292 備えあれば患いなしとは言うが、備えを潰されたらどうしろと?
「はぁはぁ、はぁ、ちくしょうが」
竜王との戦いは痛み分けと言えば聞こえはいいが、ダメージ差がでかすぎることを考えれば俺が敗走したと言った方が正確だ。
手応え的にも、最後に放った魔法も強く打撃を受けた程度のダメージで多少動きを封じることはできたかもしれないが、その代償がこれではシャレにならない。
「っち」
ジンジンと痛む右腕を見て舌打ちをこぼす。
あの時の魔法の反動で渓谷へと落ちてどうにか避難したが、その魔法の代償が痛い。
現状が厳しいという意味もあるのだが、物理的にも痛いという意味もある。
その代償の惨状を見て眉間にしわが寄る。
魔力体でなければ回復は絶望していただろう。
魔法の反動で痛みはあるのに右腕がピクリとも動かない。
指は親指を除いて青くなり変な方向に曲がっている、肘関節も変な感覚がある。
肩に至ってはヤバいくらいに熱を持っている。
さっきの戦闘の最後に使った魔法が原因だ。
「なんという魔法を教えてくれたんだよエヴィアさんたちは」
あの時はこれしかないと思って使った魔法であったが、使う際には注意しろという意味を身をもって体験した。
俺がさっき使った魔法は純魔法と呼ばれる魔法だ。
純魔法とは属性が存在せず、別名無属性魔法と呼ばれる代物。
純粋な魔力をぶつけることを主眼とした魔法で、魔法なのにもかかわらず物理ダメージ寄りの攻撃方法。
使い方が難しく、魔力消費も激しい。
ただし確実にダメージを通せる可能性がある魔法だ。
今回使ったのはその中でも飛び切りピーキーな魔法。
使い手は少なく、エヴィアさんや教官ですら使うとしたら奥の手だと言うほどの代物。
パイル・リグレット
後悔の杭とはよく言ったものだ。
威力は先ほど竜王を物理的に吹き飛ばし苦悶の声を上げさせたことに加え、フシオ教官とエヴィアさんが保証してくれるという折り紙付き。
その威力と引き換えに、術者への反動が即金過ぎて笑いすら出てくる。
その笑みも皮肉めいたものになってしまっているのはご愛敬。
必要だったのは事実だが、絶賛、使ったことを俺は後悔している。
中心部に魔力をため杭を構成し、周囲に魔力のリングを構成しその魔力を爆発させることでその杭を射出するシンプルな構成の魔法だ。
そして何度も言うがこの魔法は欠点がある。
まず第一に射程が短い。
杭を突き出すその一点に火力を追求するがゆえに射程が離れれば離れるほど威力が下がる。
最大火力を出すにはほぼ密着距離でなければ意味がない。
第二に魔力消費が激しい。
威力イコール使った魔力量を地でいく魔法なのだ。
その威力に上限はなく場合によっては根こそぎ魔力を持っていかれる。
最後にと言うか一番これが問題だ。
使用者の安全を全く考慮していない。
溜め込んだ魔力を炸裂させた際の爆破の反動がもろ射出した腕に来ると言うことだ。
おまけにリングの個数を増やせば威力も跳ね上がる。
すなわち反動も跳ね上がるということ。
リングが一個ならここまで重傷にはならなかった。
精々が手首が痛む程度。
だが一個ではあの竜にダメージを通せないだろうというのはわかり切っていた。
だからこそあの時用意できる最大限の個数を用意して放った。
その数九つ。
魔力をあの短時間で込められるだけ込めた魔法の結果が右腕負傷に魔力不足による疲労、加えて。
「さて、この状況どうしたもんかなぁ」
いま俺は左手一本で渓谷の崖につかまっているという状態。
あのまま落下して地面に叩きつけられていたら冗談抜きでくたばって今頃医務室で体が再構成されていただろうな。
それの方が良かったかと頭を悩ますくらいに現状が悪い。
痛む体とうまく力の入らない体にムチ打って魔法を駆使しこうやって崖の岩にぶら下がれたのは良かったが、勢いがつきすぎて左手も若干痛い。
おかげで継戦能力はほぼ失われた。
不幸中の幸いで竜王と戦っていたおかげで巻き込まれたくないと思った竜たちが周囲から逃げ去ってくれている。
なので今は一体を除き周囲に敵はおらず平穏なのだが。
『■■■■■■■■■■■■■■■■!!』
「それもいつまでもつことやら」
その唯一残っていた敵が厄介すぎるがな。
頭上から聞こえてくるのは怒りの竜の咆哮。
