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31 仕事は追い込みをかけている時に横槍が入ることが多い・・・ような気がす

田中次郎 二十八歳 独身 

彼女 スエラ・ヘンデルバーグ 

   メモリア・トリス

職業 ダンジョンテスター(正社員)+リクルーター

魔力適性八(将軍クラス)

役職 戦士



「あいつどっかで見たような気が?」


突如としての登場、敵と戦っているところ見れば味方なのかもしれないが、あいにくと俺は悩んでいた。

今俺は、死亡フラグを乱立させながら軍隊にめがけて無双しているダークエルフの男を覗き穴から眺めていた。

視線の先は阿鼻叫喚。

どうにか態勢を立て直そうとしているが、ダークエルフの男が的確に妨害している。

いや、正確には当人は指示しているだけで、妨害は別の存在がやっている。

当人自体の戦闘能力はあまり高くないようだが、使い魔だろうか。

華麗なフックに鋭いアッパー、唸るストレートで次々に敵を吹き飛ばし床に沈める所々に金属鎧を装備したカンガルーらしき双子の魔物の前衛、盾役だろうか? ゴロゴロと硬い音をうならし遠距離攻撃を積極的に受けに行っている大玉状態の硬そうな外皮をもつアルマジロらしき魔物、絶対当たったらヤバいだろあれと相手方の惨状から察するが、どこぞの第六天魔王の如く容赦なく状態異常を持った三段撃ちを披露する後衛からの針で狙撃を担当する蜂の群れ、そしてダークエルフの騎乗する中央に鎮座する巨大な鶏。

この悪夢のハーメルン部隊が相手方を蹂躙していた。

土煙とともに何やらお立ち台に乗って高々と宣言したダークエルフを見たときは死亡フラグ満載のヤラレキャラが来たかと持ったが、巨大な鶏に乗って出てきたらキワモノキャラだと認識を改めた。


「ああ、前酒場で監督官に吹っ飛ばされていたやつか、なんでこんなところに?」


少し時間が経っていたので思い出すのに時間がかかったが、あまりにも綺麗に横っ飛びしていったので記憶には残っていた。

スエラに話しかけようとしていたところが記憶に残りさらに今回のようにスエラを助けに来たことから知り合いだとは思うのだが、どういった関係なんだ?


「研究室のロイス・アーグリーですね」

「研究室? ということは味方か?」

「はい、彼は主にダンジョンで配置する新型の魔物を開発する部署です。それと、ほかの所員に関してはわかりませんが彼に限定すれば間違いなく味方です」

「は~、そっちの研究者は戦えるのがデフォルトなのか?」


メモリアによって相手が誰なのかは判明したが、研究者とはこんな前線に出張るものだったか?

いや、実質戦ってはいないのだが戦力はあるようだ。

どこぞの無双ゲームよろしく、相手方を蹂躙する動物たち、敵方も必死にダンジョンの入口を防衛しているが人員の減少が止められていない。

しかし


「鶏、強いな」

「一番の戦力のようですね。鶏、強化種でしょうか、コカトリスではないのは確かですね」

「向こうのコカトリスはあんなにファンシーなのか?」

「いえ、もっと獰猛で迫力のある姿をしていますが、強さだけを見るなら大差ないかもしれませんね」


数人、人を載せられる巨体とは思えないほど軽々と羽ばたき軽やかな跳躍を見せた先で、これまた華麗な足技で敵を蹴り飛ばし、爪で切り裂いてみせる。

このままいけばこの場を制圧するのも時間の問題だろう。

正直、真剣にしているダークエルフより巨体の鶏の方が印象に残ってしまう。

朝に聞こえるコケーというスローライフで聞きそうな鳴き声も、あの巨体だ。

クオルァァァァァァァァ!!なんて、ほのぼのから怪獣映画に変わり、迫力のある咆哮を全力で出している。


「で、スエラはさっきからどうしたんだ? なぜか現実逃避を始めているんだが」

「いえ、スエラは現実逃避をしているのではなく、葛藤しているだけかと」

「何と?」

「実益とストレスでしょうか」

「実益? ストレス?」


ここまでの話を統合すれば少なくとも顔見知りの同僚であるのはまず間違いないだろう。

なら、なぜそんなことで板挟みになる必要がある?


