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291 きっかけを掴むのは簡単そうで簡単ではない

 戦いは合図もなく、両者同時に始まったと言えよう。

 鉱樹を構え一挙動すべてを見逃さないようにしていた俺は相手の呼吸の虚を突こうと、タイミングを計りここだと思ったタイミングで瞬時に前傾姿勢を取り、前に跳び間合いを詰めようとした。

 自分でも良いタイミングだと思った。

 しかし、その考えは見抜かれていたのかあるいは相手も同じことを考えていたのか、俺の動きに一瞬で対応し俺を消し飛ばそうと初手からブレスを吐き出した竜王によって戦いは再開した。

 迫る白銀の奔流。

 その破壊力は大地を抉り、空気を飲み込んでいることだけでも恐ろしいと感じ取ることができる。

 巨大な西洋竜の体を持つ彼程の存在の戦いに技などない。

 その巨体を振るうだけで災害となるのだ。

 そこに人間の技が介在する余地はない。

 あるとすれば野生としての本能を十全に駆使した野生の極致と言えばいいのだろうか。

 その極致が見せる即応の応報。

 それに怯むわけにはいかない。

 怯めばその後の結果がどうなるかわかり切っているからだ。

 恐怖を楽しみ、ニヤッと無理やり口元に笑みを作り体を動かす。

 迫りくるブレスに対して咄嗟に前に動かしていた力を左へと移し、飛び去るように横に跳ぶことでブレスを回避する。

 だが、相手もそれを追いかけるようにそのまま横薙ぎにブレスを払う。

 野生の極致とは言いえて妙だ。

 その場その場で、どの体の部位が一番攻撃に適し、一番どの体が防御に適しているかを瞬時に本能で理解し選択し放ってくる。

 まるで戦いの中の答えがわかっているかのように反応してくる。

 そんなモノに対抗しようというのなら同じ領域の反応を求められる。

 考えるよりも先に視界の情報が脊髄に伝わった瞬間には体が反応する。

 咄嗟に跳んで着地した脚が制動をかける。

 そのときに発生した反動を利用し、横に薙ぎ払われたブレスを宙返りの要領で左側から右側に飛び越え、眼下に蒼銀の咆哮が過ぎ去るのを見届け、着地と共に瞬時にダッシュ。

 相手は横薙ぎにブレスを放った勢いで姿勢が崩れている。

 視界情報と経験がこの後の展開を提示する。

 数瞬以下の時間で導いた思考がチャンスだと言い放ち、その指示に迷うことなく従った俺が足元に駆けこむ。

 一歩でも近く、そして攻撃を届かせろと本能が叱咤する。

 そんな俺が思い描いた行動など目の前の存在が素直にさせるわけがない。

 放出し続けていたブレスを飲み込むように中断し、前足を使って迫る俺を払いのけ、俺がそれを回避するために足を止め後ろに下がる。

 そこからは流れるような追撃だった。

 少し離れれば牙を剥き、俺が後ろに回れば尾を振り回し、それを躱そうと飛び上がればブレスを放たれ、それを避けるために魔法で足場を作り反撃で雷撃魔法を放つも、天を覆う翼は俺の魔法を防いでみせた。


