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32 必要なこと、必要な事なんだろうが・・・・・・今じゃないだろうがぁ!!

祝三万PV突破!!

皆様のおかげで三万PVと七千ユニークを達成しました!!

感謝の念が絶えません。

これからも、さらに皆様に見ていただけるように精進して行きたいと思います。

あと、タイトルの方を変更させていただきました。

気に入って頂ければ幸いです。

では、あとはお話をお楽しみください。

田中次郎 二十八歳 独身 

彼女 スエラ・ヘンデルバーグ 

   メモリア・トリス

職業 ダンジョンテスター(正社員)+リクルーター

魔力適性八(将軍クラス)

役職 戦士



砂煙の先から現れたのは、顔なじみのキオ教官だった。

まるでどこかにふらっと散歩に出かけるような気軽さで見るからに頑丈な壁をぶち破って登場してみせたが、よくよく考えればここは異空間に存在するダンジョンだ。

普通に考えれば削岩機を使ったとしてもたどり着けないハズのポジションに位置する物件なのだが、どうやって現れたのだろうか。

この人?の場合、気合か何かで到達しそうな気がするが、魔法的に考えても異常事態なのは間違いない。

じっと目を凝らせば、砂煙の向こうに虹色に輝く空間が見える。

それを異次元と仮定するなら、この教官は異次元を歩いてきたことになる。


「教官、ひとつ質問が」

「おう、なんだ?」

「どうやってここに来たんですか?」


なぜここに来たとは聞かず、どうやってここに来たかという疑問の方が先走ってしまったが間違いではないはず。

理論的にも理屈的にも、根本的に常識的に考えてもありえない方法でこの人は登場している。

これがフシオ教官で転移魔法とかで登場したらまだ納得できた。

方法は理解できないだろうが、なぜの方を優先できたと思う。

いや、キオ教官の登場の仕方も教官らしいと思う。

むしろ想像通りの登場の仕方に納得している自分もいる。

教官が転移とかでスタイリッシュに登場したらそれはそれでありなんだろうが、俺からしたら違和感しかない。

こう転移で一瞬で現れるのも悪くはないがいきなり『ふん、俺を呼んだか』てきな背中を見せる登場の仕方のほうが俺は好きだ。

さて、現実逃避もここまでにしよう。


「気合だ!!」

「それでどうにかできるのはあなただけでしょうけど!! ここは空気読みましょうよ!!」


サムズアップで回答してくれるキオ教官の強面の表情はとても爽やかだ。

こう腹立たしいほど納得できてしまう自分がいる。

理解はできていないが、シリアスで最終戦闘に突入しようとした俺がバカだろ!

言われていないが、ここまで真剣にやってバカを見ろって言われた気分だよ!!

文句は言えないがな!!


「落ち着いてください次郎さん、鬼王様が応援に来てくれたことは千載一遇のチャンスです」

「ハァハァ、確かに」


この人? 鬼? 教官なんて職務をやっているが本職は将軍、魔王軍の中でもトップクラスの実力を持つ。

だが、ここで禁物なのが、将軍が複数いる状態で決してどっちが強いのかと聞いてはいけない。

一回研修中の休憩時にポロっとキオ教官とフシオ教官ってどっちが強いのかと尋ねたことがあるが、段々と笑みが深くなるだけで詳しくは語ってくれなかった。

代わりに地獄を見せてくれた。

余波で吹き飛ばされた俺は意識が飛ばないギリギリの狭間で、魔の法を切り捨て切り込む剣撃の極致と技を封殺し圧倒しようとする魔導の極意がぶつかるのをスエラが救助に来るまで眺めるしかなかった。

