4 ファンタジーの世界概念でも善し悪しの人間関係は存在する
四話目投稿します。
田中次郎 二十八歳 独身 彼女無し 職業 ダンジョンテスター(正社員)
魔力適性八(将軍クラス)
役職 戦士
よく生き残った俺。
ここ一週間のキオ教官とフシオ教官の研修時の姿は正しく二人は鬼であり悪魔だった。
そんな二人が担当する午後の訓練は、午前の講義が安らぎだと思えるほど過酷であった。
着実に上昇したステータスのおかげで骨折の回数は減ったが、逆に吹っ飛ばされ宙を舞い壁に打ち付けられる回数は増えた。
支給された防具は剣道防具の形状に近いおかげで使い心地に違和感がなく、加えて動きやすさと防御能力は上がったおかげで怪我も減った。
だが、攻撃を受ける回数は確実に前よりも増えていた。
今の俺ならプロボクサーに殴られてもよろける程度に抑えられるかもしれないが、そんなものは焼け石に水だ。
わずかに縮まっても羽虫からバッタ程度に進化した程度の差しか埋まらず。
せいぜい教官たちの加減が楽になった程度の差しか生まれなかった。
「おうおうおう、粘れ粘れ粘れ、そうすればお前は生き残れるぞ!! ハハハハッハ!!」
『カカカカ、余裕ができてきたのう、ほれ重力魔法じゃ、ほれ麻痺魔法じゃ、おまけもいるかのう?』
気を失っているあいだの悪夢にでてくるほどの凶悪な笑みを浮かべて訓練を施す二人を見て、この二人絶対楽しんでいると確信に至るまで時間などほとんど必要なかった。
新しいおもちゃを手に入れた子供のように楽しみながら、俺が成長したら向こうもギアを上げて常にベストな苦しめ具合を維持してくれる。
「しっかりしてください! 傷は浅いです! 目を閉じないでください!! 安心してください!! 治療薬は全部あの方々の給料から引落しますから!! だから目を閉じないでください!! 死にますよ!?」
もうゴールしてもいいよねと思った回数は数知れず、地獄絵図、もしくは苦行という言葉がぴったりな新人研修。
唯一の癒しであるスエラさんの暖かな治癒魔法がなかったらとっくの昔に逃げ出していたかもしれない。
スエラさんは何故か俺よりも焦っているのが常であった。
そんなに俺の状況がやばかったのだろうか?
蛇足ではあるが、たまに思ったよりも怪我が酷いときは膝枕してくれるんだあの人、その時間こそが至福だと言っても過言ではない。
その時の俺は下心を抱けないほど死にかけているがな。
そうして死にかける以外はつつがなく過ごしていると答えられれば問題はないのだが、人当たりにあまり自信のない俺はここ最近悩み事がある。
午前の講義、既に定位置が確定した後ろの方の席で座って、始まるまで資料に目を通している俺の耳に自然と入ってくる声。
「ほら、あの人だよ」
「へぇ、落ちこぼれの?」
「そうそう、毎回毎回訓練でボロボロになっているみたいよ」
「あんな訓練でズタボロになるなんて、魔力適性がギリギリって噂本当だったんだ」
「この前なんて、医療室に救急搬送されていたな」
「どうやったらそんな怪我できるんだよ」
ええ、タダでさえジェネレーションギャップで会話が成立しにくいのに、加えて毎回毎回ズタボロにされたせいで、俺は気づけば落ちこぼれ扱いされていた。
おかげで、今では俺の方へ向ける視線の大半は、見下すようにあざ笑うか、気の毒そうに見る哀れみだけだ。
孤独感が半端ない。
それもそのはずだ。
スエラさんや、教官たちに話を聞く限り他の研修はまず俺みたいに怪我をすることがないらしい。
まるでどこかの魔法学校のように技を教え的に撃ってと手とり足取り教えている。
その教育方針を聞いたとき、思わず何故!?と教官たちに言った。
その返答は。
『バカ野郎、そんな生ぬるい方法で攻略される代物を俺が作るかってんだ』
『カカカカ、次郎が絶望を所望するならワシは別に構わんがのう』
ということらしい。
単純に教育方針の差らしい。
キオ教官たちは即戦力、他の職種ではゆっくりとした教育方針となっている。
部署によって目的は一緒でも教育は違うようなものかとボロボロで思考がまとまっていない状態の俺はそう思うことにした。
