29 どんな状況であろうと、やる気は出したほうが効率は良くなる
祝!ブックマーク件数100達成!
99件になった段階から今か今かと待ち望んでいましたが、ようやく達成できました。
目標にしていましたが、達成できるかどうか不安ななか皆様のおかげで達成しました。
まずはお礼を申しあげます。
ちょくちょく、感想も挟んでもらいこれからも頑張っていきたいと思います。
では、次話投稿です。
田中次郎 二十八歳 独身
彼女 スエラ・ヘンデルバーグ
メモリア・トリス
職業 ダンジョンテスター(正社員)+リクルーター
魔力適性八(将軍クラス)
役職 戦士
「で? ついてくるって?」
「そうっすよ!!」
「休日出勤手当はつくが今までのダンジョンと比べてだいぶレベルは上がるぞ?」
「いやぁ、ゲーマーとしては腕がなるでござるねぇ」
「怪我をしたら、治療する人が必要だと思います」
「……」
参加を表明するのは、海堂、南、勝といつものパーティメンバーだ。
俺が脱出ではなく、奪還組に参加を表明し承諾させたが故にこうなってしまった。
こうなると、頑固なこいつらが意見を取り下げるには物理的な話し合いが必要になってくる。
「却下だ」
「「え~~~」」
「と、言いたいが……スエラこいつらは少なくとも戦力になると思うが?」
「そこが考える点ですね。現状まともな戦力になるのは私、ケイリィそしてメモリアだけですから、海堂さんたちの参戦は正直助かりますが」
「餌を真ん前に投げ込むようなものだからな。俺が言うのもなんだがリスクは避けたいところだ。ほかの社員は? あの悪魔とか強そうだが」
たとえ悪魔でも指差すのは失礼だと思い、今は給仕に徹しているがカウンターの向こうでシェイカーを振っていた体つきのいいマスターと呼べるダンディな悪魔を見る。
「人間でも戦える人と戦えない人がいますから」
「ここにいる社員は非戦闘員が主なのか、強そうなんだがなぁ」
「血を見ると気絶するそうです」
「悪魔だよな?」
「悪魔もそれぞれですから」
純粋に戦力となり得るのは、本当にわずかしかいないらしい。
立て篭るならともかく、攻める人員となると話が変わる。
当初は俺たちには脱出をしてもらい、スエラたち三人で戦力を各所で補強しながら攻略に当たる予定であったが、戦力が増えるなら話は変わる。
「不幸中の幸いは閉じ込められたとしても、ここへの襲撃が未然に防がれ時間に猶予があることです」
「エヴィア監督官の采配に感謝だな」
「はい、ですので無駄にはできません」
「無駄にしたらボーナスの査定に響きそうだな」
「なりますね。半額で済めばいいほうですよ?」
「冗談に聞こえないから気合を入れなおすとしよう」
そして本来であれば真っ先に襲撃にあってもおかしくない俺たちがこうやって慌てず作戦会議をできるのはどうやら監督官のおかげらしい。
スエラたちの調査によると占拠はされたらしいがダンジョンの機能自体はまだ相手方の手には落ちていないらしい。
どうやら監督官はダンジョンシステムの緊急停止システムを起動したようだ。
ブレーカーのようなスイッチで、緊急事態にダンジョンを乗っ取られないようにする防護策のようだが、復旧するためにはダンジョンマスターの統括命令か各所を順次手順に従って復旧するしかない。追い詰められた時の切り札の一つらしい。
一気にライフラインが使えなくなった理由が分かり、かつ、あの監督官が追い詰められた現状を再確認する情報であった。
「ここで問答している時間も精神的な余裕もない。戦力としてカウントしたほうがいいだろうな」
「そうですね……では班を二つに分けましょう」
「リスクは減るが、戦力も減るぞ?」
「リスク管理ができれば問題ないですよ、ケイリィ、システムの復旧状態は?」
「まったくスエラは、私は本職じゃないのよ?」
「愚痴ならエヴィア様に、手を動かしながらでいいので報告を」
「ゲートだけはもうすぐ使えるようになるわ。起動するにはこっちに一人残らないといけないけど、そこいらの悪魔を配置すればいいわね」
今すごいルビが聞こえた気がするぞ。悪魔が生贄にされるのは斬新だな。
スエラの権限をバイパスがわりにした簡易復旧作業をやっているケイリィさんは施設の従業員用のゲートをいじっている。
入場用のゲートは正面からで開放すれば敵がなだれ込んでいる。
防御にも向かないゲートは現状メモリアが順次封印処置を施している。
