294 あと一歩で成果が出るとき、障害は立ちはだかる
「なんなんだよ、ここは」
ため息を吐き足元に転がる巨体に腰掛け、何度目になるかわからない溜息を吐く。
ほんのわずかな休息だとわかっているため、気は抜かず周囲を警戒していたがこれはない。
思わず愚痴りたくなるほど、竜王のダンジョンは降りれば降りるほど理不尽になる。
煙草を吸いたい気持ちになるが、タバコの臭いというのは人間でも感じられるほど濃い。
なのでこんな場所で吸えば一発で他の竜を呼び寄せる結末になる。
さすがにそんな結末がわかっている状況で吸うほどドМではないので心の中で残念がりながら、断念する。
「おかしい、隠れないで逃げ回っているよりも戦ってる気がするぞ」
峡谷を下ってからさらに時間が経過して、そろそろ底が見えてくるかと思ったころだ。
敵が強くなるとか、罠がえげつないとか、そういう話ではない。
常にモンスター同士が戦っているのだ。
縄張り争い、雌の取り合い、はたまた目があったからとかもはや非社会的団体の抗争かと思わせるような惨状だ。
さっきのバジリスクとの戦闘の方がまだかわいく感じる。
しかし、だからと言って巨大竜同士の戦いに巻き込まれるなんてごめん被る。
ふとした拍子で流れ玉のようにブレスが飛んでくるなんて、どこの戦場だと言いたい。
はっきり言って、隠れている意味が全くない。
「蟲毒の壺の中かここは、仲間同士で戦う意味がエグい」
おまけに常に戦っているせいか、竜の個体の強さが上の層よりも高い。
争いの中こそ生命の本質が磨かれるとは聞くが、こんな生存競争でダンジョンの質を上げなくてもと嘆く。
悲しいことにこの生存競争による防衛網は一定以上の成果を果たしている。
それは竜王の思い通りかは知らないが、ダンジョンとして性能が向上しているので改善案として提出するか悩みどころ。
俺が着実に消耗しているという事実と絶賛鉱樹の捜索に難航していることが何よりの証拠だ。
一歩進めば争う竜が二頭。
二歩進めば、首を絡ませ噛みつきあう竜が三頭。
三歩進めばと、一歩進むごとに竜の乱闘現場に出くわしているのではと思わせるくらいに、峡谷の底は世紀末だったわけだ。
こんな場所に鉱樹を落としてしまったのかと泣きたくなる。
ここに有るか無いかまではわからないが、今まで探してきたエリアから推測するに見落としがない限りこの先にあるのは確かだ。
無かったら泣く、羞恥心などかなぐり捨てて泣いてやる。
どっこらせとじじ臭い掛け声とともに、さっき倒したバジリスクのブラッド種、通常よりもでかい個体の体から腰を起こし休憩は終了。
探索を再開するも。
「この先かぁ」
ここより下に場所に潜るとなると、当然危険度はあがる。
これまでの道のりを考えると、この先にも何が出てくるかわからないことにいい加減不安も在庫を尽きそうだ。
広大な敷地を誇る竜王のダンジョン、意外にも下にも深かったようで、バジリスクにヒュドラとそれ以外にも見たことのない竜種が出てくるものでいい加減不安よりも先に、今度はなんだと気疲れの方が目立ち始めた。
幸か不幸か、ここは常に争いが絶えない場所だ。
多少乱闘騒ぎを起こしても竜王に見つからないのが救いだ。