「時間がないので率直に言いますが、彼はスエラに惚れています。ですが、スエラは全力で彼を振りました。それでも愛は変わらないと彼は宣言しています。はっきり言えばストーカー予備軍ですね」

「…………」


疑問を解決できたのはいいが、男としてこれはどう返せばいいのだろうか。

怒ればいいのか? こう、俺の彼女に何しやがる的な感じで。

困ればいいのか? こう、あ~面倒な奴がいるな的な感じで。

興味がないように振舞えばいいのか? ふ~ん、別にスエラのことを信じているし的な感じで。

あるいはその経緯を確認すればいいのか? なぜそうなったのか根掘り葉掘り教えろ的な感じで。

いかん、混乱してきた。

どれもこれもしっくりこない。

メモリアの言葉が理解できる分余計にどうリアクションを取ればいいのかわからない。

正しく絶句とはこのことだろう。

ただ言えるのは絶句しようが何しようが、



「とりあえず次郎さんの気持ちはわかったので武器から手を離してください。あと目が逝っています。話を戻しますが現状に当てはめれば、戦力的に見れば彼は丁度いい。ですが、振っても積極的にアプローチしてくる彼は正直ウザイということです。わかりましたか?」

「ああ、理解したくないと思うほど理解した」


殺意的にもと、付け加えたいが仕事に私情は挟まない。

さらに当事者でなければと付け加えたかったが、最低限現状を理解することはできた。

要は、目の前で鶏に乗って無双するダークエルフの男、ロイスはスエラの味方であって信用できる味方というわけではないようだ。

特に俺に至っては背中から刺されてもおかしくないような存在だ。


「どうする?」

「では、三択で提案しましょう」

「おお、三つもあるのか」


スエラはゲシュタルト崩壊しそうな勢いで悩んでいるせいで俺たちの会話に気づいていない。

さすがに今の彼女に話を降るのは酷というもの、なのでここは素直に案を出してくれるメモリアの話を聞くとしよう。


「一、無視する、二、他人のふりをする、三、襲い掛かる。どれにします?」

「微妙に否定できない選択肢を出してきやがったなこの吸血鬼娘は、特に三」


的確に俺の心情を考えて提案してきた選択肢、どれもこれも可能であれば選びたいことこの上ない。

多分メモリアの心情の現れた部分も含まれているのだろう。


「ちなみにおすすめは?」

「素直に一と言いたいところですが、面倒事を抱え込まないように仕留めますか?」

「一考の余地はありますね」

「スエラ、大丈夫なのか?」

「はい、頭痛がし始めたので切り上げました」


振った相手と一緒に仕事をしないといけない。

現状から効率的に考えれば是であるが、過去の出来事から心情ストレスを考えれば否と答えたくなるスエラの気持ちもわかるので頭痛について深くは問わない。

なのでここはスルーを選択、一考の余地ありとは、それは三以外の選択肢で、無視することですよねとは聞けなかった。


「提案がある。いっそあいつにはここで迎撃してもらったらどうだ?」

「迎撃、ですか」

「ああ、こっちは少数、向こうは多勢。なら極力外部からの増援は避けたいところだ。入口を押さえこめるだけでかなり戦況としては変わるんじゃないか? あと、囮になりそう」