どちらの教育方針も一長一短であるが今回のようなケースがある場合は、将来的にはパーティを組まないとダンジョンの深層部へ行けないと考えている俺にとってこの状況は致命的だ。
ここで俺がコミュニケーション能力が高くて、もう少しおちゃらけられていたら、こんな空気も少しは改善できて仲間もできただろう。
だが、あいにくと努力しているのに正当に評価されないというプライドが関わってしまう内容で、つい理不尽だと感じて俺も俺で多少意固地になってしまっている分、そういう態度は俺には取れなかった。
心の内々を表せば
「死にかけながら研修を受けているのにお前らに笑われるいわれはない」
ということになる。
むしろそう声高々に言いたいが、そんなことを言っても社会的に「なにこいつ」の一言で終わり、空気がより悪くなってしまう。
もちろん状況は悪いと思い何回か改善しようと考えたが、口で言うよりも行動で示したほうが結果的にはいいという判断に落ち着いてしまっている。
おまけに
「お~い、おっさん、ちょっと自販機に行ってくれね? 俺、カフェオレで」
「俺、お茶」
「コーヒー、ブラックで」
社会という上下関係を完全に舐めきっている、明らかな年下相手にパシリにされそうになっている。
大抵無視していれば、舌打ち一つで離れていく。
今回もその手でいく。
場がしらけるなんて知ったことじゃない。
こういう時は表情を変えず、淡々としている方がいい。
ブラック企業で培っていた、俺の無表情を舐めるな。
一定容量は抑え込む自信がある。
あとは午前の講義をやり過ごせばいいだけだ。
そう思って、午前の講義を真面目に過ごしていった。
「今日の午後の研修は、各職種合同で第一研修所で行われる。全員、場所を間違えないように」
だが、講義を終えた常連のイケメンダークエルフは俺には無視できない爆弾を放り投げて講義室から出ていってしまった。
「どうする?」
頭を抱え考え込む。
一難去ってまた一難とはこのことだろう。
いや、悩んでも仕方がない。
体調不良という言葉が頭によぎるが、すぐに考えを消す。
この会社では魔法薬という便利な薬がある。
風邪で寝込んでもあっという間に回復してしまうのだから、無駄にファンタジーはすごい。
よって仮病による欠席はできないし、無断欠勤などもってのほかだ。
「覚悟を決めるしかないか」
孤独とはこういう集団行動が苦手なのだ。
たとえそれが己の行動で生まれた結果でなくても、生きていくには時に我慢も必要だ。
「とりあえずは、昼飯かな」
腹は減っては何もできず、前の職場みたいに昼食十分という制限時間がない分マシだと思いながら午後の予定に備えることにした。
「私はエヴィア、この会社の監督官だ」
大きくはないがしっかりと聞き取れ、冷めたような声が午後の研修の開始の合図だった。
「説明は一度だけだ。全員私語をせずしっかりと訊け。今日はダンジョンの魔物と戦ってもらう」
爬虫類のような翼、そして揺れる先が尖り黒く細長い尻尾、側頭部に生えた折れ曲がった角、赤ワインのような紅の長髪をなびかせた悪魔の女性が言った内容は、髪の色に反して冷たく、少なくない動揺を俺たちに及ぼした。
「相手は鬼王将軍、不死王将軍、竜王将軍の配下から選抜した。すべてが最下級のソウルだ。こんなところでつまずくなよ?」
できて当たり前、暗にそう言われてしまった気がする。
「班編成は各自自由だ、個人でやるもよし、複数で当たるもよし、今回の研修はダンジョン内を想定した遭遇戦方式の研修だ。各自の判断に任せる」
淡々と事務的に書類すら見ずに中央に立つ姿は、良く言えば凛々しく見え悪く言えば冷徹に見える。
「魔物が現れるのは開始から一時間、間に十分の休憩を挟み、それを三セットだ。その間施設からの脱出はできない。なに、安心しろ〝死には〟しない。危なかったら私の周りに集まれ結界で守ってやる」
緊張が走った空気が一転、安心させるような言葉で周りの空気は緩んだように感じた。
逆に俺はそんな甘い香り漂う言葉に悪魔らしさを俺は感じる。