これで残る人員の安全の確保と拠点の確保ができる。
そして残った従業員用のここなら目立たず、かつ最近できたゲートのため敵の情報にも入っていない奇襲にはうってつけというわけだ。
「まずは装備の確保ですね」
「ああ、丸腰はさすがに避けたいな」
戦えないわけではないが、本職ではないので戦力は下がるのは避けられない。
それは、スエラも同じだ。
「俺たちの装備はパーティールームに保管してあるが」
「そうですね、私の装備は社員用のロッカールームにありますので距離的に考えれば次郎さんたちを優先したほうがよさそうですね。順番に回収していきましょう」
「そうだな、装備を回収したら、次は戦力の補強か?」
「ええ、そして戦力を分けるとしたらこのタイミングでしょう。ケイリィには海堂さんたちを率いてもらい各部署の解放をしてもらいましょう。それができればこっちも戦力は整っています。現段階なら巻き返すことも可能でしょう」
既に頭の中で構築が終わっている作戦を説明していく、スエラに淀みはない。
実際どれだけの情報が彼女の頭の中に入っているか見当もつかない。
「陽動か」
「はい、相手も目的の存在がいれば戦力をそちらに傾けなければいけませんので、かならず隙ができます。その間で私たちはダンジョンに挑み監督官の解放に向かいます」
「……」
その彼女が打ち出した作戦は、二方面作戦に加え電撃作戦であった。
たしかに、エヴィア監督官を解放できれば盤面をひっくり返すどころの話ではない。
盤外からチェックメイトをかけることも可能であろう。
「それしか、手がないか」
俺に思いつく限りで、後手に回らないものはそれ以外に思いつかない。
「ではメモリアが戻ってきましたら」
「その必要はないです。ただいま戻りました。作業の方は終わりました。あと、ついでに拾いモノも回収しましたので確認を」
タイミングよく封印処置を終わらせたメモリアが帰ってきた。
狙っていたのではと思うような登場の仕方だが、タイミングが悪いよりは断然いい。
だが、彼女の発言の末尾に気になる言葉がついてきていた。
「拾い物?」
「いえ、拾い『モノ』です。施設の陰に隠れていました」
ああ、物ではなく者か、発音が微妙に違ったがイントネーションの差で終わらすところだった。
隠れていたということは、もしかしたら侵入者でも捕まえたのか?
だとしたら、まずい展開になってきたかもしれない。
偵察とかなら情報が手に入るかもしれないが、偵察が存在するイコールここへの侵入経路が存在するということだ。
となると、こっちの防衛手段が根本から見直すことになりかねない。
「それで? その拾いモノはどこに?」
スエラと目を合わせ、素早く頷いて早急に対処するためその所在を聞く。
物にしろモノにしろ今のメモリアは手ぶらだ。
なら、それはどこかに置いてきたということになる。
所在を確認する。
「あちらで、北宮と睨み合っていますよ」
「……ジーザス!! そっちかよ」
本当にメモリアと会話をしていると緊張感という言葉が続かない。
ある程度のハリがないといけないはずの何かが一気にたるんだ感覚がする。
まずい状況ではないが、どうやら面倒事が転がり込んできたらしい。
スパイや偵察などの厄介ごとに比べればまだいいが、歓迎できる内容ではない。
あまり関わりたくないが、放っておくわけにもいかないので、嫌々ながらメモリアの指した方向を見て。
「ああ、見なかったことにしたい」
「……どうしましょう?」
「どうすっかなぁ」
俺は見たことを後悔した。
スエラはスエラで、どういう表情を表に出せばいいのか分からなくなってしまったらしい。
最後ぐらいには困ったような表情に落ち着き、手をほほに当てて考え込んでしまった。
現場責任者としては、これは怒っていい場面だ。
なにせ、緊急事態のこの状況で痴話喧嘩なんておっぱじめているのだから。
「……はぁ、関わりたくねぇが、仕方ない行ってくる」
「私も行きますね」
「頼む」
再度同じ意味合いになるが、現実逃避をしたい気持ちの表れか、俺の吐き出した息は自然と深いものになる。
正直、緊急事態でもなければ視線も合わせず、耳も傾けず、ビールを飲んで存在そのものを忘れ去りたい類の話だ。
仲を戻そうとする男、火澄と、もう終わったと仲を戻すつもりはないと猫のように威嚇する北宮、そして二人の仲を取り持とうとしながら火澄の脇を離れない女性が一人。
確か名前は、七瀬とか言ったか?