「そうするのが、いいのでしょうね」


苦渋の選択、そう言いたげなスエラの表情は妥協できると覚悟を決めた女の顔だった。

俺も鉱樹の柄を手放すのに苦労したからな、気持ちはわかる。


「幸い、ちょうど向こうの戦いも終わったようですね」

「ああ、予想はしていたが見事な動物無双だったな」

「ええ、性格は置いておきますが、ダークエルフの中でも随一の動物使いビーストテイマーですから」


そっと向こう側を覗いていたメモリアに場所を変わってもらえば、ちょうど鶏から降り立つロイスの姿を捉えることができた。

あとは、タイミングよく話しかけられればいいのだが。


『そこにいるのは分かっているぞ!! 出てこい!! タナカジロウ!!』


いいのだが……


「出ていったほうがいいのか?」

「指している方向が正確なのが腹立たしいですね」

「おそらく、嗅覚のするどい使い魔に発見されたのかと」

「そうか?俺はあのいかつい鶏のような気がするが」


ズビシと効果音が付きそうな勢いでポージングしながら俺たちが隠れている扉の方を指差されてしまえば出ないわけにはいかない。

心情は、良く言えば格好よく、悪く言えば中二病丸出しな呼び出しは御免被るのだが時間もない。

覚悟を決めて扉の鍵を開錠してロイスの前に歩みでる。


「フン、やはりコソコソと隠れていたか」


いやあんた偉そうに看破したって言っているつもりだろうけど、後ろの鶏が偉いだろう褒めて褒めてってスゲェアクション起こしているからその雰囲気が台無しになっているのに気づいていないのだろうか?

気づいていないのだろうなぁ。

嫌だなぁ、こう、嫌いな奴の話は全否定してやるぞって鼻息荒らげている奴と話をつけないといけないのか。


「ロイス、あなたどうしてここに?」

「ああ!! タカ派のやつらが謹慎室で反省していた私のところまで来てな!! わけのわからんことばかり言っているうちにこの会社を占拠したと言ってな。スエラが危ないと思って目の前で演説していたやつを殴り飛ばして、武器を奪って研究室に待機していたやつらを連れてここまで来たわけだ!!」


手のひら返し感半端ないなぁ。

そもそも、どうやってここを探り当てたかと聞きたいが『愛だ!!』なんて返答が返ってきそうで聞くに聞けない。

それにしても俺への態度とは打って変わって、スエラへの反応は好反応。

花が咲いた。

ああ、満開だよ。

さっきの態度とスエラのことがなければよかったな程度の大人の対応はできるが、さすがにこれは無理だ。

正直、コイツに殴り飛ばされた相手方に合掌したい気分だ。


「ああ、ご立派なことで」

「ふん!! 当たり前だ、貴様とは違うのだ!!」


ヤバイ。

こいつ皮肉すら通用しない。


「どうするか……あ」

「ふん!そんな間抜けズラをして。いいぞ! もっと晒せ! そうしてスエラに愛想をつかさればいい!!」

「いや、お前後ろ後ろ」

「ふん、そんな言葉で私を騙せると」

「■■■■■■■■■■■■(いたぞこっちだ)!!」

「■■■■■■■■(魔法部隊展開しろ!!)」

「■■■■■■■■■■■(リザードマンを前衛として、ダークエルフ弓隊構え!!)」

「あ~時間をかけすぎたか」


ここはゲート前、重要拠点の一つだ。

もちろん、相手が軍隊なら定時連絡や伝令の一つはしているだろう。

連絡が取れなくなればこうやってワラワラと相手が集まってくるのは当然の帰結。


「追われるのも面倒だ。やるか」


仕事はやるのを面倒に思うよりも、さっさとやるに限る。

こっちは見つかり、既に戦闘は避けられない状況になっている。

仮にここで戦わずダンジョン内に突入したとしても、中の敵と挟み撃ちにされる。

ならば後顧の憂いは断つべきだ。

姿勢を低く、相手が攻撃態勢を整える前に切り崩す。

俺の姿勢に呼応してスエラとメモリアも構える。

まぁ、構えるといっても俺みたいにあからさまにではなくて二人共少し脱力して自然体になるような感じだけど。

海堂たちとは違った連携、前衛で盾役をこなしていた時は俺を起点として連続で動くような感じであったが、二人は連動するように位置どってくれる。


「フハハハハハハハ!! ついにこの場面が来た!!」

「あ?」


相手は多数、こっちは味方かどうか怪しい味方を入れても数的に不利な状況なのにもかかわらずこの男は敵の軍勢とこっちを比較するように交互に見るといきなり高笑いを始めた。