種類の違いはあれど、あれはキオ教官やフシオ教官が騙す時の言葉に似ている。
さっきから一枚もめくられていないクリップボードの書類も目についてしまう。
暗記しているから見る必要がない。
そういった理由で念のため用意した形式だけの書類という線もあったが、今回の訓練、キオ教官やフシオ教官どころか、スエラさんそしてほかの職種の教官もいないのが気がかりだ。
「5分後に、研修を開始する。手早く準備を済ませろ」
しかし考える暇もないし考えても答えはでない
準備するといっても組む相手もいなければ、自分の装備など防具と木刀を確認するだけだ。
それでも5分は短い。
ざっと防具にゆるみは無いか確認するだけで時間は過ぎ去ってしまう。
せめて警戒心は維持していこうと思い、同じ職種同士や中には別職種で組んでいる班を脇目に見る。
「魔法剣士ってやつか?」
その中で目に付く班があった。
希望職種の中には存在しなかった、魔法使いのような格好した男の手には木刀ではなく片手で扱える真剣が握られていた。
魔法使いと剣士のハイブリッド、発想的にはありそうだが、彼以外にそういった装備は見当たらないということはそこまで流行っているわけではなさそうだ。
万能になるか器用貧乏になるか、それはこのあとの研修でわかる。
その班は見たところ彼が前衛で、他に魔法使いと回復職のような女性が二人とやや後衛よりの班だ。
それでも他の班と比べたらマシだろう。
午前中に俺をパシらせようとした男たちなど、魔法使い三人組だ。
まぁ、それでも唯一のソロである俺よりはマシだろう。
加え俺も俺でダンジョンの魔物と戦うのはこれが初めてだ。
体は緊張しているのか少し力んでしまっている。
「やれるところまでやってみるか」
だが幸いなのは、軽く深呼吸するだけで一番適したテンションに戻すことができる。
伊達に死にかけてはいないということだ。
「そろそろ、時間か」
鬼のタイムスケジュールをこなした体内時計は、割と正確に時間を知らせてくれる。
もう一度深く深呼吸をして、意識を自分に向ける。周りばかり見るのではなく自身も範囲に収め、集中して対処をしなくては最初に脱落するのは俺だ。
「時間だ、これより研修を開始する」
冷静な声のエヴィア監督官の声の下、世界の雰囲気が変わる。
「結界?」
「うっそ、発動とかわからなかった」
「事前に準備していたんじゃない?」
「それなら、納得できるわね」
違う。
魔法使いの集団からこぼれた言葉を咄嗟に否定する。
そのままちらりと監督官を見てしまう。
無詠唱のシングルアクション。
瞬き一つでこの結界は展開された。
フシオ教官の動作になんとなく似た共通点を感じた故の判断だが、あながち外れているとは思えない。
グギャギャギャギャ
だが、深く考える時間はないようだ。
俺たちを取り囲むように広い研修場の外周に展開された魔法陣から、薄汚れた緑色肌の小人たちが姿を現した。
魔族というスエラさんや二人の教官、そしてエヴィア監督官に比べるのもおこがましいほど知性の欠片もなさそうな風貌、それが魔物だろう。
尖兵という言葉が使えるかどうかも怪しい。
使い捨ての駒、そんな言葉が似合いそうな存在である小鬼が集団となって俺たちに襲いかかってきた。
「ファイアボール!!」
「おらぁ!!」
「ウィンドカッタァ!!」
「って、おい!!」
そんな俺が気にすることといえば、いきなりのフレンドリィファイアから身を守ることだった。
一桁どころか二桁の単位で飛び交う魔法から身を守るなんて、咄嗟にその場から飛び去り伏せるしかなかった。
「おいおい、どこの戦場映画ですかこれ」
研修の成果が出た結果で俺へのダメージはゼロ、すぐに着弾した方向に目を向ければ。
数々の魔法が着弾してみせ、見るも無残に消し飛ばされ魔力の粒子となっている小鬼の姿が映る。
現代戦闘ここに極まれり、銃と魔法の差はあれど名乗りをあげた武士をなぶり殺しにしたモンゴル兵の気分ってこんな感じなのか。
呆然と魔法陣から出てくるたびにろくに近寄ることもできずにその場で消し飛ばされていく姿を見送る。