あの圧倒的な光景は今でも鮮明に思い出すことができる。

それを演出した役の片割れが援軍に来てくれたのだ。

心強い。

感じないように意識していたが、やはりプレッシャーというものは感じる。

ごく僅かであるが、余計に入っていた体の力が抜ける。


「それで? 俺は大将から会社の奪還を言われてここに来たわけだが、敵の情報はあるか?」

「まさかの無策ですか!?」


その力もキオ教官のまさかの発言に再び入れ直す羽目になる。

仕事は段取りによって成果が決まるといっていい。

あれをやれと言って、言われたことしかやらないのは新人だけが許される行為だ。

まぁ、奪還してこいと言われて次元の壁があるはずの空間を渡ってきた時点でステータスがきっと脳筋よりだろうとは思っていたがここまでとは思わなかった。


「ああ? 敵はぶっ潰す、それだけで十分だろう?」

「罠とかあるでしょう」

「そんなもん、ぶん殴ればどうにかなる」

「いや、敵の方が数が多い時とかは」

「そりゃいい、楽しめる時間が増えるってもんだ」

「ちなみに、社長に挑んだこととかあります?」

「おう!! ありゃぁ楽しかったぜ!!」


ああ、なんとなく研修の時から察していたがやはりこの教官、戦闘民族だ。

戦うことも戦うための方法も知っているが、優先順位が滅茶苦茶だ。

普通なら情報を集めてから挑むのが戦の常識なのに、現場で情報を集めながら戦うという非常識な戦法をまかり通してしまっている。


「……どうにか、なるのか?」

「なると、思います。多分」


ガハハと当時のことを思い出しながら高笑いをするキオ教官に一抹の不安を感じるが、信頼も信用もしている。

この人がダメなら、今回の出来事を解決するために、俺では逆立ちどころか、どこぞの主人公みたいに特大級の隠された才能が開眼しない限り無理な話だろう。

頭を掻いて、先行きの不安を感じ取る。


「あなたがジロウ?」

「ん?」


最初の印象は場違い。

鈴の音のような静かだが、すっきりと澄み渡るような声が耳に入ってきたときは勘違いだと思ったが、どうやら違うようだ。

土煙が収まり、鬼という鬼が集まる中、体つきが大きい存在が揃う中、一際小さい影がゆっくりと前に出てくる。

モーゼのように左右に分けられ進む姿は高そうな稲穂が描かれた青い着物と相俟って彼女自身が高貴な存在であることを示すようだ。

小柄な体に靡く肩まで伸ばした髪も汚れを知らない色白の肌もまるで粉雪のよう、雪女をイメージさせる。

儚く、なぜこんなところにいるのかと疑問に思うが、しっかりと姿を俺が捉えた時にその印象はガラリと変わる。

額の両脇にそびえ立つ二本の真紅の角は鬼の証、そして小柄な身長に見合わない、自身の体の二から三倍はあるのではないかと思われる巨大な黒鉄の戟、角と同じ真紅の瞳はまっすぐと俺を捉えている。