「同志よ感謝する!! 今この時こそ、皆の助言が生きる時!! さぁ、スエラ! 私に構わず先にいけ!! ここは俺が受け持とうではないか!!」

「おい」


絶対にこのアホにアドバイスした奴は真面目に相談に乗っていたわけではないだろうと断言できる。

明らかに死亡フラグだとわかるようなタイミングを選んで言葉を選んで死亡フラグを立てやがった。

なのでついツッコミをいれてしまった。


「では、ここは厚意に甘えましょう」

「そうですね、彼らなら心配いらないでしょう」


いや待て、待ってください二人共、その反応はまずい。

何がまずいかといえば、不安がって渋る人物を安心させるように~なら大丈夫と説得するような場面がまずい。


「任せましたよ」

「ああ!! スエラの希望に添えるとしよう!! 奴らを全滅させて私もあとから追いつく!!」


ああ!!

コイツはコイツで死亡フラグを止めるどころかさらに重ねがけしてきやがった!!

この二人は間違いなくその手の話には詳しくないからそのままの言葉で受け取ってしまうんだよ!!

……いや、待て冷静に考えればかなり都合がいいのではないか?

一緒に行動するのには都合が悪いが、足止めとしては最適。

そうなれば


「よし任せた!!」

「うるさい!! スエラの声が台無しではないか!!」

「態度が違いすぎるだろうお前!!」

「当たり前だ!! なぜ私がお前に優しくせねばならないんだ!!」


フンと鼻を鳴らして互いに背を向け合い俺はダンジョンへ、あいつはその場にとどまり戦い始めた。

コイツとは絶対仲良くなれない。

そんな感情はあったが、あいつのさっきの戦い方を見ると背中を託す不安はなかったのが腹立たしかった。


「ダークエルフの男性は『恋愛』が絡まなければ人あたりはいいですよ?」

「そういう情報は先に欲しかったよ」

「私語はここまでで、ゲート開きます!!」


先にゲートにたどり着いたスエラの操作で、通常のダンジョンと一緒でエレベーターのような扉が開く。

スエラが先行し、そのあとに俺たちは続く。


「これが、監督官のダンジョン」


まず目の前に入ったのは壁伝いに降りる幅の広い螺旋階段、中央は吹き抜けになっているがそこが一切見えない。


「! 敵です!!」

「空か!」


迷わずその階段に踏み込んでいったが、当然向こう側も待ち伏せはある。

悪魔や竜人、狭い空間で活動できる人員たちは吹き抜けにその身を浮かせ常に優位な上手を取って無理に距離を詰めず遠距離から攻撃してくる。


「障壁は張りません!! 全力で駆け抜けてください!!」

「先に行きます」


障壁は一見防御に優れているが、反面、本人の的となる面積を増やしてしまう。

この場合、俺、スエラ、メモリアと三人分をカバーする障壁であれば大盾よりも大きくなってしまう。

そこで留まり防ぐよりも、加速することを選んだ俺たちの先陣を切ったのはメモリアだった。

腕を振らず、階段を九十度角度を変えたように、下るのではなく上がる角度で槍を構える集団に飛び込んでいった。


「メモリアが突破口を開きます。次郎さんカバーを!」

「おう!!」


戸惑うよりも先に俺も足に力を込める。

メモリアの戦い方は純粋な戦士の戦い方ではない。


「■■■(アガァッ)!?」

「■■■■!? ■■■■!!(どうした!? 槍を下げるな!!)」


ヌルリと溶け込むように槍の間をすり抜け槍の間合いの半分ほどでメモリアは何かを投げつけた。

いや、何かを投げつけたのだろう。

