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293 慣れていなくても必要ならやるだけだ。

 慎重に慎重を重ね、気配を断ち隠密行動に従事しているがこれがまた疲れる。

 鉱樹を探すためにやっていることだからやる気が削がれることはないが、周囲を警戒しながら移動するにはやはり時間がかかる。


「ふぅ」


 一回深呼吸してから再度移動を開始する。

 竜王のダンジョンに入ってどれくらいの時間が経った?

 トントンと軽業師のように岩を跳び移りながら、ふとそんなことを思う。

 少なくとも一時間以上五時間未満といったところかと思うがあいにくと正確な時間はわからない。

 このダンジョンに入ってから何度か激しい戦闘を重ねたせいか時間感覚があやふやになってしまっている。

 加えて用意していた腕時計は竜王との戦闘で逝ってしまっている。

腕時計を見ればデジタル表示の画面が割れていた。

 当然時刻を知らせてくれるわけもなく、静かに沈黙している。

 ダンジョン用で買ったのでそこそこ値段がするのになと苦笑しながら壊れた物は仕方ないと諦める。

 ならばと空を見上げるも太陽の位置で時間の確認なんてことはダンジョン内ではできず、空を飛ぶ竜のシルエットが見えるだけだった。

 結果、体感で時間だけが過ぎているのがわかる程度。

 このまま鉱樹を探し続け、あまりも時間をかけすぎるとスエラたちに心配をかけてしまうかもしれないと不安になるが足は止めない。


「ふぅ、静かに動くってのは考えていたよりもきついな」


 時折足を止め、ズシンズシンと巨体を進める竜が通り過ぎたことを確認した後、周囲を警戒し移動を再開する。

 敵を探しながら進み見つけたら隠れ過ぎ去るのを待ち、そして進む。

 基本この繰り返しだ。

 極力目立たないように物陰から物陰へ、痕跡を残さないように微弱な魔力で身を覆い、隠匿魔法で存在をあやふやにし竜の五感から逃れながらの鉱樹の捜索は想像以上に俺の体力と精神を疲れさせる。