その立ち位置がさらに火に油を注いでいるのを彼女は気づいているのだろうか?
「気づいていないだろうなぁ」
男の俺でも北宮に同情したくなるほど、女としての立場をゴリゴリと削っていく行為をやってのける二人にある意味尊敬する。
「カレンちゃんお願い、話を聞いて」
「だからあれは誤解だって」
「誤解で、私は彼女でもない女とのキスを見せつけられたわけね? それとも、私の勘違いだってわけ? あなたと私はただの友達で、恋人ではなかったって」
一見強気に思える北宮の態度だが、腕を組み掴んでいる二の腕が強く握り締められているのがわかる。
彼女は一見感情的だが、我慢のできる性格だ。
言っていいことと悪いことの区別ができ、勝気な性格に反して溜め込んでしまう。
まぁ、我慢できるイコール我慢強いというわけではなく。
我慢の蓋が緩いせいかああいう発言が目立つわけなのだが。
「ちょっと邪魔するぞ?」
「なんですか?」
「さっき言っただろ、文字通り邪魔しに来たんだよ。それと、用事があるのは火澄、お前じゃなくて北宮の方なんだよ」
「なによ?」
空気読めよと火澄に睨みつけられるが、俺からしてみればお前こそ空気読めよと言いたくなる。
が、それをいちいち言っていたら泥沼になってしまう。
なので、すっぱりとその視線を無視し、こっちの用件を済ませよう。
「これより作戦を開始しますが、北宮さんには海堂さんたちの班に参加していただきたいのです」
「要はうちのパーティに助っ人で入ってくれってことだ。時間も押している、即決してくれ、無理ならお前には悪いが社外に避難してもらう」
火澄と七瀬は正直無理だが、わずかとはいえ北宮と一緒に過ごした感触で連携は取れると思った故に出した助っ人のオファーだ。
俺がスエラと行動するにあたって、別行動する海堂たちの火力が下がるのは言わずもがな、加えて盾役の損失もでる。
補填できるところで補填する必要がある。
それが目の前に転がっているのだったら、拾い上げるくらいの動作は起こすさ。
「ちょっと待ってください彼女は!」
「お前らのパーティメンバーだって? もちろん他人の領分を侵している自覚はある。だからこうやって裏ではなく正規ルートを使って申請しているんだ。少なくとも筋は通しているぞ?」
「あなたの担当者であるカイラ・ノスタルフェルへは事後報告になりますが、私の方でしますので社内規定には抵触しません。緊急事態です、感情に沿った発言は控えてください」
俺とスエラの畳み掛けるような言葉に一瞬口をつぐむも、火澄の表情に納得の色は見えない。
要領よくやってきたコイツのことだ、表情は崩していないが雰囲気で察するに土足で領分に入ってくるのは腸が煮えくり返るほど嫌いなのだろう。
目は口よりも語るとは正しくコイツのような奴のためにある。
「……わかったわ、あんたのパーティの助っ人に入ってあげるわ」
「香恋!」
「香恋ちゃん!?」
「それと、ちょうどいいからあなたのパーティから抜ける手続きもお願い。もう、戻る気ないし」
その語っている目もコロコロと感情を入れ替えているようだが。
女というものは観察する生き物だ。
火澄の感情の起伏を察したのか、あるいはそれ以前からだったのか熱が冷めたように北宮が向ける視線に感情の色がない。
怒りから困惑へと変わった雰囲気に、疑問ではなく制止、いや叱責を含めた火澄の叫びを風が抜け去るように流してみせた。
「っ! 僕も協力します! それなら」
「ああ!! うるさいわね!! もう私に構わないでって言ってるでしょう!!」
その音を擬音で表すならグオンだろうか?