俺の位置からでは、ローブがわずかにはためいたようにしか見えなかった。

だが、その直後に槍持ちの二体が顔を押さえて槍を取り落としている。


「針か!」

「正確には杭です」


投擲杭、ローブのしたにいくつの杭が隠し持たれているかはわからないが、回収しないところを見ると残弾に余裕はあるのだろう。


「吸血鬼が杭を使っていいのかよ? 弱、点、だろぉ!!」


すれ違いざまに刺さっているものの正体を見れば、細長い金属製の棒のようなものを見た。

眼球を正確に貫き、突き立つ。

バックステップで一旦引くメモリアに訂正される。

実際、今度は手のひらサイズではなく、人の腕程度の長さ、手の付近にリングのようなものを取り出し再び投擲し始める。

代わりに切り込む俺は背後に回り込められないようにメモリアのサポートを受けながらなかに食い込む。

鉱樹の一振りで槍を断ち、また一振りで鎧を切り裂く。


「こちらの吸血鬼はそうかもしれませんが、私たちは杭ごとき何本刺されても平気なので関係ありません」


リザードマンを吹き抜けに切り落とし、空中から襲ってきた悪魔の男を後ろ回し蹴りで後方のやつにぶつけて道を開く。


「我が声で顕現せよ、弓を司る精霊、汝、風の理を解くもの、その矢外れること能わず。我が魔力によって解き放つ!」


その隙に聞こえるスエラの詠唱、対空戦力として呼び出したそれは風を纏いし隻眼の狩人、その矢は風そのもの、重さを感じさせないが鋭さを余さず弓から矢へと伝え放たれた一矢はまとめられた暴風となり空を飛ぶ敵をことごとく撃ち落としていく。


「■■■■!?(精霊使い!?)」

「■■■! ■■■■■!(まずいぞ! こっちも魔法使いを!)

「■■■■■■■■!(その前に奴をたたけ!!)」

「キエェェェェェェェェェイヤァァァァァ!!」


その姿を脅威にとった相手は当然叩きに行くだろうが


「お前らの相手は俺だぞ?」


その前に立ちはだかる。

魔力を乗せた猿叫は衝撃となり振動となり相手に伝わる。


「怯えたな?」


冷や汗が相手の顔に浮かぶ、ニタリと俺の口元に三日月が浮かぶ。


「なら蹂躙だ!!」


相手の恐怖をさらに助長させる。

慢心をせず、切り崩せるところに食らいつく。

猟犬のように素早く、荒熊のように暴力的に、梟のように狡猾に、ガリガリと相手の戦力に分かりやすい損失を出す。

それを鉄の杭が、風の矢が守ってくれる。


「■■■■■■■■!(なんだよこいつ!)」

「■■■■!(人間がなんで!)」

「口を動かす暇があるならなぁ!!」



「手を動かしな」


残ったリザードマン二体に向けて飛びかかる。

この場で動きを止めていいわけもなく、そこに容赦する優しさを持つわけでもなく。

隊長格を切り捨ててこの間の制圧が完了した。


「行きましょう。まもなく第一の間です」

「ああ、このダンジョンは、そんなに階層がないんだよな?」


一回しっかりと残存戦力がないのを確認した俺たちは再び階段を下り駆け出す。

狩人の精霊が周囲を警戒している。

そのうちにスエラにダンジョンの概要を確認する。


「全十層、通常のダンジョンでは考えられないほど小規模ですが、その分各階層の広間に精鋭を集めています」

「量より質ってことか」

「エヴィア様は悪魔です。彼らはその種ゆえ私たちダークエルフと同じ人口はそこまで多くありませんがその分身体能力、魔力、共に長けています。爵位持ちの中には将軍に匹敵するほどの実力を持つ存在がいると言われています」