「雑魚ばっかりでつまんねぇ!!」
「ふぅん?」
男の魔法使いは子鬼を見下し、女の魔法使いは退屈そうに杖から魔法を放つ。
「俺、必要なのか?」
前衛の役目は盾となること、それを真っ向から否定するような光景に自分の存在意義を忘れそうになる。
「三時の方向!!」
「反対の方!」
「魔力が追いつかねぇよ!?」
「ん?」
だが、その圧倒的な光景もだんだんと崩れていった。
「もしかして、ペース配分考えてなかった?」
だんだんと討ち漏らしが多くなっていく魔法使いたち、だんだんと魔法陣付近ではなく距離を詰め始める小鬼、そして討ち漏らせばその分数が増えていく。
そういえば、小鬼って質より数を優先するタイプだったような気が……
「短距離ランナーかよ!!」
まだ始まって十分くらいしか経っていないというのに、魔法使いたちの呼吸は荒れ始めている。
そして俺の記憶を裏付けるように、一方向からの襲撃だったのが今度は二方向に分散され数で襲いかかり始めた。
「今度は同時!!」
「手ェ回せ!!」
「わかってるわよ!!」
混乱し始めている。
仕事のやりくりができていないとよく見る光景だ。
仕事の優先順位も見えず、ただひたすら前のことをやり続けると、先(後)が見えなくなる。
他に弓矢など使う後衛も矢を射かけているが、それでも討ち漏らしは増え続ける。
「っち!三時の方向をどうにかしろ!!」
このままではまずいと思った俺は叫びながら起き上がり駆け出す。
「すぅ」
魔法使いと子鬼たちの間に、割り込み木刀を構え、息を吸い込む。
「キエェェェェェェェイィィィィィィィィ!!!」
猿叫
生物的本能を刺激する、俺の叫びを聞いた空間はまるでその場だけ停止したかのように静寂を発生させた。
「おい! お前ら止まるな!!」
そう、敵だけではなく味方までもが止まってしまったのだ。
「っクソ、このスキル善し悪しありすぎだろ!!」
とりあえず、嫌いな相手とも仕事なら一緒にこなさねばという精神で声をかけたが、はっきり言って背中を預けるには不安が残る。
「メェェッィィン!!」
それでも、倒さなければいけない。
「手応え薄いな!おい!!」
普段からあっさり躱されるか簡単に受けられるかどちらかしかなかった俺は、直撃という感触に思わず驚いてしまった。
おかげで、生物を叩くという感触に嫌悪感を抱く暇もなかった。
「コティメェン!!」
次と考えるよりも先に、体は向きを変えて一番近いゴブリンに駆け出していた。
しっかりと錆びていますと宣言する短剣を持ったゴブリンの手を思いっきり叩いた反動で左頭頂部を叩くとあっさり魔力に戻ってしまう。
これが最弱。
そう思うとどうにかなるような気がするが
「根比べってところか?」
猿叫のおかげか、俺の近場にいた子鬼たちは、俺をしっかりと敵と認めていた。
その数、Gにも勝る。
次から次へと魔法陣から出てくる光景は悪夢としか言い様がない。
ひと振りで倒せる、そして地獄の日々を送ってきた分の持久力は兼ね備えている。
三時間くらいはどうにかしたいところだ。
もし仮に途中脱落をしたら
『『情けない、再研修だ!!』』
悪夢が待っているような気がする。
背筋に鋭い冷たさが走り手に力がこもる。
「負ける気がしねぇなぁ!!」
自棄になっている気もするが、それぐらい発破をかけないとあの二人の悪魔のような(実際、鬼と骨だが)笑みを払いのけられない。
「ドゥオォォォォォォォォォォォ!!!!!」
ひと振りで三体の子鬼を払いのける。
宙を舞った奴らに俺の過去の姿を重ねながら開戦の狼煙を上げた。
Another side
「おうおう、不死王、次郎のやつ張り切っているなぁ」
『カカカカ、然り然り、踏ん張りどころをしっかり理解しておるのぉ』
「最初の魔法には肝を冷やしました」
モニタールーム、大画面に全体の様子が描かれ、左右の六つのモニターが各方面の詳細を映し出している。
中間報告会
これは各教官が、研修の途中経過を報告するための集会だ。
鬼王将軍に不死王将軍の他に、今回の研修に参加している将軍の姿も見える。