その瞳に浮かぶのは戦意、俺よりも頭一つ二つ低い小さな体の中には鬼の血が魅せ滾らせる何かを漂わせていた。


「あなたがジロウ?」

「ああ、そうだが」


そんな最初の印象と続けられたギャップを持つ装備に少し虚を突かれた俺が答えるのが遅れるのを気にせず彼女は、再度問い直す。

そこで俺はようやく、返事をすることができたが


「鬼ってのは、こういうのが挨拶なのかい?」

「受け止めた」


質問しているのにもかかわらず目の前の少女から明確な答えは返ってこない。

条件反射で冷たい何かを感じ取った俺は、頭より先に神経が鉱樹を掴み取らせていた。

疑っていたら間違いなく胴体が泣き別れしていたのは足元の石畳が砕けていることが俺に確信を持たせる。


「何を!?」

「おっと、動くなよ。そっちの嬢ちゃんもだ」

「っ」


視線はずらせないが、声でスエラたちも動きが封じられたのがわかった。

その間もギリギリと金属同士が擦れ戟の刃と鉱樹の刃がせめぎ合う。


「鬼王様、これはいったい!! まさか!?」

「おっと勘違いすんなよ、俺は別に反乱に加わっていないぜ? 今お前たちを止めたのは将軍ではなく、父親としての俺だ」

「状況がわかっておられるのですか!? こうしている間にも!!」

「わかってるつもりだぜ? 何安心しろ、扉の向こうにいる程度のやつなら秒殺で片がつく。だからよ」


娘の邪魔すんなや。


スエラの言葉を打ち切るように、流れ落ちた言葉は誰にも有無を言わせなかった。


「親バカってぇ、言われませんか、教官!!」


その言葉も殺気の目の前に立たされ、体中に魔力を循環していた俺にとっては黙る理由にならなかった。


「ったく、一難去るどころかまた一難被さってるぞおい!」

「次郎さん」


筋力は確かに驚異的であったが、戟の重さを踏まえても体重は大したことはない。

鋭く早く鋭利ではあるが、重さ自体は今まで受けてきた重みを考慮すれば対処できる。

一旦距離を取らせるようにはじき飛ばせたのもそのためだ。


「理由はわからないが、と言うか聞く暇はない。スエラ、最短は俺がこの娘の相手をして勝つのが結果的にはイイってところだ。違うか?」

「……鬼王様」

「カカカ、物分りのいい弟子を持って俺は幸せだな。おうよ、イナに勝っても負けてもこの出来事は俺がきっちり片付けてやるよ」

「さっさと負けたほうがいい気がしたが、その時は」

「ああ」

「うちが、あなたの命を狩るまでです」


そうだと思ったよ!! この戦闘狂親子が!

と、悪態をつく暇もなく、再び教官にイナと呼ばれた少女が襲いかかってくる。


「って、おい、教官、この娘なんか雰囲気変わってません? さっきまで口数少ない物静かな子~って感じだったと思うんですけど!?」


儚げな雪は一変して、苛烈な吹雪に。

言いたくないが、今にもクケケケケケと笑いだしそうな口元は顔が整っている分薄気味悪さを醸し出している。

そんな彼女は身の丈に合わないはずの戟を見事に操ってみせる。

突けば槍、薙げば太刀、突くことも切ることも可能とする武器を良くもまぁ綺麗に振るってくるこって。

おかげでこっちは、まず目を慣らすことから始める羽目になる。

でもまぁ、防げない手数でも速さでもない。


「当たり前だ。俺の娘だぞ?」

「全く似てないですね!!」

「嫁に似てんだよ!!」

「納得です!!」


納得できるキオ教官の言葉に対して、くだらない話をしながらも俺の腕と足は忙しなく動き連動して相手の動きに対処する。

一説、過去、日本の武人が袴などゆったりとした服装を着て戦ったのは動作の入りを見極められないようにするためだと言われている。

この子の服装もそういった意味があるのかはわからないが、結果論だけで言えば、袖長く、裾も長い着物を乱さず動き回る彼女に対して筋肉や関節の動きを見ることによる先読みは難しいと判断せざるを得ない。

せめてもの救いは、俺が持っていた武器が大太刀に分類されるサイズの武器で、材質的に打ち合っても折れず曲がらず欠けずと三拍子揃った装備の鉱樹であるのが幸いしている。

伊達に新車が買える値段を払ったわけではない。

しかし


「絶対残業代請求してやる!!」


何が悲しくて、こんな少女と殺し合いをしないといけないのだろうか。

普通美少女と言える人物との戦いなら

止めろ!! 俺たちは戦うべきではない!! とか人を殺してはいけない!! とか言うべきなんだろうが……


「よそ見は悲しいえ?」

「してないよっとぉぉぉぉ!!」


慣れてしまったんだろうなぁ。

この切った張ったの雰囲気に。

殺気に怯えるはずが、耳の脇を数センチ刻みで刃が通り過ぎても、痺れるような感覚がその位置を教えてくれるだけで済み。

躊躇うはずの踏み込みは石畳に罅をいれ、振り下ろしの勢いを増してくれる。


「ふん!!」

「ああ、ええなぁ、お兄さん、ええよ、ええよ!! もっと! うちと、遊んどくれやす!!」

「できればもう少し平和的な遊びだと、心情的には嬉しいんだけどな!!」


まるで遊んでいるかのように楽しそうに俺に襲い掛かる少女に向けて、こっちも戦闘のスイッチが入ったのか獰猛な笑みを浮かべながら鉱樹を振り切る。


「あは!」


下から振り上げた一撃は当たれば上半身と下半身を泣き別れにできる一撃を持っているはずなのだが、まるで天狗に修業を付けてもらった牛若丸のように軽やかに飛び舞い躱される。

空を切る感覚に俺のやる気にさらに燃料が投下される。

ああ、そっちがその気なら。OK、鬼ごっこと行こうじゃないか!!