風を切るのではなくすり潰すような摩擦を発生させてそれは現れた。
女々しくさらに縋ろうとした火澄にめがけて北宮の姿から察する軽いと言われるが数十キロはあるであろう体重を完全に載せきり綺麗な回転運動を合わせた一発。
強化されたステータスと緊張したステータスがなければ俺でも目で追えずくらったかもしれないと。
宙に浮く火澄を他人事に見ながら思った。
「グーはだめだろグーは」
せめて顔面を殴るにしてもパーにしとけと俺は思うも口にしない。
言ったら世界を狙える一発がこっちに飛び火しそうだったからだ。
スローモーションで見えたのは演出なのか俺の目が危険を察知して脳内加速を果たしたのかはしれないが、女の怒りはココまで昇華できるのだろうという一例を現実で見せつけられたようだ。
「あ~、すっきりした」
さっぱりとした性格なのだろうか?
それとも根に持たない性格なのだろうか?
すべての怒りをこの一撃にかけたあとの北宮の表情はさっきの遊びで発散した時よりも爽やかな笑顔を浮かべていた。
その姿に既に怒りの色はない。
まるでボクシング漫画のように宙に浮きリングに落ちるような火澄がいる傍らで浮かべる表情ではない。
自業自得と言えばそれまでかもしれないが、同じ男としてつい、心で合掌してしまった。
「透くん!?」
「……で? 私はどこに行けばいいの?」
慌てて倒れふす火澄に駆け寄る七瀬に気づかないように北宮はこっちに振り返る。
ステータスで体を鍛えている、それこそ自衛官よりも頑丈なはずの火澄がああなってしまったのを見て思わず、半歩引きそうになったがそこはこらえる。
「海堂たちと合流してくれ、そこにケイリィさんもいる」
「わかったわ、リーダーはケイリィさん?」
「ああ、そっちは後衛火力の要はお前だ。頼りにしているぞ?」
思わず、前衛の方もと付け加えたくなる。
が、自重しよう。
「わかってるじゃない。まぁ、借りは返すわよ」
それは、おそらく昼間のストレス発散のことだろう。
ひらひらと手を振り海堂たちのところへ向かっていく。
「これで一応、戦力は揃ったわけだが、メモリアお前とんでもないもの拾ってきたな」
「一応テスターで、戦力になると思い連れてきたのですが、こうなるとは思いませんでした」
「いや、昼間に話題になっただろう?」
「昼間……おお」
「今気づいたのか!?」
いささかわざとらしいが、雰囲気的にはいま情報が連結されたらしい。
「まぁまぁ、次郎さんメモリアも悪意で連れてきたわけではありませんので」
「そうだな、あれでも戦力にはなるな、用途は限られそうだが」
「正確には用途を限らせたといったほうが正しいかと、フラれた直後の男ほど使い物にならないものはないと思いますよ?」
「容赦ねぇな」
今が本当に緊急事態なのか疑問に思うような会話であるが、下手に緊張するよりはいいだろう。
「彼らはここで待機してもらい、防衛に回ってもらいます。あとは」
予定通りと言葉を繋げずとも、スエラの号令を起点に動き出す。
時間は九時すぎ、社内の倉庫の一角だろう。
淡い光が一瞬光ると同時に、俺はすぐそばの壁に背を合わせ周囲を警戒する。
「クリア」
特殊部隊のようなセリフをまさか口にする日が来るとは思っていなかったが、ダンジョンの攻略時も似たような動きをしているので体自体はスムーズに動く。
格好は、水着姿から施設にあったダイバースーツに変わっている。
ジャイアント特製のダイバースーツは防刃効果もあり、岩場などで怪我しないように丈夫で保温性も抜群とのことで装備として採用された。
足元も水辺ですべらないようなタイプの靴に変えられ動きやすい。
音はスエラと南が共同で消音結界を展開して、ゴムの滑る音を防ぐ。
それでも僅かな音は出る消音結界の中で俺の脇にすっと忍ぶように近づき目を一瞬伏せる影、俺と同じ格好をしたスエラが魔法を展開する。
「周囲に反応はありません、行きましょう」
この社内にいる存在はすべてが魔力を持っている。
それを探知するパッシブソナーのような魔法という説明を受けている。