「■■■■■■■■■■■■!!」


 一瞬の攻防。

 考えるよりも先に反応され、こっちの思考をすべて読まれているのではと錯覚させられる。

 竜の状態では言語を話せないのか、着地したタイミングで野生の咆哮を身に浴びて、ビリビリと体を揺らした咆哮は伝播し、ダンジョンを揺らす。

 正直、こんな相手と戦っているとどこのラスボスかと言いたい気分だが、こんな存在でも魔王軍のトップクラスの戦力であってトップではない。


「ああ、心折れそ」


 こんな存在のさらに上がいることに苦笑一つこぼし、心にもない言葉を放ち、弱音を駆逐しちらりと背後を見れば先ほどのわずかな攻防で出来上がった惨状が見えた。

 放たれたブレスは大地をえぐり地形を変え、羽ばたく翼は竜巻を起こし天候を変え、踏み抜いた足は地震を起こし崖崩れを引き起こした。

 リアル自然災害を相手にしている気分だ。

 こちとら矮小な人間様なんだがと思いつつ。


「オラアアアアアアアアアアアアアア!!」


 こちらも負けじと、気合を入れなおして咆哮には猿叫だと叫び返して体を動かす。

 活を入れて再度突撃。

 間合いを詰めろ。

 たとえこれから踏み込む場所が嵐よりも危険な場所であっても、そこが唯一の勝機がある場所なのだから。

 迫ってくる脅威を鉱樹を振るい払いのけ。

 迫ってきた災害には災害を、と言わんばかりにダンジョンを破壊する勢いで魔法を駆使する。

 加減も余裕も何もない、少しでも力を抜けば此方が喰われる。

 わずかな加減も許されず、速くと全力の踏み込みで地面を砕き、数メートルでも前にと勢いをつけ。

 三度迫ってきたブレスを装衣魔法をまとった鉱樹で逸らし、返礼と言わんばかりに対軍魔法をぶっ放す。

 相手の攻撃は全てが災害かと思わせられる。

 完全にかわすのは不可能。

 動くたびに攻撃を受けるたびに、体に小さな傷など絶えず負うが、そんなもの気にしてられない。

 目の前に打倒すべき敵がいるのだ、腕を動かせ、足を止めるな、頭を回せ、血液に酸素を送り込め。

 思考を止めるな、足を止めるな、腕を止めるな、心臓を働かせろ。


「畜生!! まったく傷がつかねぇぞおい!!」

「■■■■■■■■■■!!」


 たとえ結果が伴わなくて悪態を吐いても力は緩めない。

 一度でだめなら二度だ、二度がだめなら三度だ。

 それでもだめなら通るまで繰り返すだけだ。

 そんな努力も振り回された尾の攻撃一回で無下にされる。

 踏み込み、攻撃したが斬撃の切っ先から感じた感触は硬質の一言ですまされる。

 斬れると思ったのにもかかわらず、斬れないのはなんとも腹立たしい。

 そんな暇はないというのはわかっているが、中指を立てて逆切れしたくもなる。

 いま俺が持てる切り札を切っても傷一つつきやしない。

 いや正確にはついているが全て軽傷なのだ。

 全体開放系の武御雷は素で防御されたうえに無傷、一点集中した海神尖は鱗の表面をえぐったが擦り傷程度。


「すべて切り裂く! 加具土命カグツチ!!」


 おまけに今纏った技は俺が持てる技の中で最高火力を誇る技だ。

 炎系の上級魔法、原初の焔と呼ばれる魔法を装衣魔法で鉱樹に纏わせ、力を収束させた技だ。

 射程はどの技よりも短いが、その射程を犠牲にし圧縮した力はエヴィアさんの魔剣を切り裂いた火力を誇る。


「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■!!」


 刀身が紅く染まり、空気が揺らぐ。

 灼熱にまで熱せられた一刀を竜王は迎え撃たんとせんばかりに万物をかみ砕くだろう牙の奥からブレスを吐いた。

 そんなものを浴びれば俺はひとたまりもない。

 だが今更進路変更をしている時間などない。

 強引に押し込むためにそのブレスに加具土命をぶつけ活路を開く。


「ぐああ」


 ブレスを正面から受けるというのは何度も経験したことだが、過去の竜たちと比べると圧の違いがよくわかる。

 だが、その程度の出来事でこの一刀諦めるわけにはいかない。

 ジワジワと押される勢いに抗うために顎に力を入れて食いしばり、押し返すのではなく。


「ナンボノモンジャアアアアアアアアアアアアアア!!」


 横に振り切ることで逸らすことに成功する。

 そこで安心するなと、自分の足に活を入れ、もはや最初の景観を保っていない渓谷の地面を蹴り、前へ前へと突き進む。

 ブレスを掻い潜り、前足とついに接触する。


「キエイヤアアアアアアアアア!!」


 気合一閃。