吐いたはずの息を再度取り込むように数瞬、コンマ一秒以下のスパンで肺に空気を溜め込み腹に力を込める。

わずかに足の裏の角度を変え、力を足先から腰、腰から背、背から肩、腕、指と伝え剣線をなぞり切るイメージを現実に浮かび上がらせる。


「速い!! 捷いなぁ!!」


燕返し。

僅かな体の返しを加え、振り切った反動をそのままに相手に斬りかかる技を見せれば、さらに少女は楽しそうに戟を棒高跳びのように地面に突き刺し、刃から身を遠ざけてみせる。

さらには躱され、戟に打ち付けた俺の鉱樹の反動を利用して風車のように縦に回転してその刃を振り下ろしてきた。

だが、こっちは地面に足がついていれば。


「まだまだぁ!!」


再び脳波と同時に筋肉と骨を動かし、三度目の燕返しに繋げる。

何度目になるかわからない武器どうしの激突。

取りこぼさないように、握力をさらに強める。

はてさて、どうやってこの厄介な仕事を終わらせるかね。


Another side


うちはとってもとっても、大事に育てられた。

何人もの兄弟、姉妹の中で一番の末っ子だからだろうか。

うちが頼み事をすれば大抵のことは聞き入れてもらえた。

夕餉の内容に希望を言えばその日にそれは出され、行きたい場所を言えばそこに連れてってもらえた。

欲しいものを言えば、すぐに揃えてもらえた。

それでも、父様ととさま母様かかさまは間違ったときはうちを叱ってくれた。

だから、うちは大事な所は間違えずに育つことができた。

できたけど、それだけやった。

つまんないなぁ。

最初にこの言葉をこぼしたのはいつだろうか。

いつまで無邪気にはしゃぎ回れていただろうか。

うちは鬼の子、たとえ女であってもそれは変わらん。

強いヒトと戦いたい。

そんなわがままも、父様は叶えてくれた。

うちより強い人を屋敷の庭に連れてきてくれて、手合わせしてくれた。

当然小さいうちは勝てるはずない。

何度も何度も木刀で斬りかかっても簡単に躱されてしまう、いなされてしまう、弾かれてしまう。

そして、武器を飛ばされてしまう。

うちは弱い、そう言って泣いたこともなんどもある。

その度に父様ととさま母様かかさまもそんなことないと否定してくれた。

まだ小さいから、これからもっと強くなれると言ってくれた。

それを聞いてうちは頑張った。

強くなるために鍛錬を積んだ。

弱い鬼に価値はない。

弱く情けない鬼にはなりたくない。

負けても食いつき、勝つまで励んだ。

そうしたら、うちと同い年で勝てるヒトはおらんなった。

だけど足りない。

たとえ、その場に頂きに達しても、うちは満足できない。

隣に高い山があったらそこに登らないと気がすまなかった。

もっとうちは強くなりたい。

だけどうちは知らなかった。

うちは大事にされていた。

それは分かっていた。

分かっていたつもりやった。

だけど、大事にされすぎていたなんて気づけるわけなかった。

負けた鬼の結末、そんなもん決まってる。

敗者は必死、真剣勝負で負けて生き残ればそれは恥。

だけどうちは生きている。

その答えをうちは知らなかった。

知らせなかった。

知りたくなかった。

誰も、真剣にうちと戦っていなかったなんて。

うちが求めるのは真剣の戦い。

だけど、それを与えてくれるヒトはいなかった。

鬼の血を否定する行いをする皆が憎かった。

けど、憎めなかった。

父様ととさまも武を教えてくれるおじ様も皆が皆、うちを大切にしてくれる。

だれも、手を触れない花のように扱ってくれる。

ああ、歯がゆし歯がゆし。

うちが求めるものを、皆は与えてくれない。

手に入れようと手を伸ばしても、手から遠ざけてしまう。

ああ、うちの熱が冷めてまう。

お願いだから消えないでおくれ。

まだ燃えていないだけや。

だから今は静かにうちの中で燻っていて。

そう言い聞かせて、うちは、待った。

心の一箇所以外、全て、冷まして、待った。

『ジロウ』

ああ、この名を聞いて父様ととさまが笑って話してくれたとき、会わせてくれるといったときついにその時が来たのだと思った。

鬼と人、交じり合うことのない不倶戴天の仲、ああ、楽しみや楽しみや。

あんさんはうちを燃やしてくれます?