たとえ魔力を隠蔽していても、レベル差、ステータスの差でそれをカバーすることは可能らしい。
コクリと極力声を出さず、頷いて返事をし探知をするスエラを中央に置き俺を先頭に臨時パーティメンバーは最低限の明かりしか付けられていない社内を進む。
「止まってください」
どこぞのスパイ映画みたいに、構造は知っているので監視の目も躱しながら進んでいくが、順調なのは途中までだ。
倉庫を出て、社内を進み最初の目的地である俺たちのパーティールーム、社員寮と会社をつなぐ連絡通路、社員寮の監視を目的とする人員が玄関口に配置されていた。
管理人の部屋が詰所になっている。
いま部屋から武装したダークエルフが出てきた。
おそらく見回りなのだろう。そのまま奥に行き階段を上っていった。
「人数は?」
「距離があります……正確なのはわかりませんが四人は確実に」
「味方ではないんだな?」
「はい」
むこうも探知魔法を使っているようだが、こっちはスエラと南の二人がかり、今のところ気づかれている様子はない。
ダークエルフ、悪魔の男コンビは時折雑談を混ぜながら周囲を警戒している。
「杖持ちのダークエルフと素手の悪魔、装備はともに軽鎧、室内を想定していると思われる」
現代であれば服のような装備や、プロテクトアーマーを装備するのであろうが、相手はファンタジー軍団。装備もファンタジーだ。
だが
「好都合ですね」
「見るからに後衛二人組が警備してるってのはこっちからすれば助かるがな、罠の可能性は?」
「ないでしょう。建物内の反応は少数、召喚陣の反応もありません」
「だったらあれは?」
「おそらく、この社員寮を一時的な収容施設に使っているのでしょう。一室反応が大量にある場所があります」
「となると、一気に制圧した方が吉か」
コキリと一発首を鳴らす。
「南、足場の用意」
「了解でござる」
「お気を付けて」
「ああ」
意識を警戒から戦闘状態に移行、緊張感を研磨剤にして意識を研ぎ澄ます。
景観を気にした連絡通路は意外と死角が多い。
植林された木々、花壇のレンガブロック、通路の屋根。
さすがに物理的な環境で最後まで死角を付くような移動はできないが。
「ぬ!?」
「どうし!? ムグ!?」
フリーランニングの要領で南に足場を作らせ頭上から奇襲をかける。
魔法の奇襲は悪魔とダークエルフには効きにくい。
ともに魔法を主体にする種族ゆえに魔力を感知する能力に長けているからだ。
だがその反面直接戦闘能力は種族柄ないがしろにされやすい。
スエラから、ステータスは勝っているとは聞いていたが、こうもあっさり意識を奪えるとは思わなかった。
首筋の血流を止めて意識を飛ばしたダークエルフを壁の横に寝かせる。
悪魔は元来頑丈な生き物らしいので容赦なく延髄に肘を落としたが、砕いたり罅を入れる感触がなかった。
念のため意識の有無を確認したがともに意識はない。
ハンドサインで呼び寄せ、拘束させる。
「手慣れているなケイリィさん」
「あら?あなたも縛ってほしい?」
「そういうのは海堂に任せる」
「え~そうなの? おねぇさん海堂くんのことちょっと引いちゃうかも」
「風評被害っす!?」
解けないように縛るケイリィさんの冗談を海堂に擦り付けて俺は静かにドアの向こうを探る。
おかしい、俺の仕事はダンジョンの攻略のはずなのに、やっていることは特殊部隊の潜入ミッションみたいだ。
もっと、序盤の方で乱闘することを想定していた自分としてはこうもうまくいくことに疑問が浮かぶ。
罠ではないのかとちらりと考えるが、こうなってしまったら行けるところまで行くしかない。
「どうスエラ? 何かわかった?」
「テスターと商店街の役員がここに幽閉されていることがわかりましたね。さすがに相手方も所属の情報を念話でやり取りするほどではないようです」
「さすがにそこまで甘くはないかぁ、装備からなにか分かればいいんだけどねぇ」
「ダークエルフでござるが知り合いではないでござるか?」
「種族的に少ないって言っても、全員知り合いってわけじゃないのよ?」
