36 書類手続きはきっちりと
今週は忙しかった。
往復合計1200kmの車移動、しばらくは車の運転は控えたいです。
田中次郎 二十八歳 独身
彼女 スエラ・ヘンデルバーグ
メモリア・トリス
職業 ダンジョンテスター(正社員)+リクルーター
魔力適性八(将軍クラス)
役職 戦士
「というわけでメモリアの店がしばらく休業するということなので、当面は別の店での消耗品の調達になるから留意するように」
「急でござるな、リーダー何か聞いているでござるか?」
「詳しくは知らん。私事とは聞いている」
「私事ってなんでござろう。血の調達でござるか?」
「そういえば、そうっすね。さすがに夜な夜な徘徊して襲うわけにもいかないっすから」
「あれ? でも薬局に血液売ってましたよ?」
「そうよね、コンビニのドリンクコーナーみたいに置いてあったのを見たときはびっくりしたわよ」
出世祝いの宴会はとりあえず延長、どっちにしろ実力主義の魔王軍では役職など割とすぐにすげ変わるものらしい。
中にはそういった風習からいちいち出世祝いをしているのが馬鹿らしいという人もいる。
というわけでスエラと相談し、メモリアの件も含めて仕事が落ち着いた頃にまたやろうと決めた。
なので、今は通常稼働。こうやって通常業務の朝の打ち合わせをしている。
手始めに連絡事項はメモリアのことだ。
今まで休業といったことがなかった。
本来であれば、いくつかの店と関係を保ち非常時に備えるべきであったのだが、ケアレスミス、いわゆるうっかりしていた。
幸い、物自体どこでも買える代物なので仕事に支障はない。
いやでないようにできる。
と言うか
「何自然にここにいるんだ北宮」
「「「あ」」」
「っち」
「「「舌打ち!?」」」
ごく自然に溶け込んでいたが、北宮はあくまで臨時パーティーの時の臨時要員、正式にはまだあのイケメン火澄のパーティーだったはず。
一応、このパーティーの書類は俺が管理しているからまず間違いない。
この会社のルール上、一回や二回の臨時パーティーならともかく固定パーティーには申請が必要だ。
上限人数は決まってはいないが、初期よりだいぶテスターの人数は減った。
公平を保つためにパーティーからパーティーの移動の手続きは手を抜くことができない。
だからこのまま北宮をなぁなぁで居座らせるわけにはいかない。
「……仕方ないじゃない。ウチの担当が異動届受理してくれないのよ」
「担当、ノスタルフェルさんか?」
「そうよ、今のパーティバランスが崩れることは看過できないって言ってこっちの話は一切聞いてくれないのよ。喧嘩したって言えばプライベートを仕事に持ち込むなって怒るし、透なら二人を囲う甲斐性は持ってるからとかわけのわからないこと言い始めるのよ」
「あ~、向こうとこっちだと恋愛観が違うでござるからなぁ」
「まさか、こういう弊害が出るとは思わなかったっす」
「それに順応し始めてる俺からはなんとも言えないな」
「リーダーは少し特殊だと思うんですが」
県境を越えるだけで多少の文化の違いが出るのに、世界を超えればそれ以上の価値観の違いが出てもおかしくはない。
今回はそれが表立って出てきた。
俺の脳裏に高飛車なお嬢様と言える銀色の縦ロールヘアの竜人が描かれる。
竜という人間からかけ離れた身体スペックとそれを裏打ちするような実績があるのだろう。
自身を疑わない自信、カイラ・ノスタルフェルは自分の非を一番認めがたい性格をしている。
今回は透が北宮ともう一人の女性を囲えばいいという向こうならおかしくない、パーティー崩壊を防ぐ最短ルートが絶対に正しいと疑っていないのだろう。
ハーレムが常識という固定観念が実績に裏付けされている分崩すのは難しい。
北宮からすれば恋愛は一対一が常識、ハーレムなんて非常識だ。
だが、ノスタルフェルさんには関係ない、彼女は男を独占しようとワガママを北宮が言っているとしか見ていない。
加えて、火澄はノスタルフェルさんにとってはお気に入りである。
北宮が優秀だと思われている火澄のそばから離れたがる理由も理解していない。
ハーレム内では女性同士がある程度尊重する。
それで秩序を作り上げる、なので北宮のように浮気で諦め離れるという行為はノスタルフェルさんには理解できないのだろう。
「まぁ、理由はそれだけだとは思えないんだろうがな」
「他に何があるって言うのよ」
「俺たちがスエラの担当するテスターパーティーっていう要因もあるだろうな」
「「「あ~」」」
感嘆の声? いや、どっちかといえば忘れていたが思い出した時の声に近いか。
海堂、南、勝の三人の声が部屋に流れる。
さっきも言ったがノスタルフェルさんはプライドが高い。
彼女は明確にスエラをライバル視している。
そんな状態で北宮の異動を許可するか?
では次の部署でも頑張ってくださいと笑顔で見送ることができるか?