 胴体に叩き込むことは最初から諦めていた。

 ならばその前足をいただくと決め。

 振り下ろされた右の前足を急停止で外させ、足回りへの負荷を気にする暇もなくゼロから一気にトップスピードに持っていく。

 横薙ぎ一閃。

 竜王の足首付近にその一撃を叩きこむ。


「………マジかよ」


 硬いことは想定していた。

 それでもこの一太刀なら斬れる自信はあった。

 だが。


「どんだけ硬いんだよ」


 その興奮とともに自信は打ち砕かれた。

 鉱樹の刃は確かに喰いこんだ。

 刀身の半分は埋まり、刃は確かに通った。

 だが、それ以上進まなかった。

 鱗で威力が減衰され、その先の硬い肉で刃が喰いとめられていた。

 初めてのクリーンヒット、その攻撃の結果にさすがの俺も冷や汗を止められない。


「■■■■■■■■■■■■■■■■■■!!」


 そんな状態で回避できたのは日々の訓練の成果と言うほかない。

 咄嗟に鉱樹との接続を解除し、手放すことで振り下ろされた反対側の前足から逃げ出す。

 食い込んだ鉱樹を煩わしそうに数秒見た後、前足を振るい遠くへと放り投げられた。

 武器を失い。

 戦いの中で魔力もだいぶ消費した。

 絶体絶命。

 万策尽きた。

 ここいらで、目の前の竜王が飽きて帰ってくれないかと淡い希望を抱きそうになるが。


「カハ、手厳しいな」


 苦笑とも取れそうな笑いをこぼし、戦意旺盛な竜王様と相対する。

 正直、あれ以上の火力を出すのは厳しい。

 どうにかして打開策を考えなければならないが………

 頼みの綱の鉱樹は渓谷の下に落ちてしまった。

 拾いに行きたいが、許してはくれなさそうだ。

 どんどん追い込まれているのがわかる。


「さぁて、拳が通用するかねぇ」


 予備の武器は非常用の短剣のみ。

 鉱樹が通用しない今、その短剣が通用しないのは俺が一番知っていた。

 頼りになるのは自分の肉体のみ。

 それなら魔力を込めた拳の方がマシだと思い、徒手空拳に切り替える。


「■■■■■■」


 唸り、こっちをじっと見る竜王。

 いよいよ終わりが見えてきたかと、普通なら諦めるところだが。


「あいにくと諦めは悪い方でね、もうしばらく足掻かせてもらうぞ!」


 こちとら潔い性格はしていない。

 まだ四肢は動く。

 戦えなくなるまで戦うと、地面を蹴った。

 突き進み、さらに短くなった間合いを埋めるべく駆け出す。

 相手の攻撃は基本的に回避だが、すべてを躱しきれるわけもなく。

 掌底で受け流すも、その際に鮮血が舞う。


「っ」


 痛みを感じるも、それを気にするよりもその血を握りしめ魔法の媒体にする。

 血は自身に魔素を蓄えてくれる媒体。

 その血を使えば魔法の威力を上げることができる。


「………」


 雷も水も火もダメ。

 そうなると風も土も氷も効果が薄いかもしれない。

 どれがいいと考える暇はない。

 されど、すべてを試せるほど魔力が潤沢にあるわけでもない。


「一か八かだ」


 僅かな時間。

 竜の暴力の中で考えられる数瞬。

 そんな刹那の環境で思いついた一つの技。


「圧縮」


 その可能性に賭ける。

 魔法はイメージだ。

 詠唱はそのイメージを明確にするためのモノ、プロセスに過ぎない。

 種火を魔法で起こすとき、ライターの火をイメージするように、それを文字に起こす。

 燃料をガス状にしそこに火花を散らし火を灯す。

 それを詠唱風にすれば、我小さき火を灯すとなる。

 精霊魔法になると詠唱が対話の意味合いが強くなり、詠唱破棄や無詠唱にすることは難しいが今はいい。

 今必要なのは大魔法。

 口に出す必要はないが、その分威力が想像力に左右される無詠唱で最短のプロセスで最大級の火力を。


「ひたすら圧縮しろ」


 段々と出来上がる白い的のような円盤。

 白く輝き脈動し、そして段々と中央の部分が鋭利に尖り始める。


「まだだ」


 その間も竜王バスカルからの攻撃は止まらない。

 イメージしながら残った左手と両足、場合によっては頭突きによって右手を庇いながら魔法の完成を急ぎ、狙うべき場所に突き進む。

 ここまで間合いを詰めればブレスの心配は無くなる。

 加えてこっちの方が小回りが利き相手は狙い難そうにしている。

 だが、それでも相手は歴戦の竜王。

 うまく立ち回り、爪や牙、尾を駆使し俺を仕留めようとしている。

 正直、相手が巨体で助かった。

 教官たち二人なら、こんな技を打つ間もなく削り切られる。

