362 作為的な行動は混乱を呼ぶ
Another side
里の防衛と言うだけならいたって簡単だが、実際に行うとすればそれなりの設備に人員、そしてノウハウが必要になる。
里の周囲に森というダークエルフにとってはホームグラウンドともいえる土地を所有しているが、里そのものは砦というにはお粗末な程度の木を使った壁と柵しかない。
一応、魔獣に襲われにくいような立地に建設して里の周囲を巡回し警備する守り人がいるが、それでも防衛施設、それこそ砦クラスの代物として考えるなら不十分と言わざるを得ない。
もちろん、すべての街や里を防衛施設並の設備を整えるのなら莫大な費用もかかるし、維持費も馬鹿にならない。
さらに加えれば、砦になるような立地を考えれば使える土地など限られてしまう。
なので、今回襲撃された里が悪いのではなく。
ただ一言、襲われるターゲットにされたことに対して運がなかった、それだけだ。
「!」
最初に異変に気付いたのは樹王ルナリア。
ハッと何かに気づき、ゆっくりと席を立ちテントの外に出る。
「樹王様? 何かありましたか?」
外に出て遠くを見つめ沈黙するルナリアに側付きの兵士が何か起きたのかと問いかけるも。
「………」
テントから出たルナリアは何かを感じ取ろうと集中しておりその問いに答えられない。
その集中を妨げないように、一人また一人と口を閉じ彼女がしていることを後押しすること数秒。
「兵を均等四方に配置してください。休息を取っている兵も動員し、里の守り人にも協力の要請を、敵が来ます」
「は!」
すっと雰囲気を変え、穏やかな雰囲気を纏っていた彼女が、刺すような雰囲気を纏い始める。
その変化にただ事ではないと感じ取った兵士たちは疑問を挟むことなく迅速に行動を開始する。
テント内に残るのは伝令用の兵士と、ルナリアの側近のみになり、そして周囲が慌ただしくなっている最中ルナリアは動く。
「樹王様どちらへ?」
「前線へ出ます」
「! あなた様が動くほどの相手なのですか?」
そんな彼女へ側近が問いかけるとルナリアは端的に答え、その歩みを止めない。
「伝令を、アドラを西の指揮官にサートを北に、マルスを南に配置してください。彼らなら、被害を最小限に抑え込めるでしょう。残った東には私が出向きます。そして、彼らには私が来るまで専守防衛をするようにと」
「「「は!」」」
そして連れてきた部下の中で最適の人選をつたえるために伝令を走らせ残るは側近のみ。
「あなたは数名引き連れて、火澄さんたちに帰還命令を出しなさい」
「なりません! 私はあなた様をお守りするためにこの場にいるのです。ダンジョンテスターの二人には別の者に伝令を走らせます」
その側近も傍から外そうとする樹王に、さすがに側近はその指示に対して異を唱える。
「行きなさい。命令です」
しかし、早くしろと訴えかけるような強い口調のルナリアを前にして側近はそれ以上の言葉を紡げなかった。
彼にできることはただ一つ、一刻も早く与えられた仕事を終わらせ仕える主のもとに参じること。
一回頭を下げ了承の意を伝えた側近は、その場を駆けだし離れていく。
「さて、この動きで少しは相手の情報を得られればいいのですが」
周囲から人を遠ざけ、さらには前線に出る。
現場の最高責任者であるルナリアが取った行動は、責任者としての行動ならば赤点通り越して落第もの。
もし仮に、現魔王政権の権力を落とす策略だとすれば、それは致命的とも取れる行動であった。
鬼王や竜王なら日常茶飯事な行動であるものの、例に挙げた二人が例外であってよほどのことがない限りそんなことをする必要はないし、するべきではない。
そんなことが常識であるはずにもかかわらず、なんのためらいもなくルナリアは歩み。
東側にまとめられた兵のもとに赴く。
後続も合わせ、総勢百名ほどになった部隊の前にルナリアが現れたことに、兵たちはざわつくも、隊長の一喝で静まる。
「樹王様、なぜこちらに?」
「この場は私が指揮を執ります」
そして鎮めた隊長が一歩前に出て、ルナリアがここに来た理由を問うが、彼女は気にした様子もなく、端的に答えるのみ。
本来であれば、いきなり最高位の指揮官が出てくれば戸惑いの声が上がるかもしれない。
だが。
「了解しました!」
透き通るように響き渡るルナリアの声に隊長が声を張り上げ、気をつけの姿勢を取ると背後に並ぶ兵たちもザっと音を立て、一斉に姿勢を正す。
「よろしい、では」
その動きに満足げに頷くルナリアは、そのまま後方に待機するのではなく迷うことなく、この方向から敵が来ると断定したルナリアは隊の先頭に立ち。
「誰に向けて弓矢を放とうとしたかわからせましょう」
その体内にある魔力を解き放った。