「ですが次郎さんはよくやっています。子鬼といえ単独で軍勢を押さえ込んでいますね」
「それくらいやんねぇとな」
『カカカカ、二段階目の我が軍勢に対してどのように動くか楽しみだのう』
一方面、と言うより研修場の半面をまばらに動き回るゴブリンたちの終着点は次郎さんの周りだ。
彼のスキルは威圧と同時に挑発も兼ねている。それを利用してゴブリンたちの意識を自身に集めて、彼自身はその場を中心に来る小鬼たちを迎え撃っている。
呼吸を乱さず、できるだけ落ちつこうと配慮し、拙いながら全体を見ようとしている行動は、教えてきた立場としては結果が出てきて嬉しいと感じる。
それ故に、同じ教育してきた立場の鬼王将軍と不死王将軍の機嫌はいい。
だが、ちらりと反対方向でモニターを眺めていた私と似た姿のお方を鬼王将軍が見るとさっきまでの機嫌は消えてしまった。
「しかし、おい樹王、お前どんな教育してるんだよ?」
「言い訳はしません、私の不手際でしょう」
『鬼王よ、質を取れたワシらじゃが、量を押し付けられた樹王を攻めるのも筋違いじゃろうて』
「不死王よ配慮は感謝致しますが、この場では結果が全て。配下には徹底していますが、教育が不十分なのは事実でしょう」
月の化身、白銀というよりは白く輝く純白の長髪を足元まで伸ばし、地球で言う着物に近い格好をした同じダークエルフとは思えないほどの存在は、こちらを見ようともせずただただ、モニターを眺めていた。
「樹王様」
「スエラ、あなたは私を非難できる立場にいるのです。己が育てた存在を誇りなさい。私から見ても無様なのは我が教え子、あなたの教え子は立派な戦士になっています」
モニターを見れば、まだ最初の一時間にもかかわらず、魔法使いと回復職の三割はエヴィア様の結界内に避難してしまっている。
通知はしていないが、結界内に避難、それはすなわち今回の研修のリタイアだ。
当然その結果は評価に響く。
研修参加者の総勢は37人、そのうちの三割が減った計算だ。
それも、魔法使いや回復職がメインで減ったせいで、面での制圧能力はぐっと下がっている。
その結果が、前衛一人で最下級とは言え軍勢を相手取っているありえない現状だ。
「せめて一人でも魔法使いが次郎さんの援護に回ってくれれば」
『カカカカ、それは無理じゃろうて、次郎と同等に働いておるのはもう一つの面を支えておる三人組、それも魔法使いじゃ、周りが見えてない現状、仲間意識が傾いておれば自然とそちらに力を貸すのは自然なことよ』
「このまま行くと、三段階目までもたねぇか?」
『じゃろうな、二段階目で同じ光景が繰り返されればいかに我らが鍛え、体力面が優れていても所詮は人間、軍勢をそう長々と一人で抑えこめるとは思えんよ』
「いや、そうとも限らないかもしれないよ?」
「「「『!?』」」」
覚えのある突然の気配に、私を含め将軍たちも咄嗟に膝をついてしまう。
「ああ、気にしない気にしない、結果が待ち遠しくてついつい来ちゃっただけだから」
『承知しました、魔王様』
将軍たちは立ち上がるが私にはできそうにない。
未だ頭を垂れ、膝をついている。
それでもご尊顔を拝見した経験はある。
金髪紅目、穏やかな表情の好青年、一見ただの人間にしか見えないが、魔力を扱うことに長けたダークエルフだからこそ気づける部分もある。
見ずに感じてしまう莫大な魔力、その最上層である表面だけだというのに、その表面だけでもかなりの量の魔力を圧縮した状態で保持しているとわかってしまう。
「君が採用したんだっけ、彼?」
「っは! その通りです」
「うん、いい人材を確保したみたいだね、エヴィアも喜んでいるみたいだ」
『して、魔王様、彼奴、次郎が持ちこたえると判断した理由は?』
「ん? 勘、いやそれも違うな、恐怖からくる生存本能かなノーライフ」
楽しそうに会話をする魔王様と不死王様の会話を私はただただ聞いているしかできない。
「恐怖ですかい? 大将」
「ははははは、よほど君たちの訓練が応えたらしい。これぐらいはやってみせろと脅す君たちの影に怯えながら必死に立ち回っているだけだよ」