たった一度でいいと願う、うちの願いを聞いて?

うちと一緒に、殺し合っておくれやす。

ああ、愛しい。

この一撃に載せるひと振りが愛しい。

ああ、父様ととさまの言う通りのお人や。

目の前の人は真剣や、わかる。

うちの首を、うちの体を、断ちに来ているのがわかるわ。

ああ、これや、これが欲しかったんや。

ささ、笑って殺しあいましょう。


Another side END


今何か、とてつもないことを知ってしまったような気がするが、ここは置いておこう。

いい加減、時間も押している。


「それで?お前は俺に何を求めているってんだ?」

「ふふふ、ひどいお人、わかっていて女に言わせるなんて」

「全部わかったら苦労しねぇよ」


仕事を終わらすのはただやればいいというわけではない。

報告書一枚書くのにも、内容を精査しきっちりと報告する内容を選ばないといけない。

ファミレスのコックも、注文と違う料理を作らない。

コイツはどういうわけか、鬼らしく戦いに飢えている。

それこそ、餓死しそうなそんな手前の状況にまで追い込まれている。

一回打ち合うたびに、彼女は一口食事をとり栄養を補給するように元気になっていく。

もはやこれでおしまいの一言で終わらすことはできない。


「うちは戦いだけや」

「ならもういいだろう?」

「だめや、足らん、足らんのや」


何より彼女が終わらせないだろう。

それこそ、俺の首を切り落とさなければ終わらないだろう。

あいにくと俺の選択肢に負けてやるという項目はないから、全力で勝ちに行っている。

それで問題は、どうやれば勝ちになるかということだが

やっぱあれしかないよな。


「そうかい、だが、こっちはもう腹いっぱいだ。ここいらで会計とするか」

「アハ! ええなぁ、その殺気、極上もんや」


仕切り直しと言わんばかりに打ち合いを終わらせ一旦距離を取る。


「ああ、本当はこのあと用に取っておくつもりだったんだが、臨機応変ってやつだよ」


ゆっくりと上段に鉱樹を掲げる。


「この一刀によって終わらす」


示現流に弐之太刀は不要いらず

その体現をここで見せる。


「まだまだ、鍛錬不足だけど、雲耀の片鱗だ」

「美味しそうやなぁ!!」


戦うことに飢えた少女の前に極上のエサをぶら下げれば、もう我慢できないと言わんばかりに彼女は俺が空けた間合いを詰めてくる。

広げた間合いは十メートル。

彼女の歩幅なら五歩、時間にして一秒にも満たない。


「そんなにがっつくと」

「え?」


だけどなぁ、俺にとってその間合いが


「零しちまうぞ?」


一歩であり零なんだよ。


前にいた少女が後ろにいて、掲げた太刀は振り下ろされている。

俺に残ったのは風圧を突き破った時に軋んだ体の痛みと、手に残る鉄ごと断った何かの感触だけだった。

本当なら、ここまで出さなくても勝てたと思う。

ドサりと、崩れ落ちる音がする。

ゆっくりと振り返れば、半ば胴体が右肩から斜め下に向けて切れかかっている少女がいた。


「満足か?」

「……ああ、ありがとうなぁ」


さすがは鬼、生命力は桁外れに高い。

よどみもなく俺に対して言葉を発せられる生命力は大したものだ。

礼を述べる彼女の顔はとても満ち足りていた。

出し惜しみを彼女は望まなかった。

負けてもいい。

だけど全力を出したあなたに勝ちたい。

彼女は真剣の勝負を求めた。

結果を望まず、真剣の勝ち負けと言う過程を望んだ。

それに応えた結果だ。

彼女は満足だろう。


「満足したなら、結構だ。あとは、治療してもらえ」

「それはなんとも無粋な話やなぁ」


だが、その満足気な表情もすぐに怒りに染まる。

今にも食いつきそうな表情でこちらを見る彼女の目には戦いを汚すなと訴えている。


「理由は三つだ。一つ、お前が死んだら俺は教官に殺される。二つ、お前が死ぬと俺の後味が悪くなる」


一つ目はまず間違いなく実現するだろう。

こうやって話している間に俺の首が引きちぎられていないのが不思議なくらいだ。

ああ、決して何か素振りしてそうな豪風吹き荒れる風切り音なんて耳に入っていないよ?