魔法でぶっ飛ばされ、痛みをこらえ起き上がった頃には俺は消えている。
一方的に殴られたと思っている竜の怒りはいったいどこへと向くのかと考えるまでもない。
怒りの咆哮を上げながら血眼で俺を探し回っていることだろう。
あの竜に探されていつまでもこんな場所に隠れられるわけがない。
早々にこの場から立ち去らなければ。
「と言っても、鉱樹を探さないとまずいよなぁ」
ならないのだが個人的事情により難しい。
竜王が渓谷にポイ捨てしてくれやがりましたおかげで我が相棒は絶賛行方不明。
なので、個人的にできることなら回収してから即座に逃げ出したいところ。
だが、そうは都合よくいかないのが悲しい現実だというのも理解している。
「とりあえず身を隠せる場所に行って回復が先か」
ここは敵地、そう簡単にそんなことができるとは思ってはいない。
まぁ、幸いなことに、まだ最悪ではない。
体はまだ動く。
周囲に敵はない。
そして一番の脅威が俺を見失っている。
痛む体にもうひと踏ん張りだと言い聞かせて体を揺らし反動をつけ、身を隠せる場所を探すために跳ぶ。
魔力は最小限に、軌道は素早く。
渓谷にあるわずかな足場を利用し右腕を庇いながら飛ぶ。
大魔法の連発や竜王のブレスのおかげで周囲の魔素は非常に濃い状態になっている。
多少の魔力の動きじゃ探知はされないはずだ。
半ば願望が入っている想定だが、あながち的外れというわけではない。
事実、竜の咆哮からどんどんと離れられている。
そして。
「ここならしばらくは持つな」
あの場から数キロほど離れた場所に洞穴と言うには浅すぎるが、身を隠すには十分な穴を見つけそこに潜り込む。
腰を下ろし、ようやく一息つく。
「はぁ、生きた心地がしなかった」
背を岩に預け、連戦の疲れを少しでも抜こうとするが、ダメージがひどすぎた。
このままいけば意識が落ちるのも時間の問題。
さすがにそれはまずいので早々に治療に取り掛かる。
「ポーションは………ほぼ全滅か」
腰のホルダーに左手を伸ばし開けてみるがさっきの戦闘で大半がだめになっていた。
初心者のころにやったときと同じだなと苦笑をこぼしながら既視感を覚える。
それでもかろうじて無事だったポーションを呷り、痛みを引かせながら南のサポートや勝の治癒魔法のありがたみを噛みしめる。
傷口がポーション特有の青緑色に光り段々と体の痛みが引くも、右腕は早々には治らない。
あくまで痛みが引き、多少は回復した程度、万全とは程遠い。
全てのポーションを利用しただけじゃ、軽く動かせる程度に回復させるのが限界。
口と動ける左手で右手に包帯を巻きさらに応急処置を施す。
きつめに巻き固定することでどうにか動かせるようにする。
「マジで、魔力ポーションが一本無事だったのが助かる」
最後に無事だった試験管をじっと見る。
治癒魔法も覚えておくべきだったかと反省しつつ、最後に青色のポーションを嚥下する。
これで、出来る限りの治療はした。
右腕を除きある程度は動かせる。
肝心の右腕の肘は完全には曲がらず、握力もほぼない。
肩は問題なく動くのが幸いか。
「さて、ある程度回復できたとなれば後は逃げるのみだ」
この調子でいけば出口まで逃げ切ることはできる。
ただ。
「なんだがなぁ」
鉱樹を放置すればという話だ。
なんだかんだ最初に惹かれ購入し今まで使ってきた相棒だ。
ここで放置して帰るという選択はないと思ってしまっている。
危険なのは百も承知、冷静に考えるのなら万全な状態になってから再度探しに来るのが正解だ。
「こういう時の勘って意外と当たるんだよなぁ」
しかし、その反面ここで退却したら二度と鉱樹を見つけることができないのではと思う自分がいた。
その気持ちに正直になり、回復した体を起こし洞穴から顔だけのぞかせ周囲を見る。
右見て左見て上見て下見てと周囲に何もいないことを確認したら俺は来た道を戻り始めた。
鉱樹が放り投げられた方向は大体わかる。
上下の範囲を含めるととんでもない範囲を探す羽目になるのは目に見ている。
それでも俺は竜が蔓延る渓谷を駆け出す。
鉱樹には俺の魔力が溜め込まれている。
なら、その魔力を探れれば見つけることは可能なはずだ。
そんな僅かな希望を胸に俺は足に力を込めて渓谷を跳びまわる。
Side out
それは日にの光も届かない渓谷のどん底。