和やかに会話をしているように聞こえるが、その実、声すら魔力に乗った意志が私に教えてくれている。
おもしろいと。
魔王様は非常にカリスマに富んだお方だ。
この気安い口調でも、私では手も足も出ないような将軍たちを片手で統べてしまう。
「生存本能を馬鹿にしちゃいけないよノーライフ、君は生命の枷から解き放たれたからあまり感じないかもしれないけどね、ライドウ君ならわかるんじゃないかな?」
「かもしれません」
『奥深し、奥深し、人の生命力よのう』
「まぁ、それだけじゃなくても、こんな声を叫ぶ人間がそう簡単に脱落するとも思えないよ」
風魔法
高密度の魔力を感じ取ってわかったのは属性だけだ。
『脱落したら地獄!! 根性入れよや俺ェェェェェェェェ!!! コテェイヤァァァァァァァァァ!!!』
そこから聞こえる次郎さんの声。
「大将、エヴィアが泣きますぜ?」
『カカカカ、このようにあっさりと結界を気づかず突破できるのは魔王様だけじゃろうて』
「エヴィアには同情しますが、より研鑽するための目標になるでしょう」
それぞれ、将軍たちは口々に別なことを言うが、どこか納得し、頷いたように感じる。
『死にかけたことを無駄にするな!! 殺られる前にヤレ!! ミェェヌゥ!!』
斯く言う私も生命力にあふれた、いや、生にすがりつこうとしている次郎さんの声を聞いてしまってつい口元が緩んでしまった。
「ね? こんなふうに必死になっている人間が脱落するかな?」
「精神論はあまり好みませんが、あり得るかと」
「ま、生き残ったら少し加減をしてやりますわ」
『然り、されど生き残れなかったら望み通りにしてやろうて』
次郎さん、応援しかできない不甲斐ない私を許してください。
『キェェェエィィィィィィィィ!!!』
Another side END
「死ぬ、いや、死んだ、もう無理、動けねぇ」
途中休憩を挟んだとしても、ぶっ続けで3時間戦い続けて、体力などとっくの昔に尽きて気力で戦っていたが、それも終了というか魔物がいなくなった瞬間に尽きた。
外聞なんて気にしていられない、今はただ大の字に床に転がり回復するしかない。
子鬼に始まり骨戦士、小亜龍と続いた地獄は今終わった。
倒した数なんてわかるわけがない。
それだけの数を倒した。
「ぜってぇ、あいつらとは、パーティー組まねぇ」
そして、そんなことになったのはずっと一人で戦っていたからで、八つ当たりに近いかもしれないがこういった不平不満はこぼれてしまう。
大の字になって、休んでいるはずなのに指一つ動かすのも億劫になるほど俺の体は疲れきっている。
それでも頭は回るものだ。
さっきまでの研修を思い返すのは鮮明すぎる体験を追憶しているだけかもしれない。
最初の小鬼はまだマシだった。背後は俺以外が守っているつもりがなくても守っていてくれたのだから一定の方向だけに気をかけるだけで済んだ。
おかしいと感じたのは二段階目の骨戦士の後半だ。
いつ崩壊してもおかしくないほど、俺以外のメンバーは混乱していた。
闇雲に正面の敵を蹴散らす魔法使い、矢が尽きたらすぐに結界の中に引っ込んだ弓師、回復だけで唯々守ってもらい近場の治療しかしない回復職、逃げ回っている盗賊、実戦経験がない現代人からしてみれば当たり前の結果といえばそれまでだ。
俺たちは軍隊ではない。
小鬼の数で体力を削られ、骨戦士は人間らしい技を使われ神経を削られる。終いに小亜龍、コモドオオトカゲに近い存在は仮にもドラゴンの名を冠するだけあって、スペックは前者二種に比べて高かった。
おかげで最後は大混乱、大半は結界内に逃げ込み、最後まで生き残っていたメンバーなど俺除いて十人もいない。
とやかく言う俺だって最後の方なんて、必死に逃げ回って攻撃を繰り返すゲリラ戦法で戦っていた。
コミュニケーションをとっていなかったからとっさの連携なんてできなかったし、デタラメに撃ちまくる魔法使いの救援なんて考えたくもなかった。
段階を踏むごとに、数こそだんだんと減っていたのが幸いだったが、地味に対応できるギリギリの範囲で質はだんだんと上がっていく、泣きたくなるほどスパルタな研修だった。
