど必要魔素の量は膨大になる。
加えて、その権限はあくまで簡易操作権、やろうと思えばいつでもエヴィアは俺の権限を取り上げ、魔素の供給のストップやフロア全体のデリートもできる。
これはあくまで念のための措置。
仮に俺が反乱を起こすための戦力をこの場で秘密裏に揃えていないとお偉いさんにアピールするためだと聞いている。
こうやって聞くといろいろと制約があるように聞こえるが、逆にできることを挙げると意外と自由が利く。
「と言っても、簡単な家や畑くらいはすぐに作ることはできるけどな」
といっても木材やレンガと言った使用頻度の高い物質はダンジョン内にレシピ登録がされ、それに合わせた建築物であれば知識なしで生成することができる。
所謂、テンプレートというやつだ。
しかし、テンプレートだけで構成された空間というのは味気ない。
工夫次第見せ方次第とも取れるが、俺の中で求める現代的な物を作り出すとなればそのテンプレート外になり相応の知識が求められる。
「だが、それでいいわけがないから今は仕事の合間に絶賛そこら辺の勉強と、コネづくりの真っ最中ってわけだ」
そう海堂たちに説明して、理想の町、あるいは自分が考える限りの最高の敷地という物を作ろうとしている俺の行動に感心するメンバー。
だが、あくまでそれは表向きの理由だ。
周囲に気づかれないようにエヴィアに目配せすれば、それでいいと軽く一度頷く。
これはスエラたちにも話していない裏があるからだ。
『ダンジョンの運営適性?』
『そうだ』
この空間に来たのは二度目。
一度目は俺がエヴィアに案内され、数日前はじめてこの土地に案内された時だ。
その時にエヴィアにとあることを説明されている。
『ここは表向きはお前に報償として譲渡された場所だが、本来の目的としてお前にダンジョンを運営するに値する行動を取れるか確認する場として与えた』
『本来の目的って、言っていいのか?』
二人きりだということもあってか、堂々と言い放つ彼女に俺はある意味で彼女らしいと素直にその言葉を笑いながら受け止める。
正面から俺は試されていると言われて気後れするどころかそうか、それで?と内容を聞き返す肝を持ち合わせていることが俺の成長を感じさせる。
『構わん。どちらにしろ次郎、お前なら気づいていたのではないか?』
『何かあるんじゃないかとは、な。こうもあからさまに広い土地を与えられて好きに使えと言われて素直に受け取れるほど純粋じゃないんだよ』
そして、なによりもただ土地を与えるだけで満足するような組織ではないことは入社してから重々承知している。
エヴィアの報酬だけ少し異質だったというのもある。
土地という世界が崩壊しない限り永久的に残る遺産。
そしてなおかつダンジョン内という空間に作為的な物を感じていた。
なぜ魔大陸の方の土地じゃないのか、あれだけの報酬が並ぶのなら広い空間は無理にしても治安が良く立地のいい、屋敷を建てられる程度の土地くらいは用意できたはず。
それこそ後見人が社長なのだ、信用という点では最上位といっていい。
肩をすくめて大人になったときの疑り深さをエヴィアに暴露すれば、彼女もそれもそうかと満足げに口元に笑みを携えそれ以上は追及してこない。
『それで、俺のダンジョンの運営能力を測るって言うが、まさかここに防衛設備を作れとかないよな?』
ダンジョンテスターである俺の視点で作る防衛設備、それはある意味で試験場としては理想の環境かもしれないが、エヴィアや社長がそれを求めているとは思えない。
そもそも俺に自分のダンジョンという環境下での戦力を与えるということを現段階で求めるとも思えない。
『ああ、我々としてもそこまでは求めない』
我々とエヴィアは個人ではなく組織人として俺の言葉を否定した。
ならば何をもってして試すのだというのだというのを視線で促せば。
『今度、というよりはすでに接触はしているが日本と正式に国交を結ぶための事前会議を行うことが決定した。次郎、お前はこの場にその橋頭保たる支社の設営準備をしろ』
『支社の設営?』
『ああ』
俺の伯母である霧江さんと接触しているとは知っていたが、そこまで話が進んでいるとはついぞ知らなかった。
だが、あり得ない話ではないと驚きを飲み込み、吟味するようにエヴィアの言葉を考える。
日本の大使を出迎えるのならこの会社で十分といえる。
しかし、魔王軍として都合の悪い部分があるのかと考える。
国との接待などやったことのない俺にそれを任せてまでやるメリットはなにか。
エヴィアに問おうにも考えて見ろと言わんばかりにうっすらと目を細めている彼女に聞けるわけもなく。
黙々と腕を組み考え込むこと数分。
『………スパイ対策と人間とも協力できるというスタンスの証明、あとはイスアルの牽制か?』
『六十点、だが、及第点だな』
考えつく限りの内容を提示してみたが、及第点と言われるくらいにしか届かなかった。
スパイというのは先日のイスアル側だけではなく、この世界に対してもだ。
この会社の施設自体を全面的に公開せず、一部施設で対応しようとしているのはやはり情報規制が大きいのだろうと踏み。
次に俺を外交に組み込むというのは日本人が異世界人と協和できるという部分をアピールしたいと思っている。
最後の牽制というのは、日本国内で魔王軍の名が広まれば仮に今後異世界召喚されても対応がしやすくなると。
『………ちなみに、残りの四十点は?』
それらの解釈は間違っていなかったが足りないと言われ、再度頭を捻らせても思いつかず降参で両手を挙げ白旗を振れば、仕方ない奴めと優しく言いつつ彼女は答えを教えてくれる。
『この運営がうまくいけば我々に利益を出せる人材と認識が広まる。お前の出世の足掛かりなのだよ。馬鹿者』
それくらい気づけとこつんと指で額を押され、それもそうかと苦笑するしかなかった。
「先輩?どうしたっすか?行かないんっすか?」
「あ、ああ、今行く」
そんなエヴィアとの会話を思い出しているうちに、湖畔の側に行こうという話で周囲はまとまっていて、ついでにそこで食事を取ろうという話にもなっていた。
丘に立ち尽くす俺を心配して海堂は声をかけてくれたようだが、先頭を歩く南たちが見え俺は首を傾げる海堂に何でもないと言いつつ、今後のことについて少し想いを馳せるのであった。
今日の一言
やりたいこととやらなければならないことの両立は難しいが、不可能ではない。
毎度のご感想、誤字の指摘ありがとうございます。
面白いと思って頂ければ、感想、評価、ブックマーク等よろしくお願いいたします。
※第一巻の書籍がハヤカワ文庫JAより出版されております。
2018年10月18日に発売しました。
同年10月31日に電子書籍版も出ています。
また12月19日に二巻が発売されております。
2019年2月20日に第三巻が発売されました。
内容として、小説家になろうに投稿している内容を修正加筆し、未公開の間章を追加収録いたしました。
新刊の方も是非ともお願いします!!
これからもどうか本作をよろしくお願いいたします。