「こっちにはないか」


 それでも俺は進む。

 崖に手をかけ周囲を見渡すも、見渡す限り目に入るのは岩と竜だけだ。

 俺の相棒は見る影もない。

 この場にないと判断すれば即座に移動。


「まったく、どこまで飛ばしたんだよ」


 あの時、手放してしまった俺自身も悪いが、人の武器を谷底に放り投げるのは勘弁願いたい。

 すでにさっきまで戦っていた地点は目と鼻の先にあり、先ほどまで騒がしかった竜王の姿はいないが、索敵範囲内に入っているのは間違いない。

 できるだけ時間をかけたくない俺は、手早く魔力を感知しながら同じ場所にとどまらず、ドンドンと渓谷の岩場を下っていく。


「あまり遠くまで行ってなければいいんだがな」


 進めば進むほど周囲は暗くなり、道も険しくなる一方。

 ようやく人が通れるような道に降りられたかと思えば道ではなくちょっとした広場だったり、その広場の先、一寸先はまた谷、上から見ていた時も思ったがやはりだいぶ深い。

 渓谷ではなくさらに険しい峡谷だったかと字面の違いを思いつつ、冗談でも思いながら自分を鼓舞し、早く見つかってくれと願うばかり。

 淡い期待を抱きながら下へ下へと進み続ければ当然周囲に光が届きづらくなり、段々と暗くなる。

 それでも魔力で視力を強化し視界を確保すれば視界は問題ない。

 だが、それ以外は問題は出てくる。

 竜の縄張りがどうなっているのか把握していない俺は常に周囲に気を配り移動している。

 人間が通らないような足場が悪くなってきている最中、何かに見られた感覚を背筋に感じる。

 ゾクリと背筋が凍るような視線。

 一瞬、竜王に見つかったかと思ったが。


「いや、違う、こいつは!?」


 気配の質、そして視線の質が違う。

 あの竜王は嵐が可愛く見えるほど暴力的な圧を感じる視線だ。

 こんな背筋を冷やすような視線ではない。

 そして、わずかに感じる体が動かなくなるような硬直感覚。


「………どうやら、ヤバい奴らの縄張りに踏み込んじまったようだな」


 その視線を感じてから数秒だというのに視線が増えるのが感じる。

 一つ、二つ、三つ、四つと次から次へと増えるたびに体が動かなくなってくる。

 そしてこのダンジョンでこんな状態異常を引き起こす奴に俺は心当たりがあった。

 ダンジョン内では数々の厄介な魔物が存在し、そのため俺たちダンジョンテスターはモンスターの資料集めに余念がない。

 敵を知れば攻略が楽になり、またダンジョンの改善に役立つからだ。

 挑戦者側からの視点で集められた資料はパーティールームにまとめられ、データと気軽に見られるようにファイリングされている。

 南が攻略本を作る側になるとはとボヤいていたのが記憶に残っている。

 そんな資料を作るための情報源は俺たちの実地体験だけではなく、知識として聞く機会も含まれる。

 スエラはもちろんだが仲良くなった社員さんともそういった情報をやり取りすることはある。

 大半が特徴を捉えた程度の情報だが、それでも役には立つ。

 中でも、モンスターの素材を加工するジャイアントたちからモンスターのことを聞く機会が多い。

 何せ彼らは日常的にモンスターの素材に触れる機会が多く、そのモンスターの特徴に色々な意味で詳しい存在だ。

 そんな彼らに話を聞かないわけがなく。


『おい次郎、たまには竜の素材くらい持ってきたらどうなんだよ。毎回毎回メモリアのところに卸しやがって』

『竜とか無理言うなよ、あいつら狩るのにどれだけ苦労すると思ってんだよ。現場の人間をもう少し労われってんだ。それとこっちにも持ってきてるだろうが、比率的にメモリアの方が多いのは認めるが』