小鬼を倒すのに一振りだったが、骨戦士は最低二振り、小亜龍に至っては打撃の効果が薄いせいか、数体しか倒せなかった。
これがダンジョン、おそるべしファンタジー、そしてこれを鼻歌交じりで攻略できる勇者、お前人間か。
「ご苦労、今日の研修はこれまで、各自解散しろ」
そして、悪魔監督官は容赦がない。
回想しながら体力の回復を図っていたが、最初の方に結界に入っていたやつなど既に帰り始めてそれに合わせるように疲れきっている俺にも帰れと申す。
口ではお疲れ様と言っているが、目ではさっさと移動しろと俺に訴えかけている。
いや、俺もこのままだらけるつもりは皆目ないがせめてもう十分くらいは
「それとこれは希望制だが、ここに残るなら追加研修の意思ありと見る」
よし、直ぐに立ち上がり帰ります。
体力は回復していないが気力はなんとか回復した。
這ってでもこの研修場から脱出してやる。
木刀を杖代わりにして研修場を脱出する。
「ねぇ、あの人」
「ああ、スキルで俺たちのこと〝妨害〟してた」
「〝目立〟ちたがりの?」
「あんな〝奇声〟出して、恥ずかしくないのかよ」
「いるよねぇ、ああやって独りよがりの理想家」
頼むから、こう、気が弱っている時にこんなものは聞きたくはなかった。
ガリガリと気力が削られていくのがわかる。
もういっそ自棄になって、もう一回研修受けようかと思ってしまう。
すぐにダウンするのは目に見えている。
それでもいいかと思う。
黙って出ていかず、まるで置き土産のように残していき、そそくさと立ち去っていく姿を見て、こんなやつと一緒に終わっていいのかと自分に疑問を持ってしまう。
「一緒は嫌だな」
結論は割とすぐに出て、その答えは俺の胸の内にすとんとハマリ込んだ。
他所から見たら、さっきの俺の戦い方は独りよがりの身勝手かもしれないが、それで〝注意〟を受けるならまだしも、〝否定〟されるいわれはない。
「エヴィア監督官」
「何だ?」
「追加研修お願いしてもいいですか?」
俺の周りに、いや、研修場にはもう俺とエヴィア監督官しかいない。
「……いいだろう、追加で2セット研修を実施する」
一分でも十秒でもいい、あいつらと差を開きたい。
あいつらと一緒に扱われるのが嫌だ。
そんな自棄になった行動だが、後悔はしていない。
「対複数戦の状態は見た。次は、対単体戦を見せてもらう」
無駄な力はもう使えない。
木刀を持ち上げるのも億劫だ。
研修中と同じ魔法陣から発光し、そこから巨体が現れる。
「豚鬼だ。さっき戦った小鬼とは比べ物にはならんが知性のない下級には変わらん、何かあれば助太刀には入るが、せいぜい気を張れ」
身体の大きさは上も横も俺よりも上、俺の身体ほどの棍棒を携え、角の代わりに立派な牙を備えた豚面の鬼は、その体の重さを表すように重い足音とともに歩いてくる。
グオォォォォォォォ!
「ああ、ったく、負ける気がしねぇぜ!!」
自分へ活を入れる言葉とともに、雄叫びを上げて棍棒を引きずってくる豚鬼を迎え撃つ。
力任せに振り下ろされる棍棒を躱さず、八つ当たり気味に、鬱憤を晴らすように打ち返す。
「ほう」
感心されるような言葉など流せ、今はちょうどいい鬱憤を晴らせる相手が目の前にいるのだ、よそ見してその機会を逃すな。
最小限の力で中段に木刀を構え、そして肺と腹に吸い込みながら力を入れて加減などせず吐き出す。
「キィエェィィィィィィィィィィ!!」
怯えた、ああ、目の前のやつは俺を恐れた。
一歩をはっきりとわかるほど後ずさった。
体の大きさに見合わない力の打ち払いで棍棒をはねのけたと思ったら、わけのわからない奇声を上げるのだ。
怯えても無理はないが、今は気にしない。
「スゥ」
すっと、中段の構えから上段の構えに変える。
今、俺はただ、八つ当たりをしたいだけなのだから。
「メェェェェェィエン!!」
打ち下ろし、打ち下ろし、打ち下ろし、喉が枯れてもいい、多少打たれても気にするな、反撃させる暇を与えるな。
棍棒で防御に回った相手を崩すつもりで打ち続ける。