「どこかで聞いたことのある話だ」


しかもその話をしたのが張本人だとすれば信憑性がある。


「そんな存在がいるのに、ダンジョンが攻略されたってことはそれだけの存在がいるってことだよな?」

「ええ、可能性はあります」

「……正直なところ勝率はどれくらいだ?」

「正面からでは勝目はほぼ無いでしょう」

「なら」

「はい、私たちは正面からは行きません」

「ちなみに次郎さん、高いところは平気ですか?」

「人並みにはと答えておこう」


ああ、このダンジョンに入ってからなんか嫌な予感はしていたが、そういうわけか。

そりゃそうだ。

そもそも監督官に敵わない三人組が、監督官を押さえ込める相手に挑むとなれば奇襲か奇策を練るしかない。


「深さってどれくらいだ?」

「もともとここを降りてショートカットしようとした相手に対してそれを無効にするために時空がねじ曲がっているので決まった長さはありませんね」

「大丈夫なのか?」

「普通ならダメでしょうが、それを解除する方法が存在します」


そうして、とある柱の一角でスエラは立ち止まる。


「ここですね。機能が抑えられてなければいいのですが」


柱の一つのブロックに手を伸ばすとまるで何もないのかのようにズルリと液面に手を通すようにスエラの手は中に入っていく。


「ありました」


そして何かを掴み取ったのだろう。

引っ込めたスエラの手は何かを握りしめている。


「鍵、だよな」

「はい、時空の湾曲に道をつくる魔法道具マジックアイテムです」


古びて錆び付いた鍵は俺でも感じ取れるほどの魔力が帯びている。


「では、行きましょう」

「やっぱそうなるよな」

「覚悟を決めてください。ちなみに、階層と階層をつなぐ湾曲内では飛行魔法は使えませんのでしっかり受身をとってくださいね」

「心底、自分の体が人間離れしたことに感謝するよ」


狩人の精霊を送り返し、そっと鍵に魔力を通すスエラのあとに続き、吹き抜けに飛び降りる準備を整える。


「人生の中でまさかノーロープバンジーを体験する日が来るとは思わなかったよ」

「その割に、冷静ですね」

「いや、さんざん現実離れしたことを繰り返してきたから今更飛び降りる程度のことで驚けない自分に呆れているだけだ」

「クス、頼もしいです」

「それなら、良かったよ」


ヘタレなかった俺は、このまま根性を入れっぱなしで行くとしましょうか。


「離れないように気をつけてください」

「おう」

「分かりました」


するりと飛び降りるスエラについていき、俺とメモリアは飛び降りる。

自由落下に従いだんだんと加速する感覚の中、自然と向かう先は下の地面となる。

魔石による階段を照らす明かりは周囲にあるが、街灯がすべてを照らせないように、吹き抜けの底を照らすほどの光量は持っていない。

何十メートルと落ちて、だんだんとその闇が目前に迫ってくる。

深夜の海に向かってスカイダイブを実行すればこんな感覚になるのだろう。

パラシュートのない現状で、それを実行すればイコールでつながる結果は考えるまでもない。

やる前とやった直前は問題なかったが、想像以上の恐怖に目を瞑りそうになる。


「心配いりません」


その心に差し伸べるようにそっと空いていた右手に柔らかな感触が伝わる。


「……」


そして、その反対の肩の上に静かに軽い何かが乗る。

ああ、こんなことをしてもらっているのに、根性入れないようじゃ男じゃねぇな。

目を見開き、手を握ってくれたスエラに頷き、メモリアの頭に軽く左手で触れる。

そして前を見れば闇は目前、恐怖がなくなったわけではないが躊躇うことはなくなった。

そのまま闇の中に入り込む。

視界は一気に暗闇に染まり、まるで感触の濃い霧の中を通っているような感覚が続く。

そこは風を切る音も何かを照らす光も下に落ちているという重力の感覚もない。

俺が向かっているのは上なのか下なのか、はたまた横なのかも曖昧になりかけているが、体をすすめる向きを変えることは叶わない。