 店に顔を出すたびにハンズから文句を言われるがなんだかんだでモンスターの話を教えてくれる。


『ったくよう、最近ロクな素材が入ってこないから腕が鈍っちまうよ。てめぇらのところが一番まともな素材を持ってくるんだよ。もう少し頼むぜ』

『そうかい、なら今度はいいのを狩ってこられたら持ってくることにするよ』

『そうしてくれ、どうせなら』


 そんな行きつけの武器屋の店主のハンズとの雑談の中で挙がった名前。


『バジリスクくらいの素材は持ってこいよ』


 バジリスク。

 小さき王の名を冠する、地球にも伝説上や空想上の生物として名の挙がる生物。

 その種は蛇の頂点に君臨する存在であるが、こっちの世界では亜竜として存在する。

 石化の魔眼と猛毒で有名らしい。

 シャァーーー

 と蛇のような声を上げながら鎌首をもたげて登場する五匹のバジリスク。暗闇に琥珀色の蛇目が怪しく光り俺の体を縛り付ける。

 よりにもよって、面倒なやつの縄張りに踏み込んでしまった。

 まさかこんな形でハンズとの約束が守れるかもなんて気楽に考えることはできない。

 血の気の多い竜種とは異なり、静かに潜み、獲物が罠にかかるのを待ち、持ち前の石化の魔眼で獲物の動きを封じ毒で止めを刺す。

 狩人ハンターのように獲物を捕らえるスタイル。

 おまけに竜種特有のタフネスと強大な魔力を保有し、小さき王の名はどこに行ったと言わんばかりに巨体をくねらせその姿を現す。

 瞳は動ける。

 少しでも相手の動きを探るためにその巨体を視界に納めれば、より一層その巨大さがわかる。

 地面から起き上がっている胴体だけで軽く五メートルは超え、胴体の太さは成人男性の肩幅よりも太い。

 前部分でこれだと全長がどれくらいになるのかと考えたくもない。

 おまけに見えた鋭い牙から滴った毒は岩を容易に溶かしてみせた。

 あんなものに噛まれたら終わりだ。

 そんな存在が五匹、視線を逸らすことなく俺を睨みつけ、舌をチロチロと揺らす。

 竜じゃなくて蛇だろと内心でツッコミを入れつつ、このままいけば俺は蛇のお腹の中に納まる。

 それは勘弁だ。

 なので。


「フシオ教官には感謝しかないな」


 俺は全力で抗う。

 一度、全身を脱力するように息を吐く。

 そのため体はさらに硬直し、呼吸も辛くなるが。


「あいにくと、石化には耐性があってなぁ!!それに対抗策の一つや二つ――」


 ふん!と視線を振り払うように気合を四肢に入れ、それと同時に魔力に活性化させる。

 伊達にキオ教官から物理耐性を鍛えられ、フシオ教官に異常耐性を鍛えられているわけではない。


「――持たずとして、ダンジョン攻略ができるかってんだ!!」


 並の石化など硬直すらしない。

 竜種の石化でようやく筋肉が固まる程度、時間はかかるが解除と対処はできる。

 俺を石にしたければフシオ教官並みかそれ以上を持ってこい。

 ………持ってこられても困るが。


「その瞳潰させてもらうぞ!!」


 そんなことを思いながら動揺の走ったバジリスクどもに俺は襲い掛かる。

 まさか石化を振り払われるとは思っていなかったバジリスクの一匹にとびかかり、宙を蹴りあがり、頭部まで到達した俺は渾身の回し蹴りで右目を蹴り、衝撃を通す。


「一つ!!」


 瞳から脳へと衝撃を飛ばし、しっかりと潰した手応えならぬ足応えを感じ、そして竜王には通じなかったが俺の体術はバジリスクになら通用することがわかった。


「ふたぁつ!!」


 素手で竜種に挑む日が来ようとはと苦笑した口元を引き締め、仲間が一匹潰され警戒心が跳ね上がったバジリスクめがけて駆ける。

 魔法は使わない。

 下手に使えば竜王がここに飛んでくるかもしれないからだ。

 大魔法なんてもってのほか、可能な限り最小限の力で戦い、こいつらを倒して早々に立ち去らねば。

 気合を入れ、軋む体に鞭を打ち、歯を食いしばる。

 鉱樹無し、そして右手が動かないのなら自然と足技が主体になる。

 噛みついてきたバジリスクの下顎を右足で蹴り上げ、強制的に閉口。

 そして、蹴り上げた衝撃で顔が上がったことにより、下顎の関節部まで潜りこむことができた。

 軸足であった左足を蹴り上げ代わりに蹴り上げていた右足が軸足に変わる。

 腰の回転を加え、踵の金属部分に魔力を纏わせ鉄槌に仕上げる。


「っさぁ!!」


 後ろ回し蹴りで側頭部を叩き物理法則を無視するかのように横っ飛びに顔面を吹き飛ばした俺はすかさず追撃をする。

 飛び上がり、悶えるバジリスクの頭頂部めがけて踵落とし。

 ずしんと衝撃が広がり一瞬だがバジリスクの顔がへこむ。

 お椀状にへこんでいるためか、足を上げた時は多少元には戻るが脳は潰れ、魔素へと還る光が漏れ始める。

 そして俺の攻撃を受けたバジリスクの顔はわずかに平べったくなっている。

 目が飛び出し、舌はだらしなく垂れ、自慢の牙は噛み合わせた際に折れてしまったのか片方はない。

 生きている気配はない。

 そう判断した俺は、すっと残ったバジリスクたちに視線を向ける。

 蛇の顔なのに困惑した表情なのがわかるのはなぜだろう。

 台詞で、魔眼が効かないのかと言いそうな表情の残ったバジリスク三匹はギラギラと瞳を輝かしている。

 さっきからピリピリと肌に針を刺すような感覚が走っているが、効いているような素振りを見せず悠然と一歩前に出て、潰したバジリスクの頭から降りてみせる。

 そうすれば向こうの動揺はさらに誘える。

 これが普通の竜種ならプライドを刺激し、一気に襲い掛かってくる。

 他の竜を騎士と例えれば、バジリスクは狩人、正面から戦う力は保有していても性質的には策を弄するタイプだと聞く。

 なので、たとえ負けたとしても一矢報いるという戦闘スタイルは貫かないだろうと踏む。

 ズンともう一歩踏み込めば、きっと撤退すると思ったが、突如としてバジリスクたちは周囲をキョロキョロと見回し始めた。

 何かを察知したのか。


「なんだ?この匂い、いや音もか?」


 異質な刺激臭、そして何か這い寄るような音が聞こえる。

 腐ったような臭いと言うよりは、本当にツンと来るような臭いだ。

 薬物に近い、そんな感じの臭いが段々と濃くなってくる。

 何かが来る。

 そうとしか言えない周囲の異常。

 そして。


「おいおい、マジで何か来るのかよ」


 さっきまでの威勢はどうしたのか、残ったバジリスクたちが一斉に逃げ出した。


「この場に残るのはまずいか」


 その雰囲気に俺も嫌な予感がして、バジリスクを追いかけることはせず奴らとは違う別の方向に駆けだす。

 そして。


「「「「■■■■■■■■■■■■■■■■■■!!」」」」


 間一髪でその巨体と出くわすことを避けることができた。

 峡谷の下から這い出るように現れた多頭の竜。


「ヒュドラかよ!!」


 そんな存在までここにいるのかと舌打ちしそうになり、それどころではないとこっちに一つの頭部が向き、他の頭部がバジリスクの方向を向き、どちらを追うか迷っている。


「?上の奴らと違って、共闘していないのか?」


 その様子におかしさを感じる。

 だが足を止めることはできない、迷っているのなら好都合と、その間にさらに俺は峡谷を降りていく。


 今日の一言

 諦めない気持ちと、しっかりとした線引きをし引き際を見定めろ。


毎度の誤字の指摘やご感想ありがとうございます。

面白いと思って頂ければ、感想、評価、ブックマーク等よろしくお願いいたします。

※第一巻の書籍がハヤカワ文庫JAより出版されております。

 2018年10月18日に発売しました。

 同年10月31日に電子書籍版も出ています。

 また12月19日に二巻が発売されております。

 2019年2月20日に第三巻が発売されました。

 内容として、小説家になろうに投稿している内容を修正加筆し、未公開の間章を追加収録いたしました。

 新刊の方も是非ともお願いします!!


講談社様の「ヤングマガジンサード」でのコミカライズが連載されております。

そちらも楽しんでいただければ幸いです。


これからもどうか本作をよろしくお願いいたします。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 俺は懇親の回し蹴りで右目を蹴り 「渾身」 [一言] 面白いけど、途中少したるんだ感じがする。 (私には、このような面白い話を創る才はないですが) どう決着するか楽しみにしてます。
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