ケイリィさんとスエラのやり取り、ケイリィさんは気絶させた見張りを縛っているがスエラは拘束した二人の額に手を当てて魔法を展開している。
念話にも一応盗聴用の魔法が存在したりする。
欠点として受信するための存在が手が触れられる場所にいないといけないというのがあるが、スエラはそれに加えて偽造通信で応答し情報を仕入れている。
入ってくるのは、定期報告とさっき出ていったダークエルフの男の見回り報告だ。
それでもこちらにはない情報を手に入られるだけ有難い。
まぁ、探知に盗聴、偽造にと三つ同時並行で魔法処理するスエラのスペックに脱帽せざるを得ない。
「海堂、お前はそのまま見張りをしていろ。スエラ、中の人数分かるか?」
「了解っす」
「中には三人ですね。メモリア、私はいま手が離せないのでお願いできますか?」
「二人は大丈夫でしょうが応援を呼ばれますよ?」
「位置を教えてくれ、一人は俺がやる」
「では、次郎はそのまま突撃してください。その隙に私は影から仕留めます」
スエラは手が離せなく、海堂たちは今は周囲の警戒にあたっている、ケイリィさんは装備から相手がどこの派閥なのかを探っているみたいだ。
彼女が頑張っているのだ、俺も頑張るとしよう。
ゆっくりとドアノブを音を立てないように握る傍ら、ズブズブとまるでコールタールに沈み込む人間のように俺の影にメモリアは入っていく。
完全に入り込んだことを確認し、俺はゆっくりと深呼吸を二回繰り返す。
消音結界で外には音が漏れていないはずだが、それでも音は消したいという心情が呼吸を静かにする。
抑えていたものを爆発させる感覚ではなく、するりと獣が潜り込むような感覚を思い出しながら扉を開け放つ。
「ん? ぐふ!?」
陽動ではなくあくまで自然に、まるで知り合いが入ってきたような自然さでの突入は相手の反応に一瞬の間を作らせた。
その一瞬があれば、今の俺なら飛びかかり相手の喉元に一撃入れるのはワケがなかった。
小柄のメモリアでは大変であろうジャイアントの男の喉元を殴りつけ、頭が下がったところに頭を抱え込むように膝蹴りを一発、だが
「硬い、なぁ!!!」
さすがは耐久値に自信があるジャイアント、喉、顔面と容赦なく攻撃したのにもかかわらず意識がまだ残っている。
この調子だとさっきみたいに締め落とそうとしたら回復される。
理屈より先に直感が囁く。
「沈めぇぇぇ!!!!」
絶対に人にはしてはいけないという行為を、その直感に従って敢行する。
意識は飛ばなくても、ふらつくジャイアントの男の顔を壁と俺の足の裏でサンドイッチにするかのように回し蹴りで捉える。
ガラス窓に入る蜘蛛の巣のような罅を壁にこさえてようやくジャイアントの意識はなくなった。
「っ!?」
「私です」
「……メモリアか」
そして、咄嗟に感じた気配に向けて裏拳を放つがそれはあっさり止められる。
いつ出現したかわからないが、俺とジャイアントの数秒の攻防のうちに残りの二人を仕留めたメモリアがそこに立っていた。
「いきなり背後に立つな」
「あなたに襲いかかりそうな男が近くだったので」
「……すまん」
「いえ、こちらも手間どりましたので」
吸血鬼特有の怪力かもしれない。
小柄な少女のメモリアにあっさりと止められた手をどかす。
メモリアの言うとおり、短剣を持った悪魔の男が俺の背後のすぐそばで寝転がっていた。
「指揮官か?」
「はい、次郎さんの攻撃にも周りより早く気づいていました」
装備がいい。
そして悪魔の年齢はいまいちわからないが、見た目からしてそれなりの年齢はいっているような気がする風貌、こいつなら。
「メモリア、その傷」
「? ああ、ナイフを素手で受けたので、問題ありません直ぐに治ります。なんでしたらあなたの血を吸わせてもらえれば直ぐに治りますよ?」
メモリアの腕から床に滴る赤い水滴、吸血鬼は痛みに強いのか、もしくはメモリア自身が痛みに強いのかわからないが、切れたあとをそのままにする。
素手で受けた、何事もないように答えるが、ジャイアント特製のダイビングスーツを貫通している時点でかなりの使い手ではなかったのだろうか?