普通だったら、恐ろしいことのはずなのに、この未知の感覚にワクワクと心を躍らせている自分がいる。

口元のニヤケが止められない。

この先に何があるのかと楽しみにしている。


「着地を!!」


その時間も思えばあっという間に過ぎ去った。

暗闇から一気に明かりが戻り、もう十メートルもない視界の先に床が見える。


「ラアァァァ!!」


この時のことを言い訳するなら咄嗟の行動だと言える。

決してやましい気持ちで美女二人を抱きしめたわけではない。

普通に考えるなら、膝が砕けてもおかしくない行動だっただろう。

むしろ膝だけで済んだらまだマシだろう。

ガリガリと足具から地面を削る感触を味わいながら人間三人分の体重を支える足腰はしっかりと応えてくれる。

斜めに着地し横滑り制動をかけている俺はどこか他人事のように俺の体も頑丈になったなぁと感心している。


「うし、どうにかなった」

「もう、無理はしないでください」

「私としては、役得でした」


足二本分の黒く焦げたあとを残しながらも俺たちは無事、最下層に着地することに成功した。

そっと、二人を下ろし照れているスエラに珍しくうっすらと笑うメモリア、その顔を見られただけで体を張った甲斐があるというものだ。


「さて、本番はここからか」

「はい、おそらく私たちが吹き抜けを突破してきたことはまだ知られていないはずです。ですのでこの優位を崩さない前に」

「攻め込むとするか」

「はい」


降りてくる階段とは別に奥に進むであろう道に視線を向ける。

吹き抜けの先は大廊下、白亜の城のような道筋に入口付近で見た古臭さはない。

華美にならない程度の装飾は、ダンジョン攻略者を歓迎するような優美さを備えている。

スエラの言う優位さとはおそらく戦力差のことだろう。

迎撃するためにある程度分散されている相手戦力を全部無視して、監督官が捕まっているであろう最終層に駆け抜けたのだ。

相手側の援軍が来る前にこちらは、


ドガァアン!!


「なんだ!!」

「「!」」


攻め込もうと思った矢先に回廊の壁の一角が壮大な音を立てながら爆散した。

もうもうと煙る土煙りは壁を破壊した威力を物語っている。


「敵、か?」

「わかりません」


奇襲にしても罠にしてもあからさまにずれたタイミング、その意図が明確ではない現状、うかつに動けずこうやって土煙が晴れるまで武器を構え警戒するしかない。

そして、煙の中にゆらりと現れる複数の影、その中で先頭に立つ一つがこっちに向かってくる。

突き刺さるというより圧し潰すような魔力の感触にいきなり大物を引き当ててしまったかと内心で運の悪さを嘆く。

前衛としての矜持に前にすり足で出る。

スエラとメモリアも戦闘を始められるように位置取り、ついに土煙からその姿が顕になる。


「お? 次郎じゃねぇか」

「キオ教官!?」


そこから現れたのはいつものスーツ姿に巨大な金棒を担いだ鬼ヤクザだった。


田中次郎 二十八歳 独身

彼女 スエラ・ヘンデルバーグ 

   メモリア・トリス

職業 ダンジョンテスター(正社員)+リクルーター

魔力適性八(将軍クラス)

役職 戦士



今日の一言

キオ教官……紛らわしいわ!!

あと、その金棒嫌になるほど似合いますね。


今回は以上となります。

久しぶりのキオ教官、そしてミスター当て馬こと某掲示板にはまっているダークエルフのロイスくん。

いかがだったでしょうか?

シリアスの中でギャグを差し込めるそんな技量が欲しくなるこのころです。

あと二、三話でこの章を終わらすつもりですが、もしかしたらもう少し伸びるかもしれません。

そうならないように頑張ります!

これからも、勇者が攻略できないダンジョンを作ろう!!をよろしくお願いします。

追記、そろそろ番外編も入れていくかもしれません

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