ただ、だからと言って調子に乗って全力で戦えば見つかるだろうなとも思いつつ、怪我の具合を確認し、行けるところまで行こうと思って進んだ先にそれはあった。
「………なんだここは?」
緩やかに下る坂、そこを進んだ光景に俺は異常な警戒心を抱いてしまった。
空気が異質。
竜王とは違うまた別の何か。
ただただ危険だと言うのがわかるだけだ。
「墓場か?」
見渡すばかりの竜の骸。
全て白骨化しているが、そのどれもが巨大竜だ。
神聖な雰囲気など欠片もなく、かといって死者特有の淀んだ空気だというわけでもない。
なんとも言いがたい雰囲気。
わかるのはただただ異常だという違和感を覚えるくらい。
谷底にこんなものがあるとは予想していなかった。
「だがなんで、死体がこんなに?」
元来ダンジョン内のモンスターは全て魔力で構成されているソウルが基本だ。
アンデッドを除き基本的に倒せば一部分を除いて全て魔力に還る。
それを利用して、ダンジョン内の魔力の減少を最小限に抑え、戦力を補充するというサイクルを作っているはず。
だからこんな骸が残っているのは大量のブラッド種がここに放置されていることに他ならない。
「妙に強い個体が多かった、すべてがブラッド種ということか?」
表層とでも言えばいいのだろうか、谷の上の方で戦っていた時の竜は大半が魔力に還っていた。
だから戦った相手はすべてソウルということになる。
だが、谷を下れば下るほど魔力に還る個体が減っていった。
それはすなわちブラッド種が増えていったということ、それはダンジョンへの負担へとつながる。
下位種のモンスターをブラッドにするのに必要な魔力量は、その素材となるソウル種の十倍近い。
素材が強くなれば強くなるほど、ブラッド種の生成は難しく、コストがかかる。
ダンジョン内で作られる魔力は莫大ではあるが、無限ではない。
限りがある環境でこんな墓場かと思えるような竜種の亡骸が出来上がるほど過剰なコストをかけられるのかと疑問がわく。
「もしくはだ」
そこでふと、嫌な予想を思いつき背筋に嫌な汗が流れる。
この墓場自体が、ダンジョンの罠だと考えれば理解もできるし納得もできて。
「嫌な予感ほどよく当たるってか?」
俺の勘もそう言っている。
無数にある竜の骨、それはまだ死んでいないとしたらここは墓場ではなく。
「蟲毒って例えもあながち間違いでは、ないかね?」
ブラッド種を戦わせるのはその種族を強くするだけではない。
この場を生きる竜への〝供物〟ってわけか。
周囲に漂っていた魔力の流れが変わった、静かだった場の雰囲気は瞬く間に嵐の様相に変わる。
魔力の流れだけでも大魔法が何発も撃てるような量が渦巻き。
魔力は気流となり砂塵を巻き上げ竜巻を起こす。怪我した右手を庇いながら魔力を練り簡易的な結界を張る。
それで魔力の渦によって発生した暴風は防げるも、魔力の抵抗で吸い込まれそうな圧ばかりはどうにもできない。
吸い込まれるものかとその気流に抗い踏ん張っていること数秒。
「………悪い予感ってのは、できれば外れていてほしいのが本音なんだがな」
その砂塵が晴れると同時に、過去に何度も感じたことのある警報が俺の中での願望を吐き出させた。
「■■■■■■■■■■■■■■!!!」
スケルトンドラゴンってか?