空を見上げれば天までだいぶ遠いと思わせられるほど、空が遠い。
その地は最果てとは違う、終焉の地だと言えた。
竜同士の縄張り争いというのは普段は大人しいものであったが、日常に適合できない個体というのは時折生まれる。
そういった存在は想像通り秩序を乱す存在となる。
その個体は力を持ち、様々な問題を引き起こす。
だが、それはあくまで個だ。
群れではなく、個。
その栄光は長くは続かぬ刹那的な輝きだ。
その刹那に輝いた光の残照がこの地に集っている。
渓谷という土地を使っているのは敗者と勝者の差別を明確にするための土地だからかもしれない。
魔力でできた体と言っても、その個体の残照は生まれる。
骨に牙、爪に鱗、ブラッドの残照となればその量は膨大なものとなる。
強者が生き残り敗者は朽ちる。
どこのダンジョンよりも弱肉強食の世界であるここでは朽ちていったモノたちが集う、いわば竜の墓場だ。
ダンジョンテスターたちがこの場にたどり着けばお宝の山だと歓喜するかもしれないような品々の数々。
そこに新たなものが加わった。
耳を研ぎ澄ませるモノもいない空間にまた一つ落ちてくる音がする。
そしてそれは、ストンと偶然にも放置されていた竜の骨の頭蓋骨に突き立った。
まるで竜と相打ちになった勇者の剣かと見間違うかのようなその光景を見届ける者はいない。
ここは墓場、朽ちたモノが静かに眠る場所。
諦め眠った者がここにいる。
その剣もこの場の仲間入りをするはずだった。
ドクンと暗く、静まり返った空間に淡く光る魔力の発光と脈動がゆっくりと響く。
僅かなそれこそ意思と呼ぶにも届かない弱弱しいそれは悔しがっていた。
自身の刃が届かなかった。
その事実にただただ悔しがっていた。
数々の敵を担い手と共に切り裂いていった刃が通じなかった。
担い手が未熟なのかもしれないと叱咤するのではなく、自身の刃が未熟だと嘆く。
その嘆きが周囲に伝播する。
『悔しいか』
ドクンと剣はその声の主に応える。
悔しいと。
『なんと弱弱しい意思か、されどここまでしっかりと答えを返される日が来るとは思わなんだ』
その声が誰だと剣は聞かない。
否、聞けない。
『あの日に負け、眠り幾年か、朽ちるだけと思ったが、そうさな、これも何かの縁、この弱弱しい意思の糧になるのも悪くはないか………』
その剣に意思は有れど知能はない。
ただただ本能の意思をぶつけることしかできないのだ。
ただ愚直なまでに、まっすぐな意思をぶつける剣に声の主はここまで意地汚く生き残った意味はこれだったかとつぶやくように、そしてようやく眠れるのだと安堵するかのようにそっと最後の力を振り絞った。
それは朽ちた身に宿った最後の魔力。
生前の残滓。
ダンジョンに生み出されただけの存在であったのにもかかわらず変異種だった故に周囲と違った異端の竜。
誰よりも強大であるという自負をへし折られた竜。
その力を引き継いでくれるという存在が現れたのだ。
自身の中に残っていた悔しさをこの小さな悔しさが引き継いでくれるのなら悪くはないと。
『持っていけ、我が身、もはや朽ちるだけの存在であったが巨人どもに加工させるくらいなら貴様にくれてやる』
剣の刺さった頭蓋の瞳に最後の光が宿る。
その光に剣は応える。
ドクンと一度脈動する。
その意思は。
『まさか、こんな存在に感謝される日が来るとは思わなかった』
そして伸びてくる根に身を任せるようにその光は瞼を閉じ、長く放置され続けた日々に終止符を打つのであった。
毎度の誤字の指摘やご感想ありがとうございます。
面白いと思って頂ければ、感想、評価、ブックマーク等よろしくお願いいたします。
※第一巻の書籍がハヤカワ文庫JAより出版されております。
2018年10月18日に発売しました。
同年10月31日に電子書籍版も出ています。
また12月19日に二巻が発売されております。
2019年2月20日に第三巻が発売されました。
内容として、小説家になろうに投稿している内容を修正加筆し、未公開の間章を追加収録いたしました。
新刊の方も是非ともお願いします!!
講談社様の「ヤングマガジンサード」でのコミカライズが連載されております。
そちらも楽しんでいただければ幸いです。
これからもどうか本作をよろしくお願いいたします。