「あんまり吸うなよ?」
「……冗談のつもりだったんですが」
「まぁ、勢いで二股かけちまったが、自分の彼女が庇ってくれたんだ。それを治せるなら体くらい張る」
「ではお言葉に甘えます。ですが、それならせめて首ではなく、こちらで」
「わかったよ」
ずらしたダイビングスーツの手をどかし、メモリアの求めてる位置に顔を向ける。
「「ん」」
チクッと感じるが自然と痛みはない。
「早いな」
「緊急時ですので、それに、あなたの魔力は体内で循環し続けているせいか質がいいので傷の治りもこの通りです」
「俺の血は万能薬か?」
「吸血鬼にとってはそうかもしれないですね」
わずか数秒の間、どれくらい血を吸われたかわからなかったが、深く切り裂かれた腕の傷はみるみる塞がっていく。
「便利なもんだ」
「吸血鬼になります?」
「なれるのかよ」
「屍鬼からのスタートになりますが」
「遠慮しておくよ」
気持ち悪いと思うより、こういったファンタジーの空間にいると便利という感覚の方が強い。
強いのだが、さすがにゾンビゲーのモブに成り下がる気はさらさらないのでメモリアの誘いは断っておこう。
「俺は、パーティールームから装備をとってくる」
管理人室にはマスターキーが存在する。
スエラから聞いていた位置に存在する鍵を取りメモリアに伝える。
「では私は、拘束しておきましょう」
「ああ、頼む」
そのまま部屋を出る。
「こっちは終わった」
「ええ、では私は」
「スエラ」
「は、ん」
「俺にとっては、優先順位はつけたくないからな。これで、同じだ」
「もう、時と場所を考えてください。メモリアの戦力ダウンは避けないといけないことです。私も、公私はしっかり分けます」
「わかってる、だが、スエラのそんなところに甘えっぱなしなのが嫌だっていう俺のわがままだ」
多分、いやスエラのことだ、探知魔法で今までの行動を監視していた。
何かあったらスエラがサポートに入れるつもりだったのだろう。
なら一連の行動が彼女に伝わっていてもおかしくはない。
部屋から出てきたときわずかに彼女の声が硬かったのはそのためだろう。
我ながら最低であるかもしれないが、スエラに不満を感じさせたくないという男の性だ。
「お~、見せつけるねぇ。今が非常時っていうのわかってる?」
「まぁ、見逃してくださいよ」
「ボトル一本で手を打とうじゃないか」
「仕事を手伝った借りを今ここで返してもらってもいいんですよ?」
「あちゃ~、ヤブヘビだったか、はいはい、お見逃してあげますよ」
「さて、俺は装備をとってくるな」
「はい、見張りはケイリィがやってくれるでしょう。私は、少しでも情報を集めておきます」
「ああ、無理はしないでくれよ」
さて、これからが本番だ。
「男から装備に着替えるぞ、三分で用意しな」
「うっす」
「分かりました」
「南、北宮にお前の服を貸してやれ、予備の装備もあっただろう?」
「あるでござる」
「おし、俺たちが終わったら次はお前たちだ。少しの間だが頼むぞ?」
「了解でござる!」
「わかったわよ、さっさと終わらせなさいよね」
今夜は、長くなりそうだ。
田中次郎 二十八歳 独身
彼女 スエラ・ヘンデルバーグ
メモリア・トリス
職業 ダンジョンテスター(正社員)+リクルーター
魔力適性八(将軍クラス)
役職 戦士
今日の一言
夜の残業?
効率重視を気合でこなすだけだ!(ヤケ
はい、なんか特殊部隊のような行動が目立つダンジョンアタック、第一弾主人公メンバーの装備回収編です。
最初っから会社メンバーの装備を充実させたら難易度下がるかなぁと思いこういった展開にしました。
個人的に久しぶりの戦闘回でしたがいかがでしたか?
最初もお伝えしましたが、ブックマーク登録件数が100に行きこれからも頑張っていきたいと思います。
勇者が攻略できないダンジョンを作ろう!!
これからも盛り上げていきます!!