幾千もの竜たちの骨が集まり、竜の形を形成した巨大竜。
と言うよりは。
「ヤマタノオロチかよ」
八つに分かれた首、その首を支える胴体、谷を埋め尽くさんとばかりに長く伸びる尾。
骨でできているとは思えない、魔力の塊。
咆哮だけで、地面が揺れる。
骨同士でつなぎ合わさっているのに、竜として完成している。
ある種の芸術だなと思いつつ。
「こりゃ、死んだかもな」
万全の状態だったらまだ生き残れる可能性があったが、深入りしすぎた俺への罰か。
とんでもないモノと出くわしてしまった。
「………マジか」
そんな存在と出くわした。
だけならまだまだ希望が持てたかもしれんが、奴の口元に浮かぶブレスの配色に口元が引きつってしまう。
黒に青に緑、赤に黄色に白に、そして加えるように紫と灰色。
どれがどの属性かと考えている暇はない。
今、必要なのは。
「多属性ブレスとか、反則だろぉ!?」
全力で逃げだすことだ。
相反する属性のブレスが一斉に放たれる。
全力で逃げださなければ消し炭必至。
なりふりなど構っておられず回れ右をして、全力で逃げだした。
そして、ついさっきまでいた場所に着弾した瞬間、世界から色が消え、音が消え、大爆発が渓谷を揺らした。
「ゴホゴヘガハ、かぁ、なんつぅ攻撃をぶちかましてくれるんだよ。下手したら竜王より強力だぞこいつ」
衝撃で吹き飛ばされ、瓦礫に埋もれ、衝撃によってさらに痛めつけられた体でようやく這い出てきて新鮮な空気を吸い込もうとしたが、舞っていた砂埃を吸い上げてしまいむせた。
消し飛ばなかったのが奇跡だと。
「一撃で地形が変わるとかの問題じゃないぞこいつ」
こんな奴に勝てるのかと疑問に思ってしまう。
骨だからワンチャン強度面で勝てるかと思ったが、竜の骨だからそれもないかと思う。
クレーターなんて優しい物じゃない、渓谷が抉れてそこは巨大な湖でも作るのかと言いたくなる大穴が開けられていた。
俺はそれを作り出すほどの爆風によって吹き飛ばされ、その穴を見下ろしていた、その対岸にはそれを作り出した張本人が、そこら中を手当たり次第に破壊している。
「触らぬ神に祟りなしとは言うが、あそこに近づくのは誰だってごめん被るだろ」
正しく怪獣映画だと思いつつ、魔力で強化した瞳で対岸を見ていれば。
「あ、別の竜が消し飛ばされた」
空を飛び襲い掛かってきた火竜らしき紅い竜がブレスの飽和攻撃を受け跡形もなく消し飛んだ。
災害と言うよりは天災。
もしくは暴走した何かだろうな。
ただ、おかしな話になるが敵味方関係なしに暴れているところを見ると制御できているわけではなさそうだ。
むしろ暴走気味だと言える。
そのままジッと観察していると、尾の付け根あたりに見覚えのある代物を発見する。
「オイオイオイオイオイ、マジかよ、冗談だろ?」
嘘だという言葉を信じ、じっと目を凝らし、双眼鏡で遠くを見るように魔力で強化し、付け根の部分に突き刺さった代物をしっかりと見る。
「なんでそんなところに刺さってんだよ、相棒」
信じたくない現実というのは得てしてこういうモノだろうか。
あの竜、仮称ヤマタノオロチが振り向きざまに背を向けた際に、ちらりと見つけた一品。
見間違うことなどない我が相棒。
少し違うとしたら、いつもは俺に巻き付けている根がその骨に張り巡らされていることくらいだろうか?
「浮気かってツッコんでる場合じゃないな。どうすんだよ、さすがにあれを取りに行くのは難しいどころの話じゃねぇぞ」
人は溶岩の中に落ちた代物を生身で取りに行くことはできるか?
深海一千メートルの場所に落ちた代物を取りに行くことはできるか?
音速の壁を突き破って光速に迫る速度で射出された代物を取ることはできるか?