その魔力量は将軍の中でも群を抜いている。
そして涼しい顔をしてその魔力を漂わせるルナリアは、普段閉じている瞼を開く。
閉じられた瞼から現れた瞳は黄金の瞳。
加えて言えばただの瞳ではない。
精霊眼。
精霊たちと深く繋がりのある者が、精霊たちの長から贈られる特別な瞳。
その瞳自体が、疑似的な魔力炉であり、精霊たちとの契約の証。
瞬く間に周囲の魔力を塗り替え、より濃密な空気にしたルナリア自身は、気にもとめていないが、ダズロによって操られた存在は、本能が危険を知らせてくるが、命令に合わせその姿を現した。
否。
「大地の精霊よ、わが敵の姿を現せ」
たったこの一言、ルナリアがつぶやいたのはたったそれだけ。
その言葉だけで、地震が起き、そして大地の中から何かが飛び出し強制的に姿を現せられた。
「アストルドレイク!?」
全長三十メートルは超える、粗いヤスリのような鱗を持つ蛇のような竜。
口元にハサミのような巨大な牙があり、四肢はなく、その細長い体で地中を進むために視覚は退化し、代わりに視覚に代わり温度感知する機能や嗅覚といった別の感覚が進化した個体。
別名、地底の狩人。
普段は、自分の縄張りに獲物が来るまでジッと身を潜め、直上に来た途端に襲い掛かる獰猛な竜。
過去に自身よりも大きな竜種すら捕食したという危険な存在。
兵の一人が、そのモンスターの名前を呼ぶが驚くべきことはそれだけではない。
最初に出てきたのは、〝浅い〟場所にいた個体を地面から吐き出させただけ。
地震はまだ収まらず。
一頭、二頭、三頭と次々に地面から排出される。
その数に、兵たちの動揺は隠せない。
「………十頭のアストルドレイク」
ゴクリと誰かがつばを飲んだ音は、地面から吐き出されて、その吐き出させた張本人を威嚇するように竜とは違う、甲高い奇声によって掻き消された。
この数なら、確かに一般兵のみなら全滅させ、里も消すことができる。
「随分と」
しかし、それもこの場にルナリアがいなかったらの場合。
「私も安く見積もられたものですね」
動揺する兵が恐慌状態にならなかったのは偏に彼女がいたから。
魔王軍最強は魔王であるが、魔王軍屈指の実力者である将軍位の一角。
樹王ルナリア、各将軍にも様々な呼び名があるが、戦場においてのルナリアの呼び名だけは固定されている。
「自然を相手に、〝たった〟十頭で対処できると思っているのでしょうか?」
魔力量だけで言えば、一個体のアストルドレイクの魔力量を圧倒的に上回るルナリアであったが、どう見ても前線向きの格好ではない。
その挑発的な声に、アストルドレイクたちは激高し、一頭が大口を開き、左右の刃をもってしてルナリアを両断しようととびかかるも。
「風よ」
その巨体はたったその一言で宙に向けて吹き飛ばされ、異常な風相手にアストルドレイクが藻掻くも、抜け出すことはかなわず、次々に硬いはずの鱗は裂け。
そして。
「断ち切れ」
次の一言で、縦方向に体が両断される。
「まずは、一頭」
元々戦いを好まぬ性質のルナリアは、成果を誇ることなく。
そして、好戦的な感情を向けることなく。
「では、残りも始末していきましょう」
まるで路端に落ちているごみを拾い上げるという気軽さで、一頭でも現れれば軍が出動するべき案件相手に。
彼女は言葉を紡ぐ。
地は裂け、風は暴れ、水が轟き、木々が暴れ、雷が降りとまるで自然そのものがアストルドレイクたちの敵に回ったかのように、自然が猛威を振るう。
〝天災のルナリア〟
魔王軍随一の精霊使い。
その身と契約する数多の精霊の数を把握しているのは当人のみ。
ルナリアを敵に回すイコール自然と戦うものと言わせるほどの実力者。
彼女が敵対し好戦的であったら、真っ先に殺しにかかると過去に魔王がこぼすほどの実力を秘める存在。
他の将軍も、彼女と戦うのが一番面倒だと言う。
その結果の惨状が。
「これで、終わりですね」
追加でやってきた魔獣含め、ものの数分で目の前の惨状を築き上げた。
知覚できる範囲に魔獣がいないことを確認した彼女は、黄金の瞳を再び瞼の中に隠す。
それだけで圧が下がり、緊張していた兵たちの肩の力も少しだけ抜ける。
おびただしいほどの魔獣の死骸の数。
千には届かずとも優に百は超えていた。
「では、死骸の検分と処理のほうをお願いします、私はこれから北の方に向かい順次、処理してきます」
その惨状を造り上げたルナリア当人には傷どころか、返り血一滴もついていない。
そして何よりも、大魔法に近い自然災害を連発したのにもかかわらず、被害者は魔獣のみで、森は元通りになっている。
ルナリアが選んだ兵はベテランが多いが、中にはルナリアの戦いを見たことのないダークエルフも存在する。