「ドォルオォォォォォォォォ!!」
そしてわずかに棍棒がずれた隙間から打ち込み体を殴った感触は柔らかく、脂肪の鎧に阻まれて打撃の衝撃が吸収された。
ニタリとこの程度の攻撃なら平気と思われた。
「コテェィィィ!!」
それが、すごく癪に障る。
抜き胴の要領で背後に回り、豚鬼が振り向く様に合わせて振り下ろした木刀、その手首を折ると意志をつぎ込み。
確かな感触とともに、骨を砕いた。
雄叫びじゃない、呻き声が相手から漏れた。
ここだ。
「ツゥキィィィィィィィィィィィ!」
肉を穿つ感触、僅かな抵抗を越え、突き抜ける感触を手に味わう。
魔力に還る豚鬼。
「っかは! はぁはぁはぁ」
止めていた呼吸を再開する俺。
「二週間で豚鬼を仕留める、か、フン、あいつらも、ましな人材を育てるか」
魔力となって消え去る豚鬼に寄りかかっていた俺は、倒れないようにそのまま木刀を地面に突き立て杖にする。
周りの声など聞こえない。
「構えろ、時間はまだある」
必要最低限の情報しか入ってこない。
もう無理と言う気力ももったいない。
ただひたすら召喚された魔物と戦い続ける。
一体倒すたびに一呼吸おいて、そしてまた叩く、倒した数なんてもう数えていない。
召喚されるたびに変わる魔物をただひたすら打ち倒すことだけを考える。
黙って、呼吸を整え、木刀を構える。
打って、打ち込まれて、腹に活を入れて耐え忍んで仕留める。
殴られて、食いしばって耐えて、腹に打ち込む。
打ち払って、蹴り飛ばして、止めを刺す。
腕を掴まれ投げ飛ばされ、片手で相手の側頭部を打ち付けて脱出する。
手の甲で受けて頭突きをカマして、馬乗りになって止めを刺す。
次第に力が入らなくなっていく身体、最小限の動作で、最高の結果を引き寄せるように、打ち込む一連の動作に虚動を混ぜ込んで相手の隙を作り出す。
無駄を省き、息苦しさも感じなくなった頃にようやく召喚が途切れた。
「そろそろ時間だ、喜べ、締めにふさわしい、今のお前ではどうあがいても勝てない魔物を用意した」
蹄の音が聞こえる。
「骨騎乗騎士だ、死ななければ治してやる」
最後の締めにしては、えらく上等な存在が出張ってきた。
立派な鎧に、馬上槍、馬にすら鎧を着せている。
たとえ中身が骨だとしても、今俺にはラスボスのようなものだ。
どこにも喜べる要素はない。
「ハハハ、負ける気がしねぇ」
だが、それでも空元気くらいの活力は出てくるものだ。
「よく吠えた、虚勢もそこまで行けば幾分かマシだ」
言っていなければやっていられない。
無理だと思ったら俺の体は動かなくなる。
顎で、やれと命じられた骨騎乗騎士が駆け出すのを見て、無駄であろうとせいぜい抗ってやろう。
馬の速度が加わり、俺からすれば異常な速度で突き出された槍めがけて打ち下ろす。
かろうじて目で捉えた確かな打撃、確かな手応えが腕に伝わる。
馬上槍を防いだ。
と思ったらあっさりと、宙に浮く身体。
終わった。
直感的に分かった。
巻き取るように槍が動き、俺の体を宙に投げ飛ばしていた。
ああ、仲間がいれば倒せたかねぇ。
あんな奴らでも、いる分にはマシかもなぁ。
もう少し俺も大人にならなくては、さっきの不満も思えば言い訳だったか……
そう思い、それを最後に俺の意識はなくなった。
田中次郎 二十八歳 独身 彼女無し 職業 ダンジョンテスター(正社員)
魔力適性八(将軍クラス)
役職 戦士
ステータス
力 39 → 力 45
耐久 58 → 耐久 62
敏捷 20 → 敏捷 28
持久力 34(-5) → 持久力 45(-5)
器用 36 → 器用 36
知識 33 → 知識 33
直感 7 → 直感 8
運 5 → 運 5
魔力 41 → 魔力 50
状態
ニコチン中毒
肺汚染
今日の一言
魔物と初めて戦いました。
そして、たとえなんと言われようと誰であろうと一緒に仕事はこなさなければならないと再認識しました。
少しでも皆様に、見ていただき評価されたならたら幸いです。
気に入って頂ければブックマークもを、ご指摘ご感想もお待ちしています。