そのどれもの答えは皆こう答える。
無理だろと。
「………ただ、なぁ。そんな理由で諦められたらこんなところまで来ないか」
だが、それはあくまで一般的な答えだ。
もし溶岩に落ちたものが無事で、何よりも大事な形見だったら。
深海に沈んだ代物が、愛しい恋人から贈られた物だったら。
光速に近い速度で射出されたものが百億円の小切手が封入された代物であったら。
そんな価値が付与されるだけで人間は無理無茶無謀の三拍子が揃った状態でもどうにかしようと躍起になる。
自分の諦めの悪さに辟易しながらどっこらしょと、瓦礫の下から這い出て座っている岩から立ち上がる。
「ずいぶんとまぁ、見晴らしがよくなって」
仮称ヤマタノオロチのおかげでずいぶんと視界が開けた。
障害物と言えるのは吹き飛ばされた際に発生した瓦礫くらいだろう。
それ以外は隠れられる場所などなく、そして空から降ってくる明かりの差が今までと雲泥の差だ。
そんな場所に突っ立っていたら他の竜に見つかるかもしれないが、それも今は気にしていられまい。
勝負は一瞬。
チャンスは一度。
自分なりの勝ち筋を頭の中で構築する。
「確率は………考えるまでもないか」
一桁あればいいなぁと思いつつ、そのわずかな確率を引き寄せるだけだと心の中で覚悟を決める。
「どうせなら、吸うか」
何もかも消し飛ばされ、気づかれるとか気にしてられないと開き直り、胸元から無事な煙草を一本取り出し、口にくわえ火を点ける。
煙を目いっぱい吸い込み、味わうように溜め込んだ後吐き出す。
紫煙が周囲を漂い、ゆっくりと消え去っていく光景。
怪獣を眺めながら吸うたばこも乙なものだと思いつつ、しばらくゆっくりと煙草を味わう。
そして、吸い終えた煙草は携帯灰皿に入れる。
喫煙者のマナーだと苦笑しながら、いつもの行動をした後、思考を切り替える。
「さて、往くか」
一瞬字面違いの文字で逝くかと言いそうになったが、さすがにそれはないと苦笑で否定する。
そして真顔になり集中し、魔力を練り、身体強化を施す。
出し惜しみは無しだ。
全ての魔力や体力を出し切る。
そう覚悟を決めて、俺は全力で前へ駆け出した。
高速で迫る高魔力体。
そんなものに気づけば誰もが迎撃態勢を取る。
それは仮称ヤマタノオロチもそうだ。
迫りくる敵に対して容赦も何もなく、放たれるブレスの雨。
そんな雨を浴びぬように、全力で足を動かす。
「駆け抜けて、背中の鉱樹を引っこ抜くだけだよ!! もう少し手加減しやがれ!!」
言ってもしょうもない文句を相手に叩きつけ、全力で駆ける。
最初は三キロほどの距離を詰めれば詰めるほど、ブレスの雨の濃度は上がり、避ける隙間は残り一キロ切るころには掠らなければ避けられないほどまでになっていた。
魔力で体表に膜を張り、ダメージを軽減するも、完全に打ち消すことなど不可能。
ダメージは蓄積され、稼働率の悪い肉体はさらに低下する。
遠い、いつもなら数秒で詰められる距離が。
苦しい、呼吸するのもしんどくなる。
息継ぎをすれば失速するのはわかり切っているので、今はただひたすら全力で最速で前に進むほかない。
ラスト百メートル、これを駆け抜けられればブレスの攻撃はさすがに無理だと判断した俺は、避けることすら考えず、残りは駆け抜ける覚悟を決める。
目の前に魔力障壁を張りごり押しで突撃を敢行する。
そして。
「!?」
俺は光に包まれた。
今日の一言
あと一歩、あと一歩だった。
毎度の誤字の指摘やご感想ありがとうございます。
面白いと思って頂ければ、感想、評価、ブックマーク等よろしくお願いいたします。
※第一巻の書籍がハヤカワ文庫JAより出版されております。
2018年10月18日に発売しました。
同年10月31日に電子書籍版も出ています。
また12月19日に二巻が発売されております。
2019年2月20日に第三巻が発売されました。
内容として、小説家になろうに投稿している内容を修正加筆し、未公開の間章を追加収録いたしました。
新刊の方も是非ともお願いします!!
講談社様の「ヤングマガジンサード」でのコミカライズが連載されております。
そちらも楽しんでいただければ幸いです。
これからもどうか本作をよろしくお願いいたします。