だからこそ、精霊召喚も行わず、あんな災害みたいな現象を無詠唱に近い、単一詠唱で作り出すことに敬意と同時に恐怖を抱いている。
そんな感情など慣れたものだと言わんばかりに、ルナリアは風に乗り、他の魔獣に襲われている戦線に向かう。
そこからは流れ作業だ。
北を殲滅、西を殲滅、南を殲滅。
東が本命だったのだろう。
東と比べ他の方角の魔獣たちの中にはアストルドレイクの姿がなく、魔獣の数も少なかった。
代わりの大型の魔獣もいたが、アストルドレイクと比べれば格下であった。
ルナリアはあらかじめ最も多い方向に自分が赴き、そして順番に魔獣を殲滅。
「これで、人為的な魔獣の動きだというのに確信が持てました」
最後に南を殲滅し終えたルナリアが最後の魔獣を倒し終えた際に結論をだす。
群れのリーダー的な存在は確かにいたが、ここまで戦術的に戦えるような魔獣の長がいるのなら、こんな無駄な戦い方はしないはず。
ただ闇雲に、里に襲い掛かる姿は確かに獣らしいと言えるが、逆に絶対強者であるルナリアが現れたにもかかわらず引かないところを見ると、襲撃自体に意味があるように見える。
「しかし、解せません」
殲滅した魔獣の量、そして質を考えれば、一個の戦力としては破格の群れであった。
それを操れるにもかかわらず、こんな消耗品のような使い方に何か意味があるのかと、逡巡するルナリアは、ハッとなり。
「目的は、私をこの場に釘付けにすること?」
そのための戦力と考えれば合点がいく。
里とルナリアの兵士だけでは最初のアストルドレイクを足止めすることもできず、蹂躙される。
他の群れも分散した兵の量でちょうど抑え込めず若干勝るように配分し、ルナリアが離れられないように差配したのなら。
そして、四方向から襲撃したのは少しでも時間を稼ぐためにルナリアの移動時間も計算に入れたのなら。
「失態です」
もしが重なるような推測に満たない想像であったが、ルナリアは確信した。
目的は一つしかないと、眉間にしわを寄せたルナリアは護衛も連れず、風に乗り空を舞う。
精霊に頼み、目的地まで運んでもらい。
現場へと舞い降りたルナリアが見た時は、彼女が間に合わなかったことを示していた。
「ルナリア様!!」
「報告を」
戦う前に向かわせた側近がそばに駆け寄ってくる。
「はい、残念ながら調査隊はほぼ全滅のようです」
「そう、ですか」
魔獣の死体の中に紛れる部下たちの亡骸を見て、おおよそ見当がついていたルナリアは感情を排して、側近からの報告を聞く。
「生存者は?」
「テスターの女性が一名、かろうじて生きています。現在治療中です。ギリギリですが、助かるかと」
「わかりました」
そして、ルナリアはダークエルフが三名がかりで治療している姿の隙間から、川崎翠の姿が見る。
「もう一人のテスター、火澄透は?」
「現在周囲の探索も続けていますが、発見できておりません。おそらくは」
もう一人の行方も問うが、側近が返す言葉は芳しくなくなった。
おそらくはと言葉を区切ったが、死んだか連れ去られたかの二択であれば、死んだほうの確率が高いと側近は言いたかったのだろう。
現場に到着してからも、ルナリアは精霊に頼み周囲を探索しているが、手掛かりはない。
「いかがなさいますか?」
そんな状況にもかかわらず、側近が指示を仰ぐ。
「兵を呼び、周囲の探索に充てます。三日捜索しても見つからない場合は行方不明として報告しましょう」
「承知しました」
それに対し、ルナリアは伝令を走らせ、そして兵が到着するまでその場に佇む。
そして思う。
恐らく黒幕がいる。
まるで雲と戦っているように掴みどころのない存在。
姿の予想が何もできない存在に、ルナリアは危機感を抱く。
「いやな、流れですね」
その感情を素直に吐露した、ルナリアの頭上には、闇の大陸を唯一照らす、月が空に浮いているのであった。
今日の一言
意図的に隠し事をすると後々大変なことになる。
毎度のご感想、誤字の指摘ありがとうございます。
面白いと思って頂ければ、感想、評価、ブックマーク等よろしくお願いいたします。
※第一巻の書籍がハヤカワ文庫JAより出版されております。
2018年10月18日に発売しました。
同年10月31日に電子書籍版も出ています。
また12月19日に二巻が発売されております。
2019年2月20日に第三巻が発売されました。
内容として、小説家になろうに投稿している内容を修正加筆し、未公開の間章を追加収録いたしました。
新刊の方も是非ともお願いします!!
講談社様の「ヤングマガジンサード」でのコミカライズが連載されております。
そちらも楽しんでいただければ幸いです。
これからもどうか本作をよろしくお願いいたします。