 大振りが主体で、強大な身体能力任せのごり押しのおかげでまだなんとかしのげている。

 いま俺が生き残れているのは相性のおかげで救われている部分が多い。


「よし」


 時折拳による打撃や蹴りを見舞うが、蚊でも止まったのかと言わんばかりにダメージはない。

 一応、ヒグマくらいなら楽に倒せる威力はあるはずなのだが竜には通用しないようだ。


「あとは野となれ山となれ! さぁ、一世一代の大博打だ!!」


 と今では防御すらしない竜王にめがけて力を振り絞り、目標に駆けだす。

 狙うは心臓部分。

 当然そんな急所を狙わせるわけもなく、さらに苛烈に攻め立てられるも、この一撃を当てることに専念している俺は思考が明瞭になり、世界がゆっくりと動くような感覚の中にいた。

 一種の未来視に近い境地だろうか、次どんな攻撃が来るかわかるように、相手の攻撃を潜り抜け最短ルートで突き進む。

 並の魔力ではない魔法を準備しているのを把握していた竜王はここで初めて翼をはばたかせ空へと飛ぼうとしていた。

 空へ逃げられ距離を取られると、この魔法が届かないのを承知している俺の都合が悪い。

 加えて口元で輝くのはブレスだ。

 距離を取り、一気にここら一帯を薙ぎ払うつもりなのは明白。

 間に合え間に合えと、ゆっくり流れる世界で鈍足となった足を一歩でも早く前に進める。

 ついには竜王の足が地面から離れ、空へと舞う。


「逃がすカァ!!」


 そんなことさせるわけにはいかない。

 咄嗟に選んだのは土魔法。

 それもドシンプルな魔法だ。

 右手の魔法の魔力の密度をさらに濃くしながら、並列で上空に巨大な岩を出現させた。

 俺ごと巻き込むような巨大な岩。

 加減も何もなく、ただただ空に飛ぶのを妨害したかった俺は後先など考えずそれを出現させそのまま降らせた。

 竜王にダメージなど通らないだろうが、自分の身の丈ほどの巨岩が頭上に出現して飛び上がれるわけがない。

 フシオ教官とエヴィアさん仕込みの高速魔法。

 役に立ったと感動している暇もなく、停滞し竜王と衝突し空へのフライトを妨害し役割を終え、砕けた岩が降ってくる。

 そんな中を俺は魔法で足場を作り、時折降ってきた岩を足場にしこの右手を届かせる距離まで迫った。


「おちろぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」


 そんな時気のせいかもしれないが一瞬目が合ったような気がした。

 竜が目を見開かせた、なんとも記憶に残る一瞬だ。

 だが、そんな交差の後に感じた右手の痛みにその印象は塗りつぶされた。

 全力で突き出した右手、そして直後にその場に響く炸裂音。

 鈍く、この場全体の空気を振動させ、かつ腹にズシンと来るような音が場に響く。

 そんな音を聞きながら右手を犠牲にして放った一撃は、確かな手ごたえと共に竜王の巨体をふらつかせ後方にのけぞらせた。


「ざまぁみろ!」


 そんな倒れゆく相手に向けて俺は魔法の反動で空中に放り投げられながらも、無事な左手で中指を立ててそのまま渓谷へ落ちていった。



 今日の一言

 成せばなる、成さねばならぬ。

 何事も………


毎度の誤字の指摘やご感想ありがとうございます。

面白いと思って頂ければ、感想、評価、ブックマーク等よろしくお願いいたします。

※第一巻の書籍がハヤカワ文庫JAより出版されております。

 2018年10月18日に発売しました。

 同年10月31日に電子書籍版も出ています。

 また12月19日に二巻が発売されております。

 2019年2月20日に第三巻が発売されました。

 内容として、小説家になろうに投稿している内容を修正加筆し、未公開の間章を追加収録いたしました。

 新刊の方も是非ともお願いします!!


講談社様の「ヤングマガジンサード」でのコミカライズが連載されております。

そちらも楽しんでいただければ幸いです。


これからもどうか本作をよろしくお願いいたします。

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[良い点] 迫力ある戦闘を何とか文章で表現しようとしているところ。 [一言] サイボーグ009が加速装置を使いながらパラレルに思考と戦闘を行い、圧倒的な火力と攻撃力と防御力のゴジラに闘いをいどんでいる…
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