「できないっすね」
「できないでござろうなぁ」
「できないですね」
「だろ?」
答えなんて白と黒を見分けるよりも明確だ。
部下から見る上司の人物像などそう大差はない。
俺の考えと周囲のイメージが一致したと同意を得られたタイミングで、すっと、そのまま席を立ちながらタバコに火を付ける。
喫煙者のマナーとして離れた場所で吸うのだが、わかりきっていたが傍目からも北宮の不満な顔がはっきりと見て取れる。
そりゃぁ、自分の都合で希望が潰されていては不満も溜まるだろうよ。
「どうにかできないの?」
「役職って言っても最下級の俺じゃ精々意見を言うのが精一杯だ」
二つの要因、常識的効率とプライドの鎖によって北宮の行動は制限されている。
その事実を突きつけるわけではないが、タンとタバコの灰を立ち上がる時に持った灰皿に落とす。
誰もがどうにもできないと思うが、正直、手段がないわけではない。
「と言いたいが、手段がないわけじゃない」
「あるの!?」
「ああ、通常時ならできない手だがタイミングがいいことに第二期生の入社が決まった。それに合わせれば、パーティー変更の申請は通りやすいはずだ」
役職付きに先行で周知された情報だ。
いや、正確には唯一のリクルーター付きだった俺にリクルーター終了の知らせが届いて、その理由も一緒に添付されてきて知ったわけだ。
本当だったらもっとあとになる予定だったテスター二期生の入社は、テスターの減少とダンジョン攻略進行度の推移が低いがゆえのテコ入れだとのありがたいお言葉も頂いてる。
ようは、後輩に追い抜かれるようならわかっているなと、上司の遠まわしの脅しでもある。
そんなことをつゆとも知らない北宮は、光明を素直に喜んでいる。
ぐるりと上半身を回し椅子の背もたれを掴むようにこっちを見てくる。
「手段は二つ、お前が新規でパーティーを二期生たちとつくる。これは、攻略パーティーを増やす社の方針に沿うし、二期生は経験者と一緒に攻略できるという利点から申請をつっぱねられにくい。欠点は、お前の教育者としての腕が問われるといった点だ」
あくまで可能性があるというだけでという前提を付け加え、左手に火のついたタバコを持ち右手の指で一つ目と指を立て、一回タバコを吸ってから二つ目と二本目の指を立てる。
「火澄たちのパーティに新しい人材を入れてお前の魔法使いという立場を入れ替えさせる。こっちはまぁ、そんな都合のいい人材が来るかどうかという点で賭けになるが、聞いた話によればどこのパーティーも人手不足で人材を補強するみたいだし、火澄も例外ではないだろうよ。あとは、お前の心次第だ」
正直、前者はともかく後者に関しては北宮は選ばないだろう。
既に恋愛感情は冷めていたとしても自分がいて積み上げていた席をあっさりほかの人物に明け渡すというのは男女関係なくやりづらいことだろう。
プライドの問題ではあるが、大なり小なりそれは人が持つ性のようなものだ。
「……」
「まぁ、しばらくはうちで臨時を続けるのも手だ、だがさすがに上から圧力がかかってきたら俺にはどうにもならないぞ」
「リーダー、さすがにそれは」
「辛辣か?」
「でござるよ」
「あいにくと社会ってのはそういうもんだよ、好き勝手に動けるなんて上のごく一部、歯向かうものは組織から消される。そんな中で俺ができることといえば一時の雨宿りに軒下を貸す程度だ」
即答はさすがにできないようだ。
沈黙によって北宮が悩んでいるのがわかる。
自分で口にしたように、正式に北宮の担当であるノスタルフェルさんから抗議いや警告が来れば俺では抗うことはできない。
多少強引ではあるがルールに従っているのはあっちで、違反しているのは俺たちなのだから、立場的に俺が言えるのはここまでだ。
もう少し立場があれば差し伸べられるのが声から手に変わるかもしれないが、IFを話しても仕方がない。
どうにかできないのかと、普段あまりそりの合わない南に心配されるのは彼女が居場所という言葉や意味に敏感だからかもしれない。
それでも俺はタイムリミットがあるという事実は言わないといけない。
組織が大きくになるにつれて、寛容になる部分も出てくるが、物事には限界が必ず存在する。
「いっそのこと、一回辞めてまた入社するっすか? 先輩確かリクルーターって役職あったっすよね」
「アホ、一度辞めた社員をまた採用するか。ただでさえうちの会社はそこらへんがシビアなんだぞ」
情報を漏らさないように退職者の記憶操作は当たり前、偽造職歴なんてこともやっているうちの会社だ。
そんな裏道みたいなことができるわけがない。
「ああ!! もう!! なんで私がこんなに悩まないといけないのよ!! あいつとはもう別れた!! それでいいじゃない!!」
「そうは言っても向こうはそうじゃないみたいだけどな」
「それが厄介なところですよね」
「異世界の影響も良し悪しでござるな」
そしてもう一つ厄介なのは、あの火澄がまだ北宮を諦めていないというところだ。
これが普通のチャラオだったらこの二股やろうと張り手の一つで終わるのだが、あいにくと火澄はさわやかなイケメンの主人公みたいなやつだ。
僕は二人を好きになった二人を愛す!!とハーレム主人公なことを言っても気持ち悪いとは思われない。
俺からすれば何言っているんだこいつと言いたくはなるが、この会社の社員たちからは「あ、そうなの? おめでとう」みたいな反応しか出てこない。
ハーレムを許され、火澄も故意か天然かはわからないが、それを望んでいる。
「お前も大変だな」
「他人事ね」
「知らない仲ではないが、男女のイザコザに首を突っ込んでもろくなことにならんからな」
ただでさえ厄介なのに、向こう側の思惑が変な絡まり方をしてなお強固になってしまっている。
おかげで北宮は本人の意思とは無関係に居づらい場所に居続けないといけないことになってしまっている。
心情的にはどうにかしてやりたいが
「正直あれ以外の方法は思いつかん」
「役たたずね」
「ほう、どうやらここからたたき出されたいみたいだな」
「うっさいわね、こっちは仕事を辞めるか辞めないかの瀬戸際なのよ、そんな脅しで私が怯えると思ってるの?」
「まぁ、こっちも冗談のつもりだったしな」
どうにもならないのが現状だ。
冗談でも交えて気分を紛らわせてやるくらいはしてやるよ。
「それにしても勝、さっきから何を読んでるでござる?」
「社則」
「何か気になるとこでもあったのか?」
手帳ほどのさほどページも多くない本を熱心に読み会話に混ざってこない勝が気になったのか、あるいはこんな状況でも熱心に読む内容が気になるのか、脇から覗き込むように南は勝に聞く。
実際、俺も軽くは目を通したが、詳細に関してはうろ覚えだ。
見落としていた部分があるかもしれない。
「ここなんですけど」
勝が指さした項目を読む。
「あ~、労働組合?」
労働組合、それは社員が不当な残業をされていないか、あるいは給料が不当に減額されていないかそれを監視する第三者的な立場の組織だ。
「うちにもあったんだな」
やっていることが完全に命懸けの内容であったのだが給料はしっかりと払われているのでてっきりないものだと思っていた。
「ここに言えば、もしかしたらどうにかなるんじゃないですか?」
「できる、かもしれないな」
可能か不可能かは定かではないが、確率はまず間違いなくあるだろう。
少なくともさっき言った俺の方法よりも確実性はある。
勝から社則を借りて、今度はじっくりとその項目を読む。
「面倒だが、できなくはなさそうだな」
こっちが不当にされていることの証拠を提示する必要がありそうだが、そこはじっくりとやっていけばいい話だ。
「なら」
「ああ、やってみるか」
「はい!よかったですね北宮さん」
「え!? そ、そうね」
「なんでござるか? 嫌なら別にやらなくてもいいんでござるよ?」
「うっさいわね!! 別に嫌だなんて言ってないわよ!! その、あれよ!!」
「どれだよ」
いい具合に暴走しかけている原因をなんとなく察している俺はニヤニヤとしながらツッコミを入れる。
海堂も同じく理由を察しているのか、羨ましそうにしている。
勝のやつ普段はしっかりとして大人びているが、ふとした拍子で少年らしい顔を見せる。
さっきまで真剣に考えていた大人な表情から一気に少年らしい嬉しそうな笑顔のギャップに北宮の感情は追いついていないのだ。
だから咄嗟に反応ができなく、南が面白くなさそうにすね始めたのだろう。
「おーし、俺たちの方針が決まったな。これから北宮を俺たちのパーティに入れる算段を始める。ただし、俺たちは手伝いがメインだ。北宮、お前がメインでやれよ」
「わかってるわよ!!」
「各人、タイムリミットがあるのを忘れず、通常業務を怠るなよ」
「「「はーい」」」
「よろしい、それでは、今日の仕事に行くぞ、おら準備準備」
昼の休憩はこれでおしまい。
手を叩き、話を打ち切り、行動の遅い海堂と南を急かすより鋭くロッカールームに送り、俺も装備を取りにロッカールームに向かう途中、勝を止める北宮の姿を見る。
心の中で遅れるなよと言いつつ、タバコを消し俺もロッカールームに入っていった。
田中次郎 二十八歳 独身
彼女 スエラ・ヘンデルバーグ
メモリア・トリス
職業 ダンジョンテスター(正社員)+リクルーター
魔力適性八(将軍クラス)
役職 戦士
今日の一言
人材は手放さない!!
人財ともいうからな!!
だが手続きは忘れるな!!
今回は以上となります。
今週は忙しく、執筆する時間があまり取れなくて、短くなってしまいましたが投稿できてよかったです。
誤字脱字とうあればよろしくお願いします。
これからも、異世界からの企業進出!?転職からの成り上がり録をよろしくお願いします!!