二つ目も本心だ。

何が悲しくて、女殺して俺が満足しないといけないんだよ。

こっちは根っからの戦闘民族である鬼と違って、ただの元サラリーマンだっての。


「三つ目は、お前たった一回の戦いで満足していいのか?」

「え?」

「だから、お前は負けっぱなしでいいのか? 俺なら嫌だね」


三つ目なんてただの蛇足だ。

適当に彼女が生き残る意思を見せさせるための挑発だ。


「……負けっぱなしは、嫌やなあ」

「だったらさっさと治療受けろよ」


イヤ本当、俺の命のためにも。


「また、うちと戦ってくれるって約束してくれる?」

「……次は、魔力体でな」

「ふふ、今はそれで我慢やな」


コクりと頷いて彼女は気を失う。

それを見て慌てて鬼たちが駆け寄ってくる。


「「「お嬢――――――――――――――――――――――――――――――――――!!!!」」」

「うるさいなぁ、さっさと、治療しておくれやす」

「「「「へい!!」」」


その閉じられた瞼も、野太い声によって開かれた。

札やら薬やら魔法やら、全力で治療するのを邪魔するわけにもいかず、鉱樹を背中に固定し直し仁王立ちするキオ教官のもとに歩き出す。

死刑を執行される死刑囚のようだが、気のせい気のせい。


「で? 遺言はあるか?」

「情緒酌量の余地はあると思いますがねぇ!?」

「うるせぇ!! 実の娘がキズモノにされたんだ!! 親として相手は殺さねぇと気がすまねぇんだよ!!」

「正論で共感できる内容だけど、理不尽ですよねそれ!?」


こっちは問答無用で死合をさせられたんだ。

もう少し、こっちの意見を聞き入れてほしい。

その思いで、じっと視線をそらさずキオ教官の目を見ること数秒。


「……けっ、この怒りは扉の向こうのやつにぶつけてくるとすっか」


どうやら俺は生き延びたらしい。


「おら!! 何チンタラ治療してんだ!! さっさと済ませて先行くぞ!!」


何体かの鬼に八つ当たりしながら立ち去ってくれた教官を見送りようやく俺は一段落したと感じる。


「お疲れ様です」

「ああ、時間かけて悪かったな」

「いえ、あなたが無事ならそれでいいです」


そこにそっと出される飲み物をスエラから受け取る。

中身は水だが、今の俺には命を潤してくれる何よりも得難い代物になっている。

一息で飲み干した器を今度はメモリアがそっと受け取る。


「お見事でした」

「ありがとよ」

「決め台詞もバッチリでしたよ?」

「そんなつもりで言ったんじゃねぇよ!!」


メモリアの言葉は褒めてくれているのか、イジっているのかいまいちわからない。

だが、いたわってくれているのはわかる。

その証拠に、彼女の立ち位置は俺をいつでも支えられるような位置取りをしている。

それに気づかないフリをして、そっと鬼の向こうにそびえ立つ大扉を見る。


「あとは」

「ええ、あの扉の向こうだけです」


残業は、これ以上避けたい。

寄り道をした分、タイムリミットも近い。

しかし、寄り道した分、戦力は整った。


「うし、行くか」


わずか数分でも休憩すれば体は動き、戦える。

残りの仕事を片付けるため扉に向かう。

その前にそっと、鬼に群がられている方を見ればわずかな隙間からこちらを見る少女の姿が見えた。

それに向かって軽く手を振り、通り過ぎる。

その彼女がずっとこちらを見ているのに気づかず。



田中次郎 二十八歳 独身

彼女 スエラ・ヘンデルバーグ 

   メモリア・トリス

職業 ダンジョンテスター(正社員)+リクルーター

魔力適性八(将軍クラス)

役職 戦士



今日の一言

ノーモア残業!!

あと、追加の仕事は絶対回避!!


今話は以上となります。

新キャラの口調がエセ京都弁になったのは作者の趣味です。

関西弁の女性って可愛いですよね。

という妄想からこのキャラは生まれました。

もちろん、今後共出していく予定です。

これからも、勇者が攻略できないダンジョンを作ろう!!

あらため

異世界からの企業進出!?転職からの成り上がり録をよろしくお願